聡明なるアルテイシア・ソム・ダイクンが、勘違いしていたことは、ミーア・キャンベルは別に、休暇をとって地球に滞在している訳ではなかった、ということだ。
大使館の事務仕事などはさすがになかったが、様々なパーティ、それにレセプションは目白押しだった。
ミーアとの入れ替えで地球に滞在するからには、アルテイシアはミーアの替え玉として、そういった席に出席しなければならない。
第一回の「ジオンの残光~スターダストメモリー」のシミュレーションバトルに、彼女は参加を目論んでいたが、さすがに予定は合わなかった。
前夜遅くまでの宴会に疲労困憊しながら、アルテイシアは数日ぶりにネオ香港大学を訪ねた。
彼女のお目当てであるヤンも、アムロも。
まあ、ここに来れば会える。
運営本部にシミュレーター室のある歴史学部棟の入口で、彼女は知った顔に出会った。
よくみかけるパイロットスーツにへんなマントではない。
落ち着いカーキのセットアップだ。
スカートはタイトで、派手な立ち回りには向かない。キャリアを積み重ねてきた「出来る」仕事人という風情だ。
「シーマ・ガラハウ……」
思わず、口に出した。
相手は、驚いたようにこちらに見返したが、一呼吸後、ニヤリと笑った。
「ミーア……いやアルテイシア閣下か?」
あっさり正体を看破されたよりも、シーマがここにいることの方が重要だった。
「ええ。でもここでは特別補佐官ミーア・キャンベルで通してね。」
近づきながら、声を落とす。
「なぜ、ここへ?」
「決まってる! シミュレーションバトルに参加するためだ!」
「そんな依頼があったって言うの?」
「依頼はない。でもこれから、『加藤大佐』を追って戦場は宇宙になるんだろう?
わたしの出番はありそうじゃないか。」
その程度のことで、公王府直属打撃艦隊指揮官を放り出して、こんなところにやって来たのか!
アルテイシアは憤懣やる方ないのだが、さすがに口には出さない。
『ジオン公国元首を影武者に押し付けて、こんなところにいる』
のはアルテイシアも一緒だからだ。
二人は連れ立って、2階に上がった。
いまや巨万の富が動く、シミュレーションバトルの運営室だが、こざっぱりとしたものだ。
N・ロックに、ヤン。それにシミュレーターAIの設計を担当するフレデリカ。
アムロもいる。それと見慣れない青年も。
アルテイシアはその青年を思い出した。
コウ・ウラキだ。
デラーズ・フリート事件のときに、ジオン正規軍のモビルアーマーノイエ・ジールのパイロットをした青年である。
たしかトリントンでテストパイロットをしていて、ガトーのサイサリス奪取から、事件に巻き込まれていたはずだ。
デラーズ紛争終結後は、軍を除隊し、月で、療養しながらクランバトルに参加していたはずだった。
アムロがまっさきに立ち上がった。
「アルテ……ミーア特別補佐官!
それにシーマさんまで!?」
N・ロックも立ち上がった。
「シーマ・ガラハウ!?
きみが呼んでくれたのか、アムロ?」
「い、いえ……ズムシティに駐留している艦隊の現役司令官をいくらなんでも、こんな興行に参加してくれなんてとても言えませんよ!」
「自主的に、というやつだな!」
シーマはクックックッと笑った。酷く悪い笑顔に見えるが、実はこれがーマの平常運転であって、実際彼女は機嫌がいい。
「これから戦いの舞台は宇宙だろう?
なら、当然わたしの出番はあるよ、な?」
ヤンとN・ロックは顔を見合せた。
まさに、目の前の女傑をモデルにしたとしか思えないガラル・ハウという女艦長の率いる艦隊と、追撃に宇宙に上がったアルビオンとの戦闘は次のシミュレーションの舞台となるのだが。
その部分は、プロドから先渡しで貰っているだけで、まだ公開はされていない部分なのである。
「ありがたい……大変ありがたい話なのですが」
N・ロックは口ごもった。
「心配するな! わたし一人だ。部下たちまでネオ香港に引き連れてきてりしてはいない。
わたし以外の機体は、そっちのAIシミュレートに任せるよ。」
当たり前だ! そんなことをすれば反乱だ!とアルテイシアは引きつった笑顔の中で思った。
「大丈夫ですよ。」
コウが顔をあげてキッパリと言った。
「ぼくが出ます。」
「しかし……」
N・ロックはためらう。
コウは、ノイエ・ジールを操縦するために、ジオンから薬物と含む強化処置と、記憶の操作を受けている。
恋人であるニナが彼を裏切りガトーのもとに走ったという記憶。それがアナベル・ガトーにパイロットとしてどうして敵わないという劣等感と相まって、パニックを起こすのだ。
しかも今回は、限りなく負け戦に近い。
設定では、コウ……作中では浦木豪は、ニナと感情的なもつれから、ゼフィランサスを宇宙用に改装しないまま、強引に出撃。
ろくに戦うことも出来ないまま、ゼフィランサスは大破してしまうのだ。
N・ロックは医者ではないが、それが精神的に負担をかけないわけは無い、とそう判断できた。
「今回は、AIに任せよう。」
N・ロックは言った。
「今回はシミュレーションとしてはあまり興味をひけるものがない。
正直、陸戦用のゼフィランサスを無理やり宙に上げたんだ。誰がパイロットでも一緒だ。」
チラリと横目で、シーマをみる。
シーマ・ガラハウ。作中でのガラル・ハウが参戦してくれるのは、大変ありがたい。今回はガトーの出番も少ない。
視聴者への引きという部分では大変に有難かった。
それだけに、コウが出られないのは痛かったが……
まあ、ジオンの英雄ガトーや悪名たかきシーマ・ガラハウ、知る人ぞ知るバニング小隊に比較すれば、コウはまったくの無名だった。
あるいはそれほど影響はないかもしれない。
アルテイシアがにっこりと笑った。
「なるほど。
ゼフィランサスのパイロットがいないということね。」
「まあ、そうです。」
ヤンが柔らかく引き取った。
「でも、AIに操縦させますから、問題はないですよ。それは有人のパイロットのほうが盛り上がりはしますが」
「なら、わたしが出るわ!」
これには、N・ロックたちばかりではない。
シーマまでも苦い顔をした。
「そりゃまた。まあ、シミュレーターだから危険はないんだろうが」
シーマは口ごもった。
「わたしにあんたを撃墜させるのかい?」
「出来るものなら、ね!」
アルテイシアは胸をはる。
シーマもニヤリと笑って返した。
「面白いな。」
アムロはまったく面白くなかった。
ヤンや、おそらくはN・ロックも同じ考えだろう。シミュレーターとはいえ、国家元首が直属艦隊の司令官に撃ち落とされるとか、あっていいはずがない!!
本人たちがどう思うかではない。
周りがどう見るか、だ。これがまた政争の火種になることはないのだろうか―――
「ぼくが!」
アムロは手を挙げていた。
全員の視線がかれに集中する。
「ぼくが出ます! ぼくがゼフィランサスのシミュレーターに乗ります!」
『白い悪魔』対シーマ・ガラハウ!
まだシミュレーションに対応する部分のシナリオは公開されていない。
だが、その噂はあっという間にクラバファンの間に広まった。
ヤンとアムロは、たぶんN・ロックが意図的に情報を流出させたのではないかと疑ったが深くは追求できなかった。
数日後、フロドの新作……今回のシミュレーションバトルに対応する部分が公開されると、今度は、ファンの関心は別の方面にも喚起された。
新型試作機とはいえ……
宇宙空間ではろくに機動も取れない欠陥機。対するは精鋭中の精鋭であるシーマ・ガラハウ(作中ではガラル・ハウ)艦隊である。
今度という今度は―――
『白い悪魔』にも土がつくのではないか。
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「主観としてきくわ。調子はどう、少佐?」
“通りすがりのマッドサイエンティスト”は、彼女の被験者の身体の各所に這わせたケーブルを剥がすと、最後に首筋からプラグを引き抜いた。
「あん!」
「妙な声をだすな!」
「感覚中枢のデバイスがちょっとおかしいのよ。」
「……どうする。もう少し鈍くしてみるか?」
「このままでいいわ。だいぶ……馴染んでいる。」
「おーい、朝メシの差し入れだ。」
マクレーンが無遠慮にドアを開けたが、たちまち聴診器や測定器、枕等々を投げつけられ、あわてて、ドアを閉めた。
理由は、少佐と呼ばれた女。
現在ニューヤーク市警の刑事にして、マクレーンのバディ、モトコ・クサヤギが全裸だったからである。
「デリカシーってものを戦場に忘れてきたのかな、マクレーン軍曹?」
「取り調べ室で全裸になってると誰が思うんだよ!」
「しかたないじゃない。場所がここしかなかったんだから!」
ゼロが、モトコに服を渡した。
「報告があるから、分署を離れられないと言ったのはそっちよ、ね?」
「ああ……おかげで、とりあえず、あそこにいた連中はほとんど逮捕できた。」
ドア越しにマクレーンは言った。
「ほとんど? 全員じゃなくて?」
「市街戦用のモビルスーツに踏み潰されて、あの世にいっちまったのもいる。そっちの取り調べは地獄の悪魔に任せるさ。
あと、モビルスーツのパイロットだかな」
「ああ、あの女の子?」
「名前はナナイ・ミゲル。モトコの見立て通り、オーガスタの強化人間だ。
まだ未成年だし……これは逮捕というより“保護”の案件だな。」
「あのモビルスーツは……」
「基本構造は、市警察の市街地制圧用モビルスーツ『パトレイブ』と同一仕様だ。
メーカーを当たってるが、まだ返事は帰ってきていない。
基本的には核融合炉のかわりに、バッテリー駆動にした代物だ。設計図やらデータが流出しちまえば、模倣は難しくない。
問題はこっちだ―――簡易的なサイコミュが組み込まれている。」
「そうでもなければ、あんなに自然な動きはできないわ。」
モトコはシャツのボタンを止めながら言った。
胸が少々、キツいような気がする。もとの身体と、まったく同じに作ったとゼロは言うのだか、そうするとこれは彼女の好みなのだろうか?
「サイコミュはなにしろ、生産量の少ない装置だ。いくら作ったってニュータイプが居なけりゃ話にならないからな。
だが、強化人間でも動くとなると話は別だ。」
「そっちはわたしも協力してやれるかもしれない。」
ゼロが言った。
「サイコミュの中核部品を作ってるところは限られてる。それを流通させている商社も、ね。」
「ああ。警察の見立ても同様だ。そっちの線を追ってみろ、とさ。」
「開けてもいいよ、軍曹!」
モトコは立ち上がって、くるりと一回転した。うん。身体は万全だ
「地球上だと、その部品を降ろせるところはひとつしかない。」
ゼロはモトコの様子を満足そうに眺めながら言った。
「ネオ香港のタオ商会だ。」
ヨルたちは別室で普通に朝ごはん食べさせてもらってます。