修理を終え、宇宙仕様となったゼフィランサスのまえに立ち塞がる異形のモビルアーマー“ヴァル・ヴァロ”。
N・ロックは悩む。「アムロ乗せれば配信数はいいんだろうけど、賭けのほうが成立しないかもなあ……」
キャリフォルニアベース第二宇宙港の到着ロビー。グラナダからのシャトルが降りたばかりだ。
「ケリィ、こっちだ。」
ガトーが手を挙げた。黒いジャケットには、ケリィのクランのエンブレムが入っている。戦争時代からの付き合いだ。オーナーと所属パイロットという関係だが、口調は友人そのものだ。
「おう、ガトー。」
荷物は小型のカートがひとつだけだった。
ケリィ・レズナーも手を挙げた。
ガトーとケリィ。
両方の手のひらが鳴った。
「わざわざ迎えに来なくてもよかったのに。」
「アムロから頼まれてな。
調子はどうだ?」
「数字的には悪くないな。だが」
「だが?」
「やはり、エースのおまえがいないといまひとつ、配信が盛り上がらない。
話題的には、再来月からスタートする『ジュニアクランバトル』のほうに取られている。」
二人は並んで歩き出した。ロビーの外には、N・ロックが用意した車が停めてある。
「で、こっちのN・ロックのシミュレーションバトルの件、どこまで聞いていている?」
「あまりくわしくはな。だが、アムロから『ぜひ来てください』と頼まれれば、いやとは言えんよ。」
「なにか、借りでもあったか?」
「こっちはヴァル・ヴァロ。むこうは非武装のザクのハンディキャップマッチをしかけたことがある。」
「それは……」
ケリィが開発から携わったモビルアーマー、ヴァル・ヴァロは月面戦闘を意識したモビルアーマーだった。結局、終戦までには間に合わす。
負傷して隻腕となったケリィは、ジャンク屋やクランバトルで稼ぎなら、なんとかヴァル・ヴァロを完成させた。
片手で操縦できるように改修も加えた。
その性能をケリィは試してみたかった。
そして、片腕でも自分がいまもモビルスーツ乗りであることを証明したかった。
結果は。
惨敗である。
ビームとミサイルと機銃もことごくかわされ。
奥の手であるプラズマリーダー。
その高温を発する電磁波の網に、ヴァル・ヴァロを蹴落とされた。
「この前の配信もみたよ。」
ケリィは言った。
ガトーがじっとこっちを見ているので、ニヤッとわらってみせた。
いまガトーとハイタッチをした腕は義手だ。
強く叩きすぎたのではないか。そうガトーは心配しているらしい。
「ああ、腕の方は万全だ。なんなら、いまからアムロとリベンジマッチをしてもいいくらいだよ。
アムロもペズンで愛機を喪ったようで心配していたが、まあなんに乗っても強いんだな。」
「シミュレーションの設定も知っているのか?」
「ああ、ゼフィランサスは宇宙空間ではろくに機動ができない。本当なら宇宙用のバーニヤに換装しないといけないのを無理やり出撃したって……そういう設定だろ?」
「なんだ。おまえもフロドファンか。」
「『シャイの逆襲』は三回見たぜ。」
ガトーは、車のドアを開けた。
N・ロックが用意した車だった。
リムジンではない。大型のSUVだったが、なかは天井も高く広々としている。
「フロドの『0083』も最新話まで読んでいて、最新の配信も観てもらってるなら、話は早いな。」
「まあな。つぎの舞台はずばり月面!
宇宙用に換装の終わったゼフィランサスの復帰戦ってとこだろ。
それで、月面戦闘に詳しい俺をオブザーバーに呼んだ……」
「いい感だな。」
ガトーは、ケリィをほめた。
「そう。こいつはまだ公開されてない最新話なんだが、ゼフィランサスはフォン・ブラウンで、修理をうけ宇宙仕様“フルバーニアン”として生まれ変わる。」
「ずばり的中か! おれもなんか仮想戦記を書いてみるかな?」
「だが、その先が少し違う。」
運転席に座るガトーだが、運転そのものはフルオートに近い。ナビにネオ香港大学を指示しただけだ。
「フルバーニアンは、月面でジオンのモビルアーマーと戦うことになる。その名前は……」
「おい……まさか……」
「ヴァル・ヴァロだ。そしてそのパイロットは、ケリィ・レイズナーという。」
ケリィは呆然と、口をあけた。
「……な、なんだ? なんで大戦当時には、図面しかないヴァル・ヴァロなんてひっぱりだしてきた?
それに……ケリィ・『レイズナー』だと?」
「どう考えてもおまえがモデルだよ、ケリィ。」
「しかし……なんで。フロドはヴァル・ヴァロを知ってる……いやなんで俺を知ってるんだ!!」
*********
いち早く復興をとげたネオ香港は、極東の政治・経済の中心であると同時に、観光地としても多くの人を集めている。
ニューヤークの刑事たちが宿をとったのは、その中でも中の下にランクするホテルである。
1階にバーとレストラン。
部屋は狭いといえば狭いが、バスとトイレがあり、清潔。
食事を1階ですませてから、マクレーンはバーに移動して一服つけた。
ダブルのジムビーンを流し込んでから、部屋に戻ると、彼のバディは難しい顔で姿見のまえにいた。
シャワーを浴びたところらしい。
まだ髪が濡れていた。
鏡の前でゆっくりと身体をひねったり、くるりと回って背筋の様子を眺めたりしている。
扇情的な光景ではあったが、マクレーンは反射的に違うことを連想してしまった。
「おい、どうした? なにか身体に違和感か……」
ぐっしょりと濡れたバスタオルが、顔に叩きつけられる。
すまん、と呟きながら、マクレーンは回れ右した。
ベットはダブルである。
簡単なソファセットもあったので、マクレーンはそこで寝るつもりではあったが……
「違和感はないわ。」
モトコはそう言った。
「というより、無さすぎるのよね。少々頑丈でパワフルなことを除けば、自分の身体とまったく同じに感じられる。」
モトコ・クサヤギの体は義体である。
義手や義足といった程度のものではない。もともとの彼女だった部分は、脳髄と神経節の一部だけだ。残りはすべて、ムラサメ研究所のゼロ・ムラサメが作り上げたものである。
ちょんちょんと肩をつつかれた。
マクレーンが振り向くと、モトコはバスローブを羽織っていた。
「タオ商会の取り引き明細は?」
「ニューヤークに送ったわ。」
彼らは、サイコミュ部品を横流しした犯人をおっている。
サイコミュ搭載のモビルスーツを犯罪組織が所有する―――このシャレにならない状況を未然に叩いておこうというのだ。
幸いにサイコミュの中枢となる部品は、地球製ではなく、その販売ルートは限られていた。
マクレーンとモトコは、その部品の取り引きリストを見せてもらったのだが。
もちろん、電子的なデータではない。
紙の書類を見せてもらっただけだ。
それでは証拠にならない。商会側としては好意で協力してくれたにせよ、そういった情報が自分のところから流れたと痕跡が残るのは、望ましくはない。
ただし。
モトコの身体は義体だった。
ゼロ・ムラサメが「マジメに作った」と、豪語したように、たとえば、皮膚の下に刃物を仕込むとか、肘の関節を90度跳ねあげるとマシンガンが出てくるとか、そう言ったギミックはまったくなかったが、その目が高性能なカメラになっていて「記憶」に取り込むまでもなく「撮影」して、そのデータを「送る」ことくらいは、追加デバイスなしでやってのけたのだ。
「証拠」として採用できるかはともかく、その取り引き内容は仔細に検討することができる。
「感想は?」
モトコは、ソファに座ったマクレーンに、かがみ込むようにした。
バスローブから胸元が覗く。
「いい仕事をしたんじゃないか、俺たちは」
マクレーンはタバコを取り出しかけて、このホテルが全室禁煙だったのを思い出して、またしまった。
「マ・クベの壺を人質にとったことを有難がってくれている御仁がタオ商会の幹部にいたのは、ラッキーだった。」
ドスッ
脇腹にかなり力のこもった拳が叩き込まれた。
ぐえっ
と、マクレーンは呻く。
「じゃなくて、わたし、よ。
感想は?」
「いや、バランスはいいが、もう少しケツがでかい方が……」
「実にニューヤーク的な発想ね。」
モトコは身体を離した。
わずかに、いい匂いが残るのを、マクレーンは不思議に思った。どこまで、正確に人体を作るにしても体臭まで、再現出来るものなのだろうか、ゼロ・ムラサメ博士は?
「タオ商会の部品の流れは、ニューヤークに任せましょう。たぶん、議会……おそらくはガルマ・エッシェンバッハあたりが興味をもってくれるわ。」
「ならこれで、出張は終わりか。」
「明日からもうひとつの方の捜査に入るわよ?」
「もうひとつ……」
ブオオッ
モトコがドライヤーを髪に当てている。
そんなことをせんでも、自動乾燥とか。なんか便利な機能はないのだろうか。
「サイコミュに外からちょっかいを掛けられる特殊能力者の調査よ。」
「ああ。紅サソリ団が使ってたサイコミュ搭載のパトレイブがいきなり酔っ払った件か。
そいつはたしかに大問題かもしれない。」
マクレーンは言った。
「ジオンは今後、軍の中枢に、モビルスーツ。それもニュータイプによる精鋭部隊を据えるだろう。
もし、外側からサイコミュに影響を与えられるとなると、その構想がぜんぶひっくり返る。」
そう言いながらも、モトコの背中をじろりと睨んだ。
「……だがそいつは、ニューヤーク市警の手を出すべき範疇か?」
「その能力者はおそらくは、ゼロが連れていたあの三人のうちの誰か、よ。」
ショートヘアのモトコの髪はすぐに乾く。 ドライヤーをとめて、彼女はバディを振り返った。
「同じことに気がついたら、ジオンであれ、連邦であれ、犯罪組織であれ、あの子たちを抑えにかかるでしょうね。
わたしたちは、ニューヤークの“準市民”であるあの子たちを保護する義務があるわ。警官としてね。」
「無茶な! あの子らはアクシズから帰還した。ということはジオンの国民だろう。なんでニューヤークの」
「ゼロ・ムラサメはニューヤークの市民権をもっているわ。そのゼロが保護して連れてきた少女たちにも、市民に準ずる権利が発生するのよ。」
無茶苦茶だが。
モトコが言ってることが本当なら、ニューヤーク市そのものが動いているということになる。おそらくは、エッシェンバッハ家かフリードルフ家が。
「おまえはあれだな。グツグツ煮えてるポタージュを素手ですくおうとするタイプか?」
「ひとのことは言えないと思うけどね。」
モトコはダブルベッドにダイブした。
クッションはなかなかよさそうだった。
半ば枕に顔を埋めながら、片目でマクレーンを眺めた。
「横で寝たいのなら、シャワーを浴びてきて。
明日は郊外でやってる『ジュニアクランバトル』に行くわ。あの三人もそこにいる。
ミドルティーンのお子さまが中心だからくれぐれも威圧的にならないようにね!
髭はそっておいてほうがいいわ。」
ヴァル・ヴァロのパイロットはまあ、ケリィがするんでしょうけど、フルバーニアンには誰を乗せようかな。コウだと、0083そのまんまだし。