シミュレーションコンテンツ「0083」の配信がいよいよスタート。ネオ香港にアナベル・ガトーをはじめ、「スターダストメモリー」に出演のメンバーが集結。だが彼らはなぜ自分たちが選ばれたのか分からない。
けっこう良いように使われている。
と言うのがアムロの感想である。
『毎日の出勤は必要ない』
というN・ロックとの約束であったが、けっこうな頻度で出勤の「お願い」をされている。
給与は、悪くない金額だとは思っていたが、2回目の振込は翌週にあった。
アムロが月給だと思っていたのは、どうやら週給だったらしい。
断ることも出来ずに、オンラインの出席が認められないカリキュラムだけをなんとか出席したアムロは、午後からネオ香港大学に顔を出した。
今回は、グラナダのクランバトルジュニアスクールの講師の話だと聞いている。
来月から、またお願いしたいと頭を下げるN・ロック氏の頭頂部をアムロは、静かに睨んだ。
「……それは困ります。ぼくらは学生なんで規定のカリキュラムをこなさないと進級できないんですよ。
それでなくてもアナハイムムーンのゴタゴタに巻き込まれて、授業は遅れているんです。」
アナハイムムーンのゴタゴタ。
支社長を中心とした『女王派』とラインハルトたち専務派の争いは、たんなる社内派閥の争いの範疇を超えていた。
アムロ自身、それに巻き込まれて襲撃を受けている。
N・ロックはどちらの派閥でもなく、被害者に近い立場ではあったが、それにも無関係ではない。
「そこをなんとか!
なにしろ、2ヶ月後にはジュニアクランバトルの試合を予定しているんだ。
ここでもうひとつ、再生数を増やしておかないと!」
そう。
N・ロックはジュニアクランバトルスクールの様子をリアリティショーとして配信している。
努力、友情、涙……そして恋愛要素もあって『今日、M.A.V.になります』は人気のコンテンツになっているのだ。
アムロたちがそこの講師をやる、というとこはコンテンツへの出演もする、ということに他ならない。
「……開幕に間に合うようには一度顔は出しますよ……」
「それじゃあ、キツいかなあ。
なにしろ、初戦は特別試合を予定してるんで……」
嫌な予感がした。
「特別試合?」
「本物のクランバトルランカーとの特別試合だよ。まあ、負けてもいいんだ。負けてもね!
でもあんまり、みっともない負け方だと。」
「それなら大丈夫ですよ。」
アムロは慰めるつもりで言った。
「クランバトルの出場選手って、ピンキリですからね。それなりなランクの選手を用意すれば、いまの彼らならいい勝負になるはずです。」
「そうかな!」
N・ロックは破顔した。
「『白い悪魔』のお墨付きならそうなんだろうな……よかった!
特別試合の相手には、カミーユ君とジュドー君を依頼しているんだ。ほら彼らなら、歳も似たようなものだし、正規のクランバトルにも参加しているから、ネームバリューもある。」
「無茶を言わないでくださいっ!!」
カミーユとジュドーは本物のニュータイプだ。
ニューディサイズとの戦いの際には、実戦に近い戦闘も経験している。
正直なところ、ムラサメの強化人間であるドゥーたちを除いてはまともに勝負ができるとは思えなかった。
「そうかな……」
N・ロックは肩を落とした。
「ではどうすれば」
「あまりアムロを虐めないでくださいよ。」
『サイサリス追撃戦』のシナリオを作っていたヤンが、コンソールから顔を上げた。
「たしかに、頼りたくなる気持ちは分からんではないですが、アムロ君やマチュ君たちはまだ一年です。出席が必須のカリキュラムも多いんですよ。」
「そうだな……アムロひとりにあれこれお願いするのも考えものか。」
「そうですよ。」
N・ロックはうーんと唸ったが直ぐに、ボンと手を叩いた。
「そうだ! ユリアン君だっ!
彼をクランバトルスクールに入れよう。」
「「なにを言い出すんです!?」」
ヤンとアムロの声はきれいにハモったが、N・ロックは、気にもとめずに続けた。
「ユリアンくんなら、まえに行ったデモンストレーション戦にも参加しているし、なんだったら最後まで撃墜されずに勝者となっている。
参加資格は充分だ。
本戦がはじまったら、どのみち試合には参加してもらうんだから、いまのうちにみんなと顔合わせをしといてもらって損になることはないはずだ。」
「いや、ロックさん……ユリアンもまだ学生ですからね……」
「ネオ香港大学のカリキュラムはほとんど終了していて、いくつかの専門コースと、空いた時間にパイロットスクールに通っているはずだろう?
何ヶ月かグラナダで過ごすのもいいんじゃないか?」
やられたな。
アムロは天井を睨んだ。
N・ロックはアムロたちがすぐに講師に復帰するセンは薄いと最初からわかっていた。
しつこく講師を依頼すれば、ヤンが見かねて口を挟むこと。
そうすれば、アムロたちを諦めるかわりにユリアンをグラナダに派遣するように要請する。
そこまで、計算して喋っていたのだ。
「まずは、ユリアン君の意思を確認しませんと、ね?」
フレデリカが、ヘッドセットを外して言った。
「N・ロックさん、ヤンさん。
トリントンからの地上追撃戦用のシミュレーターAI、組み終わりました。
ジオン残党軍が使うドム・トローペンとザメルについては実戦データがないので、想定スペックから暫定で計算してあります。」
「よし! ありがとう!
動いてるところの画像を流せるか?」
フレデリカは頷いて、キーボードに指を走らせる。
へやのメインモニターにモビルスーツかわ映った。
実際に大戦末期に投入されたドムに酷似している。
だが、特徴的なのはその移動方法だ。
ホバリングしたまま、地上を滑るように移動する。
「トリントン基地で研究されていたドムの地上運用バージョンと一緒ですね。」
アムロは言った。
「熱核ロケットを熱核ジェットに変更した機体です。」
「実際にこれからの世代において、モビルスーツの地上でのホバリングは標準になるだろう。」
N・ロックが言う。
「現実においてトリントン基地で研究されていたホバー移動できるドムが、『ジオンの残光~スターダストメモリー』ではトリントンからの追撃隊を迎え撃つ側で登場するわけか。」
「ドム・トローペンの操作については、マチュとニャアンがアドバイスできると思いますよ。
実際にトリントンでテストパイロットをしてて、ドムのホバリング走行のテストにも参加してるはずです。」
「もうひとつのザメルのほうは?」
「こちらはぼくも知りません。砲撃戦に特化のモビルスーツのようですが……」
「こちらはまったく資料がありません。」
フレデリカが困ったように言った。
「あるいはジオンの開発計画の中には存在したのかもしれませんが、本当に作られたのかどうか。全高27メートルの重モビルスーツ、長距離砲撃特化方というのは、対モビルスーツ戦闘には向かないと思うのですが……
なぜ、フロドがトリントンからの追跡部隊に対抗するのにこれを持ち出したのか、よくわかりません。」
「おそらくは……フロドの歴史においては、ジオンは敗れていて、地上にいるジオン軍、補給もままならない状態で戦い続けている残党だ。
だからこの場合にはこの武器を、なんて贅沢はできない。乾坤一擲の戦いに使えるものはありったけ出してきた―――と、そういうことだろう。」
ヤンが言った。
「フロド先生から渡されてる原稿がここまでなんで、なんとも言えないんですが。そもそも『加藤大佐』はなんのためにサイサリスを盗んだんですか?」
フレデリカは尋ねた。
「核バズーカを備えた特殊な機体なのは理解できます。例えばそれを地上の目標に使うのなら理解できますが」
「地上の目標? どこかの都市を破壊するとか?」
「……いえ、加藤大佐がアナベル・ガトーをモデルにしてるなら非戦闘員への無益な虐殺はしないはずです。
そうですね。たとえば、ジャブロー奥に侵入してそこで核バズーカを使うとか。」
「なるほど。
ジャブロー内に潜入してからなら、サイサリスの一撃でジャブローの機能を喪失させることが出来るかもしれないな。」
「ですが、原稿を読む限りでは、加藤大佐は宇宙に戻ろうとしていますよね。
宇宙に核バズーカの標的にするような場所があるでしょうか?」
N・ロックはアムロを振り返った。
「……だそうだ。アムロ君。 あらすじだけでいいので、こちらの制作チームに先に流してもらうようフロド先生に交渉してもらえないだろうか?」
それは難しいのでは、とアムロは思った。
現在でもカンチャナの原稿を公開より前に、N・ロックに渡しているのだ。
作家としては構想もあるだろうし、それが途中で変更になることもある。
シミュレーターの用意のために、書いてもいない部分の設定まで話してくれるとは思えない。
だが、アムロはあえて反論せずに、聞いてみますとだけ答えて、腰を浮かせた。
N・ロックと話せば話すほど、仕事が増えることに気がついたのだ。
たしかに報酬はいいが、そう何でもかんでもやらされるわけには行かない。
「アムロ君っ!
どこへ?」
「いえ、そろそろ夕食の買い出しに行かないと。マチュやニャアンの授業も終わる頃なんで。」
「なあにを言ってる!?
今日きみに来てもらった要件はこれからだぞ?」
何を言ってる、はこちらのセリフだ。
とアムロは思った。
「午後6時着の便で、ガトー氏がネオ香港に到着するんだよ!
歓迎の夕食会に参加してくれ。もちろんマチュ君たちも呼んでもらって構わない。」
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空港についたとき、ガトーはまだはっきりとシミュレーターバトルに参加する気はなかった。
フロドの書いた「0083ジオンの残光~スターダストメモリー」に登場する「加藤大佐」がほぼ自分だとわかっても、だ。
N・ロックは手早く、シャトルのチケットを送ってきたが、まあ話を聞いてからだ―――そう思っていたのだが、発表された第一話を読んで、ほぼ断るのを諦めた。
加藤、だけではない。
加藤を追跡するトリントンのパイロットに「浦木豪」。さらに作中、モビルスーツの開発計画のためにトリントンに滞在していた技術者はニナ・パルプンテといった。
フロドは何者で、何を知っていて、何を書こうとしているのか。
先日、インタビューと称して尋ねてきたジャーナリスト、カイ・シデンの言葉を思い出す。
“フロドは創作しているのでなく、別の世界の歴史をそのまま綴っている”
この不気味な一致を放置できるほど、アナベル・ガトーは枯れた人間ではなかった。
「やあやあ、ガトー少佐! はるばるネオ香港までありがとう。」
満面の笑みを浮かべるN・ロックは、空港まで出迎えてきた。
「スタッフ」として紹介された青年は、ヤン・リー。たしか前回、「ア・バオア・クー仮想戦」を取り仕切った青年で、連邦軍の元大尉。戦場の奇術師、奇跡のヤンと呼ばれた参謀だ。
一緒に紹介されたフレデリカの姓は、グリンヒルといい、ガトーの記憶に間違いが無ければ、連邦軍の大将にその名前の者がいた。
完全に追い詰められた気分になったガトーは、さらにN・ロックたちと一緒に彼を出迎えた面々を見て、依頼を断ることが絶対に不可能なのを悟った。
クランバトルの無敵のエース『白い悪魔』アムロ・レイ。トップランカー『狂犬』マチュと『病み猫神』ニャアン。
ここまで用意周到に網を張られていては、無理やり断れば、今度はグラナダのケリィのクランに圧力がかかるだろう。
一瞬でそこまで判断したガトーは、別に愛想笑いなど浮かべてはやらなかったが、大人しく頷いた。
(可哀想なガトー!!
これは彼の勘違いである。彼はフレデリカ・グリンヒルの名前を聞き、この件が連邦軍上層部も絡んだ案件となっていると誤解した。更にアムロやマチュたちが一緒にいるのを見て、クランバトル界の大物であるサイド6のアンキーやネオ香港のクワトロも承知のイベントだと理解してしまったのである。もちろんそんなことはないのだが、ここはガトーがそう誤解するように出迎えの人選をしたN・ロックを褒めるべきかもしれない。)
「出迎え感謝する。
ご希望通り、コウ・ウラキも連れてきた。それから―――」
「ニナ・パープルトンです。アムロさんたちには、デラーズ紛争で『茨の園』に捕まっていたところを助けていただき……」
「ニナ……パープルトン?」
N・ロックは少し驚いたようだった。
「フロド先生の作品のなかで『ニナ・パルプンテ』と呼ばれているキャラクターのモデルになった人物、ということですか?」
「ニナさんもニンジンマンも、ガトーさんがサイサリスを盗みにきたときにトリントンにいたメンバーだよ!」
マチュがとんでもないことをズケズケと言った。
「公式発表よりも、フロドの小説のほうか実際にあった事実に、近いね。
いちばん違っているのは、わたしたちやシャアさんがいなかったことくらいで。」
「ど、どうも」
コウ・ウラキ……名前や年齢からしてフロドの作品に登場する浦木豪のモデルに違いないということで呼んだ青年は、おずおずと手を差し出した。
「遠路はるばるありがとう。」
N・ロックはその手を握った。
「療養中と伺ったのですが、体調はいかがです?」
「今回のお話はシミュレーターのパイロットとしてバトルに参加しろ、ということでしょうか。
医師からは了承をもらっていますので、大丈夫だとは思います。」
「もちろん、大丈夫です!
わたしもついてますので!!」
唯一、N・ロックが今回呼んでないニナ・パープルトンが手を差し出した。
手を握り返したながら、N・ロックは尋ねた。
「ええ……と、そのニナ・パープルトンさんはなぜいらっしゃったのでしょうか?」
「それはもちろん!」
冷徹な女科学者の仮面のしたから、ヤバいものが、チロリと覗いた。
「わたしのガンダムが出演する以上、わたしがいなければ!」
長くなってしまったので、食事会のシーンは改めて。