もともと正史でもシャアはけっこうララアの言うこときかなかったり、微妙な駆け引きもやってました。アムロにララアが落とされて初めてララアのたいせつさに気付いたような。
シャリアに殺されないように生きる、と明言したシャアですがマチュたちにもこっそり接触したり、ララアを探し出したりと、暗躍は始めてるようです。
テム・レイがフランクリン・ビダンと不愉快な邂逅をはたしていたころ。
ほぼ同時刻。
ジオン公国軍トリントン基地のはずれ。
ガレージの一部を改装した部屋は、パラソルやらギターやら、脱ぎ捨てた服が積まれ、広い割に雑然としている。
ソファの前のテーブルには、ピザがおかれ、炭酸飲料のはいったグラスがよっつ。
一応、この部屋の主であるふたりの少女は、来客をもてなす気はあったらしい。
だが、話をはじめる間もなく、モニターではお目当てのプログラムがはじまってしまった。
二人にとってはおなじみのクランバトルである。
おなじみとはいえ、それがこうして一般的な受像機で見れるようになったのは、赤毛の小柄な少女にとっては驚きだった。
もともとクラバは彼女の出身地であるコロニー周辺で行われていた非合法な見世物だったはずだ。
彼女が当時世話になったクランのリーダー曰く。
「クラバなんてまともなやつのやることじゃない。」
部屋の隅におかれたモニターは、たったいま行われているモビルスーツ同士の闘いが映し出されていた。
とは言え、カメラワークが悪い。
画面は連邦払い下げの軽キャノンが映っているのだが、完全にカヤの外に置かれている。
主に戦っているのは、そのM.A.Vと相手のチームのようだが、それをカメラが追いきれていないのだ。
「シャアさん。ハッキリ言ってわたしもうクラバはこりごりなんだけど。」
そう言って来客である青年を睨む。愛らしい顔立ちなのだが、そんなジト目をするとそれなりに迫力のある表情になる。
この部屋のもうひとりの主である黒い髪の長身の少女は、ぼおっとした顔でコクンと頷いた。
青年は苦笑した。
「いまのわたしはクワトロ・バジーナなのだが。」
「まあ、そう言わないであげてね。」
もうひとりの来客。浅黒い肌の美女が言った。口元にはたおやかな笑みが浮かんでいる。
「大佐はこの情報をあなたに見せたくてわざわざこの時間に訪問したのだから。」
「ララァ。」
青年はこまったように、連れの少女を見やった。
「わたしは大尉なのだが。」
「そうでした。すみません、大佐。」
「シャアさん、ララァさんとは無事に会えたんだね!」
どうしても偽名を呼んでくれない少女たちに、釈然としないものを感じながら、ジオンの遺児キャスバルであり、ジオン公国軍の英雄シャア・アズナブルであり、イオマグヌッソ建設の技術者シロウズでもあった青年は、傍らの少女を見やった。
シャロンの薔薇。
異世界からやってきたモビルアーマーのなかにいた少女のこの世界線での存在が彼女だという。
トリントンにテストパイロットとして配属されたマチュにこっそりと会いにいったとき。
まっさきにその話を聞いたのだ。
「あの子はシャアさんを待ってるんだよ、行ってあげてよ。」
世界を歪めるほどの力をもつ存在が、この世界にもいるのなら。
それは放置していい問題ではないだろう。
マチュから話をきいたカバスの舘は、焼失したまま再建はされなかった。
働いていた女たちは散り散りになっていたのだが、彼はなんとかとある難民キャンプで彼女を見つけた。
見つけたあとのことを決めていたわけでない。
向こう側のララァは、己を救い出してくれたシャアという男を愛していたようだが、それは自分のことではない。ただこちら側のララァも強力なニュータイプであるならば、連邦軍やザビ家復興派から保護せねばならない。
そこまでしか考えていなかったのだが。
娼館で働いていた女がどんなものかまったく知らぬシャアでもなかった。
はたして自分をいまの境遇から救い出してくれるかもしれない相手にどんな手練手管を使うものか。
だが、ララァは何も言わなかった。
ただ心から嬉しそうに。
笑ったのだ。
笑いながら、大粒の涙をこぼしたのだ。
これほどの愛情は、母が幼子にむけるもの以外にはありえなかっただろう。
シャアいやキャスバル、シロウズ、クワトロ・バジーナ。
なんでもいい。
彼はその場で、ララァという存在を自らのかたわらに置くことを決めた。
「マチュ。きみに見てほしかったのはこのクランバトルに出場しているモビルスーツなのだ。」
「奥のほうで、ザク2機をひとりで相手にしてる白っぽいのだね。」
その「白っぽいの」のM.A.Vであるはずの軽キャノンは戦闘に割ってはいることも出来ない。
いわゆる「踏み込みが甘い」というやつだ。
それだけではない。ほかの三名の腕前が段違いなのだ。
「あのザクのパイロットはどちらもジオン公国軍ではエース級だったはずだ。」
「ふうん。じゃ白いのは?」
「試作モビルスーツを作って実戦テストと売り込みにクランバトルを利用するものは増えている。そういったクランのひとつだな。
あの機体はガンダム、と名乗っている。」
楽しげに画面を見つめていたララァが、ぽつりと言った。
「白いモビルスーツが勝つわ。」
「ガンダムは映っていないぞ。」
「分かるわ。だから大佐はわたしのような女を傍においてくれているのでしょう?」
「ララァは賢いな。」
「そんないい方は嫌です。ずるい大人みたいで。」
「……わかった。気をつけよう。」
複雑な感情を孕んだ男女の会話をマチュは、無視した。目を丸くして画面に顔を近づけた。
「ホントだ。ガンダムが勝つ。」
ぶくぶくぶく。
ニャアン持つグラスから気泡が湧き上がる。
同意を示したらしい。
そのとき。
ようやく、カメラが白いモビルスーツアップで捉えた。
ぶくぶく。
ぶくぶくぶくぶく。
ニャアンのグラスから吹き出た気泡が、グラスから溢れて持つ手を濡らした。
彼女のなりの動揺の表現であるようだった。
「こいつって!」
マチュはシャアに食ってかかった。
「シュウジ? シュウジが帰ってきたの?」
「似てはいる。あの『向こう側』のガンダムに、な。」
ザクを駆るパイロットたちは、確かに凄腕だった。
互いに連携を取って、信じられぬような機動を見せるガンダムをそれでも徐々に追い詰めていく。
「あ」
零したグラスを拭いたタオルでニャアンは、画面を示した。
前後からの同時攻撃。
どんなパイロットでもかわせない。どんな機体でも回避しようがない。
だが。
ガンダムもどきは正面から迫るザクの一体に、左手にもった盾をカウンターで叩きつけていた。頭部がひしゃげ、ザクは大きく仰け反った。
まったく同時に。
右手にもったビームサーベルが背後をとったザクの頭部を貫いていた。
「―――テム工廠。勝利。」
クラバは賭けの対象にされているから、試合を合法、非合法に視聴していた者たちには悲喜こもごもあっただろう。
だが、マチュとニャアンにとってはそれどころではなかった。
食ってかかる少女を、シャアは巧みにあやした。
こういうところ。美形はトクなのである。
「残念ながら、この『ガンダムもどき』の素性は割れている。」
「だってこの動きは」
「設計したのは、かつて連邦のV作戦の技術面の指導的立場にあったテム・レイ教授。パイロットは彼の息子さんだ。名は―――アムロ・レイ。」
その名を改めてニュータイプの少女たちの前で口にしたとき。
シャアの胸中に言い知れぬ感情が浮かんで―――消えた。
まるでよく知る人物の名を口にしたような。
「シュウちゃんじゃ―――ないんだ。」
ニャアンはがっかりしたように、ソファに座り込んだ。
また、炭酸飲料にストローで息を吹き込んでぶくぶくさせ始める。
それがこの謎めいた少女、ニャアンのがっかりの表現らしかった。
「だっていまのあの動き。」
マチュはなおも抗議した。
「サイコミュでも積んでなければありえない。」
ふとマチュは、かつてララァとした会話を思い出した。
「まさか、何度やり直してもシャアさんを殺してしまう白いモビルスーツのパイロットって、そのアムロってひとなの?」
「覚えてないの。夢の中の話だから。」
そう言いながら、ララァは傍らに座る愛する男を見上げた。
「でも会えば思い出す―――と思うわ。わたしは彼のことも大好きだったから。」
「ララァ、戯言はやめてくれないか。」
シャアは、さすがにムッとしたようだった。
「そのアムロというパイロットが向こう側で、わたしを落とした連邦のニュータイプだった可能性はたしかにある。だがもうひとつ。
こちらの方が厄介だ。
ニャアン。きみのガンダムフレドに搭載されていたカッパサイコミュが、回収され密かにこのガンダムもどきに組み込まれた―――という可能性だ。」
マチュとニャアンは息をのんだ。
ニャアンがキシリアから与えられたカッパサイコミュ搭載の機体。
ジフレドは異世界から来たガンダムに破壊された。
だがそのなかの一部のユニット迄が完全に粉砕されていたかというとそれは怪しいのだ。
そこまではだれも確認していない。
ニャアンは破壊されたジフレドからかろうじて脱出。
シャアはシャリア・ブルのキケロガと死闘の末、相打ち。
マチュはシュウジを止めながら、シャロンの薔薇を向こう側に送り返すのに精一杯だったから。
「カッパサイコミュもまた向こう側の技術の産物だ。ほっておけばこの世界に歪みを起こしかねない。ゆえにもしガンダムもどきにカッパサイコミュが使われているならばわたしはそれを回収したいのだ。」
「そのためにまたクラバに出ろって!?」
マチュはシャアを睨む。
シャアの目元は大きなサングラスに隠されていて、表情が読みにくい。
対抗上、マチュもこのところ海べで愛用しているサングラスを装着してみたが全く無意味な行動だったようで、ニャアンとララァがへんな目で見て来る。
いたたまれなくなったときに、電話が鳴った。
一応、その電話がなる時は緊急事態だと。そう教わっていた。
ちょっと待ってて。
そう言って電話に出たマチュに鼓膜を女性のかんだかい声が震わせた。
「マチュ。ニャアンもいるわね。すぐに出撃してちょうだい。ドムが一番脚が早いし、あの機体にはあなたたちが一番慣れてるわ。」
「私たちってテストパイロットなんですけど。
まさか、なに? 実戦?」
「デラーズ・フリートから視察に来ていたガトーが、ガンダムを奪って逃走したのよ。」
あのお
とマチュは言った。
ひとの言うことを聞いてくれずに自分のことばっかり押し付けてくる――マチュの苦手な「大人」だった。
ニナ・パープルトン。月面出身の技術者である。
「デラーズ・フリートのひとがなんで?
もともとゼフィランサスはそっちに納品予定の試作機のはずじゃあ。」
「違うのよ。」
ニナの声は涙ぐんでいた。
ぅわっ。
情緒不安定だなあ。
マチュは自分をタナにあげてそうおもった。
「ガトーが持ち出したは試作2号機――サイサリスなのよ。」
声は悲鳴にちかかった。
「動作テストをするからって、実弾装備をしたままなの!」
えっと。
マチュは思考までがクラゲになっているワケではけっしてない。
そして正式なジオンの軍属でないからこそ集まってくるうわさばなしというのはけっこうあって―――。
試作1号機は確か汎用性にすぐれた高機動型よね。
2号機っていうのは確か改良型の戦略級核バズーカを備えた機体で。
え。エエ!?工エエェェエエ工!?
それが実弾積んだまま盗まれたってこと!
せっかくの不殺の主人公。ジークアクスリスペクトの意味からもマチュをかるがるしく実戦に出したくないなあ…とおもってたら。
あらまあ。うってつけの方がちょうどいらしてましたね。トリントンにもアナハイムの人材や資金は流れてるのでしょうが。ナガノ博士もここで働いていてちょうど金ぴかの試作機が完成したばっかりだった―――というのはやり過ぎでしょうか。