真珠のふたりごと   作:Tosu

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2話

この日から、セリナはヒレの傷を早く治すために、ケルンの船で居候生活を始めた。

2人の、どこか奇妙で不思議な共同生活は、ケルンが一人で船旅をしていた時とは比べ物にならないほど賑やかなものとなった。

 

 

時には強い嵐の洗礼を受け─────

 

 

「ひどい嵐だ⋯!振り落とされないようにしっかり掴まってろ!」

 

「うん!分かった⋯

⋯オロロロロ⋯」

 

「?、どうした?⋯って吐いてやがる!?人魚と言えど船酔いとかするのか!??」

 

「オロ!」

 

「ゲロで返事すんな」

 

 

 

──────────

 

 

 

 

時には語り合い─────

 

 

「ケルンはどうして船乗りをしてるの?」

 

「俺はこの広い海が好きだからな。

だから、大海原で自由に生活できる船乗りってのは俺にとって天職だ。いつかはもっとデカい船を乗り回すって夢もある。

セリナはなにか、夢とかあるか?」

 

「私?私はね、人間になってみたい!!」

 

「人間に?それはどうして?」

 

「だってケルンが教えてくれたんじゃん!人間界には色んな料理があるって。だから、私も人間になって、全部の料理を制覇したい!!!」

 

「食いもん目当てかい⋯。でも、いい夢だ。」

 

 

 

──────────

 

 

時には人魚の神秘に触れ─────

 

 

「キュー、キュキュー!」

 

「⋯どうした?急に海に向かって奇声あげて」

 

「奇声とは失礼な!?

実は私、魚と話せるんだ!今のは、近くを泳いでるイルカさんと話してたの。

私たち人魚は、この海を泳ぐ全ての魚が友達なんだ!」

 

「おぉ、さすが人魚。そんなことが出来るのか。

それに、魚が友達ってのも楽しそ─────⋯

 

⋯まてよ?、セリナ、この間俺が作った"煮魚"食わなかったか?」

 

「⋯⋯⋯⋯てへっ!」

 

「てへっ!じゃないが?」

 

⋯。

 

 

小さな帆船で繰り広げられた、刺激的な日々。

そんな日々を経て彼らは確かに心の距離を縮め、いつしか固い信頼と友情が結ばれていた。

 

 

そして、2人は今─────

 

「⋯ようやく見えてきた。」

 

「あれが『大陸』か⋯!随分大きいんだね〜!」

 

「確かにでかいがあれはただの島だ。」

 

 

2人の邂逅から、1年の月日が流れた。

セリナの傷はとうに癒えたが、すっかりケルンに心と胃袋を掴まれてしまった彼女は、適当な言い訳を並べて居候生活を続けている。

この日は、船に蓄える食糧を調達するため、久方ぶりにケルンの故郷の島へと立ち寄った。

 

 

「じゃあ、俺は上陸して買い出しに行ってくるから、セリナは船で留守番しててくれ」

 

「えー?か弱い人魚にひとりで留守番させるつもりー?」

 

「まったく、この1年で随分と生意気になりやがったな⋯

今回の買い出しリストなんか殆どセリナ用の食料だぞ」

 

ケルンはぶつくさ言いながらも、その表情はどこか楽しげだ。

ずっと一人きりで船上生活をしてきた彼にとって、セリナとの生活は賑やかで刺激的で、そして何より楽しいものだった。

お互いが心を許すのに、1年という期間は十分なものだった。

 

 

「ブゥー、ケルンのケチ!いじわる!仏頂面!」

 

「仏頂面なのは生まれつきだから勘弁してくれ…

そもそも、セリナの姿が他の人間に見られると───────

⋯いや、あの手があったか」

 

「えっ?何??」

 

ケルンは急に何かを思い立ったかのように会話を切り、ポケットからくしゃくしゃの地図を取り出した。

 

 

「セリナ、目的地変更だ」

 

そう言って彼は地図を広げ、一点を指さした。そこに示されていたのは

 

「『水上マーケット』?」

 

「あぁ。ここは海に繋がる大きな川に沿って市場が広がっててな。船に乗ったまま買い物ができるんだ。ここなら、セリナも身を隠しさえすれば入り込める。」

 

「っ!!」

 

思いがけないケルンの提案に、セリナは内心葛藤した。

人間界には『人魚の涙』をめぐって悪意が蔓延り、人魚にとって危険な場所であるという認識に今も変わりは無い。

しかし、ケルンと交わした沢山の話から、もっと人間界について知りたいと思っていることもまた事実であった。

そんなセリナが出した結論は、

 

 

「⋯うん!ただ、マーケットにいる時は他の人間たちに私の事がバレないように、ブランケットに包まって隠れることにするよ」

 

「おうよ。ブランケットはそこのヤツ使ってくれ

⋯さて、そうと決まれば針路変更だ。ちょっと揺れるからしっかり掴まってろよ?」

 

「わかったー!」

 

「わかったって言いながらヒレで仁王立ちすんな。なんだその器用な技」

 

「ふふふ、すごいでしょ〜。人魚の私も『立つ』ことが出来るんだぞ──────ぁ痛っ!!」

 

「大丈夫か!?

⋯まったく、だから揺れるって言っただろ⋯。言わんこっちゃねぇ⋯」

 

 

相変わらず穏やかな海を少しだけ賑やかにしながら、2人の船はやがて両岸に水上マーケットが広がる大きな川へと到着した。

 

 

 

──────────

 

 

 

「へいらっしゃい!」

「今日はマグロが大漁だよ〜」

「うちの店は掛け値なし!!」

「よぉあんちゃん!うち寄ってけ!」

 

 

「おー、賑わってるな〜。」

 

島の住人のみならず、近海に繰り出す船乗り達の台所として機能する市場とだけあって、水上マーケットは大きな賑わいを見せていた。

およそ30m近い幅がある川は、大小様々な船でギッシリと埋め尽くされている。

 

 

「す⋯すごい⋯!

こんなに沢山の人がいるなんて⋯!!」

 

市場のことを話には聞いていたセリナだが、想像を超える光景にただ圧倒されていた。

 

「人の多さもそうだが、市場の魅力はなんと言っても物量だ。日用品から食料、変わり種まで何でも揃う

 

⋯よう、元気してたか店主さん、それ2本買うよ」

 

「ん?⋯おお!ケルンじゃないか!1年振りだなぁ!調子はどうだい?こっちは景気が悪くてよぉ⋯。ほぅほぅ?そうか、ケルンは相変わらず漂流の旅をしてるのか!浪漫があっていいね〜。

⋯あいよ!2本毎度あり!」

 

 

ケルンは川に入って早々に通りかかった馴染みの店で、店主と話に花を咲かせつつ何かを購入し、そのうち1本をブランケットに隠れるセリナにこっそりと渡した。

 

「なにこれ?

⋯なんかとんでもなくいい匂いするんだけど!?」

 

「それは牛串っていう食べ物だ。ちょっと高いがかなり美味いぞ?」

 

「美味!!!

なにこれ!船で食べた干し肉とは比べ物にならないくらい柔らかい!中から水が染み出てくる!美味しい!!!」

 

「はは、それは肉汁って言うんだ。値が張ることに加え、保存がきかなくて船上じゃまず食べれないから、ゆっくり味わって食うんだぞ?」

 

「おかわり!」

 

「人の話聞いてたか?」

 

「うん!肉汁!肉汁!」

 

「都合のいい所だけ聞こえてやがる⋯」

 

ケルンはやれやれ言いながら、自分用に買った牛串もセリナに差し出す。

 

 

「ありがとう!!⋯⋯おかわり!」

 

「いや今おかわりあげたばっかで⋯⋯、は?もう食ったの?」

 

「だって少ないんだもん!最低あと50本くらいは欲し⋯

いヘヘヘヘ、いふぁい!はひふんほ!!」

 

割と高額な牛串を5秒で平らげ、挙句の果てに法外な物量を要求してきたセリナに、ケルンは笑顔に青筋を浮かべながら彼女の両頬をつねってグルグルと回す制裁を加えた。

 

 

「まったく、このわんぱく娘め。

⋯だが、安くてそれなりの量が食べれる店となると⋯。やっぱりあの店だな」

 

「あの店?」

 

つねられて赤くなった頬を涙目で擦りながら、首を傾ける。

 

「知り合いが近くで肉料理店をやっててな、そこなら持ち帰りが出来るし、値段も安いし、何より量がある。どうだ?」

 

「肉汁!肉汁!」

 

「どんな返事だよ⋯」

 

 

買い物客船で混み合う川をすり抜けながら上流に向かうこと10分。右岸に見えてきたのは、『野郎食堂』と看板の掲げられた、簡素ながらも年季の入った風情ある舟屋型の食堂。

船を寄せると、深い髭を生やした店主らしきガタイのいい人男が、メニュー表を持って近づいてきた。

 

 

「いらっしゃい!お客さんは何名さんでぇ⋯、

⋯⋯ってお前!ケルン坊じゃねぇか!!」

 

「おう、久しぶりだなおっさん。またちょっと老けたな」

 

「うるせぇ!俺はまだピチピチの50代だ!

それにしても、本当に久しぶりだな〜!ま、とりあえず上がれって。ゆっくりとお前の土産話でも聞かせてもらおうじゃないか」

 

店主の男は親戚を家にあげる要領でケルンに手招きをしたが、ケルンは首を横に振る。

 

「おっさんと話したいのは山々だが、今日は持ち帰りにさせてもらう。」

 

「おいおいなんだよ。少し会わないうちに顔だけじゃなく心まで仏頂面になっちまったのか」

 

「やかましいわ

ちょっと今日は急ぎの用があってな。」

 

「急ぎの用事ィ?年がら年中近海で漂流生活送ってるお前が随分珍しいじゃねぇか。

⋯⋯ほう?まさかお前、女でも出来たか!?」

 

「なんでそうなるんだよ⋯」

 

「そりゃあおめぇ、こののんびりした海で生活する船乗りが急ぐなんてのは、嵐から逃げる時と、惚れた女を追いかけ回す時くらいだって相場が決まってんだろ」

 

「たまにジジイみたいなこと言うよなおっさん」

 

「そりゃあ実際ジジイだから…、って!!俺はまだピチピチの50代だっつぅの!!

 

……急いでるところ引き止めたことは悪かったから、そんなシラミを見るような目で俺を見ないでくれ…。

持ち帰り用の弁当はそこに積んであるから、好きなだけ持ってけよ。」

 

「いくらだ?」

 

「12パールだ。半額にしてやるよ」

 

「いつもありがとな」

 

 

ケルンは礼を言って、ブランケットの近くに弁当を置き会計の準備を始める。

 

「ったく、ようやくケルンにも春が訪れたのかと思ったのによ〜。⋯あぁ、そういやさっきの弁当ピクルスが──────」

 

 

そう言って男が先程渡した弁当に目線を戻した瞬間、男は目をパチパチさせながら静止した。

 

「⋯どうした?おっさん」

 

「な、なぁ⋯、今、あのブランケットから腕が伸びてなかったか?」

 

非常に思い当たる節があるケルンは、思わず冷や汗を流しながら誤魔化す。

 

「なんだおっさん、そんな訳ないだろ。ついにボケたか?」

 

「⋯⋯気のせいか?

⋯っていやいやいや、マジで見たんだって」

 

「だからそんなわけが」

 

上手い誤魔化し文句が思いつかず、内心焦り出すケルン。

そんな彼とは打って変わって、ブランケットの中のセリナは

 

「(このお弁当⋯美味しすぎる⋯!!)」

 

ブランケットのそばに置かれた弁当から巧みに牛肉をつまみ出し、幸せを感じさせる表情で思い切り頬張っていた。

そんなことをすれば当然、

 

「いや、よく見るとあのブランケット、中でなんか動いてるぞ!?なぁケルン、捲っていいか!?いいよな!??」

 

もはや誤魔化す事は不可能と悟ったケルンは、せめて人魚という地雷を隠し通すため、ヒレが露出しないよう細心の注意をはらいながら──────────

 

「⋯。」

 

ブランケットを僅かにめくった。

 

 

「「 ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ」」

 

 

唐突に対面を果たした、少女と店主。

きっと動物か何かと考えていた店主は、予想の斜め上の状況に口をあんぐりと開けて立ち尽くす。

一方のセリナは、

 

「 ⋯⋯⋯⋯⋯ッんぐっっ!んググっッ!!!」

 

あまりの驚きゆえに、頬張っていた牛肉を盛大に喉に詰まらせた。

 

「⋯⋯⋯⋯っておいっ大丈夫か!?水のめ水!ほい!」

 

困惑しながらも一足先に状況を飲み込んだ店主が機転をきかせ、セリナに飲水を渡すと彼女は勢いよく飲み干した。

 

「⋯⋯⋯プはァ⋯⋯、助かった⋯。」

 

「お、おう。そいつは良かった。」

 

 

そして再び訪れる静寂。

 

妙な雰囲気が漂いはじめたタイミングで、ようやく言い訳を思いついたケルンが切り出す。

 

「あぁ。バレたら仕方がない。実はコイツは俺の親戚なんだけどな、コイツ、極度の人見知りだから人と関わらないように普段はブランケットに隠れてるんだ」

 

ケルンはそう言うと、『話を合わせろ』と言わんばかりの強い視線をセリナに向けてアピールする

 

 

「⋯。キャ、キャー⋯。ハ、ハズカシーィ⋯⋯。」

 

「「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」」

 

 

哀しいかな、彼女の演技の才能は致命的だ。

 

 

再度彼らを襲う静寂。

 

これはもう会話を諦めて逃げるしかないか、と今度こそ覚悟を決めた時、店主が口を開いた。

 

 

 

「お前、まさか……?つまりはお前⋯⋯⋯、

 

⋯⋯⋯、貴族の娘と夜逃げしたんだな!!??」

 

 

「⋯は?」

 

「おめぇ!いっつも仏頂面決め込んでるくせに、なかなかやるじゃねぇか!!そのガッツ、見直したぜケルン坊!!」

 

 

わけも分からず上機嫌の店主に、頭をわしゃわしゃと掻き回されるケルン。

ここでようやく彼は思い出した。この店主は、常日頃から頭の中がワインレッドだということを。

 

「⋯。⋯はぁ。そういえば、おっさんはそういう奴だったよな。

まぁ、そーいうことだから、今日は見逃してくれ」

 

「おう!あたぼーよ!

な、お嬢ちゃん。コイツ、仏頂面な顔してるけど、中身は結構ひ弱な⋯じゃなくて、優男なんだ。だから、宜しくしてやってくれよ!」

 

「あんま変なこと吹き込むなよおっさん⋯」

 

「だっはっは!」

 

 

豪快に笑った店主は、最後にセリナの頭をぽん、と優しく叩いたあと、親指を立てて2人にサムズアップする。

 

苦笑いでサムズアップを返しつつケルンは川の中心へ向かって船の離岸を始める。

遠ざかるレストランと、何故か依然としてサムズアップを続ける店主を眺めながら、彼は先程の出来事を振り返る。

仕方がなかったとはいえ、恐怖の対象である人間の前にセリナの身を晒させてしまった事実に申し訳なさを感じ、謝ろうと彼女の方へ振り向くと、

 

「⋯⋯ふふっ」

 

 

セリナは、ぎこちないサムズアップを店主に返しながら、笑みをこぼしていた。

 

ケルンは謝るために開きかけた口で、問いかけた。

 

 

「人間も、悪いやつばっかじゃないだろ?

アイツは変なヤツではあるが⋯」

 

「うん!面白い人だったね!

⋯私、まだ少し人間のことは怖いけど、⋯それでももう少し、色んな人間さんとお話してみたいかも。」

 

「⋯そっか。

それなら、ここから海への帰り道は、顔をブランケットから出してみるか?もちろん、ヒレは隠してな。」

 

「⋯っ!

うん、そうしてみる!」

 

 

人間に意図的に姿を晒すなど、人魚の常識としては有り得ない行為だ。だが、悪意以外の人間の感情を知った彼女は、リスクを承知でブランケットを脱いだ。ただ、人間を知るために。

 

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