真珠のふたりごと   作:Tosu

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3話

「ケルンちゃんいらっしゃーい!そこの別嬪さん!まさかガールフレンドかい!?あんた可愛いから花が似合うんじゃない?お安くしてあげるよ!」

 

「おや、ケルン君、ハネムーンかい!?そんな2人にキャンドルはいかが?ロマンチックだろぅ?

⋯それにしてもまさか、あのケルン君が彼女を作るなんて⋯」

 

「そこのおアツいカップル!万華鏡って知ってるかい!

最近西方諸島で開発された娯楽品で─────」

 

 

元々ケルンの顔なじみが多いマーケットなだけあって、普段は孤高のケルンが珍しく船に同乗者を、それも美少女を乗せている様子を見た店員たちは、大層面白がっていつも以上にグイグイと絡んできた。

 

それらを受け流しながら、何とか船の少ない沖の方へと移動する。

 

 

「⋯⋯⋯」

 

思い返せば、今回のマーケットはケルンにとって普段の数倍の出費となった。だが、微塵も後悔はない。なぜなら

 

 

「わぁ⋯!信じられないくらい綺麗!!ケルンも見てよこれ!」

 

初めての万華鏡に、目をキラキラさせながら熱中するセリナ。

ただその光景だけで、ケルンはどこか報われた気がした。

 

1年間という長いような短いような期間を共にした間柄だが、少なからず彼はセリナという少女に心惹かれていた。

 

彼女は、ケルンが知る中で最も孤独で、そして最も美しい心の持ち主だ。

人魚という特殊な生まれによって外界との接触が阻まれ、暗い海の中で1人、希望も目標もなく彷徨う日々を送っていたセリナ。挙句の果てに、何らかの悪意によって深い傷をつけられ、恐らく死の淵に立たされたにも関わらず、彼女は『希望』を捨てなかった。

だからこそ彼女は今日、人間との接触を通じて沢山の発見や喜び、楽しさに巡り会うことが出来たのだ。

 

ケルンはそんな彼女に、彼女の在り方に、密かに恋をした。

 

だが人魚と人間は、完全に隔絶された、似て異なる存在。恋など実るはずが無い。

もし彼女にこの感情が知られれば、彼女に要らぬ負担をかけてしまうだろう。

 

 

「⋯⋯もうだいぶ日が暮れたな。」

 

「んー?ホントだ、もう結構暗いね〜」

 

セリナの言葉を合図に、ケルンは先程押し売りされたキャンドルに火をつけ、2人の中間に置いた。

ゆらゆらとぎこちなく揺れる灯火に照らされながら、2人の間にゆっくりとした時間が流れる。

 

セリナは初めて見る夜景に目を奪われたのか、片手で頬杖をつきながらジッと感慨深げに島の方を見つめている。

 

今ここで「好きだ」と伝えたら、彼女はどんな反応をするのだろう。驚くだろうか、喜んでくれるだろうか、そんな目で見ていたのかと失望するだろうか。

だが、その答えを知る瞬間は永遠に訪れない。

 

ケルンは、己の心に蓋をするため、手に"あるもの"を握りしめながら口を開いた。

 

 

「⋯なぁセリナ、少しこっちに向けて頭を下げてくれるか?」

 

「えー?なに急に?」

 

セリナははてなマークを浮かべながらも、言われた通り頭を下げる。と、ケルンは何かを彼女の首へ掛けた。

 

「おぉ⋯?なにこれ?綺麗!」

 

「それはネックレスってやつだ。さっきマーケットで買ったんだ、セリナに似合うかと思って。」

 

「プレゼントってこと? ありがとう!!嬉しい!!!

ふふっ、ケルンって、あの店主さんの言う通り『仏頂面だけど優男』だね」

 

「一言余計だな」

 

 

ケルンが渡したのは、真珠のネックレス。

実は、先程の島が属する中央諸島において、真珠のネックレスを送る行為は『プロポーズ』を意味する。

受け取った側が真珠に口付けをすると承諾を、

何もせずただ受け取るだけだと拒絶の意を表す。

 

だが人魚にはそのような慣習が無いため、セリナは当然この事を知らない。

 

ケルンはこうなる事を見込んで、一方的かつ彼女に悟られぬよう告白をし、そして振られた。こうすることで、己の初恋に幕を下ろしたのだ。

 

どこかスッキリとした表情になったケルンに、セリナが少しモジモジとしながら口を開く。

 

 

「ねぇ、ケルン。」

 

「なんだ?」

 

「今日は本当にありがとう。ケルンがいなければ、こんなに楽しい経験は一生できなかったよ。

それでさ⋯、ヒレの傷のことなんだけど、本当はもう完全に治ってるんだよね。⋯もしかしたら気づいてたかもだけど」

 

「⋯まぁ、そんな気はしてたよ」

 

「ふふ、そうだよね。

それでさ、もし、もしケルンが良ければなんだけど、もう少しだけ、この船に乗っててもいいかな?」

 

風に煽られたキャンドルの火が、グラりと揺れる

 

「1年前にケルンと出会ってから今までいっぱいお話して、色んなもの食べさせてもらって、毎日が発見の連続で⋯。一人で生きてた時と違って、世界がキラキラして見えるんだ!万華鏡みたいにね!!」

 

忙しなく、キャンドルの火が揺らめく

 

「それもこれも、全部ケルンのお陰なんだ!だからさ、⋯私はケルンと一緒にこの海を旅したい。

⋯ダメ、かな?」

 

人間との接点が多いケルンと旅を続けるということは、彼女にとって大きなリスクとなる。既に彼女の傷が治り援助が不要である点を加味すれば、2人は別々の人生を送ることが妥当だ。

 

しかし

 

「ダメ、じゃねぇよ。⋯俺も1人きりの船旅は寂しいからな。」

 

ダメ、なんて言えるはずがなかった。

つい先程蓋をしたはずの恋心が、グツグツと音をたてて燃えたぎる。

 

「本当に?今まで通りいっぱいお話して、料理も作ってくれる?」

 

燃えたぎる恋心とは対照的に、ロウが溶けきったキャンドルの火は徐々に弱く揺らめく。

 

「おう。いっぱい食わせるから覚悟しとけ」

 

「やったあ!! ケルン、

 

 

 

 

大好き!!」

 

 

 

 

"大好き"。その言葉を聞いた途端、彼の理性は決壊した。

こうしてようやくケルンは彼女に本当の思いを伝え、

 

 

「───。、俺も、セリナの事が──────────」

 

 

 

 

────────────────────

──────────

─────

 

 

 

「⋯⋯⋯?」

 

 

 

パーン、と。

 

セリナには聞き馴染みのない、乾いた大きな炸裂音が辺りに響いた。

 

それは、大勢の人間で賑わっていたマーケットで聞いたどんな音よりも大きくて、無機質で、しかし鋭い音だった。

 

 

「⋯びっくりした、今の音なんだったんだろう?

⋯⋯⋯?⋯ケルン?」

 

返事が来ない事を訝しんだセリナはケルンの方へ視線を向けると、

 

「─────ケルン?」

 

ケルンは表情を強く歪ませたかと思えば、唐突に倒れ込んだ。

 

「⋯どうしたの?ケルン?返事を⋯」

 

突然眠りに落ちたケルンを起こそうと、彼に手を伸ばす。と、

 

ピシャリ、不自然な水分の音が鼓膜を鳴らした。

 

セリナは考えるよりも先にキャンドルの火を彼の元へと近づける。灯りによって照らされた光景は

 

 

「─────へ?」

 

赤、赤、赤赤赤赤

彼を中心に、一面に広がる赤。

 

遅れてやってくる、鼻を刺す鉄の匂い。

 

血だ。血液だ。なら、誰の?

 

「ケルン⋯?ねぇ、ケルン?」

 

「ケルン、起きてよ、ねぇ、ねえってば!ねえ!!」

 

「どうしちゃったの!??何があったの!!!?どうしてケルンが血を流してるの!!!!?私、どうすればいいの?!??」

 

 

パニックに陥るセリナだが、ケルンの流血は勢いを増す。

血を浴びたキャンドルの火は消え、帆船はどこまでも暗い懐かしい闇夜に飲み込まれる。

 

「ケルンッ!嫌!死なないでよっ!これからも一緒に船旅しようって!さっき約束したばっかりなのに!!」

 

「ケルンっ!ケルンっ!!お願い!起きてっ!!また私を独りにしないでっっ!!」

 

「ねぇ!ケルン!ケルンっ!─────────!─」

 

 

「─────、─────!────、──!!」

 

 

────?────!!──、?!──」

 

 

⋯⋯、⋯⋯、

 

 

 

 

 

 

 

 

「…グレイさん、命中したようです。」

 

「急所は外してある、直ぐにあの少年が死ぬことは無い。それよりも

────人魚を確保しろ。」

 

グレイと呼ばれた男の指示に従って、乗員たちが慌ただしく何かの準備を始める。

 

同時に、ケルンが僅かに身じろいだ。

 

「っっ!!!!ケルン!よかった!!無事だったんだ!!!でもあまり動かないで!出血が─────?」

 

「⋯セリナ、よく聞⋯け。⋯あれは多分⋯海賊だ。⋯狙いはお前の⋯力だ⋯から、早く逃げ⋯ろ。」

 

「海賊っ⋯!?まさか、あの時の⋯!!」

 

セリナは顔を大きく歪めた。もしかしたら、ヒレの傷は海賊に付けられたのかもしれない。

 

「でも、ケルンを置いて逃げるなんて出来ないよ!」

 

「俺のことは気に⋯すんな。」

 

「やだよ!!一緒に逃げよう!?」

 

「お前一人な⋯ら海中を潜⋯って逃げ⋯られる」

 

「でも!!」

 

問答を繰り広げているうちに、乗員の1人が海に飛び込んだ。帆船に上陸するのも時間の問題だ。

そこでケルンは、セリナの頬に向かってヨロヨロと腕を上げた。

 

 

「なぁ、セリナ。人魚⋯の涙には願⋯いを叶える力⋯があるって」

 

「っ! そうだ!その力を使えばケルンの傷が直せるかも!」

 

ケルンは間髪入れずにセリナの目尻に溜まった涙に触れる。触れた瞬間涙は固体の結晶となり、彼の掌に収まった。

 

 

「さあケルン!『傷を治せ』って祈って!」

 

「⋯なぁ、セリナ。」

 

「話はいいから早く!」

 

「元気でな」

 

「⋯?」

 

 

「 『セリナ、俺を置いて逃げろ』 」

 

「!!??ケルン、今なんて言っ─────」

 

途端、握られた涙の結晶が青白く光り、粉々に割れた。

次の瞬間、セリナはまるで誰かに操られたかのように海に飛び込み、一人で遥か遠くへと向かって泳いでいった。

 

 

 

 

 

「⋯ハハ、人魚の涙の伝説、マジだったんだな」

 

 

 

ケルンは、セリナを逃がした達成感と疲労感、そして出血によって、深海のように深く暗い場所へゆっくりと意識を沈めた。

 

 

────────────────

 

 

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