突然だけど、目の前で自分の部屋を荒らし、下着の臭いを嗅いで自慰行為している泥棒がいるんだけどどうしたらいいんだろう? マニュアルだと捕らえて、兵士に突き出すのが理想なんだけど、目の前にいるこの変態は王族独特の雰囲気を醸し出している。
「これが、タバサたんの靴下、んっ……」
黒いフードから残念な女の声がぼそりと聞こえる。仕方ない。捕らえて【私は変態です】と書かれた看板を無理やり持たせて反省してもらおう。
「おいこら変態」
「きゃぁっ!?」
変態なのに何でこんなかわいらしい声出すの? と問い詰めたくなる。それだけに残念さが漂うこの女の子は誰なんだろう。
「さ、流石タバサたん。魔法学院で座学・実技ともに満点なだけありますわ」
何故だろう。12歳の時の僕なら純粋に誉められたとしか思えないのに、今の僕は卑猥にしか聞こえない。それだけこの世界の変態達に染まっていた証拠だった。
「さあ、その顔を見せて貰おうか」
「あっ、ダメっ……」
フードから顔を覗こうとするも必死に抵抗し顔を隠そうとする。一瞬だけ顔が見えた彼女は可愛らしいけど、変態の仲間のうちの一人なのでまるで罪悪感がない。
「抵抗するならもっと酷い目に遭うよ」
「えっ?」
彼女が隙を見せた一瞬。僕の指が彼女の背中を滑り、擽る。
「ひゃっ!」
ゾクゾクと背中を震わせ、彼女が抵抗を見せるけど僕が取り押さえているために彼女の抵抗は全くの無駄に終わる。
「ほら、抵抗しない。抵抗するともっと酷くなるよ」
イザベラお姉ちゃんから教わった擽り攻撃。これをやられるとどんな無表情な無口な人でも大声を上げて笑ってしまうという恐ろしい技。これをキュルケやマチルダにやらなかったのはすでに僕の味方だったからかな? キュルケはなんだかんだ言って優しいし、マチルダが敵対していた時は僕が縛り付けられていたからどうしようもなかった。
ところが目の前で涙と鼻水、涎の三点セットを床に流し悶え苦しんでいる女の子は違う。僕の下着をべちょべちょにするだけじゃなく、楽器のように決まった音も出せない。これが楽器なら不良品そのものだよ。
「ひ、酷いですわ……」
数分後、ようやく声を出せるまで回復した彼女が顔を見せ僕と対峙する。
「それで何で僕の部屋を荒らした挙げ句、自慰行為なんかしていたんですか? アンリエッタ姫」
彼女の名前はアンリエッタ・ド・トリステイン。つまりここトリステインの王女様。その彼女の治める国が水の国なだけに股下から洪水させるとは思わなかったよ。
「お、オナニーなんてしていませんわ!」
オナニーなんて言わないでよ。どうして僕の周りは下品な言い回ししか出来ないのかな?
「はい嘘。だったら僕の部屋がこんなに濡れているわけないでしょう」
「それは貴方が擽ったからで……」
「何? 僕の擽りがそんなに気持ちよかったの?」
「ひっ!」
僕の指の動きを見て、怯える姫様ことアンリエッタ。どうしよう物凄く可愛い。僕はこれまで今のアンリエッタみたいに弄られる立場だったけど、今ならキュルケやマチルダ達の気持ちがよく分かる。物凄く可愛がりたい。そして弄ってみたい。そんな気持ちを抑え尋問する。
「アンリエッタ姫、僕の部屋を荒らした挙げ句自慰行為をしていたことは不問にしましょう。まさか王女様が一介の生徒の部屋に入るなんて思いもしませんしね」
「いいえ、オルレアン公の部屋を訪ねるという名目でここに来ましたわ」
「尚更悪いよ! なんで他国の公爵を訪ねていなかったらその部屋で自慰行為に入るんですか!?」
「ふふっ、やはりシャルロット・エレーヌ・オルレアンは貴方でしたか。学院長に尋ねてもオルレアン公の居場所を教えて下さりませんでしたので、ガリアに伝わる王家の特徴……青髪の少年の突き止めれば良いと思いましたのでカマをかけましたのよ」
やられた。僕より5つも離れていないのに誘導尋問をされるなんてこの王女様は噂で言われるほど馬鹿じゃないみたい。
「ところですみませんが、貴方の擽りのせいで腰を抜かしてしまったので立たせてくれませんか?」
……なんだろう。このやるせなさは。
「さて、オルレアン公。我が国の印象を教えてくれませんか?」
僕の部屋にあったキュルケの着替えをアンリエッタ姫に渡し、ベッドに腰を下ろさせるとそう質問した。
「一言で言うなら女が強いね」
女が強い……かなり遠回しな言い方だけど、家庭での男の立場はなきに等しく、かかあ天下が流行っている。少なくとも僕の周りでは。……ってアレ? トリステイン出身の知り合いの方が少なくない? キュルケはゲルマニア、シルフは不明、マチルダとテファはアルビオン、エルザとラスカルはガリア。トリステインの娘が誰一人もいないよ? ルイズは常識人で、ヴェリエは男だけど一年生の時は下品だったけど今ではカリスマ性を兼ねた優等生。だからトリステインはむしろ常識の塊? いやそんなはずがない。モット伯やデブはかなりの変態だし、【タバサたんを愛する会】だったけ? そんな組織の発祥地はトリステインだもん。
「女が強いですか。それはそうでしょう。女がいなければ男も産まれない。女あっての男だと私は思いますわ」
「今度はこちらから尋ねるけど、ガリアの印象は?」
「豊かですわ。とても無能王が政治をしているとは思えないくらいに」
無能王。伯父様の二つ名だ。政務などせず遊んでばかりいるからそう渾名をつけられたらしいけど、実際のところ無能なのは魔法のみで他は完璧。内政も優秀だけど特に外交に関しては歴代のガリア国王を見てもトップクラスに優秀。史上初めてエルフと交流を深めたことを公表しただけじゃなく、ブリミル教の動きを封じ込めた功績がある。
ブリミル教は各国の国教で有るが故に異端認定されれば社会的に殺されるのと同義で発言力や影響力が他の国に比べ相当高い。ブリミル教に反抗するには矛盾を理詰めでやるしか方法がなく、それでも異端認定されてしまう場合もある。そのブリミル教が何も言わない、いや言えなくした伯父様の功績がどれ程のものかスケールが大きすぎて想像出来ない。
そんな伯父様を無能と呼ぶには早計すぎるとしか言いようがないんだよね。この王女様は伯父様が無能でないことは勘付いているし。
「オルレアン公、私がここに来たのは他でもありません。後々私が貴方と結婚したいと言ったらお嫁に貰ってくれますか?」
「何それ」
「ご存知とは思いますが我が国トリステインの国王は空位。私が女王になるか別の者を婿にして王にするしかありません。しかしトリステイン王国で女王になった前例が二人ほどしかいない上に政の経験などありません。前例のお二方はどちらも政に手を出していましたから」
「王妃、アンリエッタ姫の母君は? あの方はフィリップ三世の教育を受けたと聞く」
「それも無理です。母は父ヘンリー王が崩御した後、女王になる気はないと誓い、表舞台から姿を消してしまいました」
「生きているの?」
「ええ。本を読む毎日ですが王族としての力はもはや血だけになったも同然ですわ」
毎日が本に囲まれる生活とか本好きの僕からすればうらやましいんだけど。
「とにかくそんな本の虫になった母に政など出来るはずもありません。しかし私には政の経験はない……そこでガリア王族の血を継ぐオルレアン公に白羽の矢が立ちました」
いや確かに納得できるけど、こっちにも事情があるんだよね……自分ではあまり言いたくないけどこんな女の子と言われてもしょうがないくらいに可愛らしい容姿だけど僕は男だからガリア国王の後継者候補一位なんだよね。伯父様に息子つまりイザベラお姉ちゃんに男の兄弟がいたならその子が後継者になるんだけど、現実はそうじゃない。変態を除いた男の王族の中で一番ガリア国王と血が近い僕がオルレアンだけじゃなくガリアをも引き継ぐことになる。
「本当ならウェールズ様がよろしかったのですが私とウェールズ様は従兄弟。貴方とイザベラ姫の関係と同じですわ」
……! この王女様、実はとんでもなく優秀なんじゃないかな。僕とイザベラお姉ちゃんは確かに従兄弟だけど、表面上冷えきった関係だ。その冷えきった関係が偽りだと知っているのはごく一部の人間のみ。それを知っているということはガリアの魔法学院に情報を垂れ流しているお馬鹿がいるか自力でその関係に気づいたかのどちらか。どちらにせよこの王女様は情報を収集する力を持っている。それに対して僕は口下手だから彼女の掌で踊らされることになる。話を反らそう。
「それじゃなんで僕の下着を使って自慰行為していたの? アルビオンの王子が好きならアルビオンの王子の下着を使えば良いのに」
「確かにウェールズ様は好きですわ。例えばオルレアン公とイザベラ姫が結婚しても血の繋がりを強くする為と言い訳出来ます。しかし私とウェールズ様は別の国同士の王族。別の国同士の王族が結婚すればその国と繋がりを強くするのと同じで、これ以上トリステインとアルビオンの繋がりが強くなってもメリットはほぼありませんわ。私やウェールズ様に反抗する貴族が増えるだけなのです。私の感情の為にウェールズ様を犠牲にすることなど出来ません……」
「自慰行為の理由は?」
「これから好きにならなければならない殿方の下着を確認していたら物凄く良い臭いでしたのでつい……」
良い臭いって何? それって何なのと突っ込みたかったけど薮蛇にしかならないので止めよう。
「僕の候補の他にゲルマニアの皇帝がいたはずだけどそっちは? 一応今の僕よりも格は上だし正室もいなかったはず」
「この問題は私の感情と言うよりも、国内を纏めることや牽制するという意味での問題ですわ。トリステイン貴族の多くはゲルマニアを快く思っておらずゲルマニアと小競り合いをするのが日常。しかしゲルマニアが強いのも事実。ゲルマニアに対抗するにはガリアの力があれば対抗出来ると思っている貴族が大勢います」
「そんな都合の良いことをする訳がない」
「ええ。ですが彼らが勝手に思っているのは好都合。ガリアとトリステインが同盟したとなればゲルマニアは迂闊に動けなくなります。これだけでも十分にトリステインの利と言えるでしょう」
「それで嫁?」
「ええ、ガリアの利はトリステイン王女である私を公爵の嫁にさせることで数十年間はトリステインを掌で操ることが出来るでしょう」
「なっ……!?」
僕はその言葉に絶句してしまった。
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