寄生プレデターはシェイクハンズの夢を見るか 作:紅葉崎もみじ
少女──小高 ノリヤは目を覚ました。
しばらく呆然とあたりを見渡し、ここが学園の医務室であると理解する。
室内にいた保健委員のペガサスは、こちらに気付くと慌ただしくどこかへと退出していく。
そんな様子を見ながら、少女は思考を巡らせる。
「何故、医務室にいるのか」という記憶が抜け落ちていたからだ。
「‥‥そっか」
理解、いや思い出した。
自分たちに起こった出来事を。
と同時に疑問が湧く。
「なんで、ウチ生きてんねやろ…?」
上体を起こし、自分の身体を確認する。
誰かに着替えさせてもらったであろう患者衣をまくると、包帯にくるまれた胴体がしっかりある。
触っても特に異常は感じられないし、痛みも違和感もない。
あの時、自分の感覚では腹部に穴くらいは開いてると思ったのだが。
皮膚に刺さったトゲが、引き抜いてから目で見てみると想像より小さかったような感じで自分が大げさにしただけだったのか…。
安堵の息を吐く。
再びベッドに体を預ける、身体は未だ全快とは言えず疲労もたまっているはずだが彼女の意識は覚醒し仕切っており。
眠気を覚えることはなさそうだった。
それはひとえに、彼女が感じている確かな満足感と誇らしさのため。
自分は身を挺して先輩を守ったのだ。
自らが無事なことで、勝手に思い込んだ希望的観測。
もう自分は役立たずなんかじゃない、と。
立派にやったのだ、と。
ともすれば笑ってしまうほどの、お花畑な妄想。
そんな身勝手な気持ちを持っていたのは、事情を知っている保健委員のペガサスから真実を告げられるまでの数分間のことだったが。
彼女の人生で最も自信過剰な時であったのは間違いがない。
+ + +
『壊滅対象』、つまりは人間の体内の中に潜んだ寄生プレデターは宿主の覚醒を知覚した。
その個体へ寄生し、おおよそ40時間。
治療が最低限完了し、生命維持に支障がなくなってからは5時間である。
その間、寄生プレデターは体内でおとなしく潜み続けていた。
否。
潜まざる負えなかった。
宿主が覚醒する前から予感はあったが、やはり…。
(完全に寄生できていない…)
いや、寄生自体は完了している。
その証拠に、宿主を介しての生命維持が問題なく行われている。
よってこの状況は寄生に失敗したのではなく、
支配に失敗した。
‥‥と表わすのが正しいだろう。
治療が完了し、何度も宿主の肉体を制御しようと試みるも成功することはなかった。
これは宿主の延命に力を裂きすぎたため、支配まで力が回らないのか。
はたまた宿主がプレデターではなく人間だからなのか。
おそらくは両方だろう。
そのため、寄生プレデターは『壊滅対象』の巣ともいえるアルテミス女学園のど真ん中にいるにもかかわらず自らに与えられた“命令”を実行できずにいる。
もちろん、宿主の肉体を操作できなくてもやりようはいくらでもある。
例えば、今現在の宿主は自身の能力で失った内臓を補填し生命を維持している状態だ。
その逆をやるだけでいい。
体内から『手』を伸ばし、脳か心臓につながった重要な血管と神経を切るだけでいい。
それだけで宿主である人間を簡単に殺すことができる。
そのあとは、群体プレデター相手に行ったように。宿主を乗り移り続ければいい。
もちろん、今現在の寄生状態もはっきり言って奇跡のような確率で成功させているので。次また成功するかも怪しい。
それでもやる。
プレデターに与えられた命令にはそれほどの強制力がある。
寄生プレデターもできるならば、死ぬ可能性が高くとも迷わず実行しただろう。
‥‥そう、できればの話だが。
寄生は完了している。
しかしその完了状態に不備や問題がないとは、間違っても言えなかった。
(寄生を解除できない…)
それこそが寄生プレデターの身に起こっている最大の問題であろう。
今現在の宿主に寄生する際、死にかけだった身体を延命するため脳や心臓。
つまり身体の深部に『手』を伸ばしすぎた。
さらに、自身の<
寄生プレデターの肉体は大部分が宿主と固く融合してしまった。
地面に根を張る樹木のようにそれは複雑に絡みつき、そう簡単に離すことはできないだろう。
宿主を操ることはできない。
宿主から離れることも出来ない。
この状況で命令を遂行するのは困難だ。
(‥‥)
寄生プレデターはこの状況で二つの選択肢を考え出していた。
一つは、長い時間をかけ宿主の内臓を修復し自身の<
および寄生の解除を試みること。
そして二つ目は──、
命令に遵守し、一人でも多くの人間を殺すこと。
この状況で出来るだけ被害を大きくする方法。
自身の<
はたまた、消化器官を改造し有害なガスを生成。密室で散布すれば100人単位の被害を出せるはずだ。
問題はこれらの方法を実行した場合、宿主の身体は壊滅。
つまりは自身も死ぬことになる。
一瞬にも満たない時間、寄生プレデターは思考する。
いや、それは悩むと言うべきかもしれない。
プレデターは機械的な生態と行動原理を持っているが、れっきとした生物だ。
つまり独自な思考を行うし。
しっかりと個性も持っている。
だからこれは、寄生プレデターが育んだ自我意識の発露。
それとも「心」か?
そんな俗的とも牧歌的とも取れるような問答に意味はない。
結局、寄生プレデターは意識を持つことが出来ても。
生きるという、意地を自力で持つことはなかった。というだけの話。
(‥‥)
「手」を伸ばす。
宿主の命、それを維持している器官へとその手をかける──
その瞬間。
(‥‥は?)
手が止まった。
否、思考が止まったのだ。
理解できない。
なにが起こっている。
(おい、何をする。
おいおいおいおいおいおいおいおい、ちょ)
結局。
寄生プレデターには生きるという意地を持つことはなかった。
(待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て。
止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ‼)
寄生プレデターはその生涯において、最上級に動揺していた。
経験がなかったためだ。
宿主が自らの意思で死のうとすることなど。
+ + +
医務室には重い沈黙が流れていた。
保健委員の口から語られた事実を、小高 ノリヤはゆっくりと咀嚼する。
所属していたグループは自分以外の全員が「卒業」したこと。
そして、自分自身の活性化率が【80%】を超えていること。
簡潔にまとめれば、この二点になる。
言葉にしてみると、たったのこれだけだと思ってしまうほどに簡素な内容だが。
その内容を受け止めきるには、中等部一年生という未熟な精神を持ったノリヤには心の容量が足りなさ過ぎた。
自分以外の全員が卒業。
つまりはノリヤが身を挺して守ったはずの先輩も、その行動の意味もなく死んでしまったということだ。
──なぜ自分は生きているのか。
ノリヤが日頃考えている問答が、真意を変え脳裏を駆け巡る。
何故何もできなかった自分が、
何故他の誰でもない自分が、
何故誰も守れなかった自分が、
自分
その感情をなんと表現すべきか。
後悔? 罪悪感? それとも、恥か。
ともかく、彼女には。
戦場で何もできなかった後悔にも。
死んでいったグループを差し置いて、おめおめと生きる罪悪感にも。
誰も守れなかったくせに、自己満足で得意げになっていた恥にも。
耐えられなかった。
なおかつ、自身の活性化率という死活問題も自暴自棄に拍車をかけた。
活性化率。
文字通り、ペガサスの体内に存在するP細胞がどの程度の割合活性化しているのかを表す数値である。
P細胞は生物の体内に侵入すると、その体組織を改造し。人類を殲滅する兵器へと生まれ変わらせる。
しかし、唯一P細胞が体内に侵入しても自我を保ったままで超常的な能力を得た存在がペガサスであり。ペガサスが年頃の女子しかいない理由である。
しかし、体内のP細胞が完全に抑制されたわけではない。
ペガサスのP細胞は長い時間をかけ、ゆっくりと活性化していき。
活性化率が【100%】なると肉体の改造を開始し。
『ゴルゴン』
人型のプレデターへと生まれ変わらせる。
そうなれば自我は失われ、人類への無差別な攻撃を開始するうえ。
ペガサスとしての戦闘経験が残っているのか、戦い方が知能的であり。
なおかつペガサスだった時の魔眼がそのまま使用できる。
そして、ゴルゴンが凶悪だと言われる一番の理由は元がペガサス。
つまりは一緒に戦ってきた仲間だった、という点だ。
頭では分かっていても、
よほど合理的で冷徹な判断を行える者か。
よほど頭のネジが外れた狂人だけだ。
よって、学園のペガサスたちは活性化率が限界になる前に自分の意思で『卒業』することが推奨されており。
そのための自決用の毒も、ペガサス全員に配備されてもいる。
──もちろん、ノリヤにも。
「‥‥」
自身の活性化率が【80%】以上である事実。
その理由を保健委員は説明してくれるが、ノリヤの耳には入っていなかった。
そんなこと聞くまでもなく解かっているから。
通常、30日で1%上昇すると言われているが。
ペガサスの持つ魔眼を使用すると活性化率が急上昇し、その上昇率は魔眼の効果によって上下する。
ノリヤの持つ<
その力は強力だが、活性化率の上昇値もケタ違いだ。
一瞬使用するだけでも、数%上昇する。
あの時、どれだけの時間魔眼を使用していたか。
記憶はあいまいだが、結果はこの通りだ。
「‥‥」
長い沈黙。
保健委員が軽く声をかけ、退出していく。
それは沈黙が痛かったわけでも、ノリヤに気を使ったわけでもない。
現に破損したものの代わりに支給された、新しい備品。
制服や学園専用の電子マネーが入ったICカード。
そして、自決用の毒が手の届く範囲に放置されていることからも真意は明らかだ。
ノリヤがその決断に至ったのは、仲間を失った悲しみでも。
自身への無力感もなく。
ただ単に、全てに嫌気がさし。
尚且つ、これ以上必死に生きる理由もなかったからだ。
そういう意味で、非常に俗的な理由といえよう。
なんにせよ、彼女は特に迷うこともなく。
自決用の毒を口に含んだ。
+ + +
一方その頃、その体内にいる寄生プレデターは絶賛大パニックのフィーバー状態であった。
宿主の全身に回った「手」が、今現在嚥下された液体の成分を知覚し毒であると看破したのだ。(毒、と一言で言ったが。正確には胃液と混ざることで強力な酸に変化する化学薬品である)
このままでは宿主の内臓は完全に溶解し絶命するだろう。
しかもこの場合、宿主の内臓はそのほとんどを寄生プレデターの<
寄生プレデターは宿主云々以前にシンプルに溶けて死ぬ。
このままでは。
(‥‥致し方無いっ)
寄生プレデターは、毒が胃に落ちる寸前に<
胃の機能を拡張し、急いで毒を中和する液体を生成できるよう改造していく。
その行動は、明確に宿主の命を救うために起こされたものだったが。
もちろん、寄生プレデターに人間への慈愛の感情がある訳でも。
自身の命が惜しかったわけでもない。
ただ単に、ここで宿主に勝手に死なれては。
“自分の手で”人間を殺すことが出来ないと考えたためだった。
人を殺すために、人の命を救う。
なんとも矛盾した行動原理であり、端から見れば支離滅裂な主張だろう。
ともかく彼は“命令”を無視し、人間を救うことを選択した。
後々から思い返してみれば、寄生プレデターがはっきりと『自我』を獲得するに至ったのはこの時点であった。
+ + +
「ぐっ…ぶ、えぇっ」
強烈な不快感により、胃の中身をぶちまける。
丸一日以上何も口にしていないため、吐瀉物の中に固形物は見当たらず。胃液と、それにまだらに混ざり合った血があるだけだ。
「なんでや…なんで死ねへんねや…?」
困惑。
間違いなく、口にしたのは自決用の毒だったはずだ。
なのに起こったのは強烈な吐き気だけ。
「あかん…これじゃあかん!」
漠然とした希死念慮は、失敗により死への強迫観念となり。
彼女を突き動かした。
新しい制服、そのベルトを手に取り医務室の扉、そのドアノブと首をくくることで縊死を試みる。
+ + +
(またか、この!)
立て続けの自殺行動に、口があれば間違いなく悪態が飛び出しただろう。
ベルトにより、気道と動脈が圧迫されていることを知覚した寄生プレデターは宿主の前腕に「腕」を集め硬化させていく。
数センチ程度の刃を生成した。
死ぬための行動なのにもがくように無意識にベルトをつかんでいた手。
その内手首の部分からカッターナイフの要領で飛び出した刃が、ベルトを切り裂き宿主を救出した。
+ + +
しかしそこで止まるような精神状態ではないノリヤは、立て続けに三度の自殺を決行するもすべて失敗に終わる。
そして計六度目。
まだ試していない自殺方法を実行するのため、医務室を飛び出し学園の最上階へ上り。(アルテミス女学園も通常の学校と同じく屋上が解放されていない)
窓から飛び降りた。
頭から自由落下する身体。
そのうなじ部分から、金属の板のような物体が飛び出しまるで戦闘機のキャノピーのように上半身を包んだ。
それは車のバンパーの要領で衝撃を吸収し地面との激突を防いだのだった。
「なんでや‥‥なんで…」
呆然とつぶやくノリヤの混乱と強迫観念は、自身の肉体に起こっている不可思議な現象に気が回らないほどに誇大化していた。
このままでは成功するまで同じことを繰り返すことになるのは明白であった。
+ + +
(くそ…このままではらちが明かない)
寄生プレデターは原因こそ分からないが、宿主が精神的な不調により自殺しようとしていることを推察していた。
これ自体は寄生プレデターにも理解はできる。
本質的には生物であるプレデターにも、動物的な本能でメンタル不調の概念があったのだ。
ゆえに、宿主の行動を止めるにはまずはメンタルの治療を行わなければならないと考えたが…。
もちろん、科学的なメンタルヘルスケアなど知る訳もない寄生プレデターが行ったのは。
限りなく動物的なものだった。
動物にも精神病は存在するが、それ以上に強烈な感情が押し寄せればそんな不調など吹っ飛んでいく。
強烈な感情、または生存本能というべきか。
要するに、命の危機を感じれば本能的に生き残る行動をとるだろうと。
寄生プレデターは雑に考えた。
つまり、死にたくなくなるくらい死にそうなほど追い込めばいいのだ。
寄生プレデターは「手」を操作し、宿主の筋肉に刺激を与えた。
脳を介して完全に肉体を操ることはできないが、電気信号を模倣した刺激を与えることで一定の動きを行わせることくらいは出来る。
要するに反射、精肉が熱などに反応してピクピク動くのと同じ要領だ。
そんな反射を利用した肉体操作を使い、寄生プレデターは宿主の身体をぎこちなく動かしていく。
+ + +
「え、おわっ!?」
びくっ、と。
まるで体に電気が走ったかのような動きで、ノリヤはその場に直立する。
そのままびくびくと足が痙攣したかと思うと、ひとりでに足が動き出した。
「えっ、えっ、えっ? ちょっとなに!?」
困惑の声を上げても、両足は止まらず。
それどころか足の回転数はどんどん上がり、そのまま校舎の壁に激突した。
カエルがつぶれるような悲鳴を上げるノリヤだが。
身体は壁に押し付けられたまま、脚は動くのを止めない。
まるで一定の動きしかプログラミングされていないロボットのようであった。
しばらくその状態が続き、流石に一度方向転換すると。今度は最初からトップスピードで走り始めた。
「ちょちょちょっ、なんやこれおい! ぶへっ!」
今度は抵抗を試みるも、若干動きがぎこちなくなっただけで止まらない。
再び壁に激突するが、今度はすぐに右に方向転換。
次にぶつかれば、今度は左へと。
つたないアルゴリズムで動かされた身体は、やがて広い空間。
ペガサスたちの訓練場にたどり着いた。
「あ、ちょ、ちょっとそこの人! たす…っ!」
訓練場に居る他ペガサスの姿を確認したノリヤは、助けを求めようと声を上げるが。
突如、喉が動かなくなる。
「〇×▼? □■〇!」
あくまで動かないのは喉、及び声帯であるため。
呼吸は出来るし、声を上げること自体はできる。
しかし、その音が意味を成すことはなかった。
端から見れば、奇行を行っているようにしか見えず。
ノリヤに近づく人間はいない。
「○○▼■□●~~~ッ!!!」
その間も、足が止まることはなく。
ノリヤは死にそうになるまで、
訓練場の外周をわけの分からないことを叫びながら走り続けるのだった。
寄りそい(何とか)生き(させ)る獣
※学園の医務室に、保健委員がいるのは独自設定です
※寄生プレデターが行えるのは、あくまで事前に設定した運動を宿主の筋肉に行わせるだけで
戦闘のように複雑な動作を行わせることは流石に不可能です
そのためこの方法では通常の人間ならともかくペガサス相手を一人も殺せないだろうと、選択肢に含めませんでした