金の香りに誘われて   作:桜ノ宮雨

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三日目

 今日は街の方へ行ってみようということで、昨日の森とは反対方向へわたし達は歩いた。わたしとセツが初日に遭ったところの近くだ。少し危険だが、情報は得やすい。

 

 以前はとにかく恐ろしくて気がつかなかったが、街は相当な賑やかさだった。多くの飲食店(ほとんどが居酒屋だが)からいい匂いと客引きの声がし、あちらこちらで良い気分になった妖がどんちゃん騒ぎをしている。そして街全体がとても窮屈に感じた。道は狭く、一つ一つの店の規模が小さい。カウンターのみの粗末な木の建物や、屋台が多いのだ。まるで様々な要素をごちゃ混ぜにして、無理やり箱に詰めたかのよう。雑多なおもちゃ箱同然だ。とても整備されているようには見えない。セツ曰く、「街の端っこの方はこんなものさ」らしい。

 

「さてと、折角だし一軒入るか」

「……はぁ!? まさかの寄り道!?」

「なぁに、ここに来たのはただの情報収集だ。それに関しちゃあ、俺に良い案がある。まァ付いてこい。腹も減っただろう?」

「…………本当に大丈夫かなぁ」

 わりと……いや、かなりマイペースなセツに慣れたつもりだったけど、「やっぱりコイツ、酒が飲みたいだけなんじゃないか」と不安しかない。でも大人しく付いていくしか方法は無いんだから、余計に腹が立つ。わたしはジトーっと訝しげな目を彼に向けながら、その後を付いて行った。

 

 

「らっしゃーい! ……あ、セツの旦那じゃん! お久ー」

「あァ、メイ。久しぶり。調子はどうだィ?」

「まぁまぁだねー。可もなく、不可もなくだ」

 

 入った店は大通りにしては小さく、カウンター席しか無いが親しみのある店だった。カウンターの内側、調理台には店員らしき妖が一人いるのみ。お客はわたしたち以外にいない。先ほどわたし達がいた、街の端っこの方の店と雰囲気は似ているが、こちらの方が断然キレイ。こういう店は料亭と言えばいいのか。

 

「面を付けていては食べにくいだろう。ここでは外しても構わないよ」

「えっ、でも……」

「ここは特別だ。だからこそ、ここを選んだのだから」

 

 セツに言われ、恐る恐るお面を外す。すると、メイさんがハッと息を飲んだ。その反応に、思わず身体を固まらせる。

「あれまー!? 不思議な方だと思っていたら! 人の子だったんだねぇ! それもこんなカワイイ子!」

 想像に反して、メイさんは好意的だった。しかも、何故かキラキラと効果音が流れそうな目で見つめられる。

「ということはアレですかい? いつもの“迷い人”」

「あァ、そういうことさ」

 セツが席について色々注文をする。慣れてるということは、常連なのかな?

 注文を終えるとほぼ同時に、料理の入った小皿が数種類、わたしの前に置かれた。そしてどんどんと、沢山のお料理が出てきた。こういうの、フルコースって言うんだっけ?こんな高級そうな料理、今まで食べたことない。どれも全て、とても美味しかった。

 

 

「メイさんはセツと、どんな関係なの?」

 お料理をほとんど食べ終わり、セツが「ちょいと一服してくる」と何処かに出て行った合間、わたしは思い切ってメイさんに聞いてみた。

 

「セツの旦那と? あの妖はただの常連客だよ」

「じゃあセツのこと、よく知ってるの?」

「うーん……あたいもあの妖のことはよくわからないんだよねぇ。常連さんではあるけど、未だに面の下を見たことがない」

「メイさんでも?」

「ベニちゃんも通り見たでしょ? 実は面の文化って最近形だけになってきてね。外してる妖も多いんだよ。あたいもその一妖さ。でも、あの妖は絶対外さない。耳や尻尾から狐の妖っぽいけど……もっと別の妖だって噂や、何百年も、下手すれば千年も前から生きてるって噂もある。本当、のらりくらりと正に“妖”って感じの妖なんだよねぇ」

「ふーん……」

 

 常連になるほど通ってるのに、その店主さんもよく知らないなんて、ますますセツのことがわからない。

「ま、客の情報なんて知らなくても、あたいは料理作るだけさね。でも確実に言えるのは、あの妖は良い妖だってことさ。必ずベニちゃんをあっちの世界に帰してくれる。それはあたいが太鼓判を押すよ」

「あはは……寄り道ばかりしてる気がするけど」

 メイさんが作ってくれたサツマイモのデザートを口に入れながら、わたしは苦笑いを返した。

 

 

 

 メイさんに「さようなら」を行って店を出た。夜がさらに深まったせいか、大通りはさらに盛り上がりを見せていた。

「そういえば一服って言ってたけど、帰ってくるのすごい遅くなかった? 何してたの?」

「だから、一服だって言っただろう?」

「時間が無いって言ってるのに、あんな堂々とサボるって神経おかしいんじゃないの?」

「あっはっはっ、こりゃア手厳しいねェ」

 軽快に笑うセツ。慌てるといった様子が微塵もありゃしない。

 

「おいセヅっ!」

 突然、二人は後ろから太い大きな声に呼び止められた。

「…………チッ、面倒なのに捕まった」

 セツがボソッと呟くと、さりげなくわたしを自分の後ろに隠した。

「おぉ、これはこれは……ゲンジロウの旦那とその傘下の方々じゃないか。どうしたんだい? 俺に何か用かな?」

「『用かな?』じゃねぇ! テメェこのオレサマを無視して行きやがったな!?」

 その声の主は巨漢の鬼だった。身長は三メートルはあるだろうか。大胆にも、そいつは顔を隠そうともせず、堂々としていた。まるで相撲取りのようだ。そして恐らくお付の鬼が数十人。

「いやァ、ちょっと急いでたもんでね。なんせこの妖混みだ、知り合いとすれ違っても気づくまいよ」

「そんな訳ねぇだろォ! このオレサマの立派な体を見て気付かねぇとか、バカにも程がある! おめェはいつもいつもオレをのらりくらりと無視しやがって!!」

「無視した覚えは無いけどねェ。たまたまじゃないのかい」

「だったらちゃんと挨拶しやがれ! オレはここら辺り一番の怪力だぞ!?」

 理解した。確かにセツがボヤいた通り、こいつは面倒臭い。そして馬鹿だ。

 

「……あァン? なんだこのちっこいやつ」

 そこでようやく、そいつはわたしに気づいた。ビクッと肩が動いたが、セツがわたしと鬼との間に身体を入れる。

「あぁ、こいつは俺の姪さ。先日から俺が預かってるんだ」

「姪ィ? お前に姪なんていたのか?」

「俺にだって、親族の一人や二人いるさ」

「にしては耳や尻尾がねぇな……なんかここらと違ぇ匂いがするし」

「そりゃあ俺の自慢の姪だ。完璧な変化だろう? 匂いが違うって、そりゃあここ生まれじゃないからな、付いている匂いは違うのも当然さ」

 

 ゲンジロウがわたしのことをジッと眺める。それに伴い、冷や汗がダラダラと流れてくる。あまり気持ちのいいものではない。蛇に睨まれた蛙の気持ちがわかった。しかしその大半の視線を、セツがわたしに代わって受け止めてくれていた。

 

「さて、俺達はそろそろお暇しようかね。旦那も威光を広げるために忙しいだろう? こんな所で油売ってる暇は無いはずだ。それじゃあ、またの機会に」

 永遠に続くかと思われたが、セツが別れの言葉を言うと、わたしの手を掴んで早々に立ち去ろうとする。

 

 

「待て」

「っ!!」

 けど、横を通り抜けようとしたところで、ゲンジロウはわたしのもう一方の腕を掴んだ。

「思い出した。どこかで嗅いだ匂いだと思ったんだ。そいつに染み付いてるのは人の子の匂いだ。なんで人の子の匂いがしやがる」

「うっ…………」

 ギリギリと腕が締め付けられる。凄い力だ。ここら一の怪力とは伊達じゃないらしい。あまりの痛さにわたしは顔を顰める。

「は、離して!!」

 鬼の手から逃れようと、わたしは必死でもがく。その拍子に、付けていた狐の面のヒモが外れ、カランと乾いた音を立てて落ちた。

 

「あァ? お前………もしかして人の子か? なんで、こんなところに居やがる?」

「え、あ……」

 

 鬼の形相が変わった。

 ギョロギョロとピンポン玉ぐらいの大きさの目がわたしを睨む。それは品定めをしているような、気味の悪い視線だ。ざわざわとしていた周りの喧騒が、恐怖で全く聞こえなくなった。

「まぁいい。これはイイもん見つけたなァ……人の子は美味だと言うしなァ……しかも柔らかくて美味しい、女とはなァ……今夜はご馳走だなァァァ!!」

「ヒィっ!」

「───おい」

 鬼の顔が狂気と喜悦でグシャグシャになったとき、わたしの腕を掴む鬼の太い腕を更に掴む者が現れた。

「……あァン? なんだァ? セツゥ……ジャマする気ィかァ?」

「セツ……?」

 鬼の腕を掴んでいるのはセツだった。セツなのだが……それは今までに見たことも無いような、暗い雰囲気を出していた。殺気……というやつだろうか。

「それはこちらの台詞だ。こいつは俺が最初に見つけた。俺の物だ。お前こそ、俺の物を奪う気か」

「ハン、関係ねぇなァ……どうせ独り占めする気だったんだろォ? それにお前のもんってんなら、お前より強いオレサマが奪うのが道理ってもんだろォォォ!!!」

「っ……!!」

 鬼が奇声をあげてセツにもう一方の手で殴り掛かる。

 

 やられる。

 わたしは次の恐ろしい場面を想像し、目をつぶった。

 

「ぎゃァァァっ!?」

 しかし聞こえてきたのはいつもわたしに声をかけてくれる柔らかい低い声では無く、野太い汚い悲鳴だった。そしてフッと緩まる腕の締めつけ。

 不思議に思って目を開けると、そこには彼の二倍はあろうかという巨漢の鬼の太い腕を、いとも簡単に握り締め、変な方向に曲げているセツの姿だった。

 

「──さて、逃げるぞ」

 そうセツはわたしに呟くと、サッとわたしを抱え込んですぐさまその場を走り去った。

 去り際にチラッとさっきの場所を見ると、変な方向に腕を曲げられた巨漢の鬼が、傘下の鬼たちに囲まれて茫然としている、哀れな姿だった。

 

 

 

「よし、ここまで来れば大丈夫だろう」

 着いた先はセツの家だった。セツが抱えたわたしを家の縁側の中に降ろす。

「ベニ、少し腕を見せてくれ。……可哀想に、こんなに赤く痕が残っちまって」

 セツがそっとわたしの着物の袖を捲る。掴まれた腕は彼の言う通り赤く、大きな手の痕がついていた。

 しかし、それよりもわたしは身体の震えが止まらなかった。今でも鮮明に覚えている。思い出すのも恐ろしい、あの鬼の顔と声が……

 

「……済まなかったね、ベニ。俺が腑甲斐無いばかりに、随分怖い思いをさせてしまった」

 セツが申し訳なさそうに、優しい声を掛けてくれる。とてもありがたいのに、わたしはまだ声を出すことができない。そんな様子のわたしを見て、彼は静かに立ち上がった。

 

「……ベニ、しばらくここにいるといい。大丈夫、この場所は俺しか知らない、安全な場所だ。他の者は来ない。俺は飯の用意をしてくるから、それまで……」

 

 独りになる。

 

 そう思うとひどく恐ろしく思えて……わたしは咄嗟にセツの袖を掴む。

「……ベニ?」

「………い、嫌。お願い、独りにしないで……」

 弱々しく言うわたしをジッと見下ろす彼。

 

 しばらくして、彼は縁側に腰を掛けると、自分の背にわたしの身体を預けさせ、懐から煙管を取り出して吹かし始めた。

 彼の温かい体温に安心して、わたしは涙が溢れ出した。止めどなく流れる涙は、やがて彼の背中を濡らした。声を押し殺して彼の背中を汚すわたしに、彼は何も言わなかった。

 

 彼はさっきわたしを「俺の物」と言った。

 優しい彼も、さっきの鬼と同じようにわたしを食べたいと思っているのだろうか。

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