雨の日にだけ出会える、謎だらけでミステリアスなお姉さんの正体について。 作:お姉さんに「キミ」とか呼ばれたいだけの人
味方キャラクターの中でも群を抜いて高い神聖力を誇り、好感度を上げてパーティーメンバーに編成できるようになれば、攻略において頼もしい仲間となってくれるヒロインだ。
しかし、この千家 叶笑というキャラは登場する場合としない場合があるのだ。
またしてもランダム要素か……とプレイヤー達は嘆いたが、その存在を疑問視する声もあった。
どうしてわざわざ用意したヒロインを出るか出ないかなんてシステムにしているのか。彼女が登場するのには何か法則性があるのではないか、という事だ。
プレイヤーはあぁではないか、こうではないかと議論し合い、『本編前に死んでる時があるんじゃね?』などの荒唐無稽な考察が飛び交う。
けれど悲しきかな、どれだけ攻略が進んだとて千家 叶笑が出現する条件は見つからず。強力な能力性ゆえにランダムという仕様なのだろうと決着がついた。
そもそも、ドキアセ内において千家 叶笑について語られている事はそれ程多くないのだ。
恋愛ルートに発展したとしても、彼女の千家という神職の家系に纏わるストーリーが主であり、彼女自身の内情はあまり描写されていない。
つまり手掛かりらしい手掛かりは見つからず、事件は迷宮入りとなったのである。
そしてどういうわけか、俺はそんな千家 叶笑に気に入られてしまったようなのだ。
これは、そう。
きっと、好奇心からか彼女を気にかけていたから……。
***
千家 叶笑にとって、雨の日が持つ意味合いは以前までと少し変化していた。
元々雨の日がそこまで嫌いというわけではない。
雨を言い訳に多少帰るのが遅くなっても許されるから。
叶笑の日常は家と学校を行ったり来たりするだけで、学校が終わればすぐに帰宅して“家の手伝い”をするだけの日々だった。だから雨の日は、同年代の少女達のように寄り道が出来る貴重な時間だったのだ。
それでも限度はあったけれど、自由に羽ばたける時間は鳥籠の中の鳥にとって輝かしい物に違いはなかったのである。
そして近頃は、更に好きになる理由が増えた。
「お姉さん♪」
雨の日にだけ会える不思議なお姉さん。どういうわけか晴れの日には見つからず、雨の日になると探していなくてもばったり出会したりする。
そんな謎だらけの存在に、叶笑は心惹かれていた。
雨の日にだけ羽を伸ばせる姿が、どうにも自分と似ていたから。彼女は何故だかその女性と自分を重ねてしまっていたのだ。もしかしたら自身と似たような環境に身を置いているのではないか、とさえ期待していたのかもしれない。
「やぁ、こんにちは叶笑ちゃん」
件のお姉さんの姿は公園の中にあった。
叶笑が彼女をすんなりと見つけられたのは、女の行動範囲が決まっているというのも理由ではあったが、それ以上に叶笑が彼女の行動パターンを理解しつつあったからだった。
「なにしてたんですか?」
「花を……花の蜜を採っていたんだよ」
見ると、女は花壇から草花を拝借しているようだった。
「花の蜜って、お姉さんは蜂か何かなんですか?」
叶笑はくすくすと笑ってそう言った。
「ふふ。だったら、キミはとっくにアナフィラキシーショックを起こしているだろうね」
女は冗談を交えて笑い飛ばす。その軽快な会話が、縛られた日常生活を送る叶笑にとっては堪らなく心地が良かったのだ。
「お姉さん刺すんですか?」
「近寄ったら……刺すかも?」
それは女なりの忠告だった。これ以上踏み込むべきではない。最初こそ女の方から近付いたものの、今やその立場は逆転していた。ケツを追い回すのは好きだが、追い回されるのは好きじゃない。暗にそう告げていた。
「怖いですね。……と、それよりも。それ、良いんですか?」
叶笑は女が手にしている花を指差した。
「この雨じゃあ、どうせ良い結末は迎えないだろうからね。それなら綺麗なまま摘んでやった方が、頑張って咲いた花々も浮かばれるだろうさ」
「それって体の良い理由付けでは……?」
叶笑がじとーっと疑心の目を向ける。すると女はにっこりと笑っては、人差し指を立てて口元に持って行く。
「二人だけの秘密ってことで」
しぃーっと口を三日月にする、その姿がやけに扇情的であった。
「お姉さんって悪い人だったんですね」
悪戯っ子な眼差しが女を見る。それはまるで次の返答に期待しているかのようだった。
「そうだよ、私は悪いお姉さんだからね。いつか取って食ってしまうかもね?」
降り頻る雨の中、傘をくるりと回転させて、見返り美人はそう言い放ったのだった。
***
「さむ……」
鈴が鳴る。衣が擦れる。元結で纏められた、馬の尾を思わせるような栗毛が揺れる。
一人だと、どうしてこうも寒さを感じるのか。雨の中での御役目は、体も冷えるし孤独感を際立たせるものだったから好きではない、というのが叶笑の本音だ。
御役目……千家はこの土地、
一説によると、風音町は別世界と繋がっている穴が開いているという。今はまだこの穴は小さく、微々たる物であるが、いつか大きくひび割れてしまうのではないかとする声もあった。
そうなると、風音町を起点に国中に大厄災が齎されると云われている。
真か疑いたくなる話ではあるが、夜になると実際に風音町には化け物……妖魔が現れる。
そこで、災禍を未然に防ぐ存在として位置付けられたのが千家の家系であった。
小さな穴をすり抜けて、此方の世界にやって来た妖魔を狩る者。町の安寧は千家が築いて来たものと言っても過言では無い。
「これで……終わり!」
神聖力を纏わせた槍で貫くと、妖魔は呆気なく塵となって消えた。大した事は無い。もしかすると、大型犬相手に戦った方がまだ苦戦するかもしれない。その程度の脅威だった。
けれど、これは穴が小さいからだ。もしも本当に穴が大きく広がりでもすれば、二百年前に出現したとされるイレギュラーの上級妖魔がウヨウヨと跋扈するであろう。
しかし、叶笑にはにわかに信じ難い話であった。
こんなに平和なのに、妖魔といってもこんなにも弱々しいのに、国を飲み込む大災禍にまで発展するなどと……脅しでしか無い。
そう、叶笑は至って普通の今どきの女の子で平和ボケした守護者だったのだ。
────この日までは。
「な、なにっ!?」
頭が割れるような頭痛が、突如として叶笑の身を襲う。千家の、神職としての血が敵意を報せる。
「い、行かなきゃ……」
怖くはあった。胸が早鐘を打っていた。
しかしまだ、叶笑は慢心している。自分なら勝てる、大した相手ではない、と。
雨はまだ止みそうにはなかった。
***
「これって本当に……」
目的地にまで到達し、相対したことで理解する。相手はまさに、これまで見て来た物とは格が違うのだと。
「私がやるんだ!」
ふぅっと息を吐き捨て、呼吸を整える。幸いにも妖魔はまだ叶笑に気づいておらず、敵意も感じられない。その姿にはまるで、侵略地を品定めしているかのような恐怖感があった。
「千家祓術、霜天二式【寒葵】──ッ!」
千家が先祖代々紡いで来た、妖魔と戦うための技法、祓術。
神具に神聖力を注ぎ込み、神具の真価を発揮させる。神具を通したことで何倍にも膨れ上がった神聖力を──突き放った。
しかし、手答えは無い。
叶笑の槍は眼前の妖魔の身を貫いてはいなかった。
「キシャアアアアアアアアアアッ!!」
妖魔が哭く。耳を劈くその鳴き声が、叶笑の行動を一歩遅らせた。
「いっ!」
妖魔の触腕による攻撃が、叶笑に重く突き刺さる。紙一重で、槍で身を守ることが出来たが、重い一撃を受け止めた腕が悲鳴を上げた。
「ニュワアアアアアアアアン!!」
さらに、連打。
叶笑は上手いこと槍でいなして行くが、それでもガードし損ねた攻撃が身を掠めていく。今はただ、防御に専念しつつ神聖力で体を回復していくべきだ。叶笑はそう考える。
「ノーマアアアアアアアアアアン!!」
妖魔が腹立たしげな声を上げ、また攻撃する。触腕による鋭い一撃が叶笑の脇腹を掠め取り、傷をまた一つ刻み込んだ。今までのどれよりも速い、命を射止める一撃だった。既の所で致命傷を逃れたが、これではジリ貧だ。何よりも、この妖魔相手に回復を優先していてはいけない。そう判断した叶笑は、体に鞭を打って力を振り絞った。
「あ゛ぁ゛────ッ!!」
少女が咆える。その鼓舞さえも、雨音は掻っ攫って行ってしまう。たとえ誰の耳にも届かなかったとしても、喉を痛めんばかりの咆哮は、叶笑自身をより一層奮い立たせた。
今の自分の実力では、眼前の化け物を倒せないかもしれない。悪い想像が脳内に充満しても、実力で敵わないのなら自身の魂を以って相打ちにまで持って行ってやると考える。嫌だ嫌だと忌避していた、千家の神職としての精神が、とっくの昔に叶笑には培われていたのだ。
なによりも、愛しい誰かを守るために──。
それでも、相手はイレギュラーの上級妖魔。若く、未完成の叶笑が相手取るにはあまりにも強敵過ぎた。
次第に、避けることすら困難になっていく。
「うっ……!」
さて、ドキアセにおける“雨の日”がどうしてあぁまでバッドイベントなのか考えた事はあるだろうか。
ある者にとっては、雨は過去を思い起こさせるからなのかもしれない。
またある者にとっては、雨音が体を縛り付けるからなのかもしれない。
別の者にとっては、雨がトラウマになっているからなのかもしれない。
──或いは単純に、“泥”なのかもしれない。
雨によって泥濘んだ地面が、叶笑の足を絡め捕る。
一瞬の隙。妖魔はそれを見逃さない。
体勢の崩れた叶笑の体では、防御もまともには出来ない。
今度ばかりはもう駄目だ。少女の心が折れかけた時、何者かによって攻撃は防がれる。
「ふぅ、間に合って良かった。まさか末端サイトの考察が当たっていたとはね……」
宵闇を想起させる、黒い髪。余裕溢れるいつもの声音は、今日ばかりは少し焦りが見えて。こんな所にどうしているのか、謎ばかりが残る。そんな女。
叶笑がお姉さんと慕う女性が、叶笑への攻撃を受け止めたのだ。
「対魔の護符……結構高かったけど、こういう時が使い所だよね」
妖魔の攻撃から身を守る強力な結界を張る、使い切りのお助けアイテム。それは、イレギュラーとされた上級妖魔にさえ通用する。
けれど、これとてその場凌ぎでしか無い。有効時間は刻一刻と迫る。
「結局のところ、誰かが倒さなければならない」
そうしなければ、人々が危険に晒される。
「キミがやるんだ、叶笑ちゃん」
「え……?」
未だに事態を飲み込めていない叶笑が、素っ頓狂な声を漏らす。
どうして此処にいるのか、どうやって妖魔の攻撃を止めているのか、貴女は何者なのか等々。
訊きたい事は山のように有るのに、叶笑の頭は回ってはくれない。
「……破邪の指輪。これを使って」
叶笑の手にそっと渡されたのは、千家の家でも話題にあがる、対妖魔の武器だった。
神具が神聖力によって強化される物だとしたら、この指輪はその神聖力を高める物。つまりは、倍の倍の倍。勝機が生まれた。
「と言っても模造品だから、効果は一度切り。それでも本物と遜色ない物だ」
どうしてこんな物をお姉さんが……叶笑はそう口にしようとして、やめる。今はただ目の前の敵を討たなければならない。
「私に出来るでしょうか……」
「心配は要らないさ、私の信じる
弱音を吐いた叶笑に対して、女はどこまでも信頼し切ったような声で声援を送る。
「……そこまで言われたら、やってみるしかないですね」
刻み込まれた傷痕が、痛みを訴え戦慄いている。つぅっと流れる血が、頬を伝って行く。攻撃によって痺れた腕が、言うことを聞かない。
それが逆に、生きているのだと実感させる。
生きているうちは、まだ戦える。
「はぁぁぁぁぁぁあああッッ!!」
力いっぱい振り絞って、立ち昇った神聖力が叶笑を包み込んだ。
「千家祓術、霜天四式【雪風巻】────ッ!」
まるで神聖力の循環を血流として、槍と体が一体として繋がっているかの如く一突。
手を伸ばせば拳が振えるし、足を伸ばせば蹴りが出る。それと同様に、ただ前に突き出した。それだけの事だった。
「マ──────ッ!?」
一撃必殺に貫かれた妖魔は、声を上げる暇も無く、打ち倒された。妖魔が居た、まさにその場所にも雨は降っていた。
雨は降る場所を選ばない。
けれど今、叶笑の心は天候とは正反対に晴々しい物であったに違いない。
「ハァ……ハァ……、やった……! やりましたよ、お姉さん……?」
歓喜のままに振り返り、喜びを分かち合おうとするが、件の彼女はもうそこには居なかった。
「えーッ!? なんで黙って居なくなってるんですか!? ここは抱きしめ合って喜び合うとこでしょ! 頑張ったね、凄いねって頭を撫でるとこでしょ! やっぱりお姉さんは悪い人です────!!」
夜の山に悲劇の声が鳴り響く。
破邪の指輪によって感覚を掴んだ叶笑が、原作よりも早い成長を遂げる事になると知るのは、まだ先の話である。
雨はきっと、直に降り止むだろう。
高評価してくれると執筆のモチベに繋がります。
静希ちゃんは一般人なので戦う力が無いよ。
これは一般TS転生者、逆井静希ちゃんのイメージイラストです。素人絵なので、イメージを崩したくない人には““閲覧注意””です。
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