【完結】担当に適度な距離感置いてるつもりのお前と距離感測る物差しを歪めてくるタイプの担当 作:半ドロメダ
ああ、と。思わず嘆息した。
「こりゃひどい」
あなたの目の前で行われているのはレースであってレースではなかった。
十一月も終わろうかというその日、あなたはジャパンカップ観戦のため東京レース場を訪れていた……のだが。
「うん、来年が楽しみだね! 早く一緒に走りたいなぁ……!」
勝手に着いてきたミスターシービーはテンションを上げているが、あなたとしては頭を抱えたい思いである。
なんの変哲もないオープン戦。そこに彼女はいた。
シンボリルドルフ。
ここまで二戦走って二勝。出自が名門中の名門でこそあるものの派手な勝ち方ではなかったため、世間での評価はまずまず有望といったところ。
まずまず? とんでもない。
あなたとしても名前は聞いたことがあったし、走りも映像で見たことがあった。それだけでわかることもある。
次の台風の目はここかぁ、と。
てっきり朝日杯FSか阪神JFからのホープフルステークスでジュニア級の頂点を取りに行くものだと思っていたが、今日、直接自分の目でその走りを確認して確信を深めた。間違っても今さらオープン戦なぞ走っていいウマ娘ではない。
彼女のトレーナーとばったり出くわしたあなた達は、ターフに面した関係者席に招かれて戦いを見守っていた。
五人立てで始まった1600mのレースは、まだ中盤だが既に結果が見えている。息も切らさず先行の位置に着けているシンボリルドルフがいつ逃げを捉えるか。それだけ。
勝負になっているように見えるのは手を抜いているから、ではなさそうだ。あなたはじろりと隣に立っている男を睨んだ。
全体的に角の取れたパーツで構成された顔つきはいっそ幼げですらあるが、自信に満ちた表情には滲むような活力の輝きが見える。背はあまり大きくないが、年上の筈のあなたなどより余程スーツが似合っているのは姿勢の良さ故か。……なんとなく実家の近くで飼われていた黒柴を思い出した。
「マイルの走りじゃないね。少なくとも皐月はもう射程圏内、と」
「わかっちゃいますか。まぁ、はい。油断はできませんけどね」
「油断ときた。よくもまぁぬけぬけと……。仮にも本番のレースを公開練習にするヤツの言葉じゃないなぁ」
逃げの脚が衰え──違う、シンボリルドルフが動いたのだ。先頭を奪うべく、一人だけ早回しするようにぐんぐん加速していく。長い鹿毛が残像を引くように風の中を泳いだ。
「あまりお行儀がよろしくないことは自覚してます。してますけど、二人で話し合って決めたことなので。……コレを見てるとやめときゃよかったと思わなくもないですけど」
最終直線を待たずして先頭が入れ替わった。後続のバ群にチラリと視線をやると、傍目にはそうとはわからない程度に脚色を抑えた。あとはもう一瞥もくれない。
きっと彼女の目にはゴールしか見えていない。それもこのレースのものではなく、来たるべきクラシックの戦いの、あるいはそのもっと先の。
「今日の別レースはライバル扱いされてるビゼンニシキも出走しますから。彼女なりに思うところもあるんでしょうね」
「ふーん……」
それにしたって、とは言葉にしなかった。
終わってみれば1/2馬身差で勝利。なるほど、数字だけ、もしくは一般人から見れば確かに華はないかもしれない。
だが強い。それも恐ろしく。
なにより彼女はまだ完成されていない。
件のビゼンニシキとて世代の有力なウマ娘の一人と目されているが、現段階でさえシンボリルドルフに抗し切れるかというと頷き難い。いわんや『完成』を見た彼女をや。
そしてそれはミスターシービーにも、あなた自身にも同じことが言えるのだ。
あなたはトレーナーとしてはかなり若い方だが、隣に立っている男──シンボリルドルフのトレーナー──はなお若い。つまり彼も成長の余地を大きく残している。
いやはや──。
「楽しい生活が続きそうだね? トレーナー」
尻尾をバシバシ当ててくるミスターシービーが瞳をキラキラ、あるいはギラギラさせながらズイッとあなたの顔を間近に覗き込んだ。だいぶキマっている。苦笑して肩をすくめ、担当に応えた。流石我が相棒、気が合うじゃないか。
今日はジャパンカップの偵察のつもりだったが、図らずして良いものが見れた。しかも頭と胃が重くなるお土産付きときた。
お礼代わりにこの後輩トレーナー(ちなみに大学の後輩でもある)に先輩風を吹かしてやるのも悪くない。一番直近の『その道』の先達は自分だろうから。
あなたは呑気に己の担当に向かって手を振る後輩の肩に手を置き、満面ににっこりと疲れを滲ませた。
「優秀な担当を持つとね。とっても苦労するから。君も頑張ってね?」
「え、なんすか急に。こわ」
親愛にほんのり悪意とお節介を混ぜ込んで、肩を掴んだ掌から伝わらないかと念じてみるが駄目っぽい。
クールダウンを終えたシンボリルドルフは話題の三冠ウマ娘のトレーナーに絡まれている己のトレーナーを認識すると、何とも言えない微妙な表情を浮かべながらこちらへ向かって歩いてくる。
ミスターシービーはこれまた呑気に、期待の後輩に手を振った。
◇
ウイニングライブは一日のレース日程全てを終えてから始まる。彼女の出番まで、お喋りに興じる程度の時間はあった。
「終わったよ、トレーナー君。──それと、こうして顔を合わせるのは初めてですね。ご活躍はかねがね伺っております。シンボリルドルフです。どうぞよろしくお願いします、お二方」
着差以上の圧勝劇を演じた勝者は、既に疲れた様子もなく平然と己のトレーナー一行に合流した。
顔を合わせるなり折り目正しく頭を下げる姿は、とても十代半ばとは思えない。その如才無い一挙手一投足から見て取れる育ちの良さ、与えられた教育の質、『そう』あらんとする精神性。ミスターシービーの持つそれともまた違う、人の上に立つ者のカリスマが少女にはあった。
風格にあてられたトレーナーが「これはどうもご丁寧に……」と名刺を取り出そうとするのを尻目に、勢い込んでシンボリルドルフの手を両手で取りブンブン振った。
「いやー凄いねキミ! 一緒に走ること考えたら今からワクワクしちゃった! アタシはミスターシービー、次はどこ走るの?」
「はは……ありがとうございます。次走は年末のホープフルですね。貴女は?」
今最も勢いのあるウマ娘の物理的な勢いに押され気味のシンボリルドルフは、若干困ったようにしつつもにこやかに応じた。
ちょっとした期待を込めてトレーナーに視線を向ける。丸々一年休養に充てる予定だったが──。
「丸々一年休養って決めたでしょ」
にべもなかった。ダメ元なので別に残念でもないが。
「そういうことみたい。ゲートに並んで立てるのは──キミが三冠を獲ってから、かな?」
この冗談のようでいて、しかしほんの一欠片の冗談も混じっていない言葉を前に、『礼儀正しい後輩』の向こう側から
柔らかい苦笑がほんの少し変質する。口の端が僅かに吊り上がり、瞳には好戦的な色が宿る。
「他ならぬ貴女からそう言っていただけると光栄ですが、ご期待に添えるかは保証致しかねます。勝負は時の運、という言葉もあることですから」
「なるほど。それで彼なんだ」
「いえ。そちらはもっと先を見据えた結果です。……しかし拾い物であったことも事実。いずれ直接お目にかける機会もあるでしょう」
「いいねいいね! そう来なくっちゃ!」
うんうん、と依然楽しげな三冠ウマ娘と、深々とシワが刻まれた眉間をマッサージし始めた三冠トレーナー。要領を得ない会話に不思議そうにしているのはシンボリルドルフのトレーナーくらいのものである。
翻訳すればこう。
『純粋な実力において、私を上回る同期は存在しません。展開の紛れがあれば万が一がある可能性はありますが』
『その紛れを消すために選んだのがその人?』
『彼は私の夢を見据えた上での人選ですが、トレーナーとしての能力も十二分です。いつかあなた達も我々が倒します』
『その時を楽しみにしてるね!』
悪意は無い、敵意も無い。ただ戦意だけが溢れんばかりに。
いやぁ、仲良くなったようで良かった、とはシンボリルドルフのトレーナーの言。これから
「キミがよければルドルフって呼んでもいいかな? アタシのことはシービーでいいよ」
「構いません。改めてよろしくお願いします、シービー」
「話し方も。喋りやすい口調でいいよ」
「……ふふ。では、今後はそうさせていただく」
未来のことはわからないにしても。彼女達がターフの上で散らす火花は、多くの人々の心に焼き付くだろう。決まっていることはそれだけだった。
◇
ミスターシービーはトゥインクル・シリーズにおいて絶大な人気を誇っている。抜きん出た実力、圧倒的な戦績、目を引く容姿、掴みどころのない風のような奔放さ。
人は言う。天は不公平だ、彼女は一体何ならば持ち得ないのか。
あなたには答えられる。『優秀なトレーナー』だ。
都内の個人経営の居酒屋で、あなたは先輩トレーナーとサシ飲みしていた。名目はあなたの毎日王冠残念会である。
味やコスパより空間の提供に重きを置いたこの店は、いわゆる『赤坂の料亭』に近い意味合いを持っている。職務上、不特定多数に聞かれたくない小規模な内緒話はこの店の個室席で行われる。トレーナー達の間で緩やかに受け継がれる、伝統といってしまえば大袈裟な慣習だった。
酒肴もそこそこに、あなたは話の種にとスマホでSNSを流し見て、思わず笑った。
「あっはは。めっちゃ荒れてる」
少し前に名前がアルファベット一文字に変わったつぶやきサービスでエゴサをかけてみれば、出るわ出るわ賛否両論叱咤激励罵詈雑言。
それらの内容より、投稿そのものの数でミスターシービーの人気を改めて実感する。
あなたの人気ではないところがミソだ。
「お前の担当は話題に事欠かない。お前自身も大人気じゃないか。有名税だよ、有名税」
「シレッと言ってくれますねぇ。先輩達も随分ファンが多いみたいですよ。ほら」
どれだけカツラギエース陣営が優れていたのか、ミスターシービー陣営の……というよりトレーナーであるあなたの采配のまずさを逐一例に取って比較した投稿がプチバズりしている。
画面を先輩に差し向けると、興味なさげに目線だけよこし、鼻を鳴らした。
「こんなものはファンでもなんでもない。叩き棒があればなんでも手に取る暴徒だな。それが今回、たまたまカツラギエースと俺だったというだけだ」
この男は毎日王冠の勝者、カツラギエースが所属するチーム──現状メンバーが彼女一人のため実質専属だが──のトレーナーだ。いかにも怜悧な、細面のエリートといった風貌で、スクエアフレームの眼鏡の奥から覗く鋭い眼光がどこか神経質な印象を与える。実際は見た目よりもう少し愉快な人だが。
サブトレーナー時代のあなたは彼から実地でのイロハを教わったものだった。
最近、SNSのレース関連のトレンドは荒れ気味である。もともと強さ議論は荒れやすいというのに、最近は特に燃料に事欠かない。
昨年誕生した三冠ウマ娘が一年の休養と調整の末、復帰戦で負けたり。
デビューからこっち、負け無しの二冠ウマ娘が、『教科書通りの戦術』がなぜ教科書に載ることになったのかを走りで教えてくれたり。
応援にかける『ファン』達の熱量は凄まじいものがあるが、噴き上がった感情を直接ウマ娘にぶつけないだけの良識が存在したのは紛れもない幸運だった。
ところで、ウマ娘達が純粋に応援や賛辞を浴びる一方、あなたは景気よく燃えていた。
担当が重賞で勝利すれば、トレーナーも相応の注目を浴びる。
普通は勝ったり負けたりする中で評価が定まっていくのだが、あなたの場合は担当がアレをアレしたので、世間様の注目度は急上昇。
メディアは大きく取り上げた。『名伯楽』『若き俊英』『新世代の天才』。誇大広告とか景品表示法違反といった言葉が頭をよぎった。まぁメディアはそれが仕事か、と納得もした。
これであなたが強者の風格を漂わせるベテランだったなら良かったのだが、悲しいかな、その実態はミスターシービーで担当二人目という、どこの馬の骨とも知れない新米。ネット上ではそりゃあもう散々言われた。
『名伯楽』。当然皮肉だ。彼女の有望さは多少の事情通ならデビュー前から知るところだった。
『ADの人』。ミスターシービーの異名『ターフの演出家』にかけたものだ。シャレが利いていてちょっと気に入っている。実態としても近い。
『トレーナー辞めて宝くじ買え』。トレーナーのままでも宝くじは買えるのではなかろうか。言わんとすることは大いにわかる。
批判ばかりでなく擁護の意見も山程目に付くが、どちらもその殆どは見当違いだ。メディアによって生み出され、膨れ上がった虚像に向かって投げ付けられた言葉だからである。
あなた目掛けて放たれた筈の矢はしかし、あなたを素通りして遥か頭上で応酬が続く。これも謂わば、トゥインクル・シリーズを中心として回る、体験型ショービジネスと言えるのかもしれない。当事者のくせに爪弾きにされたあなたは、無責任にそんなことを思っている。
だが、お飾りでも何でも、ミスターシービーのトレーナーであることに無責任でいるつもりは欠片も無い。
「今回は譲りましたけど」
スマホをポケットに仕舞い、グラスに残ったハイボールを干す。
あなたは自らの能力が良くて人並みであることを知っている。だが、己の担当が他の誰かに劣っているなど認められない。
「秋の盾は貰いますんで」
意思表示はわかりやすく。先輩から学んだことだ。対する先輩も喉の奥を鳴らすようにククッと笑い、後輩の生意気な挑発に応える。
「思い上がるなよ、カツラギエースは今が最強だ。あいつの実力は例え三冠を相手に回しても劣るものではない」
そして──、と一旦言葉を切り、眼鏡のブリッジを指で押し上げる。店内の照明を反射したレンズが一瞬白く光った。
「──この毎日王冠でミスターシービーのデータは見切った。俺の戦略に、もはや紛れは無い」
やたらと様になっている
先輩トレーナーは非常に優秀である。トレーニングメニューを組ませても、ライバルの分析をさせても、レースの展開予想をさせても、ウイニングライブのお手本をさせても。非の打ち所のないパフォーマンスを発揮する。
データが云々言い出さない限りは。
そりゃあもちろん、普段も各種データを存分に活用しているだろう。これは全トレーナー共通。
だのにこの先輩と来たら、普通にやっていれば普通以上の結果を出せるのに、何故かここ一番で突然データがどうのこうの言い出し、そういう時に限って采配がいまいちパッとしない。
あなたがサブトレーナーとして彼の下についていた時からのジンクス……悪癖? だった。
相手がどんな状態だろうとあなたのすることは変わらないし、油断もしない。
でも若干気勢は削がれた。
「……なんか追加頼みます?」
急ブレーキでつんのめったやる気を誤魔化すように、あなたは注文用のタブレットを手に取った。
未来のことはわからないにしても。ウマ娘達がターフの上で散らす火花は、多くの人々の心に焼き付くだろう。決まっていることはそれだけだった。
あなた:クラシックで結果を残してほっと一息ついていたら後ろからなんか来た。安息の日々は遠い。そもそもミスターシービーを担当している時点でそんなものはない。溜息の頻度が増えた。
ミスターシービー:カツラギエースとバチバチやり合ってたら後ろからなんか来た。本人はウキウキ。ライバルなんか何人いたっていいですからね。暇な時にトレーナーにひっついて歩く頻度が増えた。
シンボリルドルフ:もう既にヤバい。どうすんのこの娘。
シンボリルドルフのトレーナー:アホみたいな素直さと笑えるくらいの図太さとキショいくらいの審美眼を見込まれてシンボリルドルフから逆スカウトを受けた。その期待に応えられるかは今後の彼次第。大学時代のあなたの後輩。
カツラギエースのトレーナー:サブトレ時代のあなたの指導員。たぶん本人は自分のことをデータキャラだと思っている。見た目インテリヤクザ風味だが言動がやたらと愉快なため、インタビューの内容や映像がネット上でネタにされがち。
前担当ちゃん:ジャパンカップ現地観戦組。偶然あなたの姿を見つけ、一念発起して声をかけようとするも、現担当が周囲をチョロチョロしていてタイミングを逃す。