公王府のなかには、元首であるアルテイシア・ソム・ダイクンのプライベートスペース以外にも、ザビ家のものを保護するプライベートスペースがあった。
そこは、ジオン公国でもっとも厳重に警備されていたかもしれない。
あるいはアルテイシア自身よりも警護は厳重だったかもしれない。
ドズル中将の忘れ形見ミネバの命とはそのくらいの重さがあった。
万が一。
万が一、ミネバの身に何かあれば、反アルテイシアのものたちはそれをきっかけに大騒乱を起こすだろう。
ギレン派、キシリア派、あるいは公王制に反発する共和制派などは、このときとばかりに団結するに違いない。
アルテイシア政権は、概ね上手くやってきた。
だがそれは「概ね」であって、反発するものは一定数必ずいるのだ。
それを追い詰め、見つけ出し、すり潰す余裕は、アルテイシア政権にはなかった。
もし弾圧など、ヒマなことに精をだそうものなら、即座にマ・クベ率いるジオン正規軍はクーデターに動いただろう。
独立戦争を勝ち抜いたジオン公国は、紛れもなく宇宙世紀の覇権国家であったにもかかわらず、この時期のアルテイシア政権はそのようなものであった。
ランバ・ラルやマハラジャ・カーンといった重鎮たちは、反発する勢力がまとまらぬように、最善を尽くしていたと言って良い。
現政権のもとで、ミネバを庇護したのは間違いなくその一環であった。
ミネバやゼナに危害を加えようとする者。
それは、ダイクン派の中で現在の地位や環境に不満なものから出るかもしれないのだ!
何日かは平穏に過ぎた。
だが万全の警備でも、悪意はいくらでも湧いてくる。
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「にうたいぷ?」
セルマは、首を傾げた。
「なあにそれ? どんなお菓子なの?」
3人の中でもっとも幼げに見えるセルマがそんな態度をとると、まるで本当になにも分かっていないように見える。
もちろん! セルマは相手をバカにしてそう言っているのだが。
「ニュータイプはヒトの革新。ジオン・ズム・ダイクン陛下が提唱した宇宙時代に適応した新しい人類のことだよ。」
そう答えた老人は、白衣に身を包んでいる。学者なのだろうが、好々爺にしか見えない。
「きみたちにその素養があるかどうか、テストを受けて欲しいのだ。」
「わたくしたちは、ニュータイプだそうです。」
ヨルが髪を掻き揚げながら答えた。
「そういったテストでしたら、アクシズでも何度も受けました。
いまさらなにか必要なのでしょうか?」
「我々、人類革新研究機構は、目下、ニュータイプの解析に置いては最高レベルにある。」
笑みは崩さないが、その瞳の奥に熾火のようにチロチロと怪しいものが燃えていた。
「ぜひ、我々のもとでニュータイプのテストを受けて欲しい。そして、出来ればニュータイプとしての能力開発も含め…」
「それについては、もうマハラジャ・カーン様にわたくしたちの意志をお伝えいたしておりますわ。」
ヨルの赤い瞳が、まるで男を試すように見つめる。
「わたしたちは、ネオ香港でジュニアクランバトルスクールの特別講座に参加させていただくことになっております。」
「クランバトルだ?
そんなものは見世物だよ。パイロットとしたの技量もニュータイプの能力も磨かれはせん。それよりも我が人類革新研究機構に任せたまえ。」
老人の笑みが、徐々に極悪人のそれに変わっていく。
「きみたちは……アクシズが作った強化人間なのだろう?
たまたま難破した移民船の生き残りを救助したらニュータイプだった?
そんな作り話が通用するものか。
我々がきみたちを解析してやる。骨の一欠片、髪の一本、細胞の1個まで調べ尽くしてやる。」
男と一緒に入ってきた白衣の男たちが、いっせいに前を開いた。
白衣の裏側はさまざまな器具……その中には、明らかに刃物の形状をしたものもびっしりと吊るされていた。
「まず、ここできみたちは意識を失う。
そして四肢を切断したうえで、このトランクに入ってここから出ることになるんだ。
こいつらこういった仕事のプロでな。血の一滴も零さずにそれをやってのけることができる。」
「わたしを……暴力をもって傷つけると!?」
翠の髪の少女……ライラックが立ち上がった。
恐怖ではない―――嫌悪感で。
「けっこう!」
ヨルは笑って頷いた。
「敵か味方か。排除するのか、警告を与えて追い出すのか。戦いにおいて難しいのがそこです。
たんに排除すると決まれば、それはただの作業でしかない。」
「麻酔は最小限で処置しよう。」
男は笑った。
「おまえらがショックで死なぬ最小限で。」
セルマも立ち上がる。華奢な掌の後ろに針を隠していた。
一癖ありそうではあるものの、3人が3人とも10代前半か半ばの少女だち。
相手は、話をしている老人は除いても、屈強な男が5人。しかも武装している。
唐突にドアが開いた。
ノックもなしだ。
長身を白衣に包んだ女性が入ってきた。
人類革新研究機構の新手かとも思われたが、彼女は眼鏡の中から、冷たい視線で男たちを睥睨した。
それから、フッと笑った。
「……まあわたしは荒事は得意なんだが、適度に味方にしなくちゃいけない連中にまでやりすぎてしまうんだ。
たしかあんたらは人類革新研究機構の連中だよね。
アクシズのニュータイプたちの健康診断に来訪したはずだが、ずいぶんと物々しいね!
いやあ……敵って速やかに判断できるのは、とっても助かるよ。」
「あなたは? こいつらの仲間ではないようだけど?」
ヨルも立ち上がる。黒い髪がふわりと揺れた。
老人が叫んだ。
「だ、騙されるな!
こいつはムラサメ研究所のゼロ・ムラサメだ!
アクシズから来たおまえたちは知らんかもしれないが、非合法な人体実験など歯牙にもかけない。狂人の集まりだ!」
「あなた方は、このブロックのセキュリティをくぐり抜けるのに、わたしたちの手足を切断して、バッグに詰めようと考えました。
そんなあなたに狂人よばわりされるとは、お気の毒としか言いようがありません。」
ライラックが顔を歪めてそう言った。
「ここから、アクシズのニュータイプたちを連れ出したいなら、もう少しマシな手を考えるべきだな。」
ゼロ・ムラサメと名乗った女性は、同意した。
「例えば、ジュニアクランバトルスクールに行くのに、同行するとか。言い方はいくらでもあるだろう?」
「我々はきみたちをグランダにあるジュニアクランバトルスクールに送迎するためのスタッフだよ。さっきのは全部冗談だ。」
「……いまさら、遅いな。」
戦いは瞬時に決した。
ほとんどのものは、武器に手をかけることも出来なかった。
ゼロ・ムラサメの白衣の裾が翻り。
男たちの間を通り抜けただけ。
ただ、それだけの動作のはずなのに、戦闘訓練を受けていたであろう、その全員が気を失って床に倒れた。
だがその1秒に、老人は三角形の物体を持ち上げていた。
「……金属を使わない特殊銃だ。」
これからば、セキュリティを突破できる。」
「そういえば、こいつらの刃物もリン酸カルシウムが主体みたいね。」
ゼロの踵が、倒れた男の刃物を踏みにじった。それは脆くだけた。
「なぜ、あなたをひとり残したのかわかる?」
ゼロは一歩、老人に近づいた。
「し、知ったことか!」
その背後に、スっとヨルが立った。
両の手で、頭をつかみ。そのまま飛び上がった。
くるり、と空中で一回転。
バキッ
と老人の首が折れる。
そのまま、ゼロの真正面に降りた。
「こいつらのやることは、なんて無様で愚かしいのでしょう。」
長身のゼロを、見上げるようにヨルは言った。
「よけいな手だしかもしれないのですけれど。わたしたちがなにもできない女の子と思わせておくのもフェアでないような気がしましたので。」
床に倒れて、痙攣を始めた老人にゼロはかがみ込んだ。
バキッバキ!
首の辺りから妙な音がした。
「気道は確保した。あとは病院にまかせよう。再生医療が必要になるはずだ。」
「……あなたはこいつらが敵、だと言った。敵に情けをかけようというのですか?」
「そうだよ。
我がムラサメ研究所は、3年連続で『非道な研究を行うニュータイプ研究所』コンテストでトップに選ばれてるんだ。今年こそは汚名返上!と思ってるのに、ライバルに退場されては困る。あとは、これから警備兵を呼んだ時に、事情を説明でできる証人をひとりくらい残してくれた方がいい。」
ヨルは顔を歪めた。
「では……」
「うん。こいつを意識不明にしてくれたのはまったくもって、迷惑だった。」
ふう。 ひとつため息をついて、ヨルは笑った。
「……それは失礼をいたしました。
それであなたは何のためにこちらに?」
「言っただろう。」
ゼロは楽しそうに、3人の少女たちを見やった。
「ジュニアクランバトルスクールにきみらを連れていく……その引率係だ。行き先はグランダではなくてネオ香港になるけどね!」
「“イレギュラー”なんだね、お姉ちゃんは!」
セルマがケラケラと笑った。
「N・ロックから頼まれて、迎えに来たんだけどね。
たしかにわたしが興味を引きそうな“逸材”だ!」
「あなたもわたしたちを解剖して、調べ尽くさないと気が済まない……ということ?」
ライラックが尋ねた。
「わたしの専門は、一般人にニュータイプ並の能力を与えることであって、ニュータイプそのものにはあんまり興味はないな。
例えその出自がどこであっても、」
三人娘をどうやってネオ香港に連れてこようか、迷ってたんですが、ほぼ唯一のオリキャラに活躍してもらいました。