“薔薇姫”
チャットの文字は無味乾燥だ。
“ヘルムコングロマリットを代表して礼を言いたい。『ウォルンタース・デイ』のテストは素晴らしいものだった。すでに数件、問い合わせが来ている。”
それでもそれを綴っている相手が、小躍りせんばかりなのはよくわかった。
大量生産する機体でない。
一機の販売、一基のユニット注文で利益が出せる。
「結局は敗北してしまっておりますけれど、ね。」
ララァの言葉を、AIは拾って文字に起こし、相手に送信した。
“それも含めて、よし、とする。”
相手の返信は早い。
プライベートタイムのララァとは違って、相手は仕事中なのだろう。
“最後の百式の特攻。あそこで相手を撃墜してしまっていたら……”
「タイミング的には可能でした。ですがクランバトルのルールでは、故意に相手のパイロットを殺してしまうことは反則になります。」
バスタブで火照った身体をタオルで拭いながらララァは言った。
“この装備は、絶対に生きて帰らなければならない重要人物が乗るためのユニットだ。
クラバのうえでの勝ち負けは関係ない。
むしろ戦績に血なまぐさいものが加わらなっただけ、より良かったと言えるかもしれない。”
ララァは鏡のまえに腰を下ろした。
バスローブも纏わない。
全裸のままだった。
カンチャナがドライヤーを片手に、近寄ってきた。
「大丈夫よ、ひとりで出来るわ。」
“誰かとご一緒なのかね、薔薇姫。”
「ああ大丈夫。
わたしが面倒をみている子たちです。」
“それならいいが……
ココ・シャロンがきみであることはまだ秘密にしておいたほうがよいのだろう?”
「世間にばれない間はそうしていただきます。もっともいちばん、バレてほしくない相手にはもうバレてしまったのですけれど、ね。」
“ふむ……ならば、ひとつ提案がある。
近々行われる予定の『ウォルンタース・デイ』の受注契約記念パーティに参加いただくことは可能だろうか。
もちろん仮面はつけてもらってかまわない。”
そう。
ララァはクランバトル選手として戦うときには、ココ・シャロンと名乗り、愛する大佐殿に倣って、バイザーのように目元を覆う仮面をつけていた。
「もう、そんなところまで話が進んでいるのですか?」
カンチャナのもつドライヤーの温風が、ララァの黒い髪を巻き上げる。
慣れた手つきだ。
“いや、まだ打診の段階だがな。”
「いったいどこの偉い方でしょうか?
連邦軍は将官クラスが自らモビルスーツにのることはないはずです。
酔狂な月面都市の市長?
それともサイド6あたりの財閥筋でしょうか?」
“きみには明かしてもかまわんだろう。”
相手は嬉々としてそう言ってきた。
“アナハイムエレクトロニクスだ。”
「なんでまた。」
カンチャナの手もぴたりと止まる。
ドライヤーの音は、AIがララァの声を文字起こしするの作業の妨げにはならないが、それでも話の邪魔になるのを控えたのだろう。
「ヒューバイン会長が、モビルスーツで出撃する機会が今後あるとも思えませんわ。」
“本社ではないよ。月面支社だ。
―――ラインハルト・ローエングライム・フリードルフ用の専用機を探しているらしい。”
もちろん、ララァは自分の担当者であるヘルムコングロマリットのこの重役とはなんどか顔を合わせている。
その顔が下世話な興味に笑み崩れているのが、何千キロ離れていてもララァには正確にわかる。
“彼はまだ独身。とんでもない美形だぞ。
よかったからこの機会に会ってみないか?”
なんていうのかしらこういうの。
ララァが首を傾げると、カンチャナが耳元でささやいた。
「……枕営業です。」
「せっかくですが」
ララァが言いかけるよりも早く返信がきた。
こいつはニュータイプかっ!
“別段、『赤い彗星』から乗り換えろとは言わない。だが結婚の予定もないのならすこし、広い世間を知ってみても良いのではないだろうか?”
へえ、そうなの?
ララァの額に青筋がたった。
実に大きなお世話である。
“もちろん、きみの努力によって商談がまとまれば別にボーナスをだそう”
「せっかくですが……」
“カバスの舘でナンバーワンだったきみには、寧ろ容易い仕事だと思うが”
ふうん。
そっちから攻めてくるわけか。
ふとカンチャナの顔を見ると、目つきがすでに変わっている。
“みんな燃えてしまえばいい……”
完全に戦闘態勢に入っていた。
「……少し考えさせてもらいますわ。
あなたもそうした方がよろしいかと思います。
ヘルムコングロマリットもネオ香港のクワトロとアナハイムエレクトロニクスのラインハルトが、自分のせいで決闘騒ぎになったらお困りになるでしょう?」
その可能性は考えていなかったとみえ、一瞬、沈黙があった。
“……わかった。こちらも再検討しよう。だが顔見せだけは出来るように考えてみてくれたまえ。”
--------------
「どうですか、バニングさん。」
シミュレーターから出てきたサウス・バニングに、アムロは話しかけた。
浅黒い顔に満面の笑みを浮かべて、歴戦のパイロットはぐいと親指を突き出した。
「悪くないな。
だがなんで機体の名称が、軽キャノン改カスタムじゃなくて、ジム改なんだ?」
「フロドの書いた歴史では、その……ぼくらしきパイロットがガンダムに乗って、シャアの強奪を阻止したせいで、その操作データのフィードバックが可能になって、『ジム』という機体が作られたことになってます。
性能的にはほぼ、軽キャノン改ですね。
そのジムに一部改装を施したのが、ジム改です。」
「なんだかわからん。」
サウス・バニングは正直に言った。
「しかし、まあ、このシミュレーターで、アナベル・ガトーの機体を捉えればこちらの勝ちになるのか。」
「そうです。正確に言えば『加藤大佐』ですけど。
でもガトーさんたちにも地上に残ったジオン残党が協力するはずなんで、簡単にはいきませんよ。」
「よくわからん設定だな……」
サウス・バニングはぶつぶつと言った。
「デラーズ・フリートにはテスト中に、機体を撃墜された。そのあとドレンのアルビオンに救助されて助かった。まあこれもなにかの縁があったと思うしかないのか……」
「まあ、あくまでもフロドの創作のなかの世界なんで納得しにくい部分もあるでしょうけど」
あまり納得した風ではないが、サウス・バニング中尉は頷いてくれた。
「わかった。
とりあえず話に乗ってみよう。俺と『不死身の第四小隊』はこのシミュレーションバトルに参加する。」
「ありがとうございま……」
「なんでトリントンに縁のない俺たちに声がかかったのかはわからんが、『白い悪魔』にお願いされて断ることも出来んしな。」
アムロはまた心の中で悲鳴をあげた。
なるほど。
彼の名前はいまや、現役軍人まで含めてかなりのビッグネームらしい。
ネームドのパイロットに参加を依頼するには、アムロの名前は実に有効なのだ。
そこまで考慮して、N・ロックが彼を雇ったのだとすると……
週給であの金額でも安いような気がしてきた。
「アムロ君。」
ヤンが顔をのぞかせた。
「ああ、ヤンさん。いまバニング中尉にジム改のシミュレーターを試してもらったとこです。調子は上々で、シミュレーションバトルへの参加にもいい返事をもらったところで……」
「もうひとり、シミュレーターを試したいそうなんだ。」
「大丈夫ですよ。フレデリカさんが参加モビルスーツの全シミュレーターをセット済みです。ジム改ですか?」
「いや、ジオン残党側のモビルスーツなんだけど」
「それだとコクピットの形状が変わってきますね。2番から4番のシミュレーターを使ってください……」
「助かるわ、アムロ。」
ヤンの後ろからにこやかに現れた女性を見て、アムロは絶句した。
「ソムさ」
「ジオン公王府特別補佐官ミーア・キャンベル氏だ!」
珍しく被せるようにヤンが言った。
普段はひとの発言を遮るようなことはしない。温厚な人物だ。
「アムロくんとは『初対面』だと思うんだが、今回のシミュレーションバトルの興味を示されていてね。ぜひ、うちのドム・トローペンに乗ってみたいそうなんだ!」
うぐぐ。
アムロは吐きそうになりながら、にこやかにシミュレーターを、案内した。
「Gや衝撃はOFFにしてますから、パイロットスーツは着用しなくても大丈夫ですよ。」
コクピットを開けて、コンソールを説明する。
「モビルスーツの経験はおありですか、キャンベル特別補佐官。」
「いろいろと名前をつくるのも考えものよね、アムロ」
コクピットにおさまるのに、手を借りながら、ミーア・キャンベルはアムロの耳元にそっとささやいた。
「どの名前で誰と会ってるか、ときどき混乱するのよ。」
「初対面設定だったら、あんまり親しそうにしたらダメでしょう。」
適当に偽名を使うくせに、なんとも詰めの甘いこの兄妹に、かなり辟易しながらアムロは、操作をざっと説明する。
「せっかくだから、対戦相手がほしいわ。」
「AIが対応するようにセットします。ジム改でいいですか?
基本性能は、軽キャノン改に追加装甲とジェネレーター強化。武器は90mmマシンガンです。」
「あら、あなたがしてくれないの?」
とんでもないことをさらりと、彼女は言った。
「ぼ、ぼくですかっ……」
「無敵のエース『白い悪魔』。なんだったらガンダムでもいいわよ。シミュレートのデータはあるんでしょう?」
「今回のシミュレートバトルに設定してるのは、試作のゼフィランサスだけです。」
「すてきじゃない。あなたとお父上の合作『ガンダム』がペズンで喪われてから、久しくガンダムに乗ってないのでしょう?
せめてシミュレーターのなかでも」
「わかりました。ジム改にします。」
いま、アムロたちはゲームバランスをとるために四苦八苦している最中だった。
追撃隊にぜひ『赤い彗星』を。
というのがN・ロックの希望である。
だがそれをしてしまうとガトーほどの武人でも「勝負にならない」と及び腰になってしまうのが現状だ。
アムロがゼフィランサスに乗って追撃に加わるようなことになれば、それこそ収拾がつかなくなる。
「ドム・トローペンは地上でのホバリングを0083時点で実用化した機体です。
フロドの歴史では、ジオンがガンダムを奪取できていないため、素直にゲルググへの進化が行われず、紆余曲折、さまざまな機体が試作された。」
ヤンが言った。
あれ? 止めてくれないのかな?
アムロはすがるようにヤンを見つめたが、彼は構わず先を進める。
「もともとフロドの歴史では大戦中から、地上でのホバリング移動を可能にするドムが投入されていました。
それに防塵対策やセンサー類を改修したのがドム・トローペンという機体になるようです。」
「ドムのことはわたしも知ってる」
ミーア・キャンベルはコクピットに体を落ち着けながら言った。
「わたしだって『行きて帰りし物語』は読んでるのよ。逆に、わたしたちが『ドム』として認識してる宇宙攻撃用のドムは『リック・ドム』って呼ばれてるわ。」
「よくご存知ですね!」
ヤンの目がキラキラしている。アムロはため息をついた。
ヤンは対等な立場なら、有意義に会話することは嫌いではないし、なによりその知的な興味が。いつもの控えめな態度や物静かな口調を台無しにしてしまうことがあるのだ。
「でしたら、その欠点もご存知でしょう?
ドムの主武器となるバズーカは弾速や弾数の問題から、対モビルスーツ戦には有利とは言い難い。」
「連邦のガンダムが、マシンガンを受け付けない装甲をもって登場したのだから、苦肉の策ではあるけど間違ってはいないわ。モビルスーツに携帯させるビーム兵器では連邦軍が一歩先をいってたのよ。これはフロドの世界も現実も一緒だわ。」
「そうなんです。
でしたらせっかくアムロくんとシミュレーションバトルをするんですから、少しハンデをつけてもいいんじゃないですか?」
「どうするの? こちらにビームキャノンでも持たせてくれる?」
「フロドの原作にない兵器を持ち込むのは、反則ですよ。
AIコントロールのドム・トローペンをもう2機、追加します。三対一。
これならいい勝負になると思いますよ。」
不満げにミーアは黙ったが、少しして頷いた。
「……いいわ。シミュレーターの中とはいえ、『白い悪魔』に初めて土をつける人間になるわけね……このアル……ソム……ミーア・キャンベルが。」
自分でも分からなくなってるじゃないか。
と、アムロは心の中でぼやいた。
ドムがドム・トローペンになって、黒い三連星がセイラさんプラスAI、アムロがジム改になるんですが、この勝負果たして……とヤンが興味深々になるのも無理はないかも。