【完結】担当に適度な距離感置いてるつもりのお前と距離感測る物差しを歪めてくるタイプの担当   作:半ドロメダ

5 / 7
和やかな十二月の女子会/終わりを見据える十二月の相談

 

 年の瀬の祭典、有馬記念

 勝者はシンボリルドルフ。終わってみればあっけないもので、上位陣は概ね下バ評通りの面子が揃い踏みすることとなった。

 

 次がその二位と三位の会話である。

 

「今回の打ち上げは……シービーの部屋でいいか?」

「オッケー。ルドルフも呼ぼうよ」

「いいぜ、折角なら人数も多い方が楽しいだろ」

 

 ミスターシービーとカツラギエースは自分達のトレーナーに倣い、直接対決の後は打ち上げを開催している。

 ファミレスやカラオケあたりに行くか、一人暮らししているミスターシービーの部屋がお決まりの開催場所である。

 未成年のため、お菓子や飲み物を持ち寄って適当なデリバリーを頼む程度の催しだが、要は友達と駄弁る理由があればそれでいいのだ。

 

 そんな訳でミスターシービーの部屋にお呼ばれしたシンボリルドルフは、柄にもなく若干ソワソワしていた。

 彼女は有数の名家に生まれ育ち、礼儀作法は幼少のみぎりから徹底的に叩き込まれている。食事会やパーティーの立ち振る舞いなど息をするようにこなせる。

 

 が。

 

 『友人の家に遊びに行く』というイベントはこれまで未経験だった。友人がいなかったとか、よその家を訪れたことがないとか、そういう訳では無い。

 ただ、社会的な階層が上がってくると──望むと望まざるとに関わらず──あらゆる行動に何かしらの意味を孕むようになる。『相手の家を訪問する』などその最たるものだ。

 この価値観を踏まえ、自らの行動と結果、その影響に関して教育を受けたシンボリルドルにとって『遊ぶために遊びに行く』というのは縁遠い概念であった。

 

 とはいえ。友達の家に遊びに行くのにスーツやらドレスやら持ち出す程浮き世離れしてはいない。

 何も気負うことは無いのだ、と──気負いながら──インターホンを押す。ほどなくしてドアが開き、ラフな格好のミスターシービーがにこやかに出迎えた。

 

「お、いらっしゃーい」

 

 『自然に、自然に』と自分に言い聞かせる理性を裏切り、緊張した無意識が肉体に刻まれたパッシブスキルをフルオートで発動させる。形作られた微笑はそれはもう見事な『名家の御令嬢』だった。

 

「こんにちは、シービー。本日はお招きにあずかり感恩戴徳の念に堪えない。つまらない物だが、良ければこれを受け取って欲しい」

 

 かっちりした綺麗めのパンツルックで菓子折りを持参したシンボリルドルフは、これまたかっちりした挨拶で家主の爆笑を誘った。

 更になんだなんだと奥から見に来たカツラギエースに「義実家に挨拶に来てんじゃねぇんだから……」と追撃のツッコミを食らい、現役最強と目される『皇帝』は頬を赤くして耳をへんにょりしおれさせた。

 

 

 

 

 「先に始めさせてもらってたぜ。飲み物何にする?」

 「では烏龍茶をいただこうかな」

 

 ジャパンカップの後、カツラギエースとシンボリルドルフはちょこちょこ親交を持つようになった。お陰で、ミスターシービーを含めた三人でトレーニングをしている時など、一般トレセン生は近寄ることも憚られる異空間(三人の総勝利数:いっぱい 総獲得賞金:たくさん)を形成することもある。

 

 カツラギエースは、真面目だがお堅いだけではなく、何より強い後輩をよく気にかけた。親友である()()()に振り回されて目を白黒させているのが若干不憫でもあったし。

 シンボリルドルフも、竹を割ったような性格で、自分の出自や戦績にも臆することなく親しく接してくれる先輩に感謝していた。もう一人の()()先輩と親友やっているのか……と敬服してもいる。

 

「お待たせー。にんじんの追加持って来たよー。ルドルフに貰ったのも切ってきたから食べてね」

 

 ミスターシービーがキッチンから皿を両手に戻って来た。片手の皿には山と盛られたスティックカットのにんじん。もう片方にはシンボリルドルフが持参したバウムクーヘンが何等分かにカットされて人数分のフォークが刺さっている。

 リビングのテーブルには口の開いたスナック菓子や切り分けられたフルーツ類、飲み物のペットボトルが並んでいる。それらを寄せて空けたスペースに皿を置くと、自分のグラスを手に取った。

 

「じゃ、乾杯しようか。ルドルフ、お願い」

「ああ、任された」

 

 あたかも当然のように挨拶を投げる主催(ホスト)と当然のように請け負う主賓(ゲスト)

 正反対のようでいてズレ方の度合いはそっくりな三冠コンビを前に、常識的(当社比)なカツラギエースは溜息を吐いた。

 

「『任された』じゃねーよ、祝勝会だぞ。主役に乾杯の音頭取らせるパーティーなんか無ぇって。あたしがやる」

 

 とは言っても友人同士の気楽な集まり。挨拶など簡単なものだ。カツラギエースはオレンジジュースの入ったグラスを掲げた。

 

「そいじゃ、ルドルフの有馬記念優勝を祝って! ついでに一年お疲れさんでした! カンパーイ!」

「かんぱーい!」

「乾杯」

 

 涼やかな音と共にグラスを打ち合わせ、揃って中身を干す。

 ふぅ、と一息ついたシンボリルドルフは、にんじんスティックに手を伸ばしながら口を開いた。

 

「しかし、『祝勝会』か。以前からこうやって?」

「そうだね、直接やり合った後はどこかに集まって。トレーナー達は『残念会』やってるらしいけど──うわこのバウムクーヘンめっちゃ美味しい」

「元々その『残念会』に対抗して『祝勝会』呼びしてただけなんだけどな、この打ち上げ。シービー、あたしにもそれくれ」

 

 女三人寄れば姦しいというが、それはこの三人でも例外は無い。年頃の少女が三人も集まれば話題は無限である。

 

「済まないシービー、ずっと気になっていたのだが。そのTシャツに描いてある四足歩行の怪獣は魑魅魍魎の類か……?」

「ああ、コレ? 大怪獣チギラ。可愛いでしょ」

「どっから買って来んだよそういうの……」

 

 ファッションやら。

 

「そういや生徒会長が後継者探してるらしいぜ。立候補してみたらどうだ? ルドルフ」

「なんでアタシには聞かないの?」

「ふむ、丁度いいタイミングだ。今度生徒会室を訪ねてみようかな」

「ねぇ、ちょっとー?」

 

 学園生活やら。

 

「──だから、私のトレーナーにはいずれ、我が家の運営に携わってもらいたいと考えている」

「へえ。じゃあルドルフに婿入りの形になるの?」

「ははは、どうかな。彼にも意思というものがある。まぁ、その時に良いお相手がいなければ、家の縁者を紹介することもあるかもしれないな」

(名家こっわ……つーかこれはホントに恋バナに分類されんのか……?)

 

 恋愛……恋愛? やら。

 とはいえ彼女らは現役でトゥインクル・シリーズを走るウマ娘。話題は自然、レースの話へ移っていく。

 

「じゃあルドルフは三月末から始動すんのか」

「ああ。春の天皇賞に向けて調整していく一環でね。貴女は?」

「……あたしはまだ考え中。シービーはどうするつもりだ?」

「エース」

 

 話の流れをぶった切るようにミスターシービーは親友の名前を呼んだ。珍しく、感情の色が見えない表情。

 

「引退するの?」

「そりゃあ──」

 

 不意の一撃にカツラギエースは笑い──笑おうとした、ように見えた。少なくとも、傍から見ていた二人には。

 カツラギエースは、咄嗟に出てこなかった言葉の間を誤魔化すようにグラスに口をつける。それがもう空だと気付いたのは、氷がからんと音を立ててからだった。適当に手に取った炭酸を注ぐ。

 

「そりゃあ、いつかは辞めなきゃいけない日は来るだろ」

「そういう話じゃなくて。分かってるでしょ」

「あー……悪い、そうだな」

 

 頭をがしがしかき回すカツラギエース。本当に言葉に困っていた。別に話をそらすつもりも嘘を吐くつもりもなかったが、彼女自身、曖昧模糊とした心中を言語化するのに少々の時間を要した。

 

有馬を走って思ったんだ。『ああ、ここまでだな』って。後はたぶん、落ちる一方じゃねぇかな」

「……ん」

「二人も走っててなんとなくわかったんじゃないか。──シービーは特に。このタイミングで聞いてくるってことはあんたも()()()()ことだろ」

 

 シンボリルドルフは腕を組み、二人の先達の会話を静かに聞いている。

 怪我でもしない限り、ターフの上はもうしばらく彼女の世界だ。

 それでも、いつかは自分も己の限界を悟る時が来るのだろうか。今まさに競技者としての全盛期を迎えつつある皇帝は、一人ぼんやりと考えていた。

 

「──ねぇ、ルドルフ」

「なにかな」

「春天の後はどうするつもり?」

「宝塚記念」

 

 ミスターシービーの唐突とも言える問いかけに、シンボリルドルフは言葉少なに答えた。

 ミスターシービーとは一年以上の付き合いがあり、カツラギエースと親しくなったのはここ数ヶ月であっても、その活躍は以前から耳にしていた。彼女達のレースに対する思い入れの一端くらいは知っているつもりだ。

 

 だから少しだけ感慨を覚える。自分が目にしているのは、いずれ歴史になっていくであろう激闘の記録、最後の一頁。その一行目なのだと。

 

「そっか。じゃあ、うん。アタシは()()にする」

 

 ミスターシービーは至極あっさりと自らの引き際に一線を引いた。

 何につけ唐突な親友に、カツラギエースは呆れたように笑った。──事実、呆れていた。同時に心底感心してもいた。これがミスターシービーなのだ。自分を含めた数々のライバルを打ち倒し、名実ともに頂点に立った三冠ウマ娘なのだ。

 

「随分簡単に決めちまうんだな。本当にいいのか?」

「別に今思い付いたワケでもないよ。ずーっと考えてたから。エースはどうする?」

 

 カツラギエースの中のどこかに蟠っていた、粘性を帯びた無色透明の靄。それが突風に吹き払われていくような気分を味わった。

 ニヤリと笑う。

 

「上等。置き土産に宝塚二連覇するところを後ろから拝ませてやるよ」

 

 黙って話を聞いていたシンボリルドルフも、鼻を鳴らして口を開いた。吊り上がった口の端からは真っ白い犬歯が覗く。

 

「貴女達には済まないが。私とて勝ちを譲るつもりは毛頭無いよ」

 

 ギラギラと戦意を滲ませる二人を前に、ミスターシービーは本当に楽しそうに、嬉しそうに目を細める。

 

「譲られるつもりは元々無いから大丈夫。奪りに行くから」

 

 そして全部が終わったら、と。

 

 「またこうやって三人で祝勝会をしようか」

 

 誰からともなく、もう一度三つのグラスが掲げられた。

 

 

 

 

 ここ数年ですっかり見慣れたクラブルームの扉をノックもせずに開けた。広い室内はその主の性格を反映してか、きっちりと片付いている。

 入口とは反対側の窓際に備え付けられたデスクには、これまた見慣れた男が座っている。カツラギエースをスカウトして育て上げたトレーナーだ。

 彼は突然入ってきた担当に驚いてもいない。

 

「おう、お疲れ」

「お疲れさん。決めたよ」

 

 挨拶もそこそこに、カツラギエースは本題を切り出した。そしてトレーナーも、己の担当の言いたいことを過不足なく理解していた。

 最近の二人の話題はいつもそれだったし、長いこと共に過ごせば互いの呼吸も多少は掴めてくる。

 

「大阪杯踏んで宝塚記念、ってところか?」

「いや、宝塚直行だ。そこで終わりにする」

 

 トレーナーは、ふむ、と一つ頷き、腕を組んで考え込んだ。

 宝塚記念の開催は六月頭、およそ五ヶ月の空白を経てからいきなりの本番。

 カツラギエースが言い出したということは、おそらくミスターシービー、シンボリルドルフとも話がついている。彼女らは来る。

 そして五ヶ月後の彼女自身の実力。

 他にも判断材料は幾らでもあったが、結論は一つだった。つまり──。

 

「──勝てない、ってんだろ?」

 

 カツラギエースは平然と言い放った。トレーナーが睨みつけてくるが、彼女は意にも介さない。

 睨み返すような視線が空中でぶつかった。

 

「なぁトレーナーさん。今までだって『勝てるから闘う』なんてレースはしてこなかった。あたし達はいつも挑戦者側だった筈だ」

「……」

「今回だっていつも通りさ。それに、それもこれも全部引っくるめてあたし達は勝ってきた。だろ?」

 

 にっと笑うカツラギエースの瞳には光が宿っている。静かな、研ぎ澄まされた決意の光だ。

 トレーナーはスカウトした当初のことを思い出した。あの頃の彼女に宿っていた光はもっと、荒れ狂うような激しさがあった。

 何かが変わったのか、それとも終わったのか。

 以前に担当したウマ娘達の中に同じような変化を何度も見てきた彼でも、はっきりとはわからなかった。

 溜息を一つ。

 

「まったく。そんだけ覚悟が決まってんならもうしばらく現役続けたらどうだ」

 

 冗談めかしていたが、それは未練が言わせた本音だった。

 担当にはなるべく入れ込まないのが彼のポリシーだったが、それでもカツラギエースとの日々は鮮烈に過ぎたらしい。

 尤も、彼女の指導に集中するために別のチームメンバーのスカウトをしなかった時点でわかりきっていたことかもしれない。

 

 カツラギエースは腕を組んで唸った。それはちょっと違うかな、と。

 

「あたしはまだ『勝つため』に走れる。……でもいつか『まだ走れる』って、それ以外の何もかも見なかったフリして、レースに執着しちまいそうな気がする」

 

 それが嫌だ。と言った担当に、トレーナーは内心で深く同意した。

 彼のキャリアも短くはない。それ相応に見てきたのだ。レース以外のよすがを失くし、やがてはそれすら失って、折れて去って行くウマ娘達を。

 

 視線が部屋の一角を占めるキャビネットをなぞる。そこに収められたファイルには、彼と歴代の担当達が経験した闘いのごく一部が綴じられている。

 栄光と挫折。既に血肉と変わった思い出や傷の数々。

 

 数瞬目蓋を閉じ、感傷を打ち切る。

 男は腹を括った。正念場である。

 

「……厳しい闘いになる。これまでの比じゃないぞ」

「だろうな。だから細かいところはトレーナーさんに任せる! いつもみたいに何とかしてくれ!」

 

 あっけらかんとした担当に、トレーナーは自信ありげに笑って眼鏡のブリッジを押し上げた。

 

「任せてもらおう。俺は『カツラギエース』を見出したトレーナーだぞ」

 





ミスターシービー:まだやれる。

カツラギエース:もうそろそろ。

シンボリルドルフ:これから。

カツラギエースのトレーナー:一般的かつ模範的なトレーナー。担当に対して親身であっても入れ込みはしない……が、自分をG1トレーナーにしてくれたカツラギエースにはひとかたならぬ思い入れが。




前担当ちゃん:街で偶然あなたと顔を合わせ、飯を奢ってもらう。ちょっとした仕草や距離の取り方に現担当の影響を嗅ぎ取り、砂を噛むようなランチタイムを過ごした。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。