寄生プレデターはシェイクハンズの夢を見るか   作:紅葉崎もみじ

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7 衣食足りても、獣は変わらず

 ──15時間後。

 一度日が沈み、もう一度登ってきた頃合い。

 ようやくノリヤの足が止まった。

 

 慣性に従い、前方に身体が傾いていくが。

 もはや彼女に受け身をとる体力も残っておらず、体全体をぶつける勢いで地面と激突した。

 もしもこの世に「糸が切れた人形」という比喩表現がなかったとしても、その様子からすぐさま生み出されたであろう。

 

 鼻くそをほじる気力もないとはこの事か。

 倒れ伏した状態のまま、荒い息を繰り返す。

 無理もない。15時間もの長距離走、それも持久走の走行フォームではなく全力疾走の状態でだ。

 普通の人間ならば、怪我どころか身体に重大な障害が起こってもおかしくない。

 もちろん、普通の人間ではなくペガサスの彼女には疲労以上の問題は発生していない。

 

 ペガサスの体内に存在するP細胞には、高い身体能力を授けるだけでなく身体機能を万全の状態に整える作用も持っている。

 つまりペガサスは病気の類に一切かからない上に、どれだけ不摂生な生活を送ったとしても肥満などの生活習慣病も発生せず肉体的な健康が保たれる。

 もちろん、あくまで肉体の健康が保たれるだけであり。

 精神的な不調には適応されない。

 

「はあ、はあ、はあ…」

 

 そんなP細胞の働きにより、たったの10分程度で息が整い始めていた。

 

 だが、いくらペガサスと言えどこのような不眠不休の活動は推奨されない。

 理由はさまざまだが。一番は肉体が超人化しようとも、精神はただの人間のままであるためだ。

 先の説明通り、精神の不調まで健常化されない。

 昼も夜もなく、不眠不休の状態で動き続ければ心が休まらずメンタルがすり減っていく。

 結果、むしろ活動の効率が落ちるという訳だ。

 

 いろいろな意味(・・・・・・・)で、ペガサスにとって最大の問題はメンタルヘルスなのである。

 

 次点の理由として、肉体を動かす栄養素をP細胞が生成してしまうためだ。

 要するにエネルギーを自己生成するということだが、一見便利に思うこちらも大きな落とし穴がある。

 身体のP細胞を余計に活発化させると、魔眼を使用する際と同様に活性化率が上昇してしまう。

 比喩でも何でもなく、事実として「寿命が縮む」のである。

 好き好んでそんなことをしたい人間はいない。

 

 まとめると、超人であるペガサスであっても食事と休憩はしっかりとらなければいけないということだ。

 

 事実、現在のノリヤの身体は。

 60時間飲まず食わずの状態で栄養を、徹夜の影響で睡眠を欲している。

 

 よって、その肉体に潜む寄生プレデターはそれらの充足に動き出した。

 

「…今度はなんやねん」

 

 またしても、自分の意思とは関係なく動き出す肉体にノリヤは軽い悪態をつく。

 走り続ける間に、身体に起こっている現象が「何かが自分を操っている」という推察をしているため。

 その「何か」に対しての言葉であったが。

 まさかその「何か」が人類の敵であるプレデターであり、今現在肉体の中に潜んでいるなどとは夢にも思っていない。

 

 またしても、ぎこちなく手足は動いていく。

 

 アルテミス女学園はペガサス養成学校の中では最上級に設備が充実している。

 「せめて最期まで人間らしく」という理念のもと、ペガサスのためにかなり高い水準の衣食住が用意されているのだ。

 よって、ペガサスが生活を送る校舎と寮は「煌びやか」という形容詞がぴったりとあてはまる外観であり。実用性は勿論のこと、デザイン性も優れている。

 特に中庭は花や樹木など多くの植物が植えられ、日ごろペガサスたちの憩いの場となっている。

 その中でも目を引くのは、中央に存在する絢爛な噴水である。

 噴水自体の見た目もさることながら、噴き出す水も特殊な技術により常に水質が保たれ──

 

「がぼぼぼぼぼぼぼぼっ!」

 

 そんな噴水に顔を突っ込み、たまった水をがぶ飲みするペガサスがいた。

 もちろんノリヤである。

 

「げほっ、げほっ…おえっ」

 

 水分補給は完了した。

 次は栄養だ。

 

 ノリヤの身体はふらふらと花壇の方へと移動し、グランドカバーとして使われている草をむしり取る。

 

「は、ちょ。待ってそんなん聞いてな──むがっ」

 

 青臭いにおいと、えぐみ苦みが口の中に広がった。

 

 しかし吐き出すことは許されず。

 唾液でデンプンを分解するためしっかりと咀嚼し、ノリヤは中庭の草を飲み込んだ。

 

 + + +

 

「ちょっと、あなた何をしているの!」

 

 中庭に注意の声が響く。

 当たり前というのは悲しいが、その注意の対象はノリヤである。

 

 口いっぱいに草を詰め込みながら、声の主へと顔を向ける。

 その瞳には懇願と救援の意がこめられ、涙目になっていた。というか号泣寸前だった。

 

 視線の先では、一人のペガサスがこちらへ近づいてきている。

 スカーフの色から上級生だと分かった。

 おそらく早朝にトレーニングをするため、中庭を経由して訓練場に向かう途中。不幸にも奇行を行う推定不審者に出くわしたというところだろう。

 その証拠に手には水筒や制汗スプレー、タオルなどが入ったクリアのトートバックが握られている。(アルテミス女学園の制服は防刃性能をもっており、プレデターとの戦闘の際にも着用されるため。制服のまま訓練を行うのが基本)

 

 距離を詰め、その不審者(容疑)の全容がはっきり分かるにつれ。

 上級生の目には困惑の感情が宿り、その眉間は深いしわが刻まれる。

 

 それもそのはず、現在のノリヤの格好は医務室で自殺を試みた時から変わらず患者衣に下は裸足。

 なおかつその状態から15時間屋外を走り回り、身体は汗と土で汚れ。髪はぼさぼさ。

 挙句、現在進行形で花壇の草をむさぼり食っているのだから。

 漏れ出た感情が「困惑」で済んでいるだけ、その上級生の人となりを誉めるべきであろう。

 

「‥‥」

「‥‥(もぐもぐ)」

 

 重い沈黙が流れる。

 上級生が声をかけてしまったことへの後悔を覚え始めたころ。

 

「あなた…」

「‥‥?(もぐもぐ)」

 

 ──数分後。

 

 ノリヤの前には、まっとうな人間の食事が配膳されていた。

 ここは寮の中にある食堂であり、食事できる時間は決められているがペガサスは誰でも無料で利用できる。

 ノリヤ…というより、この場合その身体を操っている寄生プレデターは先ほどの上級生に連れられ食事を用意してもらっていた。

 

 少し早めの時間だが、周りにはちらほらと他ペガサスたちの姿もあり。どうやらその上級生は慕われているらしく、先ほどからあいさつために複数人が周りに集まり。そのまま集団をつくっていた。

 

 と、そんな中ノリヤはというと…。

 

「がつ、がつ、がつ‥‥!」

 

 特に関与せず、目の前の食事を貪り食っていた。

 素手で。

 もはや動物というべき行動に、周りのペガサスたちは唖然とし上級生も顔を引きつらせるもすぐに笑みを浮かべノリヤに話しかけた。

 

「もし? 食事の時はこちらを使った方がよろしいと思いますよ。手も汚れませんし」

 

 隣に座り、下手に刺激しないよう優しい声色でスプーンを差し出すもノリヤは反応しない。

 というのも、現在ノリヤの身体を動かしている寄生プレデターは言葉を理解していないからだ。

 もちろん発声という形でのコミュニケーション方法は知っているため、目の前の“壊滅対象”が宿主に対して何かを伝えようとしているということぐらいは分かる。

 しかし、

 

「‥‥」

 

 寄生プレデターは思考する。

 ここに来るまで、ノリヤ(と寄生プレデター)は目の前の上級生に手を引かれ案内されたわけだが。

 寄生プレデターは特に抵抗もしなければ、逃げることもしなかった。

 生来の保留癖、様子見のクセが出た結果だった

 ようは、彼女がこちらを害する気があるのか否か判断に迷ったのだ。

 自身が宿主の中に居ることはバレていないはず。

 街森にてペガサスと遭遇した際、彼女たちの雰囲気とは目の前の個体はかけ離れていた。

 おそらく、これが仲間意識というものなのだろう。

 動物的な本能でそれを理解する。

 

 ということは、これはこちらに利する行動だと思っていいだろう。

 しかし、その意図が分からない。

 

「‥‥」

 

 しばし差し出された(謎の金属片)を見つめるノリヤ。

 尊敬する先輩の言葉を無下にする一年生に取り巻きが苛立ちを露わにするも、上級生はそれを目で制した。

 

「失礼しますね」

 

 上級生はゆっくりとノリヤの手に取り(警戒するように硬直するも、ノリヤの身体は抵抗することはなかった)、スプーンを握らせ料理を口元に運んだ。

 見本を見せるように口を開く上級生に、寄生プレデターはようやく意図を理解する。

 

(なるほど、これは捕食を補助する道具であり。この個体は使い方を教えていたのか)

 

 ノリヤは口を開け、匙を咥えた。

 加減を間違えガギリと歯が触れる。

 

(‥‥調節が必要だな。骨付きの肉を口に入れる要領で動かせばいいのか?)

 

 上級生はノリヤが理解したことを察し、手を放す。

 促したわけではないが、それが合図とばかりに手が動き食事が再開される。

 

 最初はぎこちなく料理をすくっていたが、徐々に動きが調節されスムーズに食事が進むようになった。

 その様子を、まるで赤子を見守る様に見つめる上級生。

 

 先ほどから、上級生の対応が「育児」や「子守り」と表現して差し支えない様子だと思われるだろうが。

 それはおおよそ間違ってはいない。

 

 というのも、この学園では「ノリヤのような状態」になるペガサスが少なくないのである。

 

 日々の戦闘。

 活性化率の上昇。

 そして、周りの人間の死。

 様々な要因から精神を病むペガサスは多い。

 

 その上、学園の運営を行う教員…つまり大人たちはペガサスが立ち入れないブロックに籠り姿を現さず。生徒会長など一部の存在としか連絡を取らない。

 ようするに、ペガサスたちをほぼほぼ放置しているのである。

 

 どのような状態だろうと、何もしない。

 

 結果、ろくなメンタルケアもされず精神に致命的な異常を起こすペガサスが後を絶たないという訳だ。

 

 もちろん、上級生のペガサスたちはその実態を理解しているため。

 新入生を出来るだけ気に掛けるよう動いてはいる…。

 しかし、精神に対する碌な専門知識もない子供の精神保健のまねごとでは焼け石に水であろう。

 

 その証拠に、今でも学園内では幻覚・幻聴に悩むペガサスなどはざらであり。

 廃人化。

 幼児退行。

 記憶障害など。

 田舎町でウリ坊と遭遇するくらいの確率で存在している。

 

 要は、この上級生もそんなペガサスの対応になれていたし。

 ノリヤのこともその手の類だと勘違いしていたという訳だ。

 

 

 彼女が残り数名となってしまった同級生から、ノリヤの事情を聴いていたこともその勘違いに信ぴょう性を持たせた。

 

 

 と、そんなこんなでノリヤは食事を終え。

 手から離れたスプーンが皿と接触し甲高い音を響かせる。

 

 最後の最後まで礼節を欠いた行動に周りの険しい視線が一段強くなる。

 

 もちろんというか、体の自由が効かないノリヤ自身もそれを理解しており。

 心の中では上級生たちに平身低頭する勢いで謝罪と言い訳を唱えているわけだが、そんな思いとは裏腹に体は言うことを聞かないし止まらない。

 

 ぐらり。

 

 ノリヤの身体から力が抜け、椅子ごと傾いていく。

 

「っと、大丈夫ですか⁈」

 

 地面に触れる寸前、上級生がノリヤを受け止め心配そうに声をかけるも。

 自由が効かないノリヤも寄生プレデターも返事をすることなく。

 

 栄養補給は完了した。

 次は睡眠だ。

 

 瞳を閉じ、眠りについた。

 

 + + +

 

『‥‥』

 

 この場にいる全員が絶句していた。

 

 上級生に甲斐甲斐しく世話をさせたと思えば、礼もなくその場で眠りこけた一年生に呆れと怒りを通り越してもはやあっぱれと褒めたたえるような気持ちまで芽生え始めたころ。

 

「仕方ありませんね、彼女を自室に運びましょう。この格好なので医務室のログを見ればどこの誰かはすぐ分かるでしょうし」

「ええっ⁈ そこまでしなくても…」

 

 一年生を肩に担ぐように持ち上げる上級生に、取り巻きは苦言を呈するが。

 本人はここに置くのも邪魔になると、本心なんだか冗談なのか判断に困る理由で移動し始めた。

 

「ああ、ちょっと茉日瑠(まひる)せんぱい! 待ってくださいよーっ」

 

 取り巻きと共に退出していく上級生、そしてその肩に担がれたノリヤを見て周りの傍観者たちはがやがやと吹聴する。

 この調子だと、先の一件がこの場に居なかったペガサスの間に蔓延するのも時間の問題だろう。

 

 そんな学食の様子を横目で確認した上級生は思考する。

 

(…野花に、小高 ノリヤ(かのじょ)が孤立するよう噂を流せと頼まれましたが。この調子だと私が何もしなくても問題なさそうですね。

 いえ、彼女にとっては問題なのでしょうけど)

 

 そこまでする義理も余裕もない、と。

 特に何の感慨もなく、担いだ下級生を切り捨てることを決めた。

 

 + + +

 

 その後、寮の自室(寝床)食堂の位置(餌場)を知った寄生プレデターは。

 ノリヤを一日中走らせ、食堂でたらふく食わせ、自室で泥のように眠らせるという生活サイクルを三日繰り返した。

 

 その結果、ノリヤは無事(?)中等部の間で「グループ崩壊のショックで奇行に走るやべーやつ」の烙印を押され。

 敬遠されるようになった。




※中等部の中庭、末日瑠ちゃんの口調に関してはオリジナルです
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