コウはデラーズ・フリートの『デンドロビウム』に対抗するためにジオンの試作モビルアーマー『ノイエ・ジール』のパイロットとなります。薬物による強化をだいぶ酷くしてしまったので、現在グラナダで療養中。
契約書は、数日後N・ロックのもとに戻ってきた。
アムロが直接持ってきている。
サインはされていない。
かわりに法務にくわしい者が手を入れたと思われるさまざまな追加事項が加えられていた。
N・ロックがわざと濁した違約や契約解除によるペナルティ。
そこらは、ネオ香港での法律や慣例にほぼ従うものになっている。
―――ということは、『フロド』先生は、少なくともネオ香港に在住しているのだ。
そのほか、公開前のシミュレーションプランの確認。
これについてはアムロ・レイに一任、ということになっていた。
ならば、フロド先生は、アムロに近い立場の人間なのだ。
すると―――
クラバ関係者か。
アムロの交友関係を把握しているとは言い難いN・ロックであるが、そこらは想像がついた。 学校関係にも友人はいるだろうが、この短期間でそこまで濃密な友人関係を築けたとは考えにくい。
それに、アムロがジオン工科大学ネオ香港キャンパスに通いはじめるより前から、『機動戦士ガンダム~行きて帰りし物語』はサイト上に登場している。
だからと言って、いまの彼にそこを詮索するつもりは毛頭なかった。
ファンとしてその人となりを知りたいという欲求はあったが、むしろ彼は今後も、打ち合わせや原作の受け渡しのため、アムロかわ頻繁にネオ香港大学を訪れることになることで、マスコミが彼に注目するのを恐れた。
そこから、『フロド』の正体があばかれることを。それによって執筆がとまり、彼のコンテンツに影響を与えるのを恐れたのだ。
「アムロ君。改めてお願いなんだが、今回の企画に顧問として参加してくれないか?
報酬は……」
「……いえ、ぼくは学校とクランバトルがありますので」
N・ロックが提示した金額は決して少ないものではないが、さすがにアムロもこの男を警戒するくらいの良識はある。
「別に何時から何時まで、毎日来てくれなんて拘束はしないよっ!
どっちみち、新しい原稿の受け渡しやシミュレーターの最終調整でちょくちょくこっちには来ることになるんだろう?」
「それはそうです。なにかあればその折にでもご相談いただければ……」
「だからそれを誤魔化すためだ。」
N・ロックはきっぱりと言った。
「きみと顧問契約を結んでいれば、『白い悪魔』が足繁く、ネオ香港大学に通うことの口実になる。
このままだと早晩、きみがフロドの代理人としてここを訪ねていることを周りに気付かれてしまう。」
「ぼくは別にフロドと特に親しい訳ではありませんよ。」
アムロは言った。
「ぼくがここに通うのがまずければ、それはそれでなにか別の方法を考えるでしょうし……」
「まあそれも、ひとつの解答ではあるがね。」
N・ロックの隣に座ったフレデリカは、契約書の修正版と一緒に受け取った「0083ジオンの残光」の原稿を読みふけっていたが、ふと顔を上げた。
「加藤大佐を追撃するトリントン基地のパイロットですが、こちらもモデルがいるのでしょうか?」
「なにか気になる点でも?」
「トリントンから加藤大佐を追撃するのパイロットに『白い悪魔』はいません。狂犬先生も病み猫神も。
かわりに、もともとトリントンにいたテストパイロットの浦木豪、あとはちょうど連邦軍の新造艦でトリントンに来ていたパイロットたちが加藤大佐を追跡します。」
「そこら辺が史実とは違うんだな。
フロド先生の書くのは、アムロくんがガンダムに乗って、連邦軍が勝利した世界線での話だ。」
「『ZETAの少年』によるとこの時期アレムは、ニュータイプ能力を恐れた連邦軍によって軟禁状態にあったそうですよ。」
アムロは言う。
「マチュはサイド6。中立コロニーの生まれです。親元はしっかりしたところです。ニャアンはサイド出身の戦争難民。
0083時点でトリントンでパイロットをしてる可能性はかなり低いですね。」
「すると、追撃隊のパイロットにきみたちを使うのはかえって、フロド先生の世界観を損なうか。」
N・ロックは考え込んだ。
「『白い悪魔』ほどのネームバリューはなくても物語のなかで追撃を行ったパイロットのモデルたちを探し出して、モビルスーツシュミレーターに乗ってもらった方が、物語に厚みがでるかな……手がかりになりそうな呼称は書かれているかな、フレデリカさん?」
「追撃に出たトリントンのテストパイロットとして、『浦木豪』。同じくテストパイロットのギース。同じく連邦軍強襲上陸艦アルビオン所属のパイロットとして、ノース・バニング大尉率いる『不死身の第四小隊』の名前があります。」
「浦木豪のモデルはたぶん、たぶんコウ・ウラキ元少尉ですよ。」
アムロは言った。
「トリントンのテストパイロットで、マチュもお世話になってたようです。
身体を悪くして、たしかグラナダで、療養中のはずですよ。」
「実際の戦闘は無理でもシミュレーターはあくまでシミュレーターだ。交渉はしてみよう。
『不死身の第四小隊』のモデルはまず間違いなくサウス・バニング中尉と彼の小隊のことだろう。いまどこでどうしているのか……」
「宇宙空間用のモビルスーツテスト艦アーガマかその僚艦アレキサンドリアに所属してるはずです。」
「サウス・バニング中尉とは連絡は取れそうか!?」
「それは分かりませんが、アーガマ所属のモビルスーツ運営責任者のブライトさんになら、連絡が着くと思います。」
「素晴らしいね!」
N・ロックは手元の端末を操作した。
アムロの携帯端末に着信。
「なんです、これ?」
「なにって! さっき約束した顧問料だよ!
さっそくいい動きをしてくれてる。」
「顧問をするなんて契約してませんけど?」
「その意思があって、働きがあれば報酬が発生しないほうが不自然だろう?」
アムロは黙り込んだ。
仕事のできる大人とはこういうのを言うのだろうか。
彼も成人し、学生をしながらもきちんと報酬を得られる仕事をしているのだが、どうもこれは違うように感じるのだ。
フレデリカが首を傾げた。
「でも気になりますね。」
「なにかな、フレデリカさん?」
「本当に『フロド』は創作をしてるんでしょうか。その―――」
うまく言えないように彼女は顔を歪ませた。
「あとから作ったインサイドストーリーにしては、あまりにもいままでの著作と矛盾がない。モデルにした人物もこれまでのような『赤い彗星』や『白い悪魔』といった有名人でないのに、ちゃんと用意されている。単に半年前のデラーズ紛争をフロド先生の歴史に落とし込んだだけのような気がしないんです。
まるで」
「まるで?」
「実際にあったことをそのまま、記録として書いてるような。」
またか!
アムロはゾッとした。
先日、ララァが指摘した世界の真実。
カンチャナ=フロドの描いた『ガンダム』こそが、真世界であり。
この世界も含めた幾多の平行世界は、ララァが「大佐を『白い悪魔』に殺されないようにするため」作り出して『夢』でしかないと。
ララァはここを『真』世界にするのだと宣言した。
そのために彼女はなにをしようとしているのだろうか。
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「ガトーさん、ご無沙汰しています。」
「久しぶりだな、コウ。体調はどうだ。」
「もう完璧ですよ! この前もクラバに出たんですよ。負けちゃいましたけど」
そう言うコウ・ウラキの顔色は実際によかった。
彼が健康を損ねる原因となった強化のための薬物の影響はもうほとんどなさそうだ。
「まあ、アレはハンディマッチだ。負けても仕方ない。」
ガトーは手を挙げて、ノンアルの飲み物を頼んだ。
「月面戦闘用のモビルアーマー『ヴァル・ヴァロ』と軽キャノン改だ。よく粘ったよ、おまえは!」
コウは単純に慰めの言葉と受け取ったようだった。
「軽キャノン改はだいぶカスタムしてもらってましたけどね……」
「それを言い出したら、ヴァル・ヴァロはケリィの専用機みたいなもんだ。いずれにしてもハンディはでかいさ。」
ガトーは、ノンアルビールで乾杯をした。
なにに、という訳では無い。
ここグラナダ頭上に浮かぶソロモンに対してだ。
いずれは、除去する必要のある小惑星だが、それは100年単位の計画となる。
「……実は仕事の話だ。」
「俺に? クランバトル関係ですか?」
「シミュレーターの上だが、まあやることはクランバトルに近い。運営側が設定した条件に従って戦う。」
「ああ」
コウはなにかに納得したようだった。
「前にあったネオ香港大学の『仮想ア・バオア・クー戦』みたいなものですか?」
「当たりだ。場所もネオ香港大学だし、運営スタッフもそのときの学生が中心になるらしい。ただ違うのは、シナリオだ。
『フロド』の新作が原作になるらしい。」
「フロド……」
コウは眉をしかめた。
「『シャイ逆』の原作者だ。映画はもう観たか?」
「ああ……ニナに無理やり連れていかれました。」
ガトーも同じだ。映画はあまり見ないし、軍人上がりの彼には、戦記物は好きなジャンルではないが、やはりニナ・パープルトンに無理やり連れていかれた。
ガトーもコウもニナ・パープルトンと付き合っているつもりは毛頭ないのたが、ニナは2人の男を手玉にとっているつもりらしい。
「感想はどうだ?」
「ストーリーについては……俺は地球生まれなので、隕石やらコロニーやらが落ちてくるってこと自体にトラウマがある様なんですよ。
とても楽しめません。」
コウは、ノンアルビールを飲み干すと
「アルコールは少しくらいなら許可が出ました。付き合いますよ?」
「そうか。」
ガトーは大ジョッキをふたつ注文した。
「俺もあまり面白いものではなかったな……ニュータイプがあまりにも人間離れしすぎている。」
「それは感じましたよ。あの『α・アジール』ってモビルアーマーは、ノイエ・ジールを捩ってるんですかね。
俺が後遺症がでるほど強化して、やっと操縦できたモビルアーマーを、ろくに訓練も受けていない女の子が楽々と操ってるのはなんだが複雑な気分でした。」
コウは、運ばれてきたビールを一気にあおった。ふうっと大きく息をつく。
「……で、今回のフロドの続編はどんな物語なんです?
主人公のアムレとシャイが物語の最後に死んじゃってますから……さしずめ生き残ったものたちの後日談とか?」
「それが舞台は0083らしい。」
「0083……それころですともう俺は、トリントンでテストパイロットをしてましたね。
あそこは連邦出身でも、少尉待遇で雇ってくれたんで。」
「そうだ。」
ガトーは薄く笑った。
「そこに、暗礁空域で連邦に反抗を続ける『ディラスフリート』の『加藤大佐』が試作モビルスーツを奪いに訪れる……というのが冒頭の物語らしい。」
コウはぽかんと口を開けた。
「……それって……つい半年前に実際にあったこと……」
「そうだな。今回仕切っているのは、元アナハイムムーンのプロデューサーだったN・ロックという男だ。
フロドの一連の小説は、ほぼ確実に名指しできるモデルがいる。『加藤大佐』役でサイサリスを盗むパイロットに俺が指名された、という訳だ。」
「なるほど。それはたしかに話題にはなりますね。
じゃあ、追撃にはマチュたちが?」
「最初はN・ロックもそのつもりだったらしいが、俺のほうが断った。
この前の事件をそのまま、シミュレートするんなら追跡してきたのは、赤い彗星に狂犬、病み猫神ということになる。
俺も多少は名を大切にしたいんでな。なぶり殺しはシミュレーターの世界でもごめん蒙りたい。」
「でもガトーさんはなんとか、サイサリスを持ち去ったじゃないですか。」
コウは言った。
「それはそうだが、あのとき武装していたのは、病み猫神のゼフィランサスただ一機。残りは演習用のペイント弾をつんだドムだった。
わたしは非武装のドムにしてやられ、バズーカと盾を置き去りにせざるを得なかった。
シーマたちが介入しなかったらそのまま、捕まって終わりだったろう。」
「……相手が『赤い彗星』ならしかた無いですよ……」
「まともに戦ったのなら納得する。だがあのときの大佐殿の機体は、ペイント弾しか持っていないドムだ。
―――まあ、これが俺たちが覚えている『サイサリス強奪事件』なんだが、フロドの0083では少しシナリオが変わっている。」
「と言うと?」
「マチュや大佐殿はトリントン基地にはいない。追撃に出るのは、トリントンのテストパイロット『浦木豪』や寄港中の『連邦軍強襲上陸艦』アルビオンにいた不死身の第四小隊の面々だ。
シーマのリリーマルレーンは介入せず、かわりに地上でゲリラ戦を展開していたジオン残党の援助を受けることになる。」
「待ってください!
―――なんです『浦木豪』って」
「どう考えてもおまえがモデルだろう。」
「……いやいやいや。なんですか、それは!!」
コウは混乱したように叫んだ。
「たしかにフロドの著作にはすべてモデルがいるらしいですよね。でもそれが誰か特定できなかった人物もたくさんいる。
例えば『機動戦士ガンダム~行きて帰りし物語』でモビルアーマーを操るニュータイプの少女なんかは誰をモデルにしてるのか未だに不明です。けど―――」
コウの声には怯えが混じっていた。
「なんで、ぼくのことなんて知ってるんですか!?
ぼくは士官学校出て、パイロットとして任官しましたけど、配属が決まったところで終戦。そのまま軍縮で除隊させられた口ですよ?」
「作家の考えることはわからないな。」
ガトーは正直に言った。
「一番考えられるのは、0083を小説にするにあたって、実際にあったようにネームドのクランバトルランカーがサイサリスをタコ殴りにするのでは物語としてつまらないと感じて改変したんだろう……」
「いや、それにしたってトリントンのサイサリス強奪なんて記事にならない情報ですよ!?
なにものなんですか、フロドって!!」
「ぜひ、確かめに行きましょうよ!!」
顔を付き合わせるようにして話すガトーとコウの首を女の腕ががっちりとホールドした。
「ニナ……」
「ニナ・パープルトン。きみは呼んでいないが……」
「なあにを言ってるの!!」
若きモビルスーツ開発者は、挑むように叫んだ。
「“わたし”のガンダムが活躍する話だったら、せったいにわたしにも噛ませるべきよ!!」
話を拗らせに来ない豚はただの豚だ!!