だが、巨大企業、クラン、連邦、ジオン。
それぞれの思惑はまた動き出す。
ララァは、届いたメッセージを一読してから、そっと端末をしまった。
送り主はヘルムコングロマリットだった。
試合そのものはクランバトルとして、同時配信されている。
担当者は、送られたデータと突き合わせて、ララァを激賞していた。
クランバトルのルール上、勝ったのはクワトロ・バジーナの百式ではあったが、モビルスーツの損壊状態としては、百式がもっとも酷く、次がキュベレイ。
ララァのウォルンタース・デイは、もっとも損傷が少なかった。
破壊部分は、頭部に集中しており、その他の損傷は軽微。
ヘルムコングロマリットがもっとも重要視したコクピット周りは健在である。
仮にこれを実戦とするならば、メインセンサー類を失って戦闘そのものは継続出来なくとも、戦場を離脱するには充分な余力を残している、ということだ。
もともとVIP用に安全性を第一に設計されたモビルスーツにとって、これは充分すぎる及第点だった。
ララァは、ため息をひとつ。
ベッドに眠る愛しい男を眺めた。
体当たり、などという無茶をかましたせいで、肋骨骨折、あちこちに打撲を負っている。
その端正な顔を眺めていると、クワトロはフッと目を開いた。
「……やられたな。」
口元に苦笑が浮かぶ。
「勝ったのは大佐です。」
「わたしはおまえが撃てないのを見越して、突進した。
おまえの心情とクランバトルのルールを利用したズルい勝ち方だ。」
「もともと二対一の特別ルールです。故意のコクピット狙いが反則になるルールを、大佐はうまく利用なさっただけです。」
「ルール上は反則負けだが、『故意に』狙ったかどうかは判定が不可能で、適用された事例はない。実際に昨年、サイド6のクランバトルで、シイコ・スガイがコクピット破損により死亡しているが、相手は反則をとられてはいない。
わたしはもっと……そのおまえの愛情につけこんだのだ。四肢を狙えぬ飛行形態の百式に対して、おまえは引き金を引けまいと。」
「もし、わたしが、新しい男が出来たので、事故に見せかけて前の男を始末してしまおうと考えたのだとしたら?」
クワトロは顔をしかめたが、それは怪我の痛みではなく、ララァが出した問を真剣に考えたためのようだった。
「……そうだな。それはまったく考えもしなかった。
どうもわたしは、おまえに愛されていることについては、過剰な自信家らしい。」
ララァはかがみ込んで、クワトロの唇にそっと口付けをした。
「自惚れ屋さんは大好きです、大佐。」
「……戻ってくる気はないか?」
フフッとララァは笑った。
「言ったでしょう?
カンチャナとヴァーニはお年頃なのですよ。血の繋がらない男性とひとつ屋根の下はなにかとお互い気を使うものですわ。」
「ならば、ララァ、わたしと正式に結婚して、あの子たちを養女に迎えよう。」
「聞かなかったことにします。
せっかくのプロポーズの言葉を、事務処理みたいに淡々と口にされるのは、嫌いです。それに……」
ララァはもう一度、愛しい男に唇を重ねる。
「あなたの『夏休み』をジャマしたくはないのです。」
「勝った! 勝った! 勝ったぞっ!
わたしは赤い彗星に勝った!!」
病室のドアが開いて、ハマーンが小躍りするように入ってきた。
「……試合そのものは、わたしの勝ちなのだがな。」
クワトロは不満げに言った。
「クランバトルのルール上は、な!」
ハマーンは胸を張った。
彼女の負傷は軽微な打撲だけで、それも素直にパイロットスーツを着ていれば防げたはずなので、ブライトからたっぷり絞られたあとだったが、ハマーンは気にもとめていない。
「実際問題、百式は大破!!
あれでは修復も難しいだろう。わたしのキュベレイは中破判定だ。どう考えてもわたしの勝ちだろう、我が君?」
「そもそも二対一の特別ルールだぞ?」
「そのルールの上の試合だ!」
「だからその試合上のルールではわたしの勝ちだ。」
二人が口論し始めるのを見て、ララァはそっと立ち上がった。
「ハマーン。
しばらく大佐の相手をお願いします。わたしはこの試合のことで、ヘルムコングロマリットと連絡を取らなければなりません。」
「うむ! 任してくれ!」
「待て! 行くならハマーンも連れて行ってくれ。こいつと二人きりは……」
うふふ。
と、唇の前に人差し指をたてて、ララァは笑った。
「変なことをされそうになったら、ナースコールをしてくださいね、大佐!」
「待て、ララァ! ナースコールというのはそういう使い方をするものではなくて……」
ララァは病室を出た。
困ったことに、大佐は実にモテるのだ。
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「決めた。このまま、アーガマでネオ香港に降りよう。」
ヘンケンが、言った。
アーガマは大気圏突入、再離脱が可能ではあるが「できる」のと「やる」は別問題である。
船体に対する負荷などのコスト面を考えればここは、シャトルへの乗り換えをさせるべきではあったが、クワトロの怪我の状況や破損した百式、キュベレイをどう下ろすか、などもろもろの問題があった。
そこに、ヘルムコングロマリットからウォルンタース・デイを地上の工場に運んで欲しいとの要望があったので、ヘンケンは移送のための料金を別途にヘルムコングロマリットに負担させることで、降下を決定したのである。
「そりゃいいな。地球は久しぶりだ。」
喜んだのは、サウス・バニングと彼の小隊の面々だった。彼らはアーガマの随伴艦アレキサンドリアのパイロットである。破損した機体の収容、パイロットたちの救助に活躍したあと、そのままアーガマに乗り込んでいた。
「了解です。ネオ香港空港へ連絡します。」
エマがきびきびと答えた。
「それとブライト中尉。ネオ香港から連絡が入ってます。通話を希望されています。」
「誰からだ? あとで連絡すると伝えておいてくれ。」
「アムロ・レイです。
ブライト中尉と艦長がアーガマの進路を巡ってお話し中だったので待ってもらっています。」
ブライトは少し考えて、ブリッジに繋いでくれ、と言った。
モニターにくせっ毛の青年の顔が映る。
どこか子供っぽさを残すこの人物が、クランバトルで無敵を誇る『白い悪魔』だと知ったらひとは驚くだろう。
「ブライトさん、お久しぶりです。
あ、ヘンケン艦長……エマ少尉も。」
「待たせてすまなかった。」
ブライトは言った。
「いまは作戦行動中なんだ。手短に頼む。」
「もちろんです……ああ……ええと、クワトロさんたちは無事ですか?」
「ああ、クラバの配信を見たのだな。
『大佐』は負傷しているが命に別状はない。ほかの2人も大丈夫だ。」
「よかったです。実はその……ネオ香港大学のシミュレーションバトルにサウス・バニング小隊の力を借りたくて……」
「また妙なことをはじめたんだな。」
ブライトは言った。
「なんの要件かはわからんが、サウス・バニング中尉たちはいまちょうどアーガマにいるぞ?」
「よう。ペズン以来だな、『白い悪魔』。」
バニング中尉は手を挙げた。
「俺たちになんの要件かな?」
「難しいとは思うんですが……
ネオ香港大学のシミュレーションバトルにパイロットとして参加して欲しいんです。」
それは本来とても無理な要望だった。
サウス・バニング小隊は連邦軍の軍人である。正確には、連邦軍に籍を置きながら、モビルスーツ運用テストのための外郭団体に派遣されており、そこでジオン軍籍の重巡アレキサンドリアに配属されている。
その任務は宇宙であり、小隊ごとまとめて休暇をとって地上に降りるなどそれだけでも難易度が高い。
だが―――
「アーガマはこれからネオ香港に向かう。」
ヘンケンが答えた。
「バニング小隊も一緒に降下するから、細かいことは現地で話すといい。」
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ザッ……
ザザッ
「カンチャナ」
「はい、お姉さま……配信は見ました。
結果はいかがでしょう?」
「あまりよくはないわ。“外して”もいないけれど“大当たり”でもない。」
「やはり……」
「出来るかぎりなぞったつもりよ。」
「様々な相違はありますが、お姉さまは『彼』ではない。大佐は精神崩壊も起こさず、あなたも生命を取られたわけではありません。」
「わたしも大佐も。どちらが喪われてもこの世界は崩壊するわ。」
「お姉さまのしようとしていることは、砂で城を築くのに似ています。」
「そんな悲しいものではないのよ。
大きくはないけど、この世界を定着させるための一歩は確実に進んでいるわ。」
「砂の一粒です。
いっそのこと、ブレックスを暗殺させるか、カミーユ・ビダンを精神崩壊に追い込めば。」
「それが起こす未来は『シャイの逆襲』よ。
世界はいつだって、あるべき方向へわたしたちを追い込もうとしている。」
唇は震えながらもかろうじて、笑みの形を作った。
「この世界に管理者がいるとしたら、たぶんわたしは叛逆者ということになるわね。」
舞台は再び、ネオ香港へ!