コウ・ウラキは実際に失神するほどの衝撃を受けたわけではない。
シミュレーターであるコクピットはそこまでリアルに戦闘を表現するものではないのだ。
だが、むしろ記憶の混乱、過度な興奮状態が非常にまずいものを感じさせた。
コウ自身は、それが謝って植え付けられた記憶のフラッシュバックによる混乱であることは承知しており、安定剤を飲んでぐっすり眠れば大丈夫だと主張したが、N・ロックは、念の為、病院に搬送させた。
「ほんとにゆっくり眠れば大丈夫なんですよ!」
コウは主張したが
「では、病院のベッドでゆっくりしてくれ。」
N・ロックは譲らなかった。
「配当の計算はこちらでやる。」
今回のシミュレーションバトルの賭けの部門を仕切っていたクワトロは、そう言って立ち上がった。
「興行としては大成功だが、祝杯をあげる気分でもないだろう。」
アムロは目を伏せている。
ララァとのことについては、決着がついた訳では無いのだ。
彼女とはしばらく会っていない。先日のクランバトルで負傷したクワトロの世話のために、クワトロのコンドミニアムに泊まり込んでいるのだ。
「二人の男から同時に愛されるって辛いなあ。」
女性の声に、どきりとして振り返ると、ニナ・パープルトンだった。
「やっぱり、わたしがはっきりしないから、コウをあそこまで追い詰めてしまうのだわ。」
ヤンとフレデリカがなにか言いたそうに、ニナを見つめている。
ドアが開いた。
シミュレータールームは、運営室と隣接している。
着替え用に男女別のロッカールームやシャワーも用意されていた。
バニングとその部下たち。ガトーもいる。マチュとニャアンもいる。
すでにこざっぱりした格好に着替えていた。
「コウが心配なんだが」
「そうなのよ! これからお見舞いに行こうと思うのだけど!」
「ガトーさん、ニナさん。あなた方は今晩は彼と面会しないほうがいい。」
N・ロックが言った。
「彼は―――誤った記憶のフラッシュバックに悩んでいる。あなた方は彼が落ち着くまでは顔を見せない方が」
「いやだから記憶そのものが間違ってる訳じゃなくて……」
ニナは言いかけたが、全員が聞こえないふりをした。
ガトーが、ニナを無視して続けた。
「そうだな。なので参加パイロット全員で、これから食事に行こうかと思うのだが、たいさ……クワトロ大尉もいかがでしょうか?」
「わたしは、帰るさ。家に待っているひとがいるのでね。」
クワトロはチラリとアムロを見ながら言った。アムロは目を伏せる。
「天パ! 行こうよ!」
マチュが明るく言った。
「そう……だね。」
バニング隊をふくめて、みな旧知のメンバーだ。
「N・ロックさんたちは?」
「我々はもう少し、残務処理があるんだ。ニナくんも残ってくれ。
次のシミュレーション……軌道上でのシーマ艦隊との遭遇戦を少しつめおきたいんだ。」
「でしたらぼくも……」
N・ロックは首を振った。
「アムロくんは、シミュレーターが完成してから、またチェックをお願い出来れば大丈夫だ。
しかし……なあ……次回のシナリオは、地上戦仕様のままのゼフィランサスで出撃したコウが、シーマに圧倒されることになってるんだが」
N・ロックは顔をしかめた。
「コウくんがあの状態だと、明らかに不利な戦場に放り出すことになるのは気がかりだなあ……」
パイロットたちが帰り始めたときに、一番後ろについたアムロをN・ロックが呼び止めた。
「ああ……そうだ、アムロくん。」
振り返ったアムロのまえでN・ロックが、悪い顔をして笑っている。
「ニナ・パルプンテが、実は加藤大佐と恋人同士で、浦木豪が、裏切られる……
さっきそういう設定だって言ってたよね?」
「あ、ええっと」
「うん。いささか唐突すぎるけど、物語りをすすめるモチベーションとしてはアリだとは思うんだ。
けど、そんな設定は、未発表の先渡し原稿にも、あらすじにもなかったよね。」
どれだけ。
どれだけ、N・ロックはできる男なのだろうか。
「きみが、フロド本人ではないにしろ、かなり身近にいる人物で間違いなさそうだよね?
そろそろ先生を紹介してもらえると助かる。お互いに損は無いと思うんだ!」
「フロドに、そう伝えておきますよ!」
アムロはやっとの思いで、それだけ返した。
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「諸君! 見たまえ! あれがニューヤークの灯りだ!」
宵闇に沈むニューヤークは、コロニー落としを経てもなお、地上最大の都市である。
宵闇の中、シャトルの窓なら見えるニューヤークの街明かりは、地上に星空を落としたようだった。
「ネオ香港に行くのではなかったのですか?」
ライラックが尋ねた。
眼鏡の奥の瞳が冷たい。
もともと、ニュータイプ以外は、挨拶もろくに交わさない人嫌いな一面はあるのだが、とくにハイテンションで意味のわからないやつは大嫌いだった。
ゼロ・ムラサメはその条件を全部兼ね備えていた。
「久しぶりの地球なんだろ? ニューヤークは見物しておいて損のない街だ。
ちゃんとクランバトルスクールに間に合うようにネオ香港に連れていくよ。
わたしはここで、ちょっと会わないといけない相手がいるんだ。」
「それならそうとおっしゃっていただかないと。」
ヨルは、窓に見える夜景から目を逸らした。
物腰は柔らかだが、有無を言わせないところがある。
まっすぐにゼロ・ムラサメを見つめる視線は、赤だった。
「まあ、いいよ!」
いちばん幼げなセルマが明るく言った。
「お弁当もって、みんなでセントラルパーク行こうよ!」
「用事が終わって時間があったら、そのくらいは。」
ゼロは安請け合いした。
「なんの用事なのかは伺ってもよいでしょうか?」
ヨルが、なおも言った。
「わたしはこう見えても医師でもあってね。」
ゼロは口元に笑みを絶やさない。それだけに表情から心が読みにくいところがあった。
「わたしの患者が、ニューヤークにいるんだよ。」
「では立ち寄りさきは病院?」
「いや、ニューヤーク市警よ。」
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ニューヤーク。
街は闇に沈む。
「明日の午前中、休暇を貰うわ。」
青い髪をショートに刈り上げた女性は、屈んだまま、隣りのバディにそう言った。
「あ??」
言われたジョナサン・マクレーン刑事は苦い顔をした。
休暇などと甘ったれたことを……などと、言うつもりは毛頭ない。老害にはならぬつもりだ。
だが、場所とタイミングだ。
いま、彼らは現在は普段は使われていない港湾地区の倉庫街にいる。
彼らがこの1ヶ月、内偵を続けている非合法組織が、これから取引をしようとしていた。
おそらくは違法薬物。
あるいは非合法の臓器。
いや人間そのものかもしれない。
応援は呼んだが、間に合いそうもない。
2人だけで、その10倍はいるギャングどもを制圧しなければならないのだ。
しかも!だ。
もと連邦軍のマクレーンには、甚だしく遺憾なことであるが、奇襲をかけることは許されないのだ。
「ここで言うことか?」
「仕方ないでしょ。ついさっきメッセージが入ったんだから。わたしの主治医のゼロ・ムラサメは忙しくってね。
わたしの義体のボディチェックが終わったら、セントラルパークでランチ。午後の便でネオ香港に出発したいそうなんだ。」
「なんでそんなスケジュールを」
言いかけて、マクレーンは諦めた。
「……わかった! ならとっとと片付けよう。
おいっ! 全員手を上げろ! ニューヤーク警察のマクレーンだ。不正取引の現行犯で逮捕する。」
もちろん、返ってきたのは、鉛の弾丸だった。
すばやく廃棄された重機に身を隠しながら、マクレーンはゾッとした。
倉庫の影から、身の丈8メートルはある人型兵器が姿を表したのだ。
市街戦用にモビルスーツを小型化し、バッテリー駆動に変更した機動兵器である。
ニューヤーク市警湾岸分署にもまだわずかしか配備されていない。
それがもう非合法組織に流されている!!
「相手がでかければそれなりに戦いようはあるわ。」
マクレーンのバディは、ニヤッと笑った。
自信に満ちた笑いだった。
そうだった。こいつは連邦の特殊部隊上がりの―――
「頼もしいね! いやあ、バディが若くて美人で嬉しいなあっ!」
「とっても優しい、を忘れてるわよ。」
モトコは、マクレーンの胸に肘鉄を入れた。
ほんとはマクレーンとモトコの話とかは外伝でやるべきなんだろうけどなあ……