マクレーンにとって最後の戦はオデッサだった。
そのあとは、連邦の大反攻、ということで、再建した大艦隊を宇宙に打ち上げ、要衝であるソロモンを落とした。
そのときには、連邦もこれからの主力は、大艦巨砲主義でも航空機でもなく、モビルスーツだと言うことはわかっていた。
シャアのガンダム強奪により、いったんは頓挫したモビルスーツ計画は、再始動し、
軽キャノンと名付けられたモビルスーツは続々と完成していった。
だが、ロートルのマクレーンをいきなりモビルスーツのパイロットにするような無茶はさすがにしなかった。
彼は、地上に残存するジオン勢力と睨み合いを続け。
そうこうしているうちに、連邦が敗北したことを知ったのだ。
騙されたような気分だった。
あとから聞けばなるほど、とは思う。
ソロモンで、連邦軍は戦力を消耗しすぎた。
ソロモンを連邦軍の橋頭堡とするために、送り込んだ戦力はジオンの新兵器のまえに次々と撃破された。
気がついたときには、もはやルナツーを維持するのもやっとになるまで消耗させられていた。
乾坤一擲。
連邦軍は、宇宙空間での最後の足がかりとなったルナツー防衛を諦めて、月面最大のジオンの拠点。グラナダへソロモンを落下させる作戦を実行した。
それは失敗した。
さらにルナツーも落ちた。
いくら戦艦を建造しようがモビルスーツを作ろうが、拠点が無ければ張子の虎だ。
「マクレーン。」
モトコが言った。
「デカブツはわたしが相手するわ。ギャングどもを引き付けておいて!」
かくして、マクレーンはいまここにいる。
戦場だったら、降伏して捕虜になる、という選択肢もある戦力差だ。だが、理不尽なことに警官は、犯罪者に降伏してはいけないらしい。
錆と潮の匂いが混ざって、鼻をついた。
最初の一発は、コンテナの上から来た。
マクレーンは倒れ込むようにして、廃棄されたフォークリフトの陰に滑り込んだ。鉛の弾丸が、フォークリフトのフォークを叩いて火花を散らす。
「正面から三人! 左に二人、回り込んでる!」
すでに、モトコの声は、既に少し遠い。
彼女は、倉庫の壁のわずかな出っ張りに指をかけ、屋根のうえに上がると走り出していた。
マクレーンは舌打ちした。
人数もさることながら、軍用のライフルで武装しているやつがいる。
拳銃とでは、有効射程がそもそも違うのだ。
「マクレーン! 相手を引き付けて!
こっちにも4、5人向かってるわ!」
「ったく、美人だと苦労しますなあ、少佐……」
彼はフォークリフトから転がりでると倉庫に飛びこんだ。
街灯の光の届かない廃倉庫。
コンテナが乱雑に積まれ、非常用のオレンジ色の明かりだけが灯っていた。
パンッ!
パンッ!
乾いた銃声が背中を叩く。
ここで、やつらを迎え打つか……
ドゥッ!!
轟音が響いた。
倉庫の天井が崩れる。
あの市街戦用モビルスーツの砲撃だ。
直撃させて、倉庫ごと吹き飛ばす手もあっただろうが、やはりきちんと死体を確認したかったらしい。
天井の破片が降り注ぐ。
ドゥッ。
壁が一面、吹き飛んだ。
入口から、ギャングどもが入ってくるところを狙い撃つ作戦もこれで、ダメになった。
マクレーンは息を止めずに、呼吸を浅くした。連邦軍の地上戦の基本だ。興奮すると手が震える。だから呼吸を浅くする。
崩れた壁を乗り越えて、ギャングどもが入ってきた。
素人ではない。
破片や、転げたコンテナを盾にしながら進んでくる。
まったく!
戦争のせいで、街のギャングどもまで、兵隊上がりだ。
急な軍縮のために、戦場経験のあるゴロツキが溢れている。
モビルスーツが扱えれば、クランバトルという手段もあるが、しがない陸戦兵はそうもいかない。
腕に自信があれば、それでも傭兵団から誘いがあるかもしれないが、なければ非合法な仕事に手を染めるしかない。
で、なければ警察だ。
つまりマクレーンとギャングどもは、同じコインの表と裏だ。
「マクレーン! 名前は聞いてるぜ!」
コンテナの影から、ギャングのひとりが叫んだ。
「生命まではとらねえ。殉職者を出しちまうと、おまえらポリは気合いの入れ方が変わってくるからな。
銃を捨てて出てきな。」
まあ、嘘だな。
マクレーンは、相手の位置を探る。
いま声を出したヤツは、入口近くの横倒しになったコンテナの影。
たぶんその横にもうひとり。
崩れた壁から入ってきた二人は、錆びたベルトコンベアの後ろに隠れている。
たぶん、やつらはうまくやっているつもりだろうが。
マクレーンはふてぶてしく笑った。
不用意に同じ倉庫にはいってしまった以上、市街戦用モビルスーツの20mm機関砲は使えない。
倉庫やマクレーンもろともに、仲間のギャング達まで、ひき肉にしてしまうからだ。
そのことを一番よく分かっているのは、機体に乗っているパイロット自身だった。
市街戦用モビルスーツは、天井と壁の一部を吹き飛ばした後、動きを止めていた。
倉庫から倉庫へ!
屋根伝いに走ったモトコは、ブレスレットからワイヤーを放つ。
狙い違わず、それは市街戦用モビルスーツの首に巻きついた。
ワイヤーを巻き取る勢いを利用してジャンプ。
相手の巨体に取り付く。
人間サイズのものにここまで接近されて、有効な攻撃ができるモビルスーツはいない。
飛び道具はもちろん、ビームサーベルやヒートサーベルでも自分の体を傷つけてしまう。
モビルスーツが、人間のようになめらかな動きが出来るのは、前もって動きをトレースしたプログラムを入れてあるからだ。
そして……生身の人間に取りつかれたときのプログラムなどは存在しない。
このまま、コクピットをこじ開けてやる!
モトコは、保護用のシールドで顔を覆いつつ
短剣を引き抜いた。
ほんの瞬間だが、とんでもない高熱を発することができる。多分髪は焦げるだろうが、ゼロに明日植毛し直させればいい。
だが、相手は体を捻るように振った。
まるで、モビルスーツが自分自身の身体とでも言うような自然な動作だった。
たまらず、振り落とされる。
再びワイヤーを発射。
屋根の角に絡んだワイヤーは、彼女の身体を弧を描くように、夜空に舞わせた。
それを追うように、モビルスーツの手が伸びる!
馬鹿な!
こんな自然な動きができるのは、リユース・P・デバイスでも搭載していない限りありえない!
だが、この技術はゼロ以外は、リビングデット師団の技術者しかもっていないはずだ。それに、有効に使うためには、四肢を切断する必要がある。
とすれば、サイコミュか。
もっとありえない。
操作性の向上という意味合いでは、リユース・P・デバイスを凌ぐが、そうすると必然的にパイロットはニュータイプに限られるのだ。
街のギャング団に、ニュータイプ?
洒落にもならない。
地面に叩きつけられる寸前にモトコは、身体を丸めて衝撃を逃がした。
逃がしきれない衝撃は「痛み」として伝わる。
本当によくできた義体。
そのまま、走り出したそのすぐ後ろに、モビルスーツの足が振り下ろされた。
踏みつけ?
そんな戦闘プログラムはない。
コイツは間違いなく、特殊な操縦デバイスを装備している!!
「逃げろ、逃げ回れ! クソ警官!」
拡声器を使ってはいるが、肉声だ。
モビルスーツのパイロットが叫んでいる。
女の声だ。
「わたしは無敵だ! てめえなんかすり潰してやる!」
その声の不安定さに、モトコは気づいた
―――強化人間か!
暗示や薬物投与。その精神は限りなく不安定になっていく。
たぶん、オーガスタ、だな。
わかったからと言って、なんの解決にもならない。
モトコは走る。
走る。
走る。
そのすぐ後ろに巨大な脚が振り下ろされる。
18m級の軍用機には比べるべくもないが、いくら彼女の義体が優秀でも、その重量を一瞬でも支えられるとは思わない。
倉庫からミニバンが飛び出した。
外で待ち構えていたギャングが拳銃を撃つが、ミニバンは構わず、そのひとりを吹き飛ばす。
窓が開いた。
「少佐! 今行く!」
マクレーンの声だ。アクセルを全開。
モビルスーツ目掛けて突進する。
軍用の18m級ならびくともしなかっだだろう。だが、この市街戦用機はそれよりも遥かに小さい。
マクレーンが衝突寸前に飛び降りた。
体当たりをくらって、モビルスーツが転倒する。
「こいつはたぶん、サイコミュ搭載機だぞ!」
モトコは叫んだ。
マクレーンを引き起こして、走る。
「つまりはこいつそのものが、取り引きの商品かもしれんな」
生身のマクレーンは、バンから飛び降りた拍子にどこか痛めたようだ。
呻きながらも、懸命に走る。
「ナナイ! 邪魔だ! これじゃ警官共を撃てない。一旦下がれ!」
ギャングが叫んだが、モビルスーツは地面を薙ぐように手をひとふりした。
ギャングたちが吹っ飛ぶ。
「わ、わたしに、め、めいれいする、ナ。
わたしな強い、わたしは、誰より……」
「不味いな。暴走だ。」
マクレーンに肩を貸しながら、モトコが呟いた。
「何なんだよあれは?」
「強化人間だよ。薬物や暗示でニュータイプに近い力を出せるようにした改造人間だ。だが、極めて精神的に不安定になる。」
「そんな酷いことを……」
「まあ、わたしもその失敗作のひとりだけどね。」
モビルスーツは、マシンガンを乱射した。
人間が携帯できる口径ではない。
味方のギャングたちを吹き飛ばし、倉庫の幾つかが倒壊する。
「まずいぞ、これはれ」
だが突然その動きが変わった。
逃げ惑う仲間を踏みつけようと振り上げた足が、空中で止まったのだ。そのまま機体がヨロヨロと左右に揺れる。まるで酩酊したように。
「今度はなんだ?」
怪訝な顔をするマクレーンに、モトコが肩を貸したまま呟いた。
「外部からサイコミュを通しての干渉?」
「そ、そんなことが出来るのか?」
ありえないはずだ。サイコミュはニュータイプ同士の共振がおこることはある。
だが、操縦系に直接干渉するなどということがて外部から干渉するなんて聞いたこともない。
「理屈では可能だが。実例はわたしも知らない。」
モトコはマクレーンの肩から手を離すと、再びワイヤーを撃った。
「だが、チャンスは今しかない。」
ヨロヨロしている機体の首にワイヤーが巻きつく。今度は振り落とされない。機体自身が自分のバランスを取れていないのだ。
機体の胸部装甲を蹴って跳躍し、そのままコクピットハッチをこじ開けた。
中では、ヘルメットを被った少女が、両手で頭を抱えて痙攣していた。オーガスタの強化服だ。
「大丈夫よ。もう終わり」
モトコは少女の強化服の襟首を掴むと、そのままコクピットから引きずり出した。軽い。まるで子供のようだ。8m機は、パイロットを失って、完全に動きを止めた。バッテリーの冷却ファンだけが、ヒューッという音を立てていた。
だが、その時にはもう遅かった。
倉庫の、吹き飛んだ壁の向こうから、懐中電灯の光が何本も差し込んだ。ギャングの増援だ。外で待機していた別働隊が、トラブルを知って駆けつけたのだ。
二十いや三十人はいる。全員が拳銃か軍用小銃で武装していた。
中央に、スーツを着た男が立っていた。
ボスだろう。隣には、長身の男が一人、身長ほどの棒のようなものを背負っていた。
「クソッたれのニューヤーク市警が!
これじゃあせっかくのサイコミュ付モビルスーツの取引が台無しだ。
楽に死ねると思うなよ!」
ボスが顎でしゃくった。
「少し痛めつけてやれ」
長身の男が一歩前に出た。背中の棒を外す。黒檀のような、艶のある棒だ。
「なんだい、用心棒か? 時代錯誤も甚だしいね。」
モトコは少女を背中に庇いながら、構えた。
重心を低く。
男が動いた。
疾い!
棒が、空気を切る音がしない。モトコの義体の腕が、棒を受け止める。
衝撃が全身を貫いた。
しまった!!
……内部に衝撃を浸透させる打撃だ。
かわすべきだったが、パイロットの少女を背負った状態ではそれもままならない。
痺れが走り、モトコは膝をついた。
「すこし遊んでやってもいいが、これだけの騒ぎになってしまっては警察の増援も気がかりだ。」
ボスはくるりと背を向けた。
「殺れ。」
銃口が一斉にモトコたちを向いた。
「くっ……!」
義体の痺れはまだとれない。まして少女を庇ったままでは、自由に動けない。
絶体絶命だった。
びゅるるる
一瞬の静寂に口笛の音が響いた。
哀愁を帯びた、メロディだ。
夜空にゆっくりと溶けていく。
ギャングたちが振り返った。
吹き飛んだ壁の向こうに、白衣の女が立っていた。夜の海風が白衣のすそを、まくった。
女は口笛を止めた。
「さすがだねえ、ジャンゴ」
白衣の女の声は静かだったが、よく通った。
ジャンゴが驚いたように、口を開いた。
「ほう? 俺を知っているとはたいしたもんだ」
「有名だからね。ギャング団紅さそりの用心棒。棒術の達人。だがその腕前は、ニューヤークじゃあ2番目だ!」
ジャンゴの眉が上がった。
「2番目だと? じゃあ1番目は誰だ?」
白衣の女性は、メガネをくいっと上げた。クックックッ
笑いながら自分を指さす。
「このわ、た、しだよ。」
ボスが叫んだ。
「誰だ、てめえは!」
「サクッと参上、サクッと解決!
人呼んでさすらいのマッドサイエンティスト!
ゼロ! ムラサメ!!」
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廃墟になったビルの屋上から、3人の少女たちがその様子をながめている。
「……なんか……怖いな、あのひと。」
グリーン髪の少女、ライラックが言った。
「手を貸してやることなんてないのにぃ!」
ツインテの少女がぶうたれた。
黒髪の少女。
ヨルは、屋上の柵に足をかけて、逆さになりながら、ギャング団とゼロ・ムラサメの対峙をながめている。
外部からの操縦系への干渉。
それを、行ったのは彼女だった。
「まあ……敵になるか、味方につくか分からないけどね。」
クスッとヨルは笑った。
「でも味方は多い方がいいわ。だってわたしたちが戦うのはこの世界を改変しちやった悪魔なのよ?」
次回は再びネオ香港。シミュレーションバトルの次のステージ。