「なにか飲むかしら?」
ヨルにそう言われて、ライラックは少し迷ってから、「ミントティー」と答えた。
「セルマは、メロンソーダ!!」
「自販機にあるメニューだけにしてね」
ヨルはそう言いながらも、メロンソーダを買ってやる。マクレーンたちと話し込んだせいで、休憩室に入ったのは、ほかの生徒たちより少し遅れていた。
シャワーブースは人数分もないので、待たずに使えるのはヨルたちにはありがたい。
「あまりゆっくりはできませんわよ?」
ヨルは、自分でアイスクリームを買ってソーダに落とし、ちゅうちゅうし始めたセルマを見ながら言った。
「セルマたちが行かなきゃ始まんないんだから、ちょっとくらい待ってくれるわよ!」
ツインテールの少女は、もう髪を乾かし終えて、結び直している。
ヨルは鏡の前に座って、ドライヤーを当て始めた。
「わかってる?
マクレーンさんたちは敵よ?
少なくとも、わたしたちの能力や目的については、知られない方がいいわ」
ライラックは冷静に言った。休憩室には三人しかいない。
送迎のバスは、さっき出発してしまった。マチュが乗ってきたバンには、ヨルたち三人は乗せられないので、急遽マイクロバスを頼んでいる。
その到着までは、まあ、あと三十分以上はかかる。
時間感覚としては、メロンソーダをちゅうちゅうやっているセルマのほうが正しい。
「それを言い出したら、アムロ・レイも狂犬先生も病み猫さんも敵になるわ」
ヨルの紫を帯びた黒髪が、ドライヤーの風に舞う。
「でも、どういうものか――敵にしてしまうのは、申し訳ない気がするわ」
「この宇宙の可能性をつぶすんだもの」
ライラックが硬い表情で言った。
「どっちみち敵になる」
「なら多少は、口裏は合わせておいた方がいいかしら?」
ヨルはドライヤーを止めた。
「さあ、効果があるかしらね」
ライラックの口調は冷たい。
「あなたが、ニューヤークであのならず者どものモビルスーツの動作に介入したこと。セルマのハッキングで、シミュレーション空間に侵入したこと。
いずれにしても、ただ者ではないとバレてるわ。
誤魔化して、誤魔化し切れるものなのかどうか、ね」
「いっそ、話してしまいましょうか」
ヨルの動作は優雅に見えて、機敏で無駄がない。
シャツの上から、「ジュニアクランバトルスクール」のエンブレムの入ったショートジャケットを羽織る。
「ほかの宇宙からシャロンの薔薇を摘みに来た刺客なんだって」
「信じてもらえないのはいいとして、なんか病んでるヤツだと思われたら、行動に制限がかかるわ」
ライラックはクイッとメガネを上げた。
ずっ。
ずずっー。
「これから食事なのに、アイスクリームなんて食べて大丈夫なの?」
ヨルはセルマに言ったが、セルマは平気な顔で笑った。
「セルマはねえ! デザートは別の袋に入るんだっ!」
ヨルたちは、バスの発着場に向かう。
マチュや刑事たちも適当に雑談をしていたようだ。
「やあ、バスはあと五分で来る。
ちょうどいいタイミングだ。」
マクレーンが笑顔で手をあげた。
「飛行機のなかといい、いろいろとお世話になりますわね、刑事さん。」
ヨルは静かに言った。中身はともかく、こういったところは、彼女は3人のなかではマシなほうではある。
「話をしてたんだよ。マクレーンさんはシャアさんとも知り合いなんだって。ニューヤークで、テロがあったときにサポートしてくれたらしい。」
マチュらしい率直な言い方だった。
「それで、あなたは?」
蜂蜜色の髪をした少年は、いたずらでも見つかったような顔をした。
ユリアン・ミント。
一応、ジュニアクランバトルの生徒のひとりではあるようだが、自宅がここネオ香港なので、スクールに参加しているのはみたことがなかった。
今回は、ネオ香港のパイロットスクールからの講習生という立場で参加していた。
「アムロから連絡があってね」
と、マチュは言った。
「どうせ予定より人数も増えることだし、奇術師さんも呼ぼうってなったんだ。で、レトリイバアにも声をかけたわけ!」
マチュが親しいひとを適当なあだ名で呼ぶのは、知っていたが、わからないところがある。
ヨルは、苛立ちを笑みに隠した。
「奇術師さんてっていうのは、ネオ香港大学のヤンさんのことですわよね?
で、レトリイバアがユリアンくん?」
「ハンドルネームだよ。フロドのファンクラブのチャットやメッセージのやり取りに使う。なんだか、マチュ……先生にそのまま、あだ名にされてるんだ。」
*********
大皿で提供される料理を取り分けやすいように、丸いテーブルの中心部が回転するように作られているのが、このレストランの特徴だ。
料理の方は、漠然とした東洋料理。
刺身もでるし、前菜として出されたのは、生春巻き。学生が相手の店なので、量はたっぷりある。
肉料理を所望したシゥ・クイシェのために、アムロは焼肉を追加した。
テーブルの中心部に置かれたロースターには、肉が焼かれ、香ばしい匂いを振りまいている。
肉は焼けるそばから、シゥ・クイシェの胃袋に消えていった。
ビールの味には一言あるチェンも、ここの生には満足したようである。
イェはあれこれと、クワトロのことを聞きたがった────アムロは返答に困った。
N・ロックのところの仕事の関係で、顔は合わせているのだが、ララァのことを思うとと、あまり、彼のことは話したくなかったのだ。
郊外から移動してきたマチュたちは、30分ばかり遅れただけだったが、その間にもアムロは大ジョッキと肉の追加を2回している。
「あなたが『白い悪魔』?」
笑みを含んで女性の刑事のほうが、手を差し出した。
握り返したアムロは、妙な顔をした。
「どうしたの? 」
「……失礼ですが、ムラサメ博士のところの強化人間でしょうか?」
「それはニュータイプのカンとか、なのかな?」
「いえ……腕の筋肉の動きにゼロさんの手が入ってたような気がして。間違ったらすいません。」
「いえ、いいわ。概ねその通りよ。」
そう言って女刑事は、自分と後のバディを紹介した。
「わたしはニューヤーク市警のモトコ・クサヤギ。うしろのむさいのは、同じくジョナサン・マクレーン。」
マクレーンはタバコを取り出しかけて、またしまった。
「『白い悪魔』に会えて光栄だ。」
「光栄、なんですか?」
「何度か儲けさせてもらってる。
今日はお客さんを迎えての会食なのに悪いな。」
「ああ。」
アムロはグラナダからきた三人を紹介した。
「グラナダからいらしたチェン老師、イェさん、シゥ・クイシェさん。」
え?
アムロの全身が硬直する。
空間が歪んだ────ような気がした。
三人の拳士は、刑事たちを見ていない。
その視線は真っ直ぐに、ヨルたち三人を見据えていた。
その気配にいち早く気づいたマチュが、ヨルたちを庇うようにまえに出た。
「ちょっと……伝承者だかなんだか知らないけど、うちの生徒たちに手を出すんなら」
「いや……荒事にするつもりはないんだ。」
チェンが頭をかきながら、言った。
「というより、見つけたあとのことをどうするかまで考えていなかった……というか。」
ふん。
つまらなそうに、シゥ・クイシェは鼻を鳴らした。
その手が。
動いた。
アムロは。マチュも。
彼がなにをしたのかは分からなかった。
反応できたのは、モトコだけだった。
バシイッ!
伸ばした彼女の手のひらが、シゥ・クイシェが投擲したものを受け止めた。
「いたっ……」
モトコがぼやいて、受け止めたものを開く。
鉛玉だった。
「殺人未遂の現行犯で逮捕してもよくなったかな、これで。」
シゥ・クイシェは実につまらなそうだった。
「あんたは強そうだけど、技術がねえな。モトコ・クサヤギ?」
彼は無表情のまま、言った。
「それに観察眼に欠けている。
素手の戦闘は専門じゃないな。兵隊上がりか?」
「どういう意味かな?」
モトコの目が細くなった。
「おまえこそ。マチュからは拳法使いときいていたが、こいつは暗器だろう。
……暗殺が仕事か?」
「違うな。おれの流儀はもともとが無手の戦いだ。これはグラナダで、そこのイェから習った。」
「当たれば骨が砕ける」
モトコは凶器を手の上で転がした。
「これをあんたは年端のいかない少女に投げつけたんだ。外れるように投げたとかいう言い訳はきかない。
わたしが止めなければ、こいつはヨルの頭を砕いてた」
「その髪の長いガキが、ヨルというのか?」
シゥ・クイシェはそっぽをむいた。そればかりではない。
再び、腰をおろすと新しい肉を焼きはじめた。
「おまえが止めなくてもそいつはかわせてた……」
モトコは、ヨルたちを振り返った。
「……そうなのか。」
ヨルは返事をせずにただ微笑んだ。
「鶏肉のフォー。それと餃子。パクチーは別皿で。」
睨み合う彼女たちをよそに、ニャアンはとっとと席に座って勝手にオーダーをしていた。
緊迫した状況を一変させたのが、『奇術師』の登場だった。
とぼけたような表情で、彼は平然と睨み合う二組の間に合い入り込んだ。
「遅くなってしまった。申し訳ない。」
それから、マクレーンの顔を見て驚いたように言った。
「あ? あなたはたしかニューヤークで会場警備にきてくれた刑事さんでは?
シェーンコップ少佐から話はうかがっています。
ヨルさんたちもお疲れ様。
チェン老師もご無沙汰しております!」
「提督!」
ヤンに絶大な信頼をおいているユリアンが叫んだ。
「提督はやめてくれ、ユリアン。」
ヤンは困ったように頭をかいた。
ここはネオ香港大学に近い学生街である。
ヤンは現場から直行なのだろう。くたびれたシャツにジャケットを羽織っていた。
「とくにマクレーンさんの前では!
彼はへんな評判ばかりたてられるわたしと違って、ホンモノの大戦の英雄なんだからね。」
「あんた、元連邦軍参謀の奇跡のヤンか!」
マクレーンは叫んだ。
「たしかフリードルフ家のパーティに来ていた……薔薇騎士団を会場の護衛に呼び寄せたのもあんただったな!?」
「シェーンコップ少佐とは腐れ縁なだけですよ『カウボーイ』。」
ヤンはヨルたちを手招きして、席につかせた。
「ああ、アムロくん。今日の食事会のことが、N・ロックさんにバレてしまってね!」
「いえ、別に秘密にするつもりでは。
でもチェン老師たちは別に、捨て猫同盟でよんだわけではないので」
「経費でいいそうだよ!」
「え、でも今回は別に、配信の仕事とは関係ないので……」
「チェン老師たちは、いまアナハイム・エレクトロニクスの月面支社の警備を引き受けてくれているわけだろう?
まったく関係がないわけではないからね。」
ヤンはユリアンやヨルたちを促して、席につかせた。
「というわけで、本日は未成年も参加の食事会になります。あまり飲み過ぎないように!」
マクレーンさん……この状況でヨルたちをうまく「取り調べ」出来るのでしょうか……