深夜。
異界への門が開く────
ジュニアクランバトルスクールが、生徒たちのために借りた宿舎は、高層コンドミニアムの上層階だ。
ネオ香港大学からは徒歩でアクセスできる。
豪華という訳では無いが、セキュリティはしっかりしている。
IDのないものは、彼女たちのいるフロアには入れないし、男女もフロアが別になっていた。
ヨルたちは中層階にある庭園に集合した。
すでに、時間帯は深夜に差し掛かっている。
人気はない。
昼間は、テラスとして使われていているのだが、この時間帯はそちらも閉まっていた。
照明は最低限に落とされ、ドーム型の窓から見えるネオ香港の夜景のほうがむしろ明るいくらいだった。
「どうも──気に入らないのよ。」
ライラックはベンチに腰を下ろしている。
シャワーを浴びてきたのだろう。
まだ濡れた髪をピンでとめていた。
「ライラックはずうっと、気に入らないね。」
ブランコに、足をブラブラさせながらセルマが揶揄うように言った。
「あなたたち!
馴れ合いすぎなのよ!」
ライラックは叫んだ。
三人のなかでは一番物静かな印象ではあるのだが、内には強い感情を秘めているようだった。
「ゼロに、アムロに、マクレーン!
彼らは敵になるかもしれない相手なのよ?」
「セルマはセルマにとって、やくにたってくれるなら、みんな友だちだよ?」
ツインテの少女はくすくすと笑った。
可愛らしい顔立ちだが、どこか邪なものを感じさせる笑い声だった。
「役にたたなければ、切り捨てるだけだよ。違う?」
「あなたもトロワ・ムラサメのことはずいぶんと気に入っているようね?
今後の方針については、まずはあれと相談をしましょう、ライラック。」
ヨルが言った。
「ここまでは、ほぼ予定通り。
わたしたちは地球圏に帰還し、シャロンの薔薇の現し身への足がかりを得た。あとはなにをすればよいのか。」
丸いテーブルに立てた旧式のタブレットが光る。
ザザ……
ザ……
しばらく雑音が続いたあと、タブレットはひとりの少年の姿を映し出す。
「や……あ……」
濃い青の髪は、カットを2ヶ月くらいサボっている。
まっすぐにこちらを見つめてくるその顔は、端正だ。年は十代の半ばだろう。骨格に華奢な部分が残っている。
「無事に着いたようだね。」
三人は無言の視線でそれに答えた。
少年は慌てたように、自分の身体を見下ろした。ランニングシャツから肩甲骨や筋肉の厚みがない胸が透けて見える。
「……なにか、変かな?」
「大丈夫だよ!」
セルマがウインクしながら、親指を立てた。
「ちゃんと人間だよ!」
「正直言うと、あまりにも脆弱で、未だにびくびくしているよ。まえにそっちにいたときは、急に体温が上昇して困った事があった。はじめての体験だったから、それなりに観察はできたけど。
あれは『風邪』というものなんだろうね。」
「そちらはどんな具合なのですか?」
ヨルが尋ねた。
「きみたちにも話すことはできないことはたくさんあるよ。」
少年は言った。
「でも、概ね順調……なんだろうな。
エネルギーの供給量は足りている。当たり前だよね。
だが、世界そのものが無数に枝分かれしてしまうと……」
「マチュ……という女の子を知っていますか?」
ヨルが尋ねた。
「もちろん!
会ったんだね、彼女と?」
「わたしの通うパイロットスクールの講師です。」
「あの……マチュが!?」
「クランバトルは公式の競技となり、その選手は社会的にも地位があるのです。」
「そうなんだ……」
少年は考え込んだ。
「……それは興味深いね。
ではきみたちは、いまそのパイロットスクールな在籍する形で、地球に滞在しているということなんだ。」
「正確には、ジュニアクランバトルスクールです。
近々はじまるクランバトルのジュニアコースの養成コースのようなものです。」
ヨルの笑みはいっそう濃くなった。
「シャロンの薔薇の現し身もへの手がかりも見つけました。」
「仕事が早いね。」
「というより、あなたは、ひとの世の織り成す因果というものをあなたはあまりにも軽く見すぎています。
そのような目的をもって、この世界にいる以上、否応無しにわたしたちは目的に近づいてしまうのです。
お忘れでしょうか?
この世界もまた、ひとりの少女が、願いを叶えるために繰り返しを行った世界なのですよ。」
「それは……わかっている。」
少年は言った。
「でもそれは『夢』なんだ。それがどんな幸せな夢でも、いつか目覚めなければならない。
そして目覚める方法は────」
「この世界にいる薔薇の乙女の分体を殺すこと。
あなたはそうおっしゃいました。」
「彼女はいま────どうしている?」
「それなりに安定した立場にはあるようです。
クランバトルの大立者、クワトロ・バジーナ大尉の恋人という立場です。」
「クワトロ・バジーナ?」
「分かりやすく言えば、元ジオン軍のエース“赤い彗星”シャア・アズナブルの偽名です。」
「そうか──あの子は彼と一緒にいるのか…」
少年が浮かべたのは、実に複雑な表情だった。
もともと────この少年は自分の感情を表情筋に乗せるのは下手くそだった。
本人は「自分には感情がない」と言ってはいるが、ヨルもセルマもライラックもそれを信じてはいない。
「あなたの指示を改めて聞きたいと思います。」
ヨルは少年に問いかけた。
「わたしたちは、ララァ・スンを亡き者にするのでしょうか?
それともこの世界のヒトの文明そのものを破壊するのでしょうか?
方法はいくらでもあります。この世界では人類は互いを抹消するに充分な兵器を開発しています。
対立を煽ることは、難しくはありません。」
「……ララァ・スンに近いうちに接触をとってみて欲しいんだ。彼女がどうしているか。
幸せなのかどうかを報告してほしい。
判断はそれからにするよ。」
少年は言った。
「わかりました。昔の歌のようですね。」
ヨルは言った。
「マチュに伝言はありますか?」
「ない。と言うより、ぼくにまだ会いたいというのなら、彼女は、それだけのリスクと努力と決断をするべきだ。
こちらから差し伸べる手はないよ。」
ストーリー的にはヴァル・ヴァロとフルバーニアン戦よりも本筋だったりします。