艦隊数は、約2対1.5。
搭載のモビルスーツの数もそれに準じる。
ただし「2」のほうは、これまで二つの戦いをへて、モビルスーツは若干減少していた。
単純に「1.5」だから必敗……
そう決まったわけでもなかった。
だが「2」の艦隊には勢いがあった。
混乱のさなか。気がついたときには、もはや「2」に対して陣形を組み直すことはできないタイミングだった。
初撃は「2」から「1.5」に対して行われ、それは更なる陣形の乱れと指揮系統の混乱を呼び込んだ。
「……ここから、わたしが指揮をとるのか?」
金髪の眉目秀麗な青年が、不快そうに尋ねた。
赤毛の筆頭秘書は、笑って頷いた。
「ラインハルト様にはこのくらいのハンデがあってしかるべきか、と。」
「こちらは数で劣り、陣形で劣り、混乱している。
そちらは数で劣る相手を一気に、中央突破。壊乱まで追い込める態勢だ。」
トントンと、彼はデスクを指先で叩いた。
「ハンデがキツすぎないか?
そもそもわたしが指揮官なら、最初から、艦隊を分散配置させ、各個撃破のチャンスなど与えないが?」
「設定としてはこうです。」
オーベルシュタインが口をはさんだ。
「ラインハルト専務は、旗艦付きの参謀という役どころです。各個撃破の危険性を具申したにも関わらず、提言は却下され、すでに二個艦隊は撃破されました。
いまの先制射撃で旗艦も小破し……司令官以下は戦死、または重傷により、最上位のあなたが指揮をとることになりました。」
シミュレーションをするのに、ある程度自由にハンデをつけろとは言ったが、ここまで不運は重なるものなのだろうか?
ラインハルトのオーベルシュタインを見やる視線には、刃物の鋭さがあったが、その程度に動じるオーベルシュタインでもなかった。
グラナダにあるアナハイム月面支社。
その最高責任者であるラインハルトの執務室である。
とはいえ、今は就業時間は終えている。
アナハイムエレクトロニクスの専務であり、月面支社長、そしてニューヤークの名家フリードルフ家の跡継ぎという経済的にめぐまれた者にしては、あまりにも質素な夕食をとり、その後、ヒルダからフリードルフ家の有職故実についてのレクチャーを受ける。
そんな日々がこのところずつと続いていたため、気晴らしにとキルヒアイスがシュミレーションゲームを持ちかけたのである。
ちょうど部屋を訪れていたオーベルシュタインとヒルダも同席している。
「……ヤン・リーが見たら嗤うぞ。」
ラインハルトはなおも文句を言った。
「そもそもこんな状況に追い込まれるまでなにをしていたのか、とな。
少なくとも最初の艦隊が撃破された時点で、残る2艦隊の合流を第一優先するはずだ。」
キルヒアイスは微笑みを浮かべた。
ラインハルトはたしかに苛烈な一面はあるが、部下を遇するには手厚い。だがそれなあくまで部下であって、現在の地位、性格、それにあまりの美貌も手伝ってか「友人」と言える人物はかなり少ないのだ。
同世代では、おそらくはネオ香港大学のヤン・リーくらいだろう。
(もちろん、彼、ジーク・キルヒアイス自身もそうなのであるが彼は自分をラインハルトの部下として律していて、友人であることをなかなか認めようとはしない)
「わかった。
わたしは少なくとも現場にいて、戦況を眺められる立場にはあったのだな?」
「その通りです。」
「なら、この事態に備えて艦隊の運動プログラムを組むことは出来るはずだ。」
キルヒアイスとオーベルシュタインは顔を見合せた。
事前に艦隊運動をプログラムしておけば、命令時には「オペレーション××を実行」と命令すればすむ。
艦隊そのものの運動性は15%程度の向上が見込まれる────
「いいですよ。
そういう設定にいたしましょう。」
キルヒアイスは頷いた。
「さて……このなかなかに絶望的な状況だが」
ラインハルトの指が、滑らかにタッチパネルのうえを滑る。
「フロイライン!
きみならこの状況をどう打開する?」
急に話しかけられたヒルダは目を丸くした。
「大学では軍事は専攻してません。
それと、わざわざお嬢さんと呼ぶのはおやめ下さい。」
「すまない、ヒルダ。」
ラインハルトはこの会話を楽しむ余裕があった。
「もちろん、軍事を学問として専攻していなくても、たとえばシミュレーシター用のAIなどを学んでいれば多少の知識はあるだろう。」
「たしかに友人にはそんなひともいましたね。
連邦軍の大将のお嬢さんでしたけど」
「なら、こんな風に考えてみてくれないか。
この状況。例えば、ロイエンタールならどうするだろう?」
「たぶん、艦隊を集結させて、キルヒアイスさんの艦隊の一番攻撃が激しいところから後退、防御を重視して可能な限り、戦闘を長引かせますね。」
オーベルシュタインが、ほうっと言った。
「……キルヒアイスさんの艦隊は、これまで二連戦。二個艦隊を破っています。当然、士気は高いでしょうし、ここにきて、弾薬や推進剤を切らすようなことにはなっていないでしょう。でも生身の人間が戦う以上、疲労は蓄積されます。」
「なるほど。ならばミッターマイヤーならどうするだろうね?」
「そうですね……」
ヒルダは考えた。
「まず、彼なら逃げることを最優先するはずです。目先の勝利より、いかに艦隊を温存するか。
キルヒアイス艦隊は、中央突破を狙っています。それに逆らうことなく、艦隊を分散させ、退避行動に移ります。」
「どちらも正解だ。だがその場合────こちらの艦隊の損耗は、どのくらいになるかな、キルヒアイス。」
「たしかに、こちらには連戦による疲れもあります。ですが」
キルヒアイスは難しい顔で考えた。
「ロイエンタール式でも、ミッターマイヤー式でもおそらくは七割以上の損耗を与えることが出来る────かと。
近代戦においては『壊滅』と称される数でしょう。」
モニターのなかの点がゆっくりと動く。
双方ともにモビルスーツはまだ発進させない。
「C4フォルダを実行」
ラインハルトは短く言った。
キルヒアイスの艦隊は紡錘陣をとっている。それが一斉に加速した。
艦隊により、ラインハルトの艦隊を分断しさらなる混乱に落とし込む。そこでモビルスーツと艦砲射撃の連携で、すり潰していくのだ。
その切っ先の勢いに押されたようラインハルトの艦隊が分断される。
「艦隊が」
キルヒアイスは違和感を覚えた。
思わず、ラインハルトの顔を覗き込む。
ラインハルトは何か悪戯でも成功させたような微笑みを浮かべている。
艦隊は分断されたのではなかった。
いやわざと相手の進行方向を開けるよう、艦隊を左右に別れさせ、そのまま突進するキルヒアイス艦隊の両脇を、逆進していった。
「な!?」
「いいぞ。このまま敵艦隊の後方にくらいつけ!」
キルヒアイスは呻いた。
「どうするかね、キルヒアイス。」
オーベルシュタインの目が光る。
「反転して後尾にくらいつく艦隊を迎撃するかね?」
「艦隊を反転させる間に、食われてしまいます。
このまま最大戦速。ラインハルト様の艦隊の後尾に食らいつきます。」
数十分後。
モニターは、異様な陣形を浮かび上がらせていた。
まるで、二匹の蛇が互いの尾に食いつくよう異形の陣。
「これでは────消耗戦です。」
キルヒアイスが呟いた。
「そう。そこですでに二連戦しているそちら側とこちらにハンデが生じてくる。
武器や推進剤を先に消耗されるのはそちらだ。」
「まだ、負けない方法はありますよ!」
キルヒアイスは言った。
「このまま、徐々に輪を広げて、適当なところで撤退する。」
「つまりは引き分け、ということか。」
ラインハルトは笑った。
「あまり好ましくはないが、散々に不利な状況下でここまで盛り返したんだ。よしとしよう。」
ビビッ。
モニター脇の電話がなった。
ヒルダが受話器をとる。
この回線は限られたものしか知らない。
そして、急を要するものに限られる。
「捨て猫同盟のN・ロックさんです。」
ラインハルトは、眉をあけだ。
「珍しいな。モニターに回してくれ。」
メインモニターに映るにはいささか、圧の強い顔が大写しになる。
「専務、それにキルヒアイスさん、オーベルシュタインさん。お久しぶりです。」
愛想良く、N・ロックは言った。
「報告書は読んでいる。」
その能力は認めてはいるが、あくまでもN・ロックに対する態度は部下に対するものだ。
「ついでに言うなら、おまえの配信番組も視聴している。」
「えっ? “今日M.A.V.になります”をですか?」
「0083のシミュレーションのほうだ!」
「それはありがとうございます。
ところで、ネオ香港にお越しになるご予定はありませんか?」
「なにかあるのか?
ジュニアクランバトルについては、わざわざアナハイムとは、別会社の運営にしている。わたしはあまり顔を見せない方がむしろいいだろう。」
「たとえば、ですが」
N・ロックの笑みがモニターいっぱいにひろがる。
ラインハルトばかりではなく、キルヒアイスも、ヒルダも、オーベルシュタインまでが、チェシャ猫を想像した。
「外部からサイコミュに干渉できるニュータイプが存在するとしたら、ご興味はありませんか?」
しばらく登場してませんでしたが、この世界でラインハルトは、アナハイムエレクトロニクスの専務でグラナダにあるアナハイム月面支社の支社長も兼ねています。
キルヒアイス、ヒルダ、オーベルシュタイン、ミッターマイヤー、ロイエンタールは彼の「戦略研究室」のメンバーです。