「弟子君。あー、弟子君?」
「なんですか? お師匠様」
魔女は頭の寝癖も気にせずに、寝惚けた目を擦り目の前の弟子を見つめた。
金髪を切りそろえた弟子はキョトンとして首を傾げている。その頭の上では茶色い毛玉が乗っており、その毛玉も不思議そうに首を傾げている。
愛らしいソレを見て、魔女は眉間にこれでもかと言わんばかりに皺を寄せた。
「弟子君。理由は、聞かない。私も理由を聞かないのだから、君も理由を聞くべきではないだろう。ソレを戻して来い」
「ど、どうしてなんですか?」
「どうしても、こうしても無い。ソレが自然だ」
魔女はただただ冷たい瞳を弟子と茶色い
向けられた瞳に弟子は息を飲んで、瞳に涙を溜め込む。その溜め込んだ涙が感染したのか、茶色い毛玉の小さな瞳も売るんで光を照り返す。
弟子は魔女の近くに寄り顔を見上げた。
「どうしても……ダメですか?」
魔女は思わず後ずさりしてしまう。
その一歩に追従するように弟子は更に一歩踏み出す。
「野生の動物を拾い育てるなんて物は反対だ。生きているモノは全ての関与無く、生きるべきだ」
「うぅ……」
「あー、だから……そんな顔をするな。頼むから。やめてくれ」
魔女は弱ったな、と一つだけ呟いて弟子の頭へと手を置いた。その手に齧歯類がそっと手を置いて魔女を潤んだ瞳で見上げている。
逆の手で齧歯類を抓み上げて机へと置く。
隣に置かれた椅子に座り、もう一つだけ深く息を吐き出した魔女は両手を挙げた。
「わかった。降参だ。コレの育成を、」
「やった! ありがとうございます!」
最後まで言えなかった事が不満だったのか、魔女は少しだけ唇を尖らせたが、目の前で茶色い毛玉……俗に言ってしまえばリスに似たソレを持ち上げて小躍りしている弟子を見てそんな気持ちを失せて、顔を苦笑へと変える。
「……まあいいだろう」
机に頬杖を着いて魔女は欠伸をする。
瞼は眠いのか少しだけ下ろされていて、けれどその口元には笑みを浮かべていた。
「ムムム……」
唸りながら空を睨む弟子。その肩には《ヴァント》と名付けられたリスが同じく空を睨んでいた。
名付けた本人である魔女はといえば、その様子を尻目に以前に貰った騎士の剣を抜き身にし、様々な角度から眺めている。
「お師匠様ぁ。どうすれば世界の理が見えるんですか?」
「君が世界の理が見える様になれば見えるよ」
「その方法を聞いたんですけど」
「さて。私は見えていた人だからな……他の魔法使い達に聞けば分かるかも知れないが」
「出会える訳無いですよ」
「そうだな。私が追い返してしまう」
「……どうして追い返すんですか?」
「魔法使いが偏屈だからだ。私を見れば分かるだろう?」
「…………なるほど」
「君は大概失礼だな……。構いやしないが」
弟子は頭の中で黒の魔女を数人想像して、納得してしまった。二人までなら起こせたけれど、三人以上になると次を起こしている間に眠ってしまうのだ。
自分で言った事ながら自分を容易く偏屈扱いした弟子に少しばかり不満の残った魔女。剣を鞘へと戻して座っている椅子に立て掛ける。
弟子は何かを思いついた様に顔を明るくして口を開く。
「そうだ! お師匠様が他の魔法使いさんの所に行けば」
「会いたくない」
「……ですよね」
「そもそも、追い返すような奴らにどうして会いに行かねばならんのだ。それこそ意味が在れば会ってやっても構わないが、意味も無く彼らに会うなど……想像しただけで嫌気がする」
「そこまでなんですか?」
「特に白は一目も見たくは無い。出来る事ならばこの世界から消え去ってくれまいかと願っているが、中々死んではくれないな」
「あはは……そんなモノですよ」
魔女の恨み言を空笑いした弟子。眉間を寄せていた魔女は深く息を吐き出して、弟子を手招きした。
弟子はキョトンとしながら足元に生えた草を鳴らしながら魔女へと近寄る。
「どうしたんです、きゃぁ!?」
手を伸ばした魔女に捕まった弟子は容易く魔女の胸元へと納まった。肩に乗っていたヴァントは潰されるのを回避したのか、置かれた剣を伝い、鍔の部分に乗っている。
慌てていた弟子も抱き締められている事がわかったのか疑問を浮かべた顔で魔女を見た。魔女は目を細めて、何かを言わんと口を開いた。
「ふぁぁ……」
出てきたのは、欠伸であった。
弟子の頭に顔を埋めた魔女は大きく空気を吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
「少しだけ、寝る」
「え? お師匠様? この状態でですか?」
「ああ、黙って抱き締められていろ」
そういい終わると弟子の頭には規則正しい寝息が当たる。弟子からは見えないが眠ってしまったのだろう。
腹を抱えられた弟子は脱出しようと身動ぎしたが、魔女の拘束が強くなるだけであった。
数分程で諦めた弟子は空を見上げて、溜め息を吐き出す。
キュゥ、と小さく鳴いたヴァントが弟子の膝に乗り、身を丸めた。どうやら眠るらしい。
そんなヴァントに手を置いて、弟子はもう一度息を吐き出した。そのまま瞼を落として、まどろみの中へと落ちていく。
ゆっくりと、背中から聞こえる音に集中して、ゆっくりと、落ちていく。
「あぁもう! どうして起こしてくれなかったんですか!」
「弟子君、無茶を言う。君の叫び声に起こされた私がどうやって君を起こせると言うんだ」
忙しなく洗濯物を片付けたり料理の準備をしている弟子を見ながら笑う魔女。一つだけ欠伸を零して机に頬杖を付く。
その机にはヴァントが今しがた魔女から与えられた豆を忙しく頬袋へと詰め込めている。
膨らんだ頬袋を見た魔女はふむ、と一つだけ唸ってから頬袋を指で突く。ふわふわとした毛の奥に豆の硬さがしっかりと伝わる。
指はヴァントの頭を撫で、薬指を器用に使って足を払い中指で押さえられる。倒されたヴァントは豆を詰め込み続け、頬袋いっぱいに詰め込み終わってからようやく倒されている事に気付いた様だ。
短い手足を動かし、ふさふさとした尻尾も動かしてみたが魔の手からは逃げられない。
親指がヴァントの腹を撫で、顎を撫でられる。
気持ちがいいのか、ヴァントは目を細めて腹と顎を襲う指に身を任せている。
「……」
魔女はそんなヴァントを見ながら頬杖をしながら人差し指を軽く振るう。瞳の縁に僅かに光が灯り、ソレが消える。
魔女は眉尻を下げてから手からヴァントを下ろした。下ろして尚、手を見上げるヴァントに苦笑して指で頭を撫でる。
「お師匠様! 少しは手伝ってくださいよ!」
「おや、怒られてしまった」
怒られている、とは言いつつも魔女は楽しそうに喉を震わせて弟子の隣へと向かった。ヴァントは机の上からそれを見つめる。
楽しそうに料理をする二人。魔女とその弟子をしっかりと視界に閉じ込めた。
>>ヴァント
リスっぽい何か。大凡よくあるシマリスを想像すれば問題はない。
実はプロット外の存在。