雨の日にだけ出会える、謎だらけでミステリアスなお姉さんの正体について。 作:お姉さんに「キミ」とか呼ばれたいだけの人
「待ってくれ、アメリアさん!」
二人が級友として再会を果たしてから、
出来る事なら関わり合いは避けるべきだ、何よりも一般人を巻き込むのは得策とは言えない。故にアメリアは刀馬が諦めるように、わざと素っ気無く振る舞ったのだが……。
「はぁ……しつこい!」
アメリアが校舎裏に行けば、刀馬も雛鳥みたいに後を付いて来る。屋上に逃げても、図書室に隠れても同じだ。トイレの前で待たれていた時はさすがのアメリアもゾッとした。
「家族の死だか何だか知らないけれどね! 天災だとか不慮の事故として甘受すべきなのよ! 貴方は今生きられているのだから、わざわざ首を突っ込んで拾った命を捨てる必要なんて無いでしょう!?」
アメリアは矢継ぎ早に叫ぶ。
「あの夜、私が来なかった場合でも貴方は死んでいた! 解る? 貴方じゃあ何も出来ないのよ!」
まるで、自分自身に言い聞かせているように口を挟ませる暇すら与えない。
「……解ってる。自分が弱いことくらい、俺自身が一番痛感している」
「それなら──」
「それでも、俺は強くならなくちゃいけないんだ! これ以上、理不尽に奪われないために! 誰かを護るために俺は強くなる!」
それは痛い程の叫び。それであり宣誓。己の弱さを嘆く、現状を打破したいと希う必死さがアメリアにも共感できる。
「……そう。そこまで言うのなら少しくらい武道を齧っているのでしょうね?」
アメリアの刀馬に対する態度が変わる。吠えたからには吠えた分だけ、生き様で魅せなければならない。生半可な覚悟であれば、此処で折ってやるのが望ましい。
「構えなさい。私に一撃でも入れられたら、知りたい事を何でも教えてあげるわ」
アメリアは魔術師だ。故に体術に秀でているわけではない。況してや、男と女という性別的な不利すらある。
それでも、眼前の成熟し切っていない少年になら負けないという確固たる自信がある。
「いいんだな?」
「……貴方、相手との力量差すら測れないのね」
「──え……?」
怪我をさせても知らないぞ、とばかりに躊躇した刀馬を、アメリアはあっさりと投げ飛ばした。
「がはっ!」
刀馬は地面に叩きつけられ、痛みから呼吸が不安定になる。気付けばいつの間にか、空を見せられていた。視界に入る空は清々しいくらいの晴天なのに対して、自分の弱さがただただ憎かった。
「……そうね、相手の強さが解るくらいになったらもう一度挑んで来なさい」
すたすたと去って行くアメリアの後ろ姿を、刀馬は見ていることしか出来なかった。
***
場所は移り、剣道場。竹刀が打たれた軽快な音が響く。剣道部員たちが放課後の時間を使って稽古に励んでいる中、刀馬の姿もそこにあった。
「どうした? 今日は随分と荒れてるじゃないか」
刀馬と向かい合っていた男──
まさに鬼気迫る勢い。けれど、そのせいでいつもより雑になってしまっている。
刀馬は剣道部に在籍しているわけではなく、時折、練習に混ざらせてもらっているだけに過ぎなかったが、それでも安竜は平素との違いを見抜いていた。
「なぁ……もしも、もしも人間とは違う生物と相対する事があったとして、その時剣道は通用するのかな……」
妖魔を目にして、アメリアに投げられて、刀馬は不安になっていた。これまで自分が学んで来た武術は、あくまでもルールに則った人間同士の戦いの中でのみ有効であるのではないか、常軌を逸した力の前では無力でしかないのではないか、と。
「そうだな、もしも本当にそんな状況に陥る事があったとして、剣道では太刀打ちが出来ないのかもしれない。しかし、そうした中での本当の強さとは、これまで自分が積み重ねて来た物でこそ発揮できるはずなのだ。いつもやっている事をいつも通りにやる、それが通用しないなら潔く死ぬしかないだろうな」
安竜の言わんとする事も解る。人間が持ち得る技術など高が知れている。それならば、いつも通り、これまで通りの武力を以って相手を制する方法を模索するのが武道家としてのやり方だ。
刀馬自身が剣道家であれば、それを正しさとして信じられたのかもしれない。
けれど、それは妖魔を目にした上でも同様の事が言えるのか。通用しないかもと疑っている技術をいつまでも信じ続けるのは難しい事であった。
「お前に何か思うところがあって剣道を疑問視しているのなら、いっそ他の道に進むのも悪くないだろうさ」
「剣道ではない、別の道……」
剣道に空手、柔道、合気道にボクシングまで。これまで刀馬はあらゆる武術に触れて来た。しかし、それはあくまでもスポーツの一環程度に過ぎなかった。
では、他に道など有るのか。刀馬がそう考えた時、ふと頭に浮かんだのはあの夜のアメリアの姿だった。
あの力が有れば、妖魔に敵うかもしれないと思い巡らせる。
「それでも、今まで築いた技術というのは他の場所だろうと活きてくると俺は思っている」
仮に魔術に傾倒したとしても、体術が必要無いわけではない。その姿は、今日のアメリアが物語っていた。男を投げ飛ばせるだけの体術。全ては敵を倒すために必要だったからこそ死にものぐるいで身に付けたものだ。
結局のところ、刀馬とアメリアの違いを述べるとするならば、場数と本気度の差でしかないのだろう。
その事実に気付いた刀馬は、本当に必要だったのは今までの在り方を変える事だったのだと悟る。努力を増すのだ。これまで以上に努力マシマシで。
「……なるほどな。ありがとう、安竜。俺は俺の道を行ってみるよ。剣道もしつつ、他の道も拓いてみせる。なに、中途半端はいつもの事だからな」
剣術と魔術、両方を取れば修行に充てる時間は当然半々になる。それでも刀馬は、どちらかが必要無いとは思えなかった。
自分なりの道を征く。そう決めた時、今まで抱いていた不安感が軽くなったように感じた。
「うん、良い目になったじゃないか。覚悟が決まったって感じだ」
「……もう一本、いいか?」
竹刀を握る手付きが、より真剣になる。ここからの行動は、一挙一動でさえ経験値に変えてやるのだ。そうした気合いが見られた。
藍沢 刀馬にとっての第二の武道がこれから始まる────。
***
「おかえりぃ〜、刀馬〜」
刀馬が帰宅したのは日が暮れてからであった。稽古で草臥れた体に、出迎えの言葉が投げ掛けられる。
「ただいま。紅子さん、また呑んでるのか……」
待っていたのは缶チューハイを片手に持った刀馬の叔母、
刀馬は叔母との二人暮らしだ。だから、おかえりただいまと言い合う関係は紅子だけだった。
刀馬は寂しいとは思わない。それどころか、叔母には感謝しかない。もはや家族と言えるのは紅子しかいなかったから。
「呑んではいる、呑んではいるんだけど……やっぱり酔えはしないのよねぇ……」
居間に入ると机に突っ伏してメソメソと泣き真似をする叔母の姿があった。いつもと変わらない、刀馬の日常。家に帰れば、妖魔の一件など嘘だったかのような平穏が待っている。刀馬は、そのギャップに少し酔う。
「酒豪ってのも難儀なもんだな」
「そうそう、若い頃はまだ酔えたんだけどねぇ」
制服から部屋着に着替えると、それだけで肩の荷が降りたように感じる。学生服というのは、ある意味で言えば少年少女の戦闘服なのかもしれない。それを脱げば○○高校の誰かさんではなく、××家の誰かさんに様変わりだ。
「紅子さん、まだ若いだろ」
「もしかして口説いてるぅ? でも残念〜♪ 三親等じゃあ結婚できませんよぉ〜♪」
「なに馬鹿言ってるんだよ……。やっぱり酔ってるだろ……?」
機嫌が良さげに否定する紅子。一見、酔っているかに見える姿だが、本当に酔えているわけではなかった。
「晩飯、もう少し後でもいいだろ? 俺すこし部屋に居るから」
刀馬はそう言い残すと、いそいそと自室に戻るために階段を上ろうとする。しかし──。
「……痛そう。また無茶してるでしょ?」
ふっと、紅子の柔らかい手が刀馬の生傷に触れる。相手を慈しむ愛情の籠った手付きで、痛まないように優しくやさしく撫でる。二人は親子関係というわけではなかったけれど、そこには確かに深い関係が構築されていた。
「男なんてこんな物さ。大丈夫だよ、無理はしてない」
自分が選んだ道だ、泣き言を言うわけにはいかない。男の意地というのは、時として孤独を選ばなくてはならないものだ。
「ほんと? 絶対だからね? 何があっても絶対帰って来てよ? ……そうじゃないと私、一人になっちゃうんだから」
これまで通りであれば、刀馬は『なにをそんなに重い事を』と笑い飛ばしただろう。けれど今現在、彼が踏み込もうとしているのはいつ死んでもおかしくない死地だった。だからこそ、その言葉は重く伸し掛かる。
それでも……。
「なにをそんなに重い事を」
刀馬は気丈に振る舞い、笑ってみせた。
***
「ふぅ……」
自室で一息ついた刀馬の目に入ったのは、机に散乱した雑具だった。
不気味な人形、見るからに古びた書冊、変な御札……。怪しげな店で売られているような物が、とにかく色々と置かれている。
全ては、あのお姉さんから貰った物だった。
「こんな物、本当に意味があるのか……?」
そう思ってはいるものの、貰い物などなかなか捨てられるものでは無い。況してや、自身が慕う女から貰った物など尚更だ。
「……いや、待てよ」
雑具の中から一つを手に取り、注視する。それは二人が初めて出会った日に、静希が一方的に押し付けた書冊だった。
「魔術入門書……? これ、アメリアが使ってたような奇術について書かれているんじゃないのか?」
刀馬がどれだけ頑張っても今まで読めなかった表紙の文字が、どうしてか今日になって読めた。
「……形は違うけど、間違いない。あれは魔術の詠唱だったんだ」
中に記されていたのは、アメリアが使っていた魔術とは異なる物だったが、魔術の基本形は皆同じだ。
魔力によって詠唱を紡ぎ、奇々怪々で人知を超えた妙技を可能とする。
だからこそ、同種の存在である事に気付けたのだ。
「……くそぉ、読めはするのに唱えられる気がしない」
詠唱を理解したとしても、魔力が無ければ意味がない。
刀馬はまだ、アメリアによって魔力を知覚しただけに過ぎないのだから。
しかし、確実に道は拓かれていた。常人では決して辿り着けないであろう、まさにその一歩を踏み出す。
「あの人、何者なんだ……?」
疑問に思うのは、この書冊の元の持ち主である。あの雨の日にだけ出会う、謎ばかりのお姉さんとはいったい
「次に会った時に訊いてみないとな……」
刀馬は窓外に想いを馳せる。また会う日を心待ちにするかのように。
近頃、雨は降っていなかったから。
今回TS転生者は出なかったんですけれども、主人公を魅せていくうえで必要だったので書きました。ストーカーはギャルゲー主人公仕草。
雨が降ってない=誰も静希と会えていないを意味します。晴れの日は悶々とするわけですね。