深緑に包まれた森。背の高い木が生え、獣達が住まう森。森の中で見上げれば木々の葉が邪魔をして太陽の光を遮る鬱蒼とした森。
誰が言ったか、魔女の森。
その森の開けた空間にポツンと木に嫌われたように建っている家が一つ。建てた者が杜撰だったのか、はたまた無精者だったのか、窓は風も無いのに音を鳴らし、扉は開きにくい。挙句に不自然に壁からひょろりと伸びた細長い筒は煙突である。
不恰好、という表現がぴったりと嵌る家。しっかりと屋根があるのが救いなのだろう。
そんな不恰好な家の中。コトコトと鍋をかき混ぜる影が一つ。
煌びやかな金色の髪を首元で揃え、翠色の瞳は鍋の中をじぃっと見つめている。僅かに育った胸元と影が少女である事が辛うじて分かる。
鼻をひくつかせ煮立っている鍋の匂いを確かめ少女は「よし」と呟き鍋を火から下ろした。
机に鍋を置いて一息吐き出しながら少女はミトンを外す。外したミトンを壁に掛けながら窓の外を見つめる。日が昇って数時間程経ち、開けた窓からは朝の涼しく軽い空気が家の中に入り込んできた。
少女は木製の床を靴を鳴らしながら歩き扉の前に立つ。深呼吸を一つ。ノックを三回。
「お師匠様? 起きてますか?」
少女らしい鈴を鳴らしたような声が家の中に響く。
少女は安心したように息を吐き出した。扉に手を伸ばせば簡単に開き、暗い部屋の中が少女の視界に入り込む。
窓の景色を遮断している布の切れ目から日の光が差し込み埃が舞っている事に気付く。少女は思わず溜め息を吐き出した。
靴を鳴らし、窓へと寄る。遮る布を両手で端へと追いやり少女の瞳に眩しすぎる光が映り、鬱蒼とした森が視界に入った。
「うぅ……」
少女の近くにあった布の塊が蠢く。布の端からは黒い何かが尻尾を出し布の中へと潜り込んでいく。
少女は布の塊を揺らして声を上げる。
「ほら、お師匠様。朝ですよ! 朝!」
「まだ朝じゃないか……日が沈んだら……」
「ダメです! お師匠様そんな事言って日が沈んだら寝る時間だー、とか言うじゃないですか!」
「夜は寝る時間じゃないか」
「なら朝は起きる時間です! ほら、起きてください!」
少女は揺らしていた布の塊を掴み力一杯に引いた。布は容易く取れてしまい、そこには黒があった。
黒。黒である。
長い髪も、眠たげな瞳も、寝間着としてか普段着としてか纏っているローブすらも、黒だ。唯一ローブの先から出ている肌がやや白いが肌色を保っているだけだ。
黒は顔を顰めつつも、どうにか半身を起こして身体を伸ばす。大きな欠伸も決して忘れない。
布に包まっていたからか、髪が跳ねているけれどそれも気にしていない様子だ。
「ほら、黒の魔女たるお師匠様がこんな髪でいい筈ありません!」
「別にいいさ……ふぁぁ、眠い」
「いけません!」
黒の魔女と呼ばれた女はベッドから足を下ろし、素足で木製の床を歩く。
その後ろから櫛を所持した少女が追いかけるのがこの家の日常なのである。
魔女。魔法を使う女。黒を関する魔女である彼女は魔女の森の住人である。正確には彼女がこの森に住まうからこそ魔女の森と呼ばれる様になったのだけれど。
「さて、今日は魔法使いの話をしようか」
そんな魔女の森のたった一つの家の中。黒の魔女と呼ばれる女と金髪の少女がいる。片や欠伸をして机に頬杖をついていて、片やその頬杖をついている存在からの話を真面目に聞こうと目を爛々と光らせて背筋を正している。
魔女はそんな様子にも苦笑してから言葉を続ける。
「魔法使い……言ってしまえば魔法を使う者の事だ」
「お師匠様の事ですよね」
「そうだ。私も魔法を使う事が出来る。魔法を使う女だから、魔女。髪の色から黒の魔女、なんて謂われているな」
「私が魔法使いになれば金の魔女、なんて言われるんですかね?」
「さて、どうだろうか。そもそもキミが魔法使いには足りない所が多すぎる」
「足りない、所……」
「あぁ、そこで胸を見るんじゃない。決してソコは魔法使いに関係は無い。決してだ」
自分の胸元を両手で押さえた少女に対し魔女は溜め息と共に頭を抱えた。
少女は自分の胸元と魔女の胸元を見比べて、比べるのを止めた。比べるまでもなかった。
「魔法使いになる為、という話はまた今度だ。世界原理だの、解法だのと、面倒極まり無い話になるからな。私が眠くない時にでも説明してやるさ」
「……あの、お師匠様?」
「なんだ、弟子君」
「ここ一年近くお師匠様と一緒に居ますけど、お師匠様が眠くない時ってありましったけ?」
「さて魔法使いの話だったな」
露骨なまでの話題転換に魔女の弟子は頬を少し膨らませた。魔女は魔女でそんな視線をなるべく見ないように顔を背けながら話を続けていく。
「私、黒の魔女以外にも魔法使いは存在している」
「そうなんですか?」
「ああ。紫、赤、青、白、そして黒である私を含めてこの世界には五人の魔法使いがいる」
「たった、五人だけですか……」
「たった五人というけれど、一人一人が人智を超える力を持っているんだ。十分すぎるさ」
「そう……ですね」
「……さて、五人の魔法使いはドコにいるのか」
「お師匠様はココ、魔女の森にいますよね」
「そうだ。なるべく人に関わりたくないからな。獣も魔獣も多いこの場所に住んでいる」
「他の人たちもそうなんですか?」
「いいや。人と関係を断っている者は私と赤だけさ。他の三人は人に接しているよ」
「へぇ……」
「白は聖都にいるし、青は《シィダー》という水の都にいる。紫は……」
「紫は?」
「アイツは一定の場所にいないから今は所在不明だ」
「いいんですか? そんなので」
「いいさ。そもそも私も赤も人と接していないから何も言えないからな。勝手に生きろ、が魔法使いの掟だ」
そんな掟に感心するように声を出した少女。その感心の声を聞き魔女はニヤリと笑ってみせる。
そして指を一本立てて見せる。
「故に私は掟に従い、寝る」
「……いや、待って下さい。お師匠様」
「なんだ? 正直私の眠気は既に限界値を越えているのだ。今眠らなければ一生眠れん気がする。あぁ大変だ」
「ベッドのシーツを干してるんです! あと布団も!」
「なんて事だ! 今日はふかふかの布団で眠れるって事だな!」
「いや、そうなんですけど……」
「仕方ない。布団で眠るのは諦めよう」
そんな師匠の言葉に安堵の息を零す弟子。この師匠は眠ってしまうとお腹が空くまで起きてこない事など既に知っているのだ。
「よし。ならば私はその椅子で眠っているから、何か用があれば言ってくれ。勿論、起きた後でな」
「お師匠様! ダメです! 今寝たら夕方まで起きないでしょ!」
「それが昼寝というモノだよ、弟子君。私に魔法使いの掟を守らせないつもりか」
「いや、ソレは……」
「当然そんなモノは嘘なのだが」
「お師匠様!」
カラカラと笑う魔女とキーキーと騒ぐ少女の声が森にこだまする。
コレが二人の日常なのである。
>>弟子ちゃん
金髪翠眼の少女。ぺったんこ。
後ろの長さは首元だけれど、前は眉に掛かる程度の髪。
しっかり者で睡眠魔人である魔女さんを起こす人。料理も出来る。
突然出したけれど、出自とかは先で出す予定。
ぺったんこ。
>>五色の魔法使い達
一応、全員登場させる。
>>魔法
文中通り五人以外は使えない。理由は実はSF設定的な何か。宇宙人的な何かではない。
>>水の都《シィダー》
名前だけは出すけれど町は出すか不明。
《CIDER》→サイダー
目の前にあるから悪い。
>>聖都《???》
名前は次出てくるまでに決めます。
>>今後の予定
トントンと進める予定。遊び心など無いのである。