黒の魔女さん   作:猫毛布

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普段区切って投稿している物を纏めて投稿してるみたいです。
区切り多いのは問題ですよね……ぐぬぬ。


騎士の国

 鬱蒼とした森。誰が言ったか魔女の森。月の光も遮り、森の中には風に揺られた木の隙間からようやく月明かりが見える程度。

 そんな森の一箇所に木々に嫌われた家が一軒。

 

「断ろうか」

 

 そんな一軒家に魔女の冷たい声が響いた。

 魔女の前には男が一人。鎧を着こんでいるが所々に傷を作り、泥に汚れている。

 椅子に座って、頬杖を付いて面倒そうな顔をしている魔女の後ろには少女が一人。魔女だけ彼女を弟子と呼んでいる。

 

「どうしてだ! 何故助けてくれない!」

 

 男が机を強く叩き、その音で弟子が震えたが魔女が引き寄せて抱き締める。

 そうしてまた面倒そうに口を開くのだ。

 

「そう怒るな騎士殿。彼女が怯えているだろう?」

「ーーっ。 すまない」

 

 自身の怒りをどうにか静めたのか、騎士は椅子に座りなおして深く息を吐き出す。

 弟子は魔女に抱きすくめられてどうしていいか分からない様に固まっている。

 

「何故、と聞いてもいいか?」

「面倒だ。という本音でよければ」

「ッ!」

「まあ怒るな騎士殿。建前を説明してやろう」

 

 よっこいせ、という言葉と同時に魔女は少女を膝に乗せて頭を撫でる。その行動が途端に恥ずかしくなったのか少女は顔を真っ赤にしてわたわたと動いて魔女から急いで降りた。

 魔女はどこか寂しそうな顔をしてから騎士へと向き直る。

 

「まずキミの要求である、君の国……《リスエット》に赴き、姫の病気を治すというモノだが、間違いは無いか?」

「あぁ。相違ない」

「私に利益がないだろう」

「リスエットは魔女の森も領土内だ。そこに居るのだから義務も生じるだろう!」

「生憎、君の意見は丸々意味を成していないよ。野生動物に税を強いるのか? 君の国は。中々に面白いな。

 そして私はこの森から出て行っても構わないぞ? 魔女という存在の消えたリスエットなど隣の《クエリス》に潰されてしまうが?」

「治癒してくれたならばこの森へは永遠に立ち寄らない」

「騎士殿が来るまではその永遠が続いていたさ」

「……ならば我が国を持ってここを」

「それも下策だ、騎士殿。まるで笑える戯曲だ。私はこういう台詞を言えばいいのか?

 『黒を冠する魔女を相手にたかが一国で十分と思うておるのか?』

 至極詰まらん劇になりそうだ」

 

 ハッハッハッと魔女は笑ってみせ、対して騎士は顔を青くして肩を落としている。

 魔女に頼み事など不可能なのだ。王の指示を無視し、姫の為にここまで走った騎士は魔女を前に希望を失ってしまう。

 

「あの、お師匠様……」

「なんだ、弟子君。この笑えない劇でも観賞するのか?」

「助けてあげたらどうですか?」

 

 不安げに声を出していた少女の声に騎士は顔を上げる。魔女はツマラナそうに口を尖らせて眉をハの字に広げた。

 

「おいおい、弟子君。何を言っているんだ?」

「その、だって……困っているじゃないですか」

「あぁ、そうだ。この騎士殿は困っている。だからどうした? 私には一切も関係ない。それこそ木の葉の厚さ程度の意味すらない」

「なら助けてあげましょうよ」

「……どうしてそうなる」

「だってお師匠様意味の無い事大好きじゃないですか」

「…………いや、それはそれで私の人格が疑われるんだが」

「前の秋にだって落ち葉を集めて飛び込んでたじゃないですか」

「それは、まあ……」

 

 その光景でも思い出したのか、頭を抱えた魔女。騎士は目の前の魔女は笑顔で落ち葉のベッドへとダイブする姿を思い浮かべた。噴出しそうになったが、なんとか我慢する事が出来た。

 

「ほら、なら今回もお師匠様にとって意味の無い事です。スグに終わらせちゃいましょう!」

「はぁ……騎士殿。今日は一泊していきたまえ。診るだけ診てやろう。治るかは分からんがね」

「! 感謝する!」

「何、私には意味の無い事だ……あぁ、畜生め」

 

 負けた負けた、と呟きながら魔女は肩を落として部屋へと消えていく。

 バタンと閉じられた扉を見て、弟子がニッコリと騎士へと微笑む。

 

「よかったですね。騎士様」

「あぁ……いや、助かった」

「いえ、あはは」

 

 照れた様に笑う弟子は頬を掻いて視線を扉へと向ける。しっかりと閉まっている扉を見てから弟子は声を潜めて騎士へと顔を近づける。

 

「実は私が言ったからじゃないんですよ」

「は?」

「元々お師匠様は」

『弟子君! それ以上言ってみろ! 私を師匠と呼べなくしてやるぞ!』

 

 魔女の怒鳴り声が家の中に響いた。

 

「あはは……そういう事です」

 

 弟子は口に人差し指を立てて片目を閉じる。唖然としていた騎士は思わず苦笑を浮かべてしまった。

 

『弟子君!』

「あわわ。えっと、布団はソコにある毛布を使ってください。この時期ですが、夜は冷えるので」

「あぁ、助かるよ……魔女が呼んでるぞ」

 

 騎士の言葉に慌てて弟子は魔女の部屋へと入る。魔女の怒鳴り声も聞こえてこない事からどうやら魔女はそれ程怒っておらず、ただ単に恥ずかしがっていただけなのかもしれない。

 いいや、と騎士は否定する。そんな事を考えれば承諾された頼み事を早朝には却下されるかも知れないのだ。

 騎士は静かに毛布を被り、瞼を閉じる。積まれていた毛布だった筈なのに、埃っぽさは無く、太陽の香りが鼻へと入り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未だ朝靄も掛かる森に男の声が響く。叫び声でもなく、息と共に漏れただけの声だ。剣を振り、空気を裂いていた騎士。

 

「随分と朝が早いじゃないか、騎士殿」

「魔女か」

 

 いつの間にか居たのか、扉の前にある椅子に腰掛けている魔女。昨晩の様な怠けた瞳ではなく、その黒い瞳は鋭く細められ騎士を見ている。

 騎士も剣を振るのを止め、鞘へと収めた。

 

「もう出発か?」

「いいや。弟子君がまだ眠っているよ。 彼女は男が苦手でね。君の前では気丈に振舞っていたが、存外怖かったらしい」

「それは……すまん」

「何。弟子君に甘えられて私は嬉しい限りだから問題はないよ」

 

 クツクツと含んだ様に笑う。騎士は顔を顰めながらその笑いに鼓膜を揺らす。昨晩見た少女にすまない事をしたと同時に彼女の事を心配してしまった。

 

「弟子君の心配はいらないよ」

「心を読んだのか?」

「顔に書いてあるのさ」

 

 魔女はまた含み笑いをして、騎士は自分の顔を触る。眼と鼻と口と眉、僅かに無精髭は生えているが魔女が言ったような言葉は書いてなどいなかった。

 

「それに騎士殿が心配しなくてはいけないのはお姫様の事だろう?」

「……治せるのか?」

「本音と建前、どちらが聞きたい?」

「本音だ」

「わからんよ。容体を見ないことにはなんとも言えんさ」

「……そうか」

「なんだ、建前は聞かないのか?」

「面倒などと言うのだろう?」

「おや、私の顔にも文字が書かれていた様だ」

 

 更に深く含んだ笑いを零した魔女。そんな様子にも騎士は顔を顰めてしまう。

 その表情すらも魔女には面白く写ったのか、笑みは終わる事はない。涙を拭う様に瞳を指で撫で魔女はニヤリと笑う。

 

「あぁ、そうだ。私の報酬の話だが」

「何? 報酬だと?」

「なんだ、無償で姫の病気を治せと言っていたのか? 生憎名誉と栄光も興味が無いのさ。見て分かるとおり金品も必要ない生活だ」

「なら何を求める?」

「……その剣を貰おうか」

「この剣か?」

「ああ、その剣だ」

 

 騎士は鞘ごと剣を持ち上げ魔女へと確認した。魔女は感慨深く頷き、ニヒリと口を歪める。

 訝しげに剣を見つめた騎士は視線を上げる。そこには誰も居らず、床板にすれる扉の音が森へと木霊した。

 

 

 

 

 

「ほら、お師匠様! 起きてください! もう日が昇りましたよ!」

「ふぁ……ふぅ。余り耳元で騒いでくれるな弟子君。眠れないじゃないか」

「起こしてるんだから寝ないで下さい!」

 

 時間が経過して日も昇った頃。

 弟子の声と眠気がそのまま言葉に変化された様な魔女の声が家の中に響く。

 魔女の部屋の扉が開き、前髪を盛大に跳ね上げた魔女が欠伸をしながら騎士の前へと姿を現した。

 

「やあ騎士殿。準備は出来ているか?」

「当然だ」

「待ってください! お師匠様の髪を結(ゆ)うんですから!」

「あー、あー、弟子君。私の髪よりも君の格好の方をどうにかしてくれ」

「え? あ、きゃぁ!?」

 

 寝間着なのか、薄手の布だけだった少女が両手を胸元で交差させ、甲高い声を出して部屋の中へと引っ込んだ。

 魔女は肩を竦めて口を大きく開けた。

 手に持っているのは女にしては長身の魔女の丈ほどもある木製の杖だ。

 丸みを帯びた先から太くなるように伸び、末端では蝸牛の様に渦を巻いている。

 その蝸牛側で頭を軽く叩けば淡い黒の光が魔女の頭を流れ、長い後ろ髪が緩く編まれていく。髪の終端では細く黒い紐が巻かれ黒い光の流れは空中へと消えた。

 その様子を見ていた騎士は驚きを顔に出しながら、口をポッカリと開けている。

 

「ん。騎士殿。魔法を見るのは初めてか?」

「あ、あぁ」

「まあソレもそうか。魔法を使える者など私達以外にいて堪るものか」

「それはどういう……」

「お師匠様、出来ました」

 

 ドコかを向きながら呟いた魔女とソレを追求しようとした騎士。その空間に少女の声が響き、魔女はその顔を綻ばせた。弟子の頭を撫でて、騎士を一瞥。

 

「さて、それでは行こうか」

「お師匠様! 髪がまだ跳ねているじゃないですか!!」

「……これはしまった」

 

 盛大に寝癖の付いた頭を手で押さえ付けながら魔女は含み笑いをして扉を開く。その後ろを騎士と少女が続く。

 森から嫌われた家の前。魔女は相変わらず素足で草を踏み、振り返る。

 

「さて、弟子君。魔法の話をしようか」

「はい!」

「魔法とは世界の理を観照し、干渉する。そういったモノだ。

 この世界は全て計算で満たされ、その数式を以ってして事象を操る行為の事を我々魔法使い達は魔法と称する。奇跡なんて物は紐解けばこの程度のモノだ」

「世界のことわり……?」

「この世界の構成だ。弟子君、騎士殿。私に寄ってくれ」

 

 両手を広げた魔女へと弟子と騎士が寄る。近寄った所で弟子が魔女に抱き締められ素っ頓狂な声を出して顔を赤くしたが魔女は至って真面目な顔をしている。

 

「さて魔法を使おう。理を書き換えようか」

 

 魔女は弟子を抱き締めながら空を見つめる。黒かった瞳の縁に僅かに光が灯る。

 杖を持ち上げ、振るう。先からは黒い光が帯状に伸び、空へと停滞した。

 一回りさせて魔女は尖った杖先で地面を叩く。叩いた地点から波紋を描くように黒い輪が広がり、幾何学的な文字が描かれた。騎士にも、弟子にすらも分からない、模様にも似た文字。

 円形のソレにびっしりと書き綴られたソレを見つめる魔女はもう一度地面を叩く。

 瞬間。黒い光が三人を包んだ。

 周りの景色すらも見えない、黒に統一された世界。

 その世界は数秒程で解かれ、騎士は慌てて周りを見渡す。木々に包まれた林の中。先に見えるのは街道と城壁。

 騎士にとっては見知った城だ。

 

「ふむ。まあ上々だ」

「す、すごいです! 流石お師匠様です!」

「ど、どういう事だ」

「私達がいた空間を固定し、時空を曲げてココへのワームホールを作成して……」

「お師匠様、説明する気ないでしょう?」

「これ以上簡単にしろ、というのもな……グラスの水を入れ替えたのと一緒だ」

 

 少しだけ悩んで魔女は困ったようにそう言いきった。その言葉に弟子はなるほど、と深く頷いているけれど騎士の方は驚きの余り声を出す事が出来なかった。

 意味を理解する事は出来た。けれど、原理はさっぱり分からない。

 ただ理解出来たのは、コレこそが奇跡とも呼ばれる魔法なのだと。理解させられたのだ。

 

「さて、騎士殿。それでは向かおうか、お姫様を助ける為に」

「あ、あぁ」

 

 弟子の頭を撫でていた魔女が口をニヒリと歪ませてそう言う。

 きっと、魔女ならば姫の病気も治してくれる筈だ。騎士はそう信じていた。

 

 

 

 

 

 

「どーしてわたし達が部屋に閉じ込められなきゃいけないんですか!」

「まぁ落ち着け、弟子君」

 

 キャンキャンと騒ぎ立てる弟子を横目で見ながら魔女は柔らかソファに横たわっている。

 幾度か身体の位置を変えてようやく収まりのいい場所を見つけたのかクッションを肘掛けに置いて頭を置いている。そして盛大に欠伸を一つ。

 

「お師匠様は落ち着きすぎです!」

「魔法を使った後は眠いんだ。そういう事にしておいてくれ」

「そういう事って……ただ眠いだけじゃないですか!」

「バレてしまったか」

 

 欠伸をしながらソファへと埋もれる魔女。野暮ったいローブを巻き込みながらゆっくりと息を吐き出す。

 そんな師匠の様子に頬を膨らませた弟子。けれど弟子は何かを思いついた様にニッコリと笑った。

 

「そうだ! お師匠様」

「なんだい、弟子君」

「ここは魔法で」

「弟子君。魔法はそれほど万能ではないのだよ」

「へ? そうなんですか」

「ああ。杖も取られたしね」

「杖がないと魔法が使えないんですか?」

「文字を書くにはペンが必要だろう?」

 

 それだけを言うと魔女はまた大きく欠伸をしてから身体を起こす。クッションに擦り付けられたからか、髪の一部分が逆立ちその存在を強調している。

 

「まあ、そもそも魔法でどうこうする意味もないがね」

「え? それは――」

 

 弟子が言葉を言い切る前に豪華な扉が音を立てる。中の返事を待たずして扉は開かれ、そこには兵士がいた。

 

「――王がお呼びです」

「あぁ、すぐに行くよ。ほら、弟子君。私に続きたまえ」

「あ、はい」

 

 足音を鳴らさない魔女の後ろを弟子がコツコツと石畳を鳴らして歩く。更に前には金属のすり合わせる音を何度も鳴らす兵士がいるのだ。

 弟子が前にいる魔女の裾を引き顔を覗きこむ。なんとも眠そうな顔だ。

 

「あの、お師匠様」

「なんだい、弟子君」

「えっと、どういう事ですか?」

「……人に会うには相応の格好をしなくてはいけないだろう?」

「なるほど」

 

 感慨深くそう呟いた弟子と欠伸をかみ殺す魔女。尤も、彼女の頭には先ほど付いた癖がしっかりと残っているのだからその言葉にはあまり信憑性などないのかもしれない。

 

 

 

 

 

「これはこれは、黒の魔女。ご足労に感謝致します」

「突然の来訪に迷惑を掛けた様だな」

 

 片や王座に座る男。片や素足で絨毯に立つ女。けれど言葉は全くの逆だ。王は魔女に頭を下げ、魔女はソレを当然の様に受け取る。

 肩を竦めて欠伸をした魔女の後ろで弟子が口を鯉の様に開閉させていた。

 

「ど、どういう事なんです!? 相手は王様ですよ!?」

「はっはっ。お嬢さん、私は王と言っても小国のちっぽけな王だよ」

「弟子君。君は私を魔女と敬いながらも王よりも下だと思ったのか?」

 

 驚いて声を上げてしまった弟子に魔女は口を尖らせて不満そうに呟いた。

 王座に座った王は生え揃った髭ごと顎を撫でながら愉快そうに笑い、その笑いを収める。

 

「さて、黒の魔女。娘を治療してくれるそうだが……」

「治るか否かは診てからだ、治せるかは知らんよ。……ここには居ない騎士殿に頼まれたが」

「あぁ、あの騎士君か……」

「そういえば、騎士さんは?」

「彼は牢屋に捕らえているよ」

「え?」

「まあ、そうだろうな」

 

 王は溜め息を吐き出しながら騎士の所在を口にし、弟子は驚いた。その隣では魔女が当然の様に頷いている。

 そんな魔女の言葉に弟子は裾を引き、魔女の顔を見上げる。

 

「ど、どうしてですか?」

「私を呼んだからだよ」

「お師匠様を……ですか?」

「魔法使いへの頼み事にはそれなりの対価が必要になる。けれど、お姫様を救う為には魔法使いの力を借りるしか方法はなかった。

 だからこそ騎士殿は何の命令もなく、私の家に来たのだ」

「彼は私の命令無視した。だから、彼を罰さなくてはならないのだよ、お嬢さん」

「そんな……でも」

 

 何かを言おうとしている弟子を魔女は撫でてニヤリと笑んで見せる。悪戯でもした様に、口元を歪めている。

 

「まあ、そういう事にしておいてやろう」

「え?」

「はっはっ。黒の魔女、何を言っているのだ。彼は私の命令を無視したのだよ」

「ああ、そういう事にしておいてやる、と言ったのだ。二度言わせるな、狸め」

「たぬ、き?」

「あー……気にするな。では王よ。姫のいる場所に連れて行け」

「わかった。黒の魔女を娘の部屋へ案内してやれ」

 

 一人の兵士が返事をし、扉を開く。

 魔女は欠伸をしながら弟子の手を引いて扉を潜る。弟子は顔に疑問を浮かべながら一緒に歩いている。

 

「あの、お師匠様?」

「なんだ、弟子君」

「さっきのはどういう事なんですか?」

「騎士殿が罰せられる事は無いよ」

「そうなんですか!? でも、さっき王様は」

「王だからな。立場的にはそう言うしかないのさ。尤も、騎士殿が牢にいるのは本当だろうがね」

「……?」

「まあ、君がそれ程悩む事では無いよ」

「はい!」

 

 声を張り上げて返事をした弟子に溜め息を吐き出した魔女。悩む事はない、と言った手前何も言えなかったが、少しばかりは考えてほしいものだ。

 そんな意思など知らない弟子は首を傾げたが、魔女に髪をぐしゃぐしゃにされる様に撫でられキャーキャー騒ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何よ。アンタ達」

 

 ソレが部屋に入っての第一声であった。深い青の髪を長く伸ばした少女はベッドに座り魔女と弟子を睨んでいる。

 弟子はそんな一言が怖かったのか魔女の身体に隠れ、その隠れられた魔女は欠伸をしてから、面倒そうに口を開いた。

 

「君を治す、しがない存在だ」

「アタシを? ハッ、どのお医者様に診て貰っても無理だったのに、そんなボロッちぃローブを着たヤツに治せるの?」

「お、お師匠様は」

「弟子君。まあ、落ち着け。それと、姫様。これでも頼まれた身でね、何もせずに帰るというのも中々に恰好がつかないのだ」

「……治せるの?」

「さて、診ない事にはわからないな」

「…………ふーん、いいわ。けど、治らなかったらお父様に言ってやるんだから」

「おー、それは恐ろしい」

 

 魔女を魔女と認識出来てない姫は勝気な口調で喋っている。弟子は心配そうに姫と魔女を交互に見ているが、魔女は面白いモノを見るかの様にクツクツと喉で笑っている。

 ベッドへと歩いた魔女と弟子。近くにある椅子に座り魔女は一言言ってから姫の手を取った。

 そして驚いた様な顔をする。

 

「なんと、これは……! あぁ、なんて事だ!」

「な、何よ!」

 

 突然、驚愕を声に出した魔女にギョッとした姫は心配そうにけれども性格からか気を張った声を出す。

 姫の手を離し、魔女は絶望したように頭を抱えた。

 

「ちょ、ちょっと。その……どうなのよ!」

「ヘックシッ。あぁ、失礼。くしゃみが出そうだったもので」

「ブッコロすわよ!?」

「おお、恐ろしい恐ろしい」

 

 心配そうな顔から一転、姫は顔を赤くして怒る。恐ろしいとは言いつつも魔女はやはりクツクツと喉を震わせている。その後ろで弟子もクスクスと声を潜めて笑いを堪えている。

 

「ちょっと! アンタも笑うんじゃないわよ!」

「す、すいません」

「さて、一頻り笑った所で君の診た結果を言おうか」

「また冗談だったら今度こそお父様に言うからね」

「毒だ」

 

 一言、しっかりと姫の瞳を見ながらいった魔女は真剣な顔をしていた。

 姫様は驚き、そしてその驚きを掻き消す様に鼻で笑って見せた。

 

「また冗談?」

「これは本当だよ、姫。私ははぐらかす事はあっても嘘は言わないのだよ。言ったとしてもスグに嘘だとわかる様な言葉をつける」

「…………ホントなのね」

「ああ。不治の病とはよく言ったモノだね。いや、治療法の無い毒なのだから同じ事か」

「な、治してくれるんでしょ?」

「言っただろう。治療法は無いのだ」

「そんなッ……」

「あの、お師匠様?」

「なんだ、弟子君。こんな不幸真っ只中に」

「お医者様では治せないんですよね」

「ああ、どんな医者にも治す事など不可能だ」

「なら大丈夫ですね」

「は? アンタ何言ってんのよ!」

「だって、お師匠様は魔法使いですから」

「…………は?」

 

 弟子の笑みに対してしっかりと間を開けてから姫は言葉を吐き出した。

 魔女はクツクツと笑いながら肩を竦める。

 

「弟子君。ココはこの勝気な姫様が泣くまで見ているモノだろう」

「でも、やっぱり可哀想ですから」

「ちょ、ちょっと! え? 魔女!? こんなヤツが?」

「ああ。こんなヤツだが、世間で黒の魔女なんて呼ばれているよ」

 

 魔女はクスクスと笑ってみせ自身を指差している姫を見つめている。

 

「さて、君の毒なのだが」

「治せるの?」

「医者には無理と言ったが、魔女には無理、と言ってないからな。私は嘘を吐かないよ。はぐらかす事は多いが」

「なら、」

「が、タダで治すとも言ってない」

「っ、ならお父様に」

「私は君に求めているのだよ、小国の姫」

「……何をよ?」

「そう気を張るな。そうだな……何か困った事があれば頼らせてもらうよ。勿論、君に出来そうになければ助けなくてもいい」

「そんな事でいいの?」

「ああ、そんな事でいいさ」

 

 魔女は肩を竦めてみせ、姫は少しだけ考えてから了承の言葉を出す。

 その言葉に満足したのか、魔女は瞼を閉じる。

 息を吐き出し、細く瞼を上げて、光る瞳を顕わにする。

 手を姫の胸元に伸ばし、寸でて停止し、ゆっくりと何かを掴むように手を握る。拳となった手を引き、宙で手から力を抜く。

 すると、姫の瞼が落ち、気絶したのかベッドへと倒れこんだ。

 

「お師匠様?」

「起きれば治っているよ。元々毒でもなかったのだ」

「毒じゃなかった? でもさっきは」

「毒、と言った方が彼女も安心するだろうからね。実際は呪い(ノロイ)の類だ」

「のろい?」

「魔法だよ。誰かがこの娘を呪ってたんだ。尤も、今はもう大丈夫だがね」

「そんな、いったい誰が……」

「何の為かはわからないが……戯れか何かかも知れないな」

「そんな事で」

「そんなモノだよ。魔法使いにとっての他人なんて物は」

 

 魔女は少しだけ悲しそうな顔をして溜め息を吐き出す。彼女とて色々と思う事があるのだろう。

 驚きと悲しみで顔を染めていた弟子の頭を魔女は撫でる。

 

「さて、王と騎士に報告して帰ろう」

「……はい」

「杖も返して貰わないとな。アレが無いと余計に眠くなる」

 

 ふぁぁ、と大きく口を開けて欠伸を零した魔女を見て弟子は苦笑してしまう。その苦笑を見て魔女もニヤリと笑ってまた髪をグシャグシャと撫でた。

 

 

 

 

 

「やあ、騎士殿。お勤めご苦労」

「魔女か」

 

 湿っぽい地下牢に騎士は居た。鉄格子の向こうには魔女がいる。

 杖を持ち、やけに満足そうな顔をした魔女だ。その隣に弟子は居ない。

 

「……姫様は? 姫様はどうなった?」

「治ったよ。青や白の方が治療は上手い事は周知だろうに、どうして私の所に来たんだ?」

「……」

「ああ、いや。すまない。知っている答えを聞くのも中々に滑稽だったか」

 

 黒の魔女はクツクツと喉を震わせて笑う。ニタリと口を歪ませて意地悪そうに笑う。

 

「アレは白がやったな?」

「…………」

「まあいいさ。構わんよ。私は君に頼まれた事をしたのだ。剣は貰っていこう」

 

 壁に立て掛けられていた剣を持ち、魔女は踵を返す。騎士は鉄格子を握り締め魔女へと叫ぶ。

 

「何が悪い! 私は全て姫様の為に!」

「悪いとは言ってないさ。それは君の気持ちだろう? 姫を助けた騎士殿。あぁ、素晴らしい」

 

 やはり愉快そうにクツクツと笑った魔女は地下の闇へと消えていく。残るのは騎士の叫びと鉄格子を叩く音、そして魔女の意地悪い笑いだけである。

 

 

 

 

 

「お師匠様、それは?」

「あぁ、騎士殿がくれてね。無碍にする訳にもいかん」

 

 魔女が持った剣を見て弟子が問いかけると魔女は肩を竦めて答えた。

 そうなんですか。と呟いて剣を見つめる弟子の頭に手を置いた魔女はニタリと笑って歩いてきた廊下を振り向く。

 

「あぁ、本当に。ステキな騎士殿だよ」

「お師匠様。何か楽しい事でもあったんですか?」

「騎士殿との会話は中々楽しくてね。思い出し笑いさ」

 

 魔女は正面に顔を向けて、やはり愉快そうにクツクツと喉を震わせる。

 弟子が疑問を問いかけたけれど、のらりクラリと魔女は会話をかわしていく。

 

「教えてくださいよ、お師匠様!」

「私が眠くない時に教えてあげるよ、弟子君」

「それって、教えてくれないって事じゃないですか!」

「おや、バレてしまったか。これは残念だ」

 

 そんな調子の会話を繰り返して、魔女と少女は森へと戻る。

 

 カラカラと地面を擦った剣の跡だけがそこには残った。




>>騎士殿
 好青年をそのまま人物にした青年。
 色々と腹に秘めてたりするけれど、魔女さえ居なければ素敵な騎士様。

>>小国の王
 ステキなオジサマ。
 親馬鹿だが、国に尽くす人。だから国に被害の無い様に「騎士が勝手にしました」という事を貫いてる。

>>小国の姫
 勝気な姫様。気も短い。
 弱っている身体で無理をして、気丈に魔女の対応をしていた少女。
 並み盛。

>>兵士君
 モブ。これからも各所で同じ名前が登場するだろが、全て違う人物。
 ジョー○さんとかジュン○ーさんかな?

>>魔法使い
 一般的には話だけが伝わっているので、姫様の様に魔女を見て初見で「貴様、魔女だな!」って事にはならない。
 騎士殿は魔女の森に入って、弟子が彼女を「お師匠様」と呼んでる事で判断した。

>>魔法
 世界を構成している文字を書き換えて現象を起こす行為。

>>《リスエット》
 小国。この国の領地内に魔女の森がある。この設定がここから先に使われるかと言われれば……あっ(察し
 リスエット→ポカ○スエット

>>《クエリス》
 リスエットの隣にある国。仲が悪い。
 クエリス→アク○リアス
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