寄生プレデターはシェイクハンズの夢を見るか 作:紅葉崎もみじ
──花が咲いた。
事の始まりを、彼女はそう認識した。
自分の目の前、前衛として立っていた上級生の頭部が爆ぜた。
『街森』、プレデターの進行によって人間が放棄した街が長い年月をかけ荒廃した場所。
おおよそ全てがプレデターの巣となっており、通常の人間ではまともに移動することすら叶わぬであろう。
もちろん、超人であるペガサスも気を抜いて歩ける場所ではない。
事実、彼女たちのグループは十分に周囲を警戒していた。
すでに行方不明者が多発したポイントに到達していたこともあり、その警戒度は通常よりも一段も二段も高い。
だというのに。
ぱん。
なんて、間抜けにも思えるような音をたてて。
先ほどまで普通に立って歩いていた存在が居なくなった。
あっけなさ過ぎて、脳が理解を拒む。
それでも、その音は待たない。
呆然とする彼女を、他の上級生が蹴り飛ばし。
先ほどまで頭部があった場所を何かが通る。
怒号ともとれる命令が発せられ、全員がそれぞれの戦闘態勢に入る。
タネは割れた、とグループのリーダーは言う。
おそらく、相手は小型種プレデターから進化した独立種であり。
おおよそ20センチ程度の身体を、何らかの方法で高速移動し。その貫通力で攻撃と離脱を同時に行う戦法をとっているだろうと。
その考察は当たっていた。
中等部3年生のその思考力と直感は伊達ではない。
グループは死角をなくすように円陣を組む。
それぞれ四肢を犠牲にする覚悟で、頭部や胴体の急所を手に持った武器で守る。
先の攻防で、攻撃が直線的なことは分かっている。
人体を貫通する速度でも、ペガサスならば見て防ぐことはそう難しくはない。
攻撃と離脱を同時にこなしているということは、つまり攻撃の勢いさえ削いでしまえば離脱が困難になるということだ。
そこを叩けば勝機はある。
息も詰まるような緊張。
そんな空気を裂いたのは、一筋の軌跡。
おそらく体内にためた空気をジェット噴射の要領で放出して加速しているのだろう。
空気が抜けるような短い音とともに、“その個体”が一人のペガサスへと迫る。
金属同士がぶつかり合う、鈍く甲高い音。
ペガサスが持つ『
大きく勢いが削がれ、宙を舞うその陰。
──今だ!
リーダーの命令が耳に届くよりも速く、歴戦のペガサスは行動を終わらせていた。
ひとりが『
一瞬の静寂、そののち空気が弛緩する。
敵を倒した。
もう安全だ、と。
そこに油断があったとしても、誰の責任とは言えないだろう。
ペガサスたちが培った経験と冴えわたった勘。
それらは間違いなく、猛者と呼べるような領域に至っていただろう。
だから、その事態に陥ったことは彼女たちの力が足りなかったわけではない。
ただ単に、彼女たちが持つ力を。
“その個体”が持つ特異性が上回っていた、というだけの話だ。
ぱん。
音が響く。
ぱん。
『
そこから先は、瓦解の一途であった。
パニックに陥るグループ。
一年生はどうすることも出来ずに立ち尽くすか、逃げ惑う。
二・三年生はそんな一年を鼓舞しつつ、敵に対応するが。
その動きは精彩を欠いていた。
それもそうだ、誰にとっても予想外であり。
未曽有の事態なのだ。
独立種とは、独自の進化をたどり他の個体とは一線を画す実力を持っているが。
それ故に群れを形成することはなく、文字通り「独立し」行動するプレデターなのだ。
それがどうした。
独立種だと思われる個体が複数現れた。
それも、明らかにコンビネーションを意識した行動をとっている。
あり得ない…。
ペガサスたちの背に冷たい汗が垂れる。
そんな矛盾した相手に対する経験など、誰にも無い。
少女たちの混乱に対し、攻撃の手が弱まる訳もなかった。
『
痛みに思考が鈍ったところに三匹目が頭部を吹き飛ばした。
悪態をつきながら一体ずつ殺し続けるペガサス。
集団戦の経験は勿論ある、100体近くのプレデターと戦い生き残ったこともあるのだ。
…しかし、その一体一体がそれぞれ独立種であるという状況では対処に限界があった。
やがて敵の猛攻が自身の処理能力を超え…。
──解かったことがふたつ。
ひとつ。
どういう訳か、この群れは一体づつにしか攻撃してこないということ。
複数の個体がほとんど間を置かず、連続で襲ってくるが。
同時に攻撃してくることはない。
同時に動くことに、何かしらの不都合があるのか。
それは考えても分からないことなので、思考を打ち切る。
もしかすると、同時には襲ってこないと考えさせるための罠という可能性もあるが。
その場合は文字通りお手上げなので、違うという断定で動くことにする。
ふたつ。
強力な群体も、さすがに
犠牲を出しながら、グループの死力を尽くし。おおよそ30体ほどを屠ってきた。
先ほどまでほとんど間を置かなかった攻撃が止んだ。
しかし、掃討したわけでもない。
自分たちの周り。
瓦礫の山や、生い茂った植物から何かが動く音がする。
最初。自分たちが不意打ちに気付かなかったことから、この音は意図的に出されたものだろう。
わざと近くにいることをアピールしている。
長期戦。
自分たちを揺さぶり、集中力の低下を狙っている。
さすがのプレデターもこれ以上の犠牲は困るってわけか。
逆に言えば、あと少しで戦いが終わるということ。
もちろん根拠はない。が、歴戦の勘がそう言っている。
‥‥が、問題は。
ちらり、と。
リーダーのペガサスは後ろを覗く。
そこには呆然とその場にへたり込む一年生が一人。
“それ”だけだった。
この場に残ったのは、自分と。
戦力に期待できない、新人の二人だけ。
自分たちが生き残ったことに理由も理屈もない。
成り行き、というやつであろう。
敵が厄介な個体から始末していたわけでも、
弱い個体から処理していたわけでもない。
でなければ、こんな対極の二人が残るわけがない。
もちろん、リーダーもこの一年を積極的に守っていたわけでもない。
成り行き。
または、運命の悪戯…というやつか。
だとするなら、その運命とやらは非常に──
“娯楽”というものを解かっているのであろう。
…『魔眼』を使います。
一年生のその発言に、リーダーは目を見開く。
魔眼。
ペガサスに備わった特殊能力であり、強力な諸刃の刃だ。
その能力は千差万別だが、超常的な現象を起こし。ともすれば戦況を逆転することも可能な力を持っている。
しかし──、
一年生の少女は責任を感じていた。
いや、罪悪感の方が近いかもしれない。
味方が次々と倒れていくなか、ただへたり込み呆然とすることしかできなかった自分。
正確に表わせられない心情が彼女を突き動かす。
リーダーの制止を無視し、彼女の瞳が淡く輝き始める。
<
彼女が持つ魔眼。
その効果はシンプルであり単純であった。
ただ単に、3秒先の未来が見えるだけだ。
目の前の上級生の頭が吹き飛んだビジョンを認識した瞬間、彼女は叫ぶ。
その言葉を聞き、ほぼ反射的に対応するリーダー。
敵が来る方向を聞き、的確にカウンターを返していく。
事態は好転し、生き残る希望が見えた。
しかし、リーダーの顔には先ほど以上の焦りの表情が浮かぶ。
──早く。早く敵を片付けなければ…!
じわじわと焦燥感が湧き上がる。
一分、一秒でもいいから早くと、武器を振るう。
そんな先輩の焦りに気付かない少女は、また敵の接近を感知し先輩へとその方向を告げた。
が、気付く。
接近する敵影が、二体居ることに。
──敵が同時に襲ってくることはないはずじゃあ…。
ドクン。
リーダーは自分が教えた方の敵に武器を振りぬこうとしている。
今二体目の存在を伝えても、正反対の方向から迫る敵への対応が間に合うはずがない。
ドクン。
リーダーひとりでは、決して間に合わない。
ドクン。
ひとりでは、
その行動に、論理的思考は含まれていなかった。
ただ、自分も何かしなければ。という使命感のようなものが身体を動かしただけだった。
リーダーと敵の間に割って入り、
どん。
と、腹部に衝撃が走った。
もちろん。
人間の身体を貫き、そのまま離脱するような攻撃を。
身を挺してかばったところで、防ぐことなどできるわけもなく。
少女の身体を通り過ぎた“弾”は突き進み。
同時に襲い掛かったプレデターを始末していた背中に風穴を開けた。
が、その行動が全くの無駄という訳でもない。
プレデターは地面から飛び上がる形で、リーダーの頭部を狙っていた。
その最中、人間一人の身体を経由した軌道は歪み。
狙いの頭部から下に逸れ、左胸に命中した。
もちろん、致命傷であった。
しかし即死には至らず、その命運が尽きるまで若干の猶予が生まれていた。
──最期の最期。
そのペガサスがその使命を全うした行動をとれたのは。
使命感からだったのだろうか。
それとも、
ともかく彼女はその命が尽きる寸前、自分の武器をプレデターに突き立て。
床に縫い付けた。
もがき苦しむその個体がこと切れるのを確認し、彼女も武器にもたれ掛かる形で絶命した。
こうして、ペガサスグループと群体プレデターとの死闘は。
双方の全滅という形で幕を閉じた──。
かに、思われた。