アクシズからの凶星たち。彼女たちはなにを企むのか。
ジュニアクランバトルスクールは、ネオ香港の郊外に位置するはずだったが、乗り込んだバスは、ネオ香港の西部に向かっている。
黒い髪を伸ばした少女(ヨル、と周りからはよばれていた)は、怪訝そうに引率の白衣の女性ゼロ・ムラサメを見やった。
質問するまえに、ゼロは頷いた。
「夕方から、グラナダのやつらと顔合わせを兼ねた食事会がある。場所は市内のホテルだから、そんなに時間はかからないよ。」
「それまで、わたしたち、すこし休憩がとりたいですわ、ムラサメ先生。」
「うん。わたしは教員の免状をもっているわけではない。ムラサメ博士とかよぶやつもいるけど、実際には博士号ももっていない。そもそも学校も出ていないかもしれないのでね。」
「かもしれない、というのはどういう意味でしょう?」
ゼロはコンコンと指先で頭を叩いた。
「記憶がかなり欠落しているんだよ。覚えている記憶はムラサメ研究所の実験棟からだ。
言葉はしゃべれたし、読み書きもできたから、どこかで基礎教育は受けたんだろうが、どこでどのくらい、はさっばりわからない。」
「先生―――と呼ばれるのは好まないと?」
「ムラサメ、もそもそも個人名じゃない。わたしを作った研究所の名前だ。」
困ったひと……とでもいうように少女が笑った。大人びた微笑みだった。
連れの二人、ライラックとセルマはバスの窓から、ネオ香港の街並みを眺めている。
「それだと困ります。“ゼロ”はあなたの―――製造ナンバーみたいなものでしょう?」
「そうだな。しかも“失敗作”だ。」
「ではなんとお呼びすれば……?」
「おまえも自分を“ヨル”と呼ばせてるだろう?
ゼロでいいよ。」
「わかりました、ゼロ。なぜ、わたしたちはネオ香港大学にむかっているのです?」
ゼロは、ヨルの明晰さに満足したように、シートのリクライニングを倒した。
「会わせたい相手がいるからさ。」
「……ニュータイプですか?」
「まさかっ!
コンテンツ制作のプロデューサーだ。まったくの俗物だよ」
「なぜ、わたしたちがそんな人物と会わないといけませんの?」
「理由はいくつかある。
ネオ香港大学の周りは、ゆっくりと長居のできるカフェが多くてね。おまえのさっき言った休憩目的に適している。
それから、彼はジュニアクランバトルスクールに出資してる親会社の社長だ。夕食会のまえに一度、顔合わせをしておいたほうがいい。」
「会う理由まで俗っぽいですね。」
「あとは、おまえが昨日、飛行機の中で、熱心に見ていたシミュレーションバトル。あれを制作しているのが、その男だ。
制作オフィスもネオ香港大学に間借りしているそうだ。」
ふう。
ヨルもまたリクライニングに、身体を預けた。
「……少しゼロのことを気に入った、と言ったら生意気にとられますかしら?」
「それはありがたい。」
ゼロは眼鏡の下で目を細めた。
「どこが気に入ってくれたのだろうかね?」
「あなたも自分を知らない。わたくしと共通点があります。」
ゼロを見つめる視線が赤い。
「もし、わたしの自分探しのお手伝いをお願いしたら、協力いただけますか?」
「条件次第、かな。」
ゼロは目を閉じたまま、つぶやくように言った。
「ニューヤークの倉庫街でのこと、飛行機のなかでモトコと話をしたよ。」
「ああ! あの刑事さん?」
「ギャングどもの“パトレイブ”が突然、制御不能になったのは、外部からサイコミュへの干渉があったらしい。」
ヨルはなにも答えなかった。ただ赤い瞳で、ゼロを見つめていた。
「結果それは操縦系に作用して、モビルスーツを一体、行動不能にさせた。パイロットもかなり損傷を受けている。
別便で、ムラサメ研究所に送ってもらうことになった。再調整して安定させなければ、尋問もできない。」
セロは目を開いて、ヨルを見つめた。
「あれはおまえたちがやったんだな?」
ヨルはゆっくりと目を閉じた。
心の中を読ませまいとするように。
ライラックとセルマ。
ふたりもゼロに視線を向けている。
「だから、手伝いなんてするべきじゃなかったのに!」
ライラックが吐き捨てるように言った。
「そんなことないよお。」
セルマが快活に言った。だがその唇に浮かぶ笑の残酷さ。
「ゼロのお姉ちゃんは、わたしたちの役にたってくれそうだもの!
ねえ。わたしの役にたってくれるよね?」
「条件次第、だよ。」
ゼロは静かに言った。
「ヨルの目的は『自分探し』だったな。
セルマはなんだ?
ライラック?
おまえたち、三人は三人とも違う目的で、動いているという意味なのか?」
三人は、顔を見合せた。
「自分たちもわかっていなかったようだな。
誰かがなにかの目的でおまえたちを、ジュニアクランバトルスクールに送り込んだ。
だが、その目的はひとりひとりが微妙に違う。」
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「そのプロデューサーのN・ロックさん……ですか、どんな方なのかもう少し教えてください。」
大学の正門の受付で、待っている間に、ヨルが質問した。
ネオ香港大学のキャンパスは、わりとオープンである。学生食堂は近隣の住民が使うことも多いし、街そのものが学生街になっている。
だが、長身、白衣、メガネ、ナイスバディと目立つ条件をフルハウスで揃えているゼロ・ムラサメが、十代半ばの少女たちを連れているのである。不審者扱いされないために、きちんと受付によって、N・ロックに繋いでもらうことにしたのだ。
(もちろん、わざわざこんなことをきちんとする者はたいてい不審者である)
「あんまり、予備知識を与えない方がいいかとは思うんだけどね。」
ゼロは、自販機のコーヒーを啜りながら言った。
「わたしは前からつきあいがあるよ。
当時、アナハイム月面支社は、テストパイロットとして強化人間部隊を欲しがっていた。
その調整をしたのが、わたしだ。」
「それがムラサメ研究所のナンバーズ、ですか?」
「あとで食事会のときに紹介してやる。
ドゥーたちとは別物だ。
こまかく調整しながら、仕上げてやるほどの時間はなかったんでな。
主に反射速度の向上や戦闘への恐怖心を無くすために精神改造だな。」
「すごく悪質なことをやってるような気がします……」
「まあ、悪質といえば悪質だが、なにがしかの道徳観念、規範へのの働きかけは、学校でも会社でも似たようなことはやっている。
ただ、恐怖心を殺してしまうと、そもそもの情緒そのものが平坦なものになってしまうのが難点でな。」
「まあ……ではあなたの手による強化人間は、みな感情が死んだロボットみたいな方ばかり、ということですか?」
「あとで、ドゥーやアンたちと会って確かめてみればいい。少なくともわたしが手がけたムラサメの強化人間はそんなことはない。
ただ、アナハイムに依頼された強化人間は、そこまで手をかけられなかった……」
「……」
「これもあとで会って驚け。しょっちゅう、うるさいくらいに大喜利と謎かけばっかりやってる。
わたしが殺してしまった感情を、N・ロックが取り戻させたんだ。やつの言うエンタメの力とやらでな。なのでわたしはやつを尊敬している。
今回もスケジュールをぬって、おまえたちを迎えに行ったのはそのためだ。」
待合室のドアが開いて、黒髪の青年が顔を出した。
ハンサムではあるが、なんとなく緊張感のないとぼけた顔をしていた。
「ゼロさん。お待たせしました。入ってきていただいてよかったのに」
「ヤン、出迎えご苦労!
今日は、こいつらを連れてるからな。」
「あなた方が、アクシズのニュータイプですか。」
ヤン・リーは、少女たちにもていねいに挨拶した。
「ネオ香港へようこそ! シミュレーターの見学まえに食事はいかがですか?
学内にもおいしい食堂はいくつかありますよ?」
「ヤンさん……っておっしゃるのですか?
こちらのメガネをかけているのが、ライラック。こちらセルマ。わたくしはヨルとお呼びください。」
ヨルが、代表して挨拶した。
「できれば、わたくしもシミュレーターに触ってみたいのですが、既存のモビルスーツならすべてシミュレートできるのですか?」
「ほぼすべて、ですかね。ただ試作機のみで実戦に出ていないもの、設計図や企画案しか残ってないものは調整がかなりかかります。
今回のシミュレーションの舞台が、仮想戦記の『ジオンの残光』なので、現実には存在しない機体も多くて……まあ、実際のモビルスーツや作品中の表現から類推してシミュレーターを作り上げているんですが……面白い反面、なかなか苦労も多いですよ。」
「それならぜひ!」
静かに伏せられたヨルの瞳が赤く輝いていたが、根が善人のヤンはそれに気が付かなかった。
ヨルがシミュレーターを触りたがっているのは、彼女たち向けのモビルスーツを探すつもりなのです。