二日酔いのアムロ。場所は彼のコンドミニアムです。
マチュは勝手に寝室のドアを開ける。
「天パ! そろそろ起きない? メッセージが届いてるよ?」
アムロはのろのろと目を開けた。マチュの格好をみて、はね起きる。
アムロの衣服を勝手に使う彼女だが、今日は酷い。
アムロのシャツ一枚。白いシャツなので肌が透けて見える。
小柄だが、すらりと伸びた脚が太もも近くで辛うじてシャツの裾に隠れていた。
「どしたの、昨日は。あんなに酔っ払って……面倒みるの大変だったんだからね!」
「ごめん。そのクワトロさんのところで飲まされて……」
アムロは頭を下げた。
「その……迷惑かけたかな。」
マチュは呆然としたように目を見開いた。
「―――天パ! 昨日の夜のこと覚えてないのっ!」
肩を震わせるようにして、手で顔を隠した。
えっ?
えっえっえっ
ええッッ!!!
「マチュその、」
べえ
とマチュは、舌を出して笑った。
「なんもないよ。吐いちゃったから着替えさせただけ。」
「……な、なんだ。」
いやそれでも充分『迷惑』だっただろうが。
「なんだ、とはなにっ!
それに天パはわたしとそういうことになるのが、血の気がひくほどイヤなん!?」
ち、ちょっと、着替えるから。
アムロは、マチュを寝室から追い出して、シャツとズボンを身につけた。
リビングに顔を出すと、ニャアンも来ていた。
魚の切り身に野菜を混ぜ込んだお粥と揚げパンにコーヒーである。
「奇術師さんとN・ロックさんからメッセージ。」
マチュは、モニターを指さした。
「昨日の日付だから、内容を確認してからご飯にしてね!!」
メッセージはもちろん携帯の端末でも読めるのだが、昨日はそれどころではなかった。
言われた通りにアムロは、メッセージを開く。ヤンについてはほぼ愚痴である。
彼とユリアンは、『フロド』の正体を知る数少ない人物だった。目下、ヤン自身が『フロド』ではないかという疑惑をうけて困ったことになっているはずだが、ついにN・ロックが訪ねてきたらしい。
『仮想ア・バオア・クー戦』に使用したシミュレーターとスタッフをネオ香港大学からのレンタル。
本人に直接の依頼ならば、なんだかんだとまだ断りやすいのだが、N・ロックの契約はあくまで、ネオ香港大学だ。
こうなると、そこの学生であるヤンには実に断りにくい。彼の第一志望は、卒業後もネオ香港大学の史学科に助手として残ることだったからなおさらだった。
メッセージは長かったが、途中から諦めモードに入っていた。
「なにか協力をお願いすることもあるかもしれない。そのときはなにとぞよろしく。」
と、メッセージは結ばれていた。
続いてN・ロックからのメッセージだ。
スクール講師の話かと思ったが、内容は仮想シミュレーションのことだった。
以前にアムロたちは、彼から『フロド』のガンダムシリーズについてのコンテンツ化に対する権利の交渉を『フロド』に伝えるよう依頼を受けている。
それは、ララァには伝えてある。
だが、収入としては現状で十分であり、むしろあまり騒がれて身バレを恐れる彼女たちは、あまりこの話に乗り気ではなく、話はそこで終わっている。
N・ロックのメッセージは長い。
というより、すでにアムロをこの企画においての共同パートナーと決めつけているかのようだった。
『まずは、フロド先生が、先行上映会のときに次回作として述べていた0083をコンテンツとしたい。“シャイ逆”のヒットぶりから見ても話題性は充分だ。
フロド先生の作品連載と同時に進行出来れば相乗効果も期待できる。』
マチュとニャアンがよってきて、勝手にアムロの肩越しに画面を覗き込んでいる。
『すでにネオ香港大学との仮契約は完了した。ヤン君も快く協力してくれることになった。』
さっきのヤンさんからのメッセージはそんなものではなかったけどなあ……とアムロは読み進める。
『新しく有能な人材も雇い入れた。ニューヤーク大学でシミュレーター用AIを専攻していた逸材だ。
0083の主役、加藤少佐のモデル、アナベル・ガトー氏にも出演許可をもらっている。ついてはぜひ、フロド先生からの原作の使用許可をいただきたいのだがスケジュールを教えてほしい。あるいは金銭面ふくめた条件などがあれば最大限応えられると思う。』
これでカンチャナがOKしなかったからどうなるんだ!?
というか、まだ「0083」は発表されていないのだが?
アムロとしては、開いた口が塞がらない。
「昨日は? ララァさんには会わなかったの?」
マチュが尋ねた。
「それが……カンチャナたちも連れて、クワトロさんのところを出てるらしいんだ。」
と、アムロが答えると、マチュはあーあとため息をついた。
「やっちゃったね、天パ。よくまあ、酔い潰されただけで、帰ってこれたよね?」
「アルテイシア閣下との仲も疑われてるんだ。ふんだりけったりだよ……」
「なるほど! あっさり殺すだけじゃ、物足りなくなったわけか!」
マチュは勝手に納得したように頷いた。
「完全に“シャイ逆”のまんまだね。
もうすぐ地球にアクシズが落ちてくるよっ!」
「それはそれとして、ララァさんたちに連絡はしないと!」
ニャアンが言った。
「ララァさんたちが、クワトロさんのところで出たなら、お金になる話はちゃんとつないでおかないと。」
アムロは考え込んだ。
たしかにララァもカンチャナも即座に経済的に詰む心配はない……が、カンチャナとヴァーニはまだ幼い。
先々のこともあるのだから、一応儲け話であるN・ロックの申し出を自分が勝手に断ることも憚られた。
アムロは決心して、メッセージを送った。
…ララァ宛だ。
発信して2秒で返事が届く。
「今日のランチを一緒にしないかって。」
アムロは言った。
「あと、午後の予定は空いてるかきいてる。」
「それはアレだね、天パ。食欲以外の欲望も満たす時間だよね、きっと!」
その危険性はかなり高い。
「―――マチュ、ニャアン。一緒についてきてくれないか?」
ニャアンはお粥に揚げパンを浸しながら、だめだよ、と言った。
「わたしは、補習の課題授業に出たあと、リックゾックの改修プランでグリーンノアの技術のひとと会う約束してる。」
「グリーンノア? 親父のところか?」
「そう……だと思う。百式の基礎設計をしたナガノさんってヒト……」
「マチュは?」
「まあ、わたしが行かないとまた天パが、別な方面での才能を発揮するからねえ。」
意地悪そうに、マチュは言った。
「N・ロックさんの話をするだけだよ!」
「このまえもディアナさんに会いに行くだけだったよね?」
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ララァはカンチャナとヴァーニも連れていた。
アムロはある意味ほっとしたのだ。
その心を読んだように、ララァは笑った。
「カンチャナの著作のことなんだから、カンチャナも一緒なのは当たり前でしょう?」
その通りなのである。
アムロとマチュは人気の配信『今日、M.A.V.になります』に出演している。
ネオ香港に戻ってからは、誰からもサインを求められたり、写真を撮られたりはない。
アムロの華の無さは、本人も自覚しているが、マチュについてはどうだろう。
見てるだけなら、小柄で笑顔の愛くるしい少女だし、『狂犬先生』のイメージとはあまりにもかけ離れているかもしれない。
一方、ララァもクランバトル界隈では、『ココ・シャロン』として際どい写真集を大ヒットさせているのだが、仮面をつけていたこともあって、この清楚な女性をココ・シャロンだと見抜けたものはいなかった。
カンチャナは何度も言うが覆面作家であり、名前も顔も出していない。
なので有名人ぞろいのこの会合に、興味を示すものは誰もいなかった。
ララァはある意味目立つあの黄色の貫頭衣ではなく、普通のジャケットと長めのスカートである。わりと地味な色使いではあるが、マチュがそっとアムロに囁いた。
“ヘルマコングロマリットのブランドの最新作だよ。”
なら、値段が地味であるはずがない。
カンチャナとヴァーニは、エプロンドレスではない。普通のワンピースである。或いは学校帰りなのかもしれなかった。
ランチの席につくとカンチャナが、バサリと紙の束をテーブルに置いた。
「これは?」
「0083ジオンの残光」
アムロは、カンチャナのガンダムシリーズはわりとあとから読んだ方だ。なにしろ自分が主人公でわりと仲のいいデニムさんやジーンさんをバッタバッタとなぎ倒す話なのだ。読んでいてなんとも複雑な気持ちにならざるを得ない。
そのアムロとシャアの物語はいったん『シャイの逆襲』で終了し、カンチャナは同じ世界線のインサイドストーリーを書くことにしたのだ。
その第一作が『0083』ということらしい。
しばらく、アムロとマチュはその物語に没頭した。
まるで歴史を描くような乾いた筆致が、『フロド』の特徴だ。
舞台は0083年。
ジオン公国は、連邦に敗れたが、まだ各地でゲリラ戦を続ける勢力もある。その中で最大の戦力を持つのが『ディラス・フリート』。
総帥の親衛隊長でもあったディラスは、ジオンが敗北したあとも、グワジン級戦艦を始めとする多数の艦艇、モビルスーツ部隊を有して、暗礁空域で活動を続けていた。
「これって、デラーズ・フリートのことだよね?」
アムロはカンチャナに尋ねた。
時期は少し違うが、彼女たちが体験したデラーズ紛争との戦いをモデルにしているとしか思えない。
「このあと、ガトーさんがトリントンにサイサリスを奪いにくるのよね……」
実際に物語はそうなった。
ディラス・フリートの加藤大佐は、トリントン基地から核バズーカを装備した試作ガンダム2号機を強奪する。
「でもって、わたしとニャアン、それとシャアさんが追跡して、盾とバズーカだけはなんとか取り返すんだけど」
0083の世界線には、マチュたちはおらず、追撃するのは、浦木豪とトリントン基地の連邦軍パイロットたち。
たが、ゲリラ戦を続けるジオン残党の助力もあって、ガトー、いや加藤はサイサリスを持って宇宙にあがってしまう。
「あ~あ。わたしやニャアン、シャアさんもいなかったらこんなもんか。
ニンジンマンじゃねえ……」
意味不明だが、アムロはいま療養中の元『ノイエ・ジール』パイロット、コウ・ウラキのことをマチュがそんなあだ名で呼んでいたのをきいたことがある。
今回の原稿はこんなところだった。
もし史実通りなら、ディラスはこのあと、核バズーカでジオン艦隊を牽制しつつ……いやフロドの歴史では連邦軍が勝ったわけだから、連邦軍艦隊を牽制しつつ、コロニー落としを試みることになるわけだが……
史実ではデラーズと連邦軍教導部隊ティターンズは裏で繋がっていて、コロニー落としは、実際には互いの政治的立場を有利にするための出来レース。
コロニーそのものは、用意したソーラーシステムにより破壊されることになっていたはずだが……
ティターンズ(0083当時にはまだそう呼ばれてはいなかったかもしれない)は、斜め下をいく間抜け揃いなのだ。万全の準備をしたと言うことはかえって失敗し、コロニーが地球に落下してしまうなどということは……
アムロは悪い想像に、背筋が寒くなるのを感じた。
コロニーがどこに落ちても甚大な被害がでるのは間違いない。
彼が『ZETAの少年』で読んだティターンズの宇宙移民への横暴ぶりやコロニーへの毒ガス注入など、実際に第二次コロニー落としが決行されていれば有り得たかもしれないことなのだ。
「この原稿をヤン・リーに渡して。」
カンチャナは短く言った。
金髪をオールバックにし、急所に突き刺さるような視線を投げかけるその表情は、どこか『シャイ逆』のシャイ総帥を思わせるところがあった。
「しゃあ、『0083ジオンの残光』をシミュレーションの設定として使うことは」
「ここまで周りを固められたら、Noとは言いにくいわね。」
ララァは顔をしかめた。
「断ることも考えたのだけど、交渉の仲介をしてくれるあなたにもかえってうんと負担がかかるわよ?」
「分かりました……」
「それでなくてもあなたには、随分と迷惑をかけているのだから……」
め、めいわ……
めいわく?
アムロは顔が熱くなるのを感じた。
「迷惑だなんて、そんな!!」
「わたしたちがあの人のところを引っ越したのには、あなたが気に病むことはないわ。」
ララァはそう言いながら、カンチャナとヴァーニの頭に手を置いた。
「この子達もそろそろ年頃だし、血の繋がらない男の人との同居もどうかな、と思ったのよ。」
「カンチャナたちはまだ子どもでしょうっ!?」
「わたしたちが体験してきたことについて、あなたと議論するつもりはないわ。」
「そんな言い方はないよっ!」
マチュがテーブルを叩く。
「ぜんぶの男のひとがそういうのではない!」
「別にわたしは『恋人さん』たちの悪口を言う気はないの。」
ララァは限りなく残酷な笑みを浮かべて、そう言った。
「あそこに訪れるひとは、ジオンの高級将校……佐官以上のみなさんだったから、それなりに紳士的だったわ―――そういえば、あのひともジオンの大佐だったわね。」
アムロは。
ある種の絶望感を感じた。
彼はララァと心を共有することができた―――それを、ニュータイプ能力というのかは分からない。
だが、分かりあっていたはずの相手が遠い。
こんなにも遠い。
「アムロ。あなたもわたしを取らないなら、選択肢はひとつになるわ。
ジオンのお姫様よ。いずれにしてもあの人からは逃れられない。」
視界を琥珀の破片が埋め尽くしていく。
ニュータイプの「共振」だ。
マチュがアムロの手を握った。
「落ち着いて、アムロ!
このひとはあなたの敵じゃない!
幾多の世界を創り、壊しながら、唯一の正解を求め続けたひとなの!」
「む、むしろ!
それじゃあ、かえって危ないのでは!?」
「本当はイオマグヌッソのときにそうなるはずだった。でも止めたの!」
「きみが?」
「あなたがよ、エンディミオンユニット!
あなたが言ってたんだよ。
『ぼくはもう二度と見たくない。ララァをガンダムが殺すところを』って!」
「それはぼくじゃなくて、ジークアクスの中にいる誰かだろっ!?」
別の世界線のあなたよ。
声に出さない声は、マチュのようでもあり、ララァのようでもあった。
“ぼくがララァを、殺してしまう世界線―――?”
「おそらく」
「おそらくはそれは」
「それはカンチャナの描いた」
「描いた世界」
「世界」
“ぼくが―――ララァを殺してしまう世界”
「それはひとつ」
「ひとつだけ」
「ひとつだけの可能性」
「わたしがあのひとを」
「ララァさんがシャアさんを」
「庇ってあなたに殺される世界」
視界を埋め尽くした蝶の羽根が震えた。泣いているように見えた。
「でもされさえも」
「ララァさんが命を投げ出してシャアさんを救った世界でも」
「あなた方は争う、たぶん」
「たぶんララァさんを死なせてしまった負い目が」
「あなた方を歪ませた。」
「歪ませた。」
「アクシズを落として」
「地球に住むすべてのひとを」
「ひとという種族そのものを」
「「粛清せざるを得ないまでに!!」」
視界を埋め尽くしていたキラキラの破片が、波が引くようにゆっくりと消えていく。
マチュに握られたままの手のひらに、アムロは自分の心臓の音を感じていた。
「ごめんなさい、アムロ。」
ぽつりと、ララァが言った。
さっきまでの彼女はもうそこになかった。
「ララァ……いまのは」
「ちょっと、意地悪をしたかもしれないわ。」
ララァは、テーブルの上の水のグラスに指先を這わせながら、続けた。
「あれがわたしの見る『夢』の世界。
可能性がうんだ別の世界線よ。」
「なんて言ったら」
それはアムロの理解を超えていた。
夢だといいながら、アムロはその世界をはっきりと感じていた。
ビームサーベルがララァのモビルアーマーのコクピットを貫く感触。異形のモビルスーツ、ジオングとの戦い。終戦の後連邦軍に押し付けられた半幽閉生活。カミーユは戦いの果てに精神を病み、ジュドーは遠くに旅だった。シャアはジオンを再びまとめあげ、地球に対してアクシズ落としを……
フロド=カンチャナの書く世界。
『シャイの逆襲』の世界こそが本当にあった世界だと言うのだろうか。
吐き気をこらえながら、アムロは首を振った。
「夢だよ、ララァ。ぼくはガンダムに乗らなかったし、戦争にも出なかった。クワトロ大尉も、あなたもここにいる。」
「わたしも!」
「あ……えっと、そうだマチュもいる。
だからぼくらは夢に縛られることはない。ここが唯一の本当の世界だから。今を大事に生きていればいいんだ。」
「ララァさんを寝とってといてよく言う」
赤毛の少女がズケズケにのたまわった、
直撃をうけたアムロが、ぐえぇと呻いて突っ伏した。
「忌憚ない意見をありがとう。」
ララァは素っ気なく言った。
「意見は一致したわ。わたしたちはこの世界が唯一の世界。
真世界とする
この世界以外は認めない。」
大事なことをはなすときは、たいていモビルスーツに乗ってるのがガンダム。
大事なことはなすときは、たいてい飯食ってるこの二次創作。