ジュニアクランバトルスクールは、そんな学校が正式にあるわけではない。
N・ロックがジュニアクランバトルリーグを開設するために候補生たちを訓練、育成するための組織だ。
参加しているのは、アナハイムが密かに「ニュータイプ部隊」として訓練させていた少女たち、通称ガールズ。
それに、フラナガンスクールからN・ロックが引き抜いた少年たちである。
「……全員がニュータイプ、または強化人間ってこと?」
モトコが呆れたように言った。
「逆の発想だよ、少佐。」
N・ロックの紹介状を裏返したり、逆さにしたりしながら、ショートカットの赤毛の少女は言った。
小柄だが、胸のボリュームはなかなかなものだな、だがもうちょっとケツが……
とマクレーンが考えるのを、モトコがジロリと睨んだ。
「ニュータイプでもない未成年の少年少女に、試合とはいえ、モビルスーツのバトルなんてさせられるもんか。」
「それは道理だな。ええっと……」
「マチュ。ここで臨時講師をしてる。」
「あなたが……?」
モトコか怪訝そうな顔になったので、マクレーンは慌てて口を挟んだ。
「“狂犬”マチュ。2つ名もちのクラバランカーだ。」
ムスッとしたマチュの表情は変わらない。
「いや、わたしのどこが狂犬なんだ……」
とブツブツ言っている。
「すまなかったわ、マチュさん。」
「マチュでいいよ、少佐。」
「ありがとう、マチュ。それで要件なんだけど」
「うん。ここに書いてある。ヨルたちに会いたいんだって?」
「ああ、そうだ。詳しくは話せないが、サイコミュの横流しを追っててね。彼女たちがその重要な情報を持ってる可能性がある。」
マチュは、なおも手紙を睨んでいる。
「いや、本物だぞ? クワトロ氏から紹介してもらったN・ロックというここのオーナーからもらったもんだ。」
「いや、N・ロック自身がいちばん信用ならないから。」
プッと、モトコが吹き出した。
「気が合うかもしれないわね、わたしたち。」
「俺たちは、初対面じゃないんだ。
ゼロ・ムラサメがニューヤークに彼女たちを連れてきたときに会ってる。」
「ゼロも信用していいのかどうか……」
そりゃそうだ!
マクレーンは心の中では頷いた。
世間がいうほど、「マッド」サイエンティストではないのだろうが、まったくの清廉潔白かどうかは怪しいものだった。
「まあ、いいよ。じゃ、みんなのところに案内するよ。」
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マチュは荒っぽい。
市街地を抜け、耕作地を抜け、荒野を走る。
実際にモビルスーツを動かすのは、市街地やその近くでは無理だから、当然といえば当然だ。
「ホントはもう今日は帰るつもりでいたんだ。」
と、ハンドルを握りながらマチュはぼやいた。
「それは悪いことをしたな。」
マクレーンは言ったが、マチュは
「……まあ臨時のボーナスでももらうから」
と流した。
「場所だけ教えてもらえば、わたしたちだけでもよかったのよ?」
とモトコがいうと、この少女ははじめて、ニヤリと笑った。
「ニューヤークのデカさんをうちの生徒に合わせるのに、わたしが同席しないわけないじゃん?」
「へえ?」
助手席のモトコが肘で、マチュを小突いた。
「ちゃんと先生してるんだね?」
マチュは怪訝そうにその感触を確かめている。
「……ん? ごめん、強すぎた?」
「いえ……ねえ、少佐。間違ってたら悪いんだけど、少佐の腕って作り物?」
「ああ……なんでわかったの?」
「グラナダのクランオーナーで、ケリィさんってひとがいてね。戦争で片っぽの手が義手なんだよ。その感触に似てた。」
うんうんと、勝手に頷く。
「そっか。その腕を作ったのもゼロなんだね。それで繋がったよ。」
利発そうではあるが、ごく普通のティーンエージャーに見えるマチュだが、おそらくは、いや確実にニュータイプなのだろう。
「当たりよ。さすがは“狂犬”マチュね。」
とモトコが言うとマチュはまた黙り込んだ。
「あぁぁぁっ……と。あんまり好きな2つ名じゃないって言ってたよね。ゴメンなさい。」
「……まあ、クラバって荒っぽい仕事なのは違いないし。しょうがないって思ってる。」
気を取り直したようにマチュは言った。
「アムロなんかあれで、白い悪魔だもんね。」
「クラバのトップランカーを知ってるのかい、マチュ?」
マクレーンが言った。
「うん、一緒に暮らしてる。」
あっけらかんとマチュは言った。
ふたりの表情をみて、誤解させたのだとわかったのだろう。あわてて、付け加えた。
「いや、同じコンドミニアムってだけで、部屋は別だよ?
それにわたしだけじゃなくて、ニャアンって子も一緒だし!」
「なるほど……」
マクレーンが呻いた。
「さすがは、『白い悪魔』」
「いやそういう意味じゃねえし!」
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「あれ?
マチュ、先に帰ったんじゃないの?」
髪の長い少女が言った。
「ニャアン、おつかれ!
N・ロックさんから連絡。昨日来た刑事さんたちを案内して欲しいって。」
これがニャアンなのだろうか。
たしか“病み猫神”の二つ名をもつクランのランカーだったはずだ。
「もう、そろそろあがるつもりだった。」
そう言ってニャアンは、後ろを振り返った。
広大な敷地だ。
と言うより、たんなる荒野を整地しただけのようにも見える。
滑走路らしきものと、管制施設がポツポツとあった。
午後の日は大分傾いてはいるが、そこで繰り広げられている光景に、モトコとマクレーンは唖然とした。
モビルスーツが……
走っている?
滑走路の周りを、払い下げのザクたちが延々と走っているのだ。
「あれは、なにしてる?」
「ランニング。」
ニャアンか事もなげに答えた。
離着陸のできるようにした滑走路スペースの周りを。
旧型のザクが。
黙々と走っている。
ただそれだけの動作だ。
ニャアンがメガホンを手に取った。
「ようし!今日は終了!!」
走っいたザクがとまった。
まるで人間がするようにその場でしゃがみ込んだり、仰向けに倒れ込んだりする。
「なにをヤラせてる?」
「ランニング」
「いや……その……」
マクレーンは軍あがりだ。自身はパイロットの訓練を受けたことはないが。
モトコのほうを見やったが、彼女もわけが分からんというように首を振った。
「みんな月面やコロニーの出身者だよ。」
マチュが言った。
「まず有重力下歩くことに慣れないと戦闘どころじゃないからね。」
「歩くのはモビルスーツだろう……?」
「振動を感じるのはコクピットのパイロットだよ。長い移動はホバリング走行で。もっと長い移動は、機体を変型させて、飛べばいいんだろうけどね。でも基本的な動作によるコクピットの揺れで目眩を起こしてもらってても困るんだ。」
「コロニーにも重力はあるぞ?」
「ジャンプすればたちまち軽減されてしまう擬似重力だね。
地上でクランバトルをする際に、参考にならないよ。」
マクレーンはなおも反論しようとしたが、ザクのコクピットから降りてきた練習生たちを見て、考えを改めた。
ほんの数人を除いて、息も絶え絶えである。
なかには動けずに、地面に蹲るものもいた。
「ザクの膝のほうがイカれないの?」
モトコが尋ねた。
「武器はもってないし、装甲は一部外してるから。」
とマチュ。
「あの3機だけは、足になんか追加部品をつけてるみたいだけど?」
「よく見てるねえ、少佐。」
“狂犬”は牙をむき出して笑った。
「あれは鉄下駄だよ。」
「なんでそんなものを」
「あの3機―――ヨル、セルマ、ライラックは。なにかとアクロバティックな動きをしたがるんでね。今はそれより、基本動作とそれによるコクピットの振動を体感してもらいたかったから、重りをつけたんだ。」
さすが―――というか、ヨルたちは動けなくなるような醜態は晒さなかった。
だが、流石に疲労しているようだった。
いちばんダメージがきている若草色の髪の少女―――たしかライラックといった―――に、精悍な少年が手を貸してやる。
空港で別れてからまだ数日しかたっていない。
「ヨル! セルマ! ライラック!
お客さんだ!
残りの者は、着替え。30分後に宿舎までのバスが出るよ。」
「サー! イエッサー!!」
「わかったあ」
「晩御飯なにたべる?」
「ネオ香港大学の学生街にいってみたい!」
練習生たちは、ある程度余裕があるもの、息も絶え絶えのものに二分化されていた。
マクレーンがそう言うとマチュは頷いた。
「そうだよ。ドゥーやトロワは、クラバも経験してる。ムラサメ研究所や……えっと、名前は出せないけど某所の強化人間だね。それ以外のぐったりしてるやつらは、フラナガンスクールやアナハイムのニュータイプ部隊のやつら。いちばんグダグダなのはネオ香港のパイロットスクールからの特別参加生ね。」
「なんかセルマたちに用事なの、教官。」
金髪をツインテにした少女がとことこと近づいてくる。
「あ、ニューヤークの刑事さんじゃん!
どうしたの?」
「あんたたちに聞きたいことがあるらしんだよ。」
マチュが言った。
「なんか身に覚えは?」
「えー? ネオ香港大学のAIシミュレーターのハッキングと仮想空間で、白い悪魔を撃墜しそこねたくらい?」
若草色の髪にメガネの少女は、身体を支えてくれていた少年からそっと離れた。
「ありがとうトロワ。ここまでで大丈夫。
なんかこの刑事さんたちがわたしたちに用があるみたい。」
トロワと呼ばれた少年は、カミソリに似た視線を、マクレーンたちに投げかけた。だが、すぐ目を逸らす。
「……わかった。なにかトラブルがあったら連絡しろ。」
一番後からきたのは、黒く長い髪の少女、ヨルだった。
こちらも蜂蜜色の髪をしたなかなかの美少年と一緒だった。
「それでは、ユリアン。」
ヨルは少年に丁寧にあたまを下げた。
「また明日。良い夢をみましょう。」
「そうだね。」
それから、マチュに向かって言った。
「マチュ先生。
刑事さん……ですか? なにかあったんでしょうか。」
「わたしも、くわしくは聞いてない!」
。」
とマチュは答えた。
「でも並行世界からシャロンの薔薇の首を取りにきてるみたいだから、そりゃあ、警察にも目をつけらるわ……ってガンダムが言ってる。」
ヨル、セルマ、ライラック。
三人がなんとも言いようのない目で、マチュを睨んだ。
マチュ……あんまり勘でホントのこと言うと危ない子に見られるぞ!?