街はまだ眠らない。
一応、ニューヤーク市警の身分証明書の提示させられたが、事情聴取もなく解放とは!
ククルス・ドアンという男のネオ香港への貢献は相当なものなのであろう。
アムロは、ヨルたちを連れて、ジュニアクランバトルスクールの寮に向かった。
マクレーンたちは、バーに腰を落ち着ける。
デバイスを弄っていたモトコが、顔を上げた。
「サザンクロス隊のククルス・ドアンよ。」
「サザンクロスだったら、名前くらいはきいたことがあるぞ。」
マクレーンは言った。
「ジオンの地上降下部隊のなかでも、精鋭中の精鋭だ。」
「ドアン自身は、民間人を巻き込んだ戦闘に嫌気がさして、終戦前に軍を離脱しているわ。」
「よく、軍法会議にかけられなかったな。」
「彼は戦災孤児を保護していたのよ。
負け戦だったらともかく、勝ったジオンはだいぶ寛容になっていたみたいね。」
そこは襲撃された現場から、すこし歩いたところにあるバーだった。
暗くて、狭くて。
居心地がいい。
この手の酒場を見つける才能は、マクレーンに備わっていたようだった。
予想外だったのは、チェンたちもついてきた事である。
おかげで、あまり捜査に関連する話もできない。
「刑事さんたちは、どっちも軍上がりネ?」
童顔のイェが酒場に入るには一悶着あったが、彼女は軽々と押し切った。
「そうだな。だが俺は職業軍人じゃない。もともと警察で、軍に引っ張られた口だ。」
「そっちのモトコさんは?」
「ああ、わたしは公安よ。まあ組織図としては別だけど、警察関連ではあるわね。」
「そりゃ、知らなかったぞ。」
マクレーンは驚いてモトコの顔を覗き込んだ。
目が僅かにとろんとしていて、顔が赤い。
前のレストランからけっこう飲んだので、当たり前ではあるのだが、当たり前ではない。
モトコの身体は、大半が義体である。
飲み食いが出来るだけでも信じ難いのに、酔っ払った表情までうかべることができるというのは、いったいどんな技術なのだろう。
「対テロリストチームの一員よ。」
「なら、そっちに戻るのか? いずれは。」
「そこら辺は流動的よ。わたしはわたしを───わたしの腕を必要としてくれるところに行くつもりよ。」
「きみたちは、あの三人をどうみた?」
チェンが唐突に言った。
「……あんたらもただ者じゃないんだろうな。」
マクレーンはため息をつく。
たしかに、チェンたちはアドバイスはしてくれたが、戦いには介入しなかった。
それは、面倒だからでも、まして恐れを抱いたからでもない。
単純にマクレーンと相手の実力差を見抜いて、助太刀の必要がないと判断したからだ。
「まあ、警察なら立場上、話せないこともいろいろあるだろうが。
まあ、大佐やあるいはアナハイム月面支社から伝手をたどる手もある。
しかし、場合によっては協力も出来るかもしれない。
どうするね?」
チェンは飄々と言った。
「まあ……レストランでも話はだいぶ聞かれてるしな。」
「そうね。あなたたちのことをもう少し聞かせてくれれば、捜査のことも話せるようになるかも、ね。」
モトコが言う。
「わたしたちは、ご覧のように旅の拳術使いだよ……」
「いま、アナハイム月面支社からの伝手があるといってたわよね?
クワトロとも知り合いの?」
「なるほど」
真面目な顔で、チェンは頷いた。
「あたまの回転も悪くないと言うことだな。」
「答えにくければもうすこし質問を絞ろうか。」
マクレーンは、ウイスキーのダブルを注文した。チェイサーと氷は別にもらう。
「その拳法の達人で、アナハイム月面支社の保安部がなにをしにネオ香港に来た?」
「……頼まれたのだよ。
この世界を刈り取るために招かれた凶星をみつけ、それを止めて欲しいと。」
「まさか、それが……」
「ああ、あの三人に間違いないだろう。」
チェンが飲んでいるのは、温めた紹興酒だ。
ひとつまみ、氷砂糖をいれている。
ツマミは、ナッツの盛り合わせに、ビーフジャーキー。それにさっき買い込んだ肉まんだ。
「しかし言ってることがわからないな。『この世界』を刈り取るということは、あの子たちが別の世界から来たとでも?
……マチュがそんなことを言ってはいたが」
無理に信じなくてもいい。
チェンの表情はそう語っていた。
「なんでそれがわかったんだ?」
「わたしはすこし長生きをしていてね。」
チェンは言った。
「ひとの世の『因果』をみることが多少は出来るんだ。
あの子たちは、この世界でないところの因果を引きずっている。
証拠をだせと言われるとなにも出せないが。」
「ではその───」
ありえない話だとは思いつつも、マクレーンは笑い飛ばす気にはなれなかった。
たしかに彼とモトコは、あの三人がサイコミュを遠隔でハッキングするという超常能力者ではないか、という疑いで近づいたのだ。
「そんな厄介なやつらが地球に来ているとどうしてわかったんだ?」
「聞いたんだよ。別の世界から来た人物に。」
「それが誰か聞いてもいいか?」
チェンはまっすぐに、マクレーンの目を見つめた。
マクレーンはガラにもなく背筋に寒気を感じた。チェンの視線は、静かで、重く、彼が生きてきた期間が途方もないことを否応無し感じさせた。
見かけは……
若くは無いが老人ともいえない。
顔にはほとんど皺はないし、腰も曲がってはいない。
それなのに。
その目にはなんの感情も浮かんでいない。
深い深い海の底を覗き込んだような。
怖い。
というのとも違う。
脅威を感じる訳でもない。
ただ、それはあまり前の刑事であるマクレーンの理解を拒んでいた。
「まあまあ」
モトコが、マクレーンの肩をつついた。
「あなたもわたしもそうそう普通じゃないわ。胸をはって、おたずねしましょ?
チェン……あなたにヨルたちの到来を予言した異世界人って誰かしら。」
「ディアナ・ソレルだよ。」
普通にそう言って、彼はタンと音ディアナはをたてて、紹興酒の盃を置いた。
「ディアナ・ソレルって、ディアナ教の神様よね。
それって、いわゆる『神託を受けた』って意味なの?」
「もう少し具体的だ。
冬眠カプセルで眠っている彼女は、意識は目覚めている。
ごく限られたものならば、意思の疎通は可能なんだ。」
「……それを信じろと?」
「信じろとも言わんし、信じて欲しいとも思わない。
だが、あんたらは気分のいいひとたちだし、わたしもこのひと時が楽しかった。
その礼のつもりだよ。」
「それならわたしたちもすこし話しておく。」
モトコは言った。
「わたしたちはサイコミュが搭載された小型モビルスーツ『パトレイブ』が犯罪組織に流れた事件を追っている。
これは表向きの理由で、追っかけてるヤマはもうひとつ。」
小腹が空いたな。
とチェンはマスターを呼んで、腸詰めの盛り合わせと干物を頼んだ。
「サイコミュに干渉して、自分が乗ってもいないモビルスーツを行動不能にできる特殊能力者を探している。
わたしたちはあの三人がそれなんじゃないか、と考えてるんだ。」
「そこまでわかってて、あの子たちを逮捕できない理由はなにネ?」
「あの子たちは、ジオンの人間だ。ニューヤーク市警も含めて、連邦が裁くことはできない。くわえて彼女たちはいまのところなんの罪も犯していない。
モビルスーツへの干渉については証拠がなく、さっきの戦闘は正当防衛だ。」
マクレーンは、グイとウイスキーを飲み込んだ。
熱いものが喉を流れていく。
「さっきの別世界云々は与太話としても、だ。
あの子たちが危険な存在だということはお互いに同意できるようだな?」
「……まあ。」
曖昧にチェンは答えた。
「で、どうも俺たちもあんたらも、その対処まで共通の部分があるようだ。
俺はこんなふうに考えている────あの子たちが、どんな能力を持っていても、なにもしでかさないでくれればそれに超したことはない、と。」
「ほう。」
チェンは驚いたようだった。
「それはたぶん警官としては相応しくないような気がするのだが。」
「俺はベテランの警官でね。」
「わたしも……そうだな、拳士としてはベテランの域にいるだろう。
たしかにわたしも同じような結論に達している。
彼女たちがこの世界を『刈り取る』にはもったいない。そう思ってくれるのに越したことはないと。」
マクレーンが、ウイスキーのグラスを持ち上げた。
チェンの盃と縁を合わせる。
「俺も、もう若いもんをしょっぴいて手柄にするような年じゃないんでね。できれば、誰も傷つかずに済むのが一番だ」
紹興酒と、バーボンのダブル。似合わない組み合わせだが、このバーには似合っていた。
「で、具体的にはどうする? ずっとストーキングでもするのか、カウボーイ?」
モトコが、パンダのストラップを弄びながら言った。義体の指先で、器用に回している。
「いや、ストーキングは趣味じゃないし、俺たちには仕事がある。」
マクレーンが、苦笑いした。
「いま、署ではサイコミュ部品の流れを追っている。それが判明するまでは、ネオ香港に滞在できるだろう。
そのころにはゼロ・ムラサメが戻ってくる。あの子たちに何かあれば、ゼロが抑えてくれるだろう。
あれでゼロはあの子たちの信頼は受けているようだしな。」
「あなたたちもゼロを知っているのか?」
チェンが、面白そうに目を細めた。
モトコが手のひらをチェンに向けた。
「わたしの身体は大半が作り物でね。製作者は彼女なの。
あなた方もゼロの知り合いなの?」
「少しやりあったことがある。」
チェンは認めた。
「勝負はつかなかったな。」
「そりゃあすげえな。」
と、マクレーンが漏らした感嘆はどちらにたいするものだったのか。
「まあ、そうかもしれん」
チェンは、運ばれてきた腸詰めの盛り合わせを一口齧った。
「なら、あんたらはここにもうしばらく滞在することになるのだな?」
「……そうだな。モトコはネオ香港大学のシミュレーションバトルにも参加する予定だ。
まあ、だらだらやるさ。」
マクレーンが、空になったグラスをカウンターに置いた。
バーの奥では、イェがマスターに「この腸詰め、どこの土地の豚ネ?」と無邪気に聞いていた。シゥ・クイシェは、ビーフジャーキーを頬張りながら、壁に貼られた古いポスターを見ている。地球連邦軍の募集ポスターだ。
「立ち上がれ! 清浄なる大地のために!」
もう何年も前のものだろう。
暗くて、狭くて、居心地のいいバーだった。
外では、ネオ香港の夜が、まだ更けきらずに騒がしかった。
学生街の喧騒も、黒白会の騒ぎも、ジュニアクランバトルスクールの少女たちの秘密も、すべてを包み込むように、街は眠らない。
ヴァド・ヴァロ対フルバーニアンの対決!
忘れてたわけではありません……