アルテイシアの言葉がシャアを追い詰める。
そして―――
白い悪魔は敗北を知る。
フランクリン・ビダンは賢い男だ。
新型ガンダムマークⅡは、無事に「連邦軍」に対して納品された。
しばらくは、モビルスーツ運用試験艦「アーガマ」でテストをされるらしい。
実際にはトロイホースとアーガマ。二隻の船が同時にマークⅡの受領に現れたが、連邦軍も、大きな組織だ。連絡ミスもありうるだろう。
とにかく、フランクリンは相手の要求する性能を満たしたモビルスーツを開発し、それを引き渡したのだ。どこからも責められる謂れはないのだ。
あくまで発注を受けたのは連邦軍であって、ティターンズを名乗る教導部隊ではないのだ。
「では、約定の費用は問題なくお支払いいただけるということで、間違いはありませんか?」
テストパイロットとして自分の息子であるカミーユがアーガマに乗り込んでしまっている。
その安否を確認する、という名目で連絡を受けたのだが、アーガマ艦長のヘンケン大尉はいささかうんざりしていた。
支払いのことと、これからの開発費ことしか言わない。
最後にカミーユについては「よろしく」とだけ言っていたのでまるきり感情がない訳では無いのだろう。
モニターが暗くなってから、ヘンケンはエマ少尉を振り返った。
「グリーンノアの研究所に対してはこんなところだろうな」
「…あまり好かない男ですね。」
黒髪をショートカットにした若き女性パイロットは、不快そうに顔をしかめている。
「まあ、たしかに。」
ヘンケンは頷いた。
「だが有能な男だ。」
「そうでしょうか? わたしにはマークⅡよりも、テム・レイ博士の百式のほうが優れたモビルスーツにしか思えません。」
「しかし、エマ少尉。もし、乗り込んで実戦に出てくれと言われたらどちらをえらぶ?」
「……マークⅡです。
可変機構を使いこなす自信がありません。」
「まあ、そういう事だな。それに実際にあのフランクリン・ビダンという男が、予算を確保して、研究施設やスタッフを提供してはじめて、可変モビルスーツは誕生した。」
ヘンケンは、横目でエマのすらりと伸びた脚線を見ながら言った。
艶のある黒髪は伸ばした方が似合うとヘンケンは思うのだが、独立戦争時代のユニカム、シイコ・スガイにあやかっているらしい。
「オペレーターをお願いしてしまって悪いな。なにぶん寄り合い世帯なものでなかなか手が回らない。」
「大丈夫です。
それよりも…」
エマは声を潜めた。
半舷休息に入ったブリッジはヘンケンとエマだけだったが、声を潜めたくなるような話題ではあったのだ。
「ソム・エドワウは、本当にアルテイシア・ソム・ダイクンなのですか?
クワトロ・バジーナ大尉って…」
「まあ、あれだ。」
必ずしも真実にたどり着くことが重要では無いと知っているヘンケンは曖昧に答えた。
「本人たちが名乗りたいように名乗らせておくのがいいんだろう。政治的な駆け引きだったら、我々にはブレックス准将がいる。」
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アムロとマチュたちは、シーマ・ガラハウと、ガトーを見送った。
結局のところ、シーマの艦隊に搭載したモビルスーツは、アムロたちの手で全滅している。
シーマの搭乗していたガンダムタイプの新型機もかなりの損傷をうけ、結局のところまともに稼働できるのは、ガトーのステイメン一機となっている。
「まったくやることなすこと、ジャマをしてくれる。」
忌々しそうにシーマは言った。
「すいません。」
アムロは素直に頭を下げた。
なんで謝る必要があるのかと、このところアムロべったりの赤毛の少女は不満そうだ。
そんなことを言われても。
とアムロは困ったように、マチュを見下ろした。
怒ったときのジト目がアムロを見返した。
アムロは、父であるテム・レイについて、研究者、技術者として生きてきた。
ジュニアハイスクールのころのように、自室にこもって機械いじりというわけにはいかない。それなりに父のスタッフたちや、場合によってはスポンサーになってくれる企業の担当者とのやりとりもした。
なんと言ってもよく付き合うハメになったのは、クランバトルの選手たちだった。
いわゆる身を持ち崩したタイプのゴロツキもいたが、それでも独立戦争時代はパイロットとして活躍した矜恃をどこか残している連中だった。
「あんた、わたしらみたいな連中の扱いに慣れてるね…」
困ったアムロが返答に躊躇していると
「行き場所を失っちまった連中だよ。
コイツなんかは」
シーマはガトーにむかって顎をしゃくった。
「戦いやら大義やらまだ誇りに思ってるようだが、わたしに言わせりゃ甘い。
そんなものは、時代が変わりゃあコイン1枚の価値もない。」
ガトーはなにか言いかけたが、黙り込んだ。
「シーマさん?」
ニャアンがアムロの影に隠れるようにして言った。
「わたしは、サイド2の出身なんだ。」
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「いかなる理想を語るのもいいが、いまは人類にとって休息の時期だろう。」
アーガマのブリーフィングルームは、いまは三人の人物が占めている。
顎髭の中年男性は、ブレックス・フォーラ。
連邦軍の准将(あるいは予備役にさせられてしまったから元准将と呼ぶべきか)は温厚そうな中年の男である。
彼はさっきから不穏な空気を漂わせている若いふたりを見守っていた。
ソム・エドワウと名乗ったグリーンノアのテストパイロットは、クワトロ・バジーナと単独での会見を申し入れたのだが、クワトロが渋った。
さらにこのあと彼女は、アムロ・レイとの会見とヤザン・ゲーブルの見舞いも要求している。
時間が押しているのもあって、ブレックスとクワトロとの会見をまとめてもらったのだ。
「それは、いまのアーガマにとっても、だ。
アーガマそのものはモビルスーツの運用実験艦だから武装はほとんどない。」
「それは条約上、そうなっているはずです。」
ソムが答えた。
「連邦軍は衛星軌道上に艦隊戦力を展開出来ないことになっているはずです。またそのような戦艦の建造も条約違反になります。」
「…ということで、アーガマは非武装艦だ。多少の弾幕は張れる程度の機銃群はあるがな。
まあ、そうは言いつつもモビルスーツの実験をする以上、モビルスーツそのものは武装もせざるを得ないわけだ。」
「まったく―――油断も隙もない。
このことは、ランバ・ラルに報告させます。」
「ジオン公国公王アルテイシア陛下とお呼びしたほうがよろしいか?」
「ブレックス准将。」
ソムはサングラスをずらして蒼い瞳で彼を見た。
「わたしはテストパイロットのソム・エドワウだ。それ以上でもそれ以下でもない。」
「いま、ソドンがこちらにむかっているそうだ。」
クワトロが言った。
「連邦軍の大尉殿はずいぶんとジオンの事情に詳しくていらっしゃるわ。」
「シャリア・ブルから聞いた。
直ぐに動かせる船はそれしかない、ということらしいな。
もし、アルテイシアがズムシティを離れていると知られれば反体制派、それこそデラーズ・フリート当たりが暗殺のための艦隊戦力を送り出してくるかもしれない。」
「そうなったら、マ・クベの思う壺でしょうね。暗礁空域から出てくれば、数の力で圧倒できます。わたしを囮にしてそうなるのなら、マ・クベは喜んでそうするでしょうね…」
クワトロとソムを、ブレックスは交互に見やった。
顔立ちが整っていることも含めて。
実によく似た兄妹だった。
それだけに近親憎悪でもあるのか。
妹のほうの兄を見る目は尋常ではない。
「話を戻そう。
今回の戦闘で、テストするべきモビルスーツも傷ついている。
アストナージくんの意見では、メカニックも不足しているのでどこか設備の整った場所への移動を勧められている。わたしとしては、ラビアンローズが適切かと思うのだが…」
「なるほど。ティターンズよりのグリーンノアでは信用ならぬと?」
これは二人の口から同時に発せられた言葉だった。
二人は顔を見合わせあった。
視線を逸らしたのは、クワトロの方だ。
「―――わたしは」
「ブレックス准将。新造艦の床を血で汚すのは本意ではないので、わたしはこのままここを去りますが、くれぐれもこの男には注意してください。間違っても重要な判断などをまかせることのなきように。」
ブレックスは頷いた。
「―――あくまで、パイロットのひとりとしてアーガマに乗ってもらっている。それは彼とも約束した。」
それでは収まらずに、ソムは言った。
「この男は―――5年前、ソロモンをグラナダに落とそうとしたのです!
キシリア1人を殺すために!!」
ブレックスは静かにクワトロを見た。
「―――事実だ。」
クワトロは頷いた。
「わたしは、ソロモンを爆破、分解させる為に部下とともにソロモンに潜入していた。たが、部下たちを先に撤退させたあとで、これを起爆させなければキシリアを抹殺できることに気がついた。」
「ザビ家への復讐に何千万の人々を巻き込もうとした!
この男はそういうことがやれてしまう。
鬼子!!」
「ソム…ダイクン閣下。」
ブレックスは軽くため息をついた。
「ソロモンに核パルスエンジンを取り付け、グラナダへの衝突軌道に乗せたのは、そもそも連邦軍です。
キシリア・ザビが逃げ出さずにグラナダに残ったのは、為政者としての意地だったのかそれは分かりませんが、戦争指導者としては間違ってはおりませんでした。」
「なにを仰りたいのですか、ブレックス准将。」
「その前にコロニーを地球に落としたのはジオンです。つまり戦争の中では、それぞれが己の正義のみに熱狂して、とんでもない事をやり始めてしまう。
1人を殺せば人殺し。千人殺せば英雄となる。なら何千万、何億という人を殺したらその人物はなんと呼ばれるのでしょうな…」
「すべては戦争という狂気のなかで起こったことだった、と?」
「わたしも幹部として独立戦争を戦った身です。犯人探しをしても多くの場合無駄でしょう。誰かがいなくても、別の誰かが似たようなことを始めてしまうだけだ。
あの当時、ジオンは宇宙における連邦軍最後の拠点、ルナツー攻略にほとんどすべての戦力を傾けていた。
それを防衛するかわりにグラナダというジオンの一大拠点をいわば、宇宙からの全面撤退にかわる置き土産替わりに潰そうとしたのがグラナダ落としです…成功していれば、おそらくは物資の流通は滞り、コロニーの混乱は今日の比ではなくなっていたでしょう。あるいはその混乱のさなかでジオン公国もいまの状態ではなかったかもしれない。」
「だからと言ってこの男の…」
「クワトロ大尉いやシャア大佐、いやキャスバル・レム・ダイクンがいてもいなくてもソロモンはグラナダに落ちました。
あるいは彼は政治や指導者という立場には向かない人間なのかもしれない。
あまりにも有能すぎ、あまりにも独断専行が過ぎる。
思いつきで行動し、周りを混乱させる。」
“例えば国家元首自らがテストパイロットに化けて、研究施設に潜り込むとか”
ブレックスはそうハッキリは言わなかったが、ソムは思い当たるところがあったらしくだまりこんだ。
少しあってからソムは再び顔を上げて、ブレックスをまっすぐに見た。
「エゥーゴの目的について教えてください。」
「あくまで連邦軍内の過激派…ティターンズの行動を阻止するための限定的なものです。」
「あなたがこれから連邦政府内で権力を維持するための私兵にはしない、と。」
「それは約束しよう。」
ブレックスは手を差し伸べた。
ソムは首を振った。
「わたしがその手をとればそれは、ジオンとあなた方との『条約』になってしまいます。
わたしはあなたの言葉をきいただけで、それを否定も肯定もせずに、ここを去ります。
その男の首は今しばらくは、肩の上に乗っていることを許しましょう。」
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ソムとアムロの面会はとっても短時間で終わった。
これはソドンが思ったより早く、到着したせいもある。
ドックで修復にはいる予定であったソドンは、スケジュールの関係でそれが果たせず、近くの宙域をうろうろしていたらしい。
本当にそうなのか、それともシャリア・ブルがなにか考えて手を回していたのかは、アムロにはわからない。
ヤザンとの面会のほうはたっぷりと時間がかかった。
内臓にまではダメージはないというだけで、とにかくしばらくはパイロットとしては動けないのだから、まともな組織ならば後方送りになるのだろうが、軍の外郭団体に所属するアーガマでは「後方」などは存在しない。
病室を出てきたソム・エドワウは、微かに頬に赤みがさしていて、とても綺麗に見えた。
「『ソドン』から連絡用のランチが着いてるようですよ。」
「ああ、アムロ。」
ソムははじめて、彼に気がついたように微笑んだ。
「ありがとう。」
でもってそのまま行こうとするので、アムロは後ろ姿に呼びかけた。
「あの―――セイラさんですよね?
あ、あのことなんですが、大佐は悪い人じゃないですし、ララァさんっていう地球で待ってる人もいるので」
「ああ、ありがとう。
わたしもいろいろ考えたわ。物事にはタイミングってものがある。」
移動しながらの会話である。
会話と言うより、独り言を聞かされる感じである。
「白い悪魔」はけっこうモブな扱いをされていた。
「他人を巻き込むのはダメよね。あとやっぱり引き金をひくのは自分の手じゃないといけないのよね。」
あの。
あなたがカイを通じて、クワトロさんを殺せという指示を出したんですけど。
ハッチの前に敬礼をしたジオンの兵士が迎えに来ている。
この先は与圧がされていない。
「セイラさん」はヘルメットを被った。
そのまま、ふわりとアムロに顔を近づけた。
「今度はあなたの戦いぶりをしっかり見たいわ。また連絡するわね、アムロ?」
アムロは心の中で叫んだ。
“二度と連絡してこないでください!!”
戦闘シーンより、恋愛の描写が苦手でした。なにが得意なのかというと腹に一物もったおっさん同士の駆け引きです。
アルテイシアとヤザンがどこまでの仲かはR18指定をかけてないことでお察しください。ここから、アムロとどうやって仲を深めていくのか。5年たっても「ちょっと怖い金髪のきれいなお姉さん」からまったく進展のないアムロでした。ニュータイプの感応力は戦闘以外では役たたず。