真珠のふたりごと   作:Tosu

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5話

 

「ケルン!?」

 

「っ混乱に乗じて脱走する気か⋯!」

 

周囲の視線を浴びながら、ケルンは監禁部屋から沈没船のデッキへ飛び移ることに成功した。炎の熱をピリピリと浴びながら一目散に子供たちの待つ2階部分へ駆け寄る。

 

 

「⋯?、君!!まさか、そこにまだ救助者がいるのか?」

 

監禁部屋から脱したというのに遠くへ逃げる気配のないケルンを見て、グレイはようやくケルンの思惑を察した。

救助班員達へ医療船への帰還及び負傷者の手当を手短に指示し、自らは沈みかけの船体によじ登り、ケルンの元へ駆け寄る。

 

 

「はぁ、はぁ⋯。君、そこに逃げ遅れがいるのか。ならば、一時休戦だ。我々で協力して逃げ遅れを救助しよう」

 

「⋯あぁ。賛成だ。」

 

「それで、逃げ遅れはどこにいる?」

 

ケルンは、煙に包まれた船内を指さした。明らかに先程よりも延焼が進み、もはや30cm先も見えない程の黒煙に包まれている。

 

「⋯その奥にいるのか。

残念だが、ここまで煙が蔓延してしまえば、視界はゼロも同然。救助活動は不可能だ。煙を避けようにも、救助者を背負って戻る労力を考えれば絶対的に酸素が足りない。危険だ。」

 

「逃げ遅れは子供だ。息を止めながら背負うことも不可能じゃない。」

 

「そうは言ってもだね...、⋯っおい!君、待ちなさい!」

 

ケルンはグレイの静止を振り切り、姿勢を低くして口を抑えながら煙の中へ突入した。

 

煙に入ると忠告通り、酸素と方向感覚を奪う黒煙と、全身を炙るような熱がケルンの生命をゆっくりと蝕んだ。

 

 

「っ⋯!」 

 

視界の無い中手探りで辺りを捜索すると、ようやく1人目の子供を見つけ出した。意識は無いが、脈はある。

ケルンは素早く子供を背負い、出口へ引き返す。

しかし子供一人を背負っている分、往路よりも明らかに足取りが重い。ダメだと理解していても口は酸素を求め、少量の煙を吸い込んだ。

 

「はァっ⋯カッはァ⋯っ!はァ、」

 

「無事だったか!よくやった!子供は我々が責任をもって治療する。⋯いや、君も無事とは言えなそうだな。煙を吸い込んだだろう、呼吸の音に気道熱傷の特徴がみられる。直ぐに気道確保の手術をしなければ───────」

 

「はァ⋯、はァ、まだだ。もう1人、子供が、残されてる、はずだ。」

 

「まさか、もう一度この煙の中に突っ込むつもりか?君、本当に死ぬぞ。少し冷静になりなさい。」

 

「はァ⋯、俺は、冷静だ。子供まで、そう距離は無い、はずだから、問題ない。」

 

息絶え絶えになりながらも他人のために命を張る覚悟を見せるケルンに、グレイは静止の言葉を詰まらせる。

 

「⋯ひとつ聞かせてくれ。なぜ君は、見ず知らずの他人の為に、命を張ることが出来るんだ。」

 

 

ケルンは再突入に備えて息を整えながら、ハッキリと答える。

 

「前、お前はこう言ってたよな。『誰かにとっての家族は誰かにとっての他人』だって。だったらそれは、『自分にとっての他人は誰かにとっての家族』ってのも同義だろ。

誰かの家族を救うのに理由なんか要らねえよ」

 

「⋯っ!」

 

  

ケルンはそう言い残して再び煙の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

「⋯⋯。」 

 

グレイは煙に消えゆく彼の背をぼんやり眺めながら、先程の言葉を反芻する。

 

「⋯あの頃を思い出すな。」

 

ケルンの後ろ姿が、数十年前の"あの日"の自分と重なる。

 

 

 

────────

 

 

『グレイ!危ないよ!この波じゃグレイも溺れちゃう!』

 

『大丈夫!泳ぎは得意だから!それに、このままじゃあの子供が死んじゃう!』

 

『そうかもしれないけど⋯ってちょっと!待ってよ!』

 

 

その日、グレイは彼女の静止を振り切って海に飛び込み、沖で溺れた子供を助けた。

 

『よかった⋯!グレイが無事で⋯』

 

『はは、言ったでしょ?泳ぎは得意だって』

 

『そうだけど、本当に心配したんだよ⋯。私の事振り切って泳いでいっちゃうんだもん。

あーあ、私、生まれ変わったらイルカになりたいな』

 

『イルカ?急になんで?』

 

『イルカになれば、無茶して泳いで行くグレイをスイスイっと連れ戻すことが出来るじゃん!』

 

『いや、そこは子供助ける方に力を発揮してよ⋯』

 

『ふふっ冗談。とにかく、これからはこんな無茶しないでね!

 

⋯でも、無茶してでも誰かを助けようとする、そんなグレイのこと、私は──────────』

 

 

──────────

 

 

 

 

 

 

 

「はァ⋯、はァ、⋯っ」

 

「っ、戻ったか。」 

 

 

2人目を救出して生還したケルンの荒い呼吸音で、グレイは目の 前の現状へ向き直る。

 

「その子も急いで治療する。君も大至急手当が必要で⋯⋯君、大丈夫か?⋯⋯っ!」

 

グレイの言葉を待たずに、ケルンは音を立てて崩れ落ちる。グレイは咄嗟に肩を組み、ゆっくりと仰向けに寝かせて容態を診る。

 

「⋯気道閉塞。君、煙の中でも相当無茶したんだろう。恐らく既に気管が閉塞している。⋯窒息状態で今まで立っていたのが不思議なくらいだ」

 

 

「⋯」

 

 

返事は無い。脈を確認すれば、明らかに鼓動が弱く遅い。それどころか、気づけば呼吸もほぼ止まっている。医者としての知識を持つグレイは、彼の容態を冷淡かつ的確に分析する。

その結論は、"打つ手なし"。

 

グレイは、救助された子供を部下達に託し、既に意識の無いケルンの横へ力無く腰掛ける。

 

同時に、聞きなれない声がグレイの耳を劈く。

 

 

 

「─────っケルン!」

 

 

声の元へ首を向ければ、そこに居たのは、人魚。

何年も何年も、探し求めた人魚が、自身のすぐ側に居た。

船体の浸水が加速し、2階部分はいつの間にか海面と同じ高さまで下がっていたようだ。

人魚は、ヒレを器用に駆使しながら床に這い上がり、ケルンの元へ近づく。

 

念願の人魚を目の前にしているというのに、グレイは不思議と何の感情も湧かなかった。

 

 

「ねぇ!ケルンは無事なの?」

 

 

「⋯彼は、内蔵に深刻な怪我を負っている。⋯⋯残念だが、致命傷だ。」

 

「⋯っ!⋯⋯なら、私が助ける。」

 

「涙を使うつもりか?やめておけ。生物学的には生きていても、既にほぼ死も同然の容態だ。そんな状態の人間を人魚の涙で救おうとすれば、君自身が力を使い果たして消滅することになる。その危険は君も本能でわかっているだろう?」

 

「⋯⋯。」

 

グレイの警告に、セリナは一瞬言葉を詰まらせる。

 

 

「⋯ねぇ、ケルンはどうしてこんな怪我をしたの?」

 

「この火事の中、逃げ遅れた子供を助ける過程で煙を吸い込んだんだ。」

 

「そっか。⋯ふふっ、やっぱり」

 

「⋯⋯?」

 

「ケルンは優しい。私は、ケルンに何回も救われたんだ。普段は何しても仏頂面なのに、何かあれば私を庇って、助けてくれた。そんなケルンのことが、私は好き。だから、今度は私が恩返しする番。」

 

 

「⋯っ!」

 

 

  

『無茶してでも誰かを助けようとする、そんなグレイのこと、私は───好き───。』

 

 

 

 

セリナの言葉が、想いが、グレイの思い出の中の"彼女"とリンクする。

セリナの姿が、"彼女"に見えて仕方がない。そうだ、どうして忘れていたのだろう。"彼女"はかつてこう言った。誰かを助けるグレイが好きなのだと。だからグレイは医者を志した。誰かを助ける自分を"彼女"に見てもらいたいから。

 

 そして、今目の前には助けを必要とする少年が一人。

ならば、グレイのやることは────────

 

 

 

 

「そうか。ならば、願いの代償には私の命を充てなさい。」

 

 

「えっ⋯、命⋯?おじさん、代償の意味を本当にわかって────」

 

「分かっているとも。⋯実は、私も煙を吸い込んだんだ。どうせ直に死ぬのだから、代償に充てた方が有意義だろう。」

 

 

グレイはセリナに余分な迷いを与えまいと、嘘をつく。

 

 

「⋯⋯。⋯本当にいいんだね?⋯⋯ありがとう。」

 

「その代わり、最後に一つだけ質問させてくれ。

君は生まれ変わったら、何になりたい?」

 

「え⋯?⋯それは、人間かな。もし私が人間だったら、ケルンと一緒にもっと色んなところに行けたのになって思うから。」

 

「人間か。イルカではなくて?」

 

「??、どうして急にイルカ?」

 

「こちらの話だ。忘れてくれ」

 

「???」

 

 

 

グレイはふっと笑ってから、話は終わったと言わんばかりにケルンを見やる。

その動作を合図に、セリナは目をぬぐって涙を取りだし、願いを込める。

 

「おじさん、本当にありがとう。」

 

次の瞬間、セリナを中心に青白い光が辺りを照らした。

 

 

「っ⋯⋯」

 

 

光に呼応するように、グレイの意識が少しづつ蕩けていく。願いは成功したようだ。

 

セリナは意識を失ったままのケルンに微笑みかけてから、海に向かって独特な発声で何かを呼び寄せる。

 

やがて間を置かずに海中から飛び出したのは

 

 

「──────イルカ、か。」

 

 

セリナはイルカの背にケルンを乗せ、もう一度グレイに頭を下げてから、地平線へと向かって泳いで行った。

 

グレイは蕩ける意識の中で、独り言をこぼす。

 

 

「そうか。"君"は、イルカに生まれ変わったんだね。

なら、ボクもイルカに生まれ変わりたいな。それで、君と一緒にのんびりと泳ぐんだ。どこまでも、いつまでも。」

 

 

グレイは最後の力を振り絞って、ポケットから青みがかった"人魚の涙"の結晶を取り出す。

 

「私は、決して許されない罪を犯してしまった。だが、願わくば、最後に一つだけ、願いを。」

 

ピントの合わない視界にケルンとセリナを映しながら、涙の結晶を両手で握って呟いた。

 

 

 

 

 

「あの子たちの未来に、幸あらんことを」

 

 

 

 

 

 

イルカの背を追いかけるグレイの瞳の灯火は、役割を終えたと言わんばかりに波間に散る。生を終えたその瞳は、船が沈む最後の瞬間まで、遥かな大海原の青を宿し続けた。

 

 

────────────────────────────

 

 

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