『赤い彗星』と『ソロモンの悪夢』の対決は実現するのか。
そのころ、ネオ香港大学のヤンのもとを意外な訪問者が訪れていた!
「クワトロ大尉。体調はもう大丈夫なのか?」
そう言われてサングラスの男は、少しだけ微笑んでみせた。
二枚目だけに許される仕草だ。
アーガマブリッジの男性陣の視線が冷たいものになる。
「ありがとう、ブライト。完調、とまではいかないが激しく動かなければ大丈夫だ。」
「一Gの下ではそうはいかんかもしれないぞ。」
ヘンケンが言った。
「アーガマの医務室では充分な治療が出来たかどうかもわからん。ネオ香港におりたら必ず病院にかかってくれ。」
たしかにクワトロはしっかりと自分の足で立っているが、ここは宇宙艦の中。重力はほとんどない。
ララァが心配そうにそっと肩に触れた。
「シートに座りましょう、大佐。
大気圏に突入します。」
クワトロは頷き、素直にその通りにした。
「すごい試合だったな、クワトロ大尉」
隣のシートに座ったサウス・バニングが話しかけて来た。
「いや、百式があの状態では、自慢は出来んよ。それより、ネオ香港大学の新しいシミュレーションバトルに出場するそうだな。」
「ああ。あんたも絡んでいるのか?」
「うむ。運営をやっている『捨て猫同盟』から賭けの方を仕切ってくれないかとの打診があってな。」
サウス・バニングは悪そうな笑みを浮かべた。
「儲かる話なのか?」
「ルーレットで奇数と偶数。きみならどちらに賭ける?」
「さあな。正解はあるのか?」
「賭けるんじゃなくてルーレットを回す役になるのさ。まず損はしない。」
「大気圏突入、5分前だ。」
ブライトが言った。
「各員、シートベルトを再チェック。」
クワトロも言われた通りにした。
地上から宇宙への「離脱」よりも遥かに厄介なのが、実はこの大気圏突入だ。
突入角度は5から7度。
それより浅ければ、大気の層はシャトルを弾いてしまうし、深ければ断熱圧縮がもたらす高温とGでシャトルが破壊される。
「ネオ香港宙港より緊急連絡。
シャトルを一機、優先で受け入れるそうです。
アーガマは、海上にて待機。」
エマ・シーンが叫んだ。
「まあ、仕方ない。こちらは正規の連邦軍でさえない。外郭団体だ。」
ヘンケンが答えた。
「ミノフスキークラフトのおかげで、好きなだけ浮いていることはできる。指示通りにしたまえ。」
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どこまでが外交でどこまでが遊びなのか。
ジオン公国特務大使ミーア・キャンベルは神出鬼没。
ニューヤークが中心ではあるが、ここネオ香港にも顔を出す。
仕事が一段落し、ユリアンとティータイムを楽しんでいたところに突然の来訪を告げられて、それでも相手がジオンの外交官では居留守も使えない。
ネオ香港大学が用意した応接室に入ったヤンは頭を抱えた。
「この」ミーア・キャンベルとは、彼はニューヤークで会っていた。
その前にはグラナダでも。
「アルテイシア閣下……いえ、ソム・エドワウとお呼びすべきなのでしょうか?」
ヤンはできるだけ嫌そうに聞こえるように声色をコントロールしながら言った。
「ジオン公国特務補佐官ミーア・キャンベルです。」
にこやかにジオンの元首は返した。
「忘れっぽいのね、ヤン」
「いつからネオ香港へ?」
「今朝の便よ。」
おそらく、アルテイシア姫はシャトルで、ネオ香港へ。ミーア・キャンベルはニューヤークから空路でネオ香港へ。
そこで入れ替わったのだろう。
空港と宙港が同じ施設にあるネオ香港ならではの裏技だ。
もちろん、一般市民はそんなことはできないようにセキュリティチェックはかかるのだが、片方が外交官特権があるとなると話は別だ。
「仕事はいかが?
新しいシミュレーションバトルの運営をやっているのでしょう?」
「情報が早いのですね。」
「“今日.M.A.Vになります”は毎週観てるのよ。アナハイムのクランバトル参入の責任者が立ち上げた『捨て猫同盟』のサイトにしっかりと載ってたわ。」
情報力だけではないな。
「0083ジオンの残光~スターダストメモリー」
の第一話が公開されてまだ数日しかたっていない。
タイミング的には、シミュレーションバトル化をサイトで見ると当時に、執務室を飛び出してシャトルに乗ったくらいのタイミングなのだ。
その行動力が覇権国家の元首に相応しいのか。
歴史が専門のヤンには疑問が生じる。
こんなトップがいたら仕えにくくてしょうがないと思うのだ。
「まだ、実際のシミュレーションバトルには少しかかりますよ。」
ヤンは念を押した。
「一回めのシミュレーションバトルは、トリントンからサイサリスを持ち逃げした加藤大佐をトリントン守備隊が追撃するシナリオになるはずなんですが……追撃隊役のパイロットにサウス・バニング中尉の『不死身の第四小隊』を使いたい。彼らの隊はいま、アーガマにいて、ネオ香港に降下してくれる予定なんですが……契約はこれからなんです。」
「不死身の第四小隊?、きいたことはあるけれど、トリントンとなんの関係があるのかしら。」
「ああ、これはまだ未公開の第二話になるんですが……ちょうと『アルビオン』でトリントンに来ていた『ノース・バニング』のモビルスーツ隊も追撃に加わることになったそうです。」
「ふうん……」
アルテイシアは納得していなさそうだった。
ヤンはこのことを記憶しておこうと思った。
アルテイシアは、少なくとも国家元首なのだから、半年前トリントンでなにが起こったのかは知っているはずだ。
そして、トリントンの現実を知るものほど、『不死身の第四小隊』の参戦に首を傾げるのだ。
「もうひとつ。トリントンからの追撃隊に、ぜひクワトロさんに参加して欲しいというのが、N・ロックの希望なんです。」
「そうね。たしかにアレは追撃に加わったと聞いているわ……」
「ところが、クワトロさんもアーガマに居るんですよ。しかもクランバトル中に負傷したらしく。」
「まあ。胸が痛むわね。」
アルテイシアはジャケットの胸の辺りを抑えた。
―――満面の笑みを浮かべて。
「だいぶ酷いのかしら?」
「肋骨にヒビと―――あとは打撲らしいです。
まあ、今回はシミュレーターを使うんで、実際にコクピットに衝撃や振動が伝わらない設定にしてやれば、操縦は可能だと思うんですが……いや、これはN・ロックさんが勝手に言ってるだけです。まだクワトロさんとの交渉はこれからで。」
「なぜ、アレをそんなに出場させたがるのかしら?」
「そりゃあ……『赤い彗星』対『ソロモンの悪夢』の対決をシミュレーターの中とはいえ、実現できるわけですからね。
交渉してみる価値はあるんでしょう。
でも実は今度はガトーさんがそれに難色を示してて……」
「なんで?」
「わかりやすい理由です。バニング小隊に赤い彗星まで追撃隊に加わったら、絶対に逃げ延びれないから、だそうです。
マチュとニャアンがそれなら、自分たちがサイサリスを援護するジオン残党側のパイロット役で出場すると言ってくれてるんですが……それでも難しい、と。」
「素晴らしいわね!」
アルテイシアがにっこりする。
こんどはヤンが目をパチクリする番だった。
「わたしもそのジオン残党軍にモビルスーツパイロットとして参加するわ!
哀れなジオンの残党に現実のジオン公国特別補佐官ミーア・キャンベルが参加するのよ!
よい話題作りになると思わない!?」
話題作りどころか、外交問題でしょうが。
と、ヤンは思ったが、思い直した。
“まあ……アルテイシア・ソム・ダイクンの名前で出場しないだけマシか。”
『赤い彗星』のジム改とか、アルテイシアのドムとか。