利益にぼやかされた危険。
アムロはニュータイプとしての能力の効かない戦いに挑む。
「これが、フロド先生の新作?」
紙で印刷された情報は有り得ないものではないが珍しい。使う場所は限られる。
電子化された情報は意外と追跡されやすいのだ。
いつどこのネットワークを通ったものか。
どのOS上で作られたものか。
ざらりと紙になったものよりはるかに、
それを制作したものの正体を顕にしてくれる。
アムロが、ネオ香港大学内に設けられたN・ロックのオフィスで差し出した書類はそういうものだった。
受け取ったN・ロックは、ヤンと顔を見合せた。
「……いつ発表される?」
「わかりませんよ。そこまでは。」
「それでもアムロくんは直接フロドと会うことができる立場なわけだ。」
「そこらは想像にお任せします。」
「なら、この原稿はどうやって受け取ったのかな?」
「枕元に靴下を置いて眠ったら朝になったら置いてありました。」
「……フロド先生の正体を教えてくれるつもりはないということだね?」
「まあ、少なくとも本人から許可が出るまでは。」
N・ロックは、こちらも前近代的な封筒を寄越した。
「フロド先生との契約書だ。こちらは記名捺印済みだ。2組あるからワンセットはそちらの控えとなる。」
「中を確認しても?」
「もちろん。」
アムロは書類を引き出した。
若いことは若いが彼もけっこう苦労人だ。
父であるテム・レイは、戦後時代遅れの技術者と見なされていた時期がある。
研究を続けるには、スポンサーを獲得しなければならない。なんどかは父とともに契約には立ち会ったことがある。
「報酬の部分……『利益の %』。数字が空白になってます。」
「好きな数字を書き込んでくれ。マス目の関係で二桁までの数字しか記入できなくなっているから、100%とか書くのはむりだよ。」
「無茶をしますね……」
「まあ、本人を前にして話ができればまた別だが。きみも数字の微調整で何度も行ったり来たりするのは嫌だろう?」
「でもこの内容だと、あなた方が『利益が出なかった』と言い張れば、支払いの義務もなくなるのでは?」
N・ロックは額に手を当てた。
「……いや、はなから利益が出ないことなど考えもしなかったので、そこまでは思わなかったな。フロド先生は金銭的に困っているのかい? 『シャイ逆』の映画化だけでもそれなりの金額は手に入っているはずだが。」
「ロックさん」
やんわりとヤン・リーが口を挟んだ。
「少しでもフロドの情報がほしいのはわかりますけど、その聞き方は」
「すまない! カマをかけたつもりじゃないんだ。
そうだな。フロド先生への報酬に有料配信料の10%を最低保証としてプラスしよう。」
「あとは……」
アムロは契約書を読み返した。
はっきり言って大きな金が動く契約書にしては薄い。
本来なら書かれるべき、契約不履行の際のペナルティやさまざまな期限、契約の廃棄、コンテンツ化する際への制限事項などは「本契約書に記載のない事項については両者協議とする」と書かれているだけだ。
つまりなにも決まっていないに等しい。
そのことを指摘すると、N・ロックはほおっ、と感心したように、大きく息をついた。
「そこらもやはり、フロド先生とこちらが直接にコンタクトできないからね。
決められないんだ。例えば契約廃棄についてはどちらか一方の申し出により、一方的破棄できるのか、その猶予期間は、ペナルティは?
そこらは住んでる地域の行政法によって違ってくる。だが、フロド先生がどこにいるのかも我々はわからないんだからね。
あるいは、本当はそんな人物はいなくて、AIが書いてるだけなのかもしれない。
あるいは、本当は目の前にいる『白い悪魔』がフロド本人かもしれない。」
「違いますよ!
ぼくは歴史を俯瞰するような戦略眼はないし、文だって書けません。」
「そうかな。でも動機……書くためのモチベーションはありそうだ。
あのとき、シャアにガンダムを奪われなければ!
もし、自分がコクピットに座っていたら!
連邦は勝利し、テム・レイ博士は冷遇のまま何年も過ごすことはなかった。
戦略眼については……そうだな。」
N・ロックはちらりとヤンに目をやった。
「ネオ香港大学に在籍する元連邦軍参謀将校“奇跡”のヤンに知恵を借りた、というのは?
『機動戦士ガンダム~行きて帰りし物語』がネットに発表された時期ときみが主戦場をネオ香港に移した時期はだいたい一致する。」
「気をつけろ、アムロ君!」
ヤンがのんびり聞こえる声で言った。
「ロックさんはきみに否定させることで、フロドの正体に近づこうとしているぞ!」
「ヤン……きみはいったいどっちの味方だ?」
「ロックさん。」
ドアが、開いて理知的な顔立ちの若い女性が、顔を出した。
「打ち合わせの方はいかがです?
なにか飲み物でも持ってきましょうか?」
「そうだな……」
「なら一緒に。」
ヤンが立ち上がった。
「手が空いたのならフレデリカさんも参加いただきたいし、そうすると一人で運ぶのは大変てしょう。」
「すまないが、それじゃあ、コーヒーを頼む。
きみはどうする、アムロ君。」
ヤンとフレデリカが部屋を出ていったあと、N・ロックは悪巧みでもするようにニヤリと笑った。
「あれが今回の企画のために採用したフレデリカ・グリンヒル嬢だ。 ニューヤーク大学でシミュレーションAIを専攻している。」
なるほど。
それがなにか?
アムロは、はあ、とだけ答えた。
「ヤン君とお似合いだとは思わないか?」
「そっちの話ですか?」
アムロは呆れた。
『フロド』との契約も交わさないうちに、どんどん準備をすすめたかと思えば、ヤンの恋愛模様も気になるらしい。
「アムロくんのお陰で、無事にフロド先生との契約も結べたことだし、さっそくこちらも、準備にはいらせてもらうよ。」
おいおい。
「……まだ契約書をかわせてないですよ?」
「契約の意思があることを確認できたところで動き出さないと、遅れをとることになる。」
N・ロックは真顔で言った。
「さっきの原稿だと戦闘シーンにはモビルスーツシミュレーターは何台必要かな?」
「たぶん、1台も。まだトリントンに『加藤大佐』が訪ねてくるところまでで、追撃ははじまってませんからね。」
「そうか。それは残念!
最初の戦闘はそうすると、サイサリスを奪った加藤大佐とそれを追撃するトリントンの追撃隊の間に発生するわけか。」
「ぼくは作者ではないのでなんとも」
慎重にアムロは答えた。
「でも0083のモデルになったデラーズ紛争の顛末はぼく自身も巻き込まれてるし、トリントンから実際に追撃に当たったマチュたちから話もきいてるので……」
「そ、それはいいね!」
ぐいとN・ロックは身を乗り出した。
「パイロット役には、もうすでにアナベル・ガトーさんを雇ってるんだ。
追撃のメンバーにもモデルケースに実際のメンバーをパイロットに起用できたら大ヒット間違いなしだよ!」
「そのお話でしたら、クワトロ大尉とやり取りしてください。
ぼくらはクワトロ大尉のクランの預かりになってます。」
「そうか……クワトロへの連絡はおねがいできるかな?」
「それは……」
アムロは首を振った。
「直接、N・ロックさんからお話いただいた方が。」
「そうか。わかった。そうするよ。」
N・ロック。
この男には、クワトロに断られることなど考えもしていないようだ。
そうは簡単にはいかないかもしれない。
マチュやニャアン、そしてアムロ自身もしばらく試合から遠ざかっている。
そろそろクワトロとしてもカードを組みたいはずだ。
だがN・ロックの提案はアムロの想像を越えていた。
「あくまで、シミュレーターの中での戦闘だが、これをクランバトルとして、賭けの対象にしようと思う。その仕切りをクワトロさんに任せたい。これは『ア・バオア・クー仮想戦』のときにも実際に行われているから充分可能だし、彼にも相当の利益が得られるはずだ。」
かくしてN・ロックの中ではすでにこの企画は成功間違いなしと想定されたのだが、意外なところで躓くこととなった。
『加藤大佐』役のアナベル・ガトーが、NOを突きつけてきたのである。
武人の誇りを持つガトーであっても、トリントンからの追撃メンバーが、白い悪魔と赤い彗星、狂犬に病み猫神ではまともな戦いにはならないと判断したのだった。
一話くらいかけて、クワトロさんがニューヤークのガルマ相手に愚痴るシーンも書きたいのですがあまりにもテンポが悪くなりすぎる……