遅れてごめんなさい
弟子にしてみれば驚きの連続の朝であった。
目を覚ませば師匠である魔女が目の前にいないのだ。いつもならば目の前で寝息を立てているというのにその日は居なかったのだ。
弟子は混乱した。天変地異でも起きたのではないかと錯覚もした。大地の揺れがいつ来ても問題ない様に布団を被りながらベッドから降りた。
床の温度が少女の足裏を冷やす。そんな事もお構いなしに弟子は布団を引き摺りながら一歩一歩慎重に歩いた。
扉を開き、食事をする机の置いた部屋を見た。
そこには難しそうな顔をして机に頬杖を突いていた。
魔女は扉の音に気付いたのか、弟子へと顔を向けて瞬きをしてから笑いを口から漏らした。
「弟子君。何をしているんだ? 新しい遊びか何かか?」
「そ、そんな笑わなくたっていいじゃないですか!」
「フフッ、すまない」
謝罪こそ口に出しながらも魔女は喉を震わせて笑う。僅かに揺れた肩が実に愉快そうだ。
弟子は頬を膨らませて、唇を尖らせる。その弟子の視線が魔女が持っていた紙へと注がれる。
「お師匠様、ソレは?」
「手紙だよ」
「お師匠様にですか!?」
「……そこまで驚かれると私はどう反応していいのか困るのだが」
「森に篭って、人が嫌いなお師匠様に手紙だなんて!」
「……あー、わかった。君は私が怒るかどうか試しているんだな? そうか、そうか。なら君の実験は正しく正解だ」
「あ、いや、違うんです。その、えっと……」
「どうせ私は引き篭もりさ……あぁ、畜生め」
不貞腐れたのか頬杖へと余計に重さを加えて弟子から目を背けた魔女。
完全に不貞腐れた魔女に慌てて何かを言おうと弟子は思考したが、結局上手く言葉を出すことは出来ず意味のない言葉が幾つか口から出て行くだけになってしまう。
そっぽ向きながらそんな弟子が面白いのか魔女は口元に笑みを浮かべる。弟子にはなるべく気が疲れないように。
机にいるヴァントが魔女を見上げて首を傾げた。魔女はやはり笑顔のまま指でヴァントを撫でた。
「それで、その手紙は何だったんですか?」
数分程して、魔女の悪くない機嫌も直り、安堵の息を吐き出した弟子が先ほどの疑問を口に出す。
魔女は溜め息を吐き出して、眉間に皺を寄せて面倒そうに呟く。
「招待状……いいや、私の場合は召集状と言うべきか?」
「招待状って」
「先に言うが貴族共の社交界の招待状ではないよ。そんなモノが来たところで破り捨ててやるからな」
「じゃあ、誰から?」
「魔法使いさ」
魔女は手紙を指で挟み嫌そうにソレを軽く振るう。
弟子は魔女の手から手紙を取り、文字を視線で追う。追っ手はみたが。
「あの、何が書かれているんですか?」
「魔法使い言語だが?」
「言葉、なんですよね? 何か丸い文字もあったり四角い文字もあったり」
「そういうモノだよ。そこに書かれている内容は魔法使いの定例会の知らせだ」
「へぇ……そんなモノがあるんですか」
「一年に一度だけだがね。去年は行かなかったから今回は強制参加しろ、との事だ」
あぁ、面倒だ。と付け加えた魔女は改めて溜め息を吐き出す。頬杖にヴァントが手を当てて慰めてくるのが余計に魔女の心にクる。
面倒そうにしている魔女とは対照的に弟子は手紙を握り締めその碧色の瞳を輝かせている。
「お師匠様! わたしも連れて行ってください!」
「当然だ。何を言ってるんだ?」
「いいんですか?」
「仮にも弟子だろう。アレらに会わせるのは非常に、至極、凄く嫌だがね」
「やった!」
喜ぶ弟子に対してやはり魔女は詰まらなさそうにヴァントを指で撫でる。
ふわふわとした毛が心地イイが、魔女はやはりつまらなさそうに溜め息を吐き出して小躍りしている弟子に溜め息を吐き出した。
「――さて、随分なお出迎えじゃないか」
転移した魔女と弟子を迎えたのは槍を構えた兵士達であった。弟子は魔女にくっ付き、その肩にはヴァントが金色の一房を掴んでいる。
魔女は口をへの字に曲げて杖でコツコツと床を叩いている。
「……お師匠様」
「ああ、安心したまえ弟子君。今日ココにこうして私が現れるという事は知られている事だ。魔法使いに対しての警戒としての人員だよ。尤も彼らは本気で私を相手にして勝てる気でいるがね」
弟子の頭を撫でて少しだけ肩を竦めた魔女。その漆黒の瞳が兵士達を見下す。
兵士達は持っていた槍を強く握り黒い魔女へと向ける。
「あらぁ?」
そんな剣呑とした状況に一つ、声が響く。ゆったりとした声の持ち主は足を地面に付けることもなく宙に寝転んでいる。
捩れた淡い紫色の髪と同色の瞳。口元には微笑みを浮かべて小首を傾げている。その人物を見て黒の魔女は眉間を顰めて溜め息を吐き出した。
「
「
「使えるモノは使うわよー」
笑う紫の魔女は懐から取り出した短い細い棒を軽く振り、床へと脚を着ける。
「黒は今来た所かしらぁ?」
「見てわかる通りだ。一度休むだけでこの仕打ちだ」
「一回休んだからだよぉ」
紫の魔女はやはり笑いながら兵士達を下げる。兵士達は兵士達で魔女を相手にする事に緊張を感じていたのでその指示に容易く従う。
ようやく向けられた槍が天井へと向いて弟子は安堵したように息を吐き出した。
「あらぁ?」
一歩。ふわりと宙を跳んだように放物線を描いて紫の魔女は黒の魔女と弟子の前に降り立つ。
そして珍しそうに弟子を目を細めて見つめる。
「ねぇ黒ぉ。この子は誰?」
「私の弟子だ」
「ふぅん……よろしくねぇ」
「え、あ、はい! よろしくお願いします!」
「うんうん。元気のイイコトはいい事だよぉ。元気すぎるのは考えモノだけどねぇ」
「え?」
「ま、興味なんてないけどさぁ」
「紫。他は集まっているのか?」
「うーん、私と青は先に来てたからねー。黒が来たから後は赤だけかなぁ」
「?」
そこで弟子は一つ疑問を覚えて、何かを呟きながら指を折り曲げる。一つ、二つ、三つ折り曲げてから四つ目を折り曲げる。そして一つだけ残る。
「あの、お師匠様」
「どうした、弟子君」
「魔法使いは五人いるんですよね?」
「ああ。私を含めて五人だ。そこに居る紫と先に来ているらしい青。まだ来ていない」
「アァん? 俺様を呼んだか?」
男の声が響いた。苛立っている声に舌打ち。紅色の髪を逆立てた男は部屋の中にいた三人を睨みつけた。
「テメェら、遅すぎんだよ! 俺様がどれだけ待ったと思ってんだ!? アァ!?」
「まあ怒るな
「そーだよぉ。赤君もさっき来た所でしょぉ?」
「うっせぇんだよ! 第一、そこの暢気魔女が俺様が到着して数十分もフラフラしてっからいけねぇんだよ!」
「えへへぇ」
「褒めてねぇよ!」
「それを言うと、ワタシよりも今来た黒の方が」
「陰険魔女ぉ!」
赤い魔法使いは黒の魔法使いを指差し、指差し……あー、と言葉を探す。探した結果上手く言葉を見つけることが出来なかったのか差した指を動かして視線を泳がせる。
「テメェは、その……あー、そのあれだ」
「赤、無理をしなくていいんだぞ?」
「そうだよぉ。 赤君は毎回黒に何も言えないんだから」
「うっせぇ! 暢気魔女! つーか、その女の子は誰なんだよ」
「弟子だ」
「弟子ぃ? テメェが?」
「ああ」
「よろしくお願い、します」
「ハッ、魔女にすらなってねぇ奴が俺様に気安く声を掛けんじゃねぇよ!」
「あー、弟子君。アレは赤の精一杯の虚勢だから無視して話掛けても問題はないよ」
「陰険魔女ぉ! 勝手な事を言うんじゃねぇよ!」
赤の魔法使い、という二つ名に相応しく顔を真っ赤にしながらそう叫んだ魔法使い。魔女二人はソレをクスクスと笑い、魔女の弟子は相変わらず魔女の背中に隠れている。
「チッ。 オラァ! さっさと行くぞ!」
「やっぱり赤君を
「ゴラァ! 暢気魔女! 焼きつくしてやってもいいんだぞ!?」
「赤。進むのだろう。早く行こう」
「……わかったよ」
「やっぱり赤君は黒に弱いなぁ」
「やんのか!?」
「赤」
「チッ」
赤い魔法使いは舌打ちをして頭をバリバリと掻く。そのまま踵を返して背中を向ける。
紫は相変わらずクスクスとソレを笑い、またふわりと浮き上がった。
「では、弟子君。行こうか」
黒の魔女はしっかりと弟子の手を掴んで一歩目を進む。弟子も魔女につられて一歩。そして二歩目を踏み出した。
煌びやかな廊下を歩いて進むと、大きな扉が見えてくる。
そこには五人の兵士が扉を守る様に立っており、一人は宝石が先端に備えられた白い杖を、一人はガラスで作られたような透明の杖を持っている。
赤の魔法使いは懐から取り出したそこらで手折った様な枝を兵士に渡し、紫の魔女も短く細い杖を別の兵士に渡した。
「あの、お師匠様? どうして杖を?」
「定例会の決まりだ。話し合いをするのに武器は必要ない、ってことさ」
「ふーん……そういうモノですか」
「そういうモノだよ」
黒の魔女も杖を渡し、兵士が大きな扉を開く。音を立てて開かれたその扉の奥には空間が広がり、部屋の真ん中に円形の机が置かれている。ソレを囲む様にして椅子が五つ置かれ、二つの椅子には既に存在が座っていた。
一つは青い髪の少年だ。チラリと開かれた扉を確認して瞼をゆっくりと下ろす。
一つは金色の髪をした男だ。その服は純白に包まれ、閉じた瞼を上げ、髪と同色の瞳を三人へと注いだ。
「遅かったな」
低い声が部屋に響く。赤と紫はその声を無視する様に椅子へと向かう。
黒は声を出した白い魔法使いを視界に入れ、面倒そうに口を開いた。
「道が混んでたのさ」
「去年の定例会への不参加に何か理由はあるかね?」
「さっき言っただろう? 道が混んでたのさ。それこそ一年程な」
「……まあいい。座りたまえ、黒の魔女」
白の言葉に肩を竦めて黒は一つだけ空いていた椅子へと座った。隣にいる弟子を引き寄せて自分の膝へと座らせる。
慌てた様に声を出しそうになった弟子も白の厳しい顔付きと声に緊張して声を押し殺した。
「それで、黒の魔女。その娘は何か聞いても?」
「私の弟子だよ。 何人もいるお前の弟子達に比べれば可愛いものだろう」
「ほう。聖都《スコル》にいる私に弟子がいるのは説明も出来るが、森に棲む人間嫌いの君に弟子が出来るのは些か疑問が残るが?」
「弟子にしろと願われて、気が向いたから弟子にした。これ以上に理由はないし、例えあったとしてもお前に言う必要は感じないな」
「どうでもいいけど、アンタ達の言い合いを聞かされるだけなら帰っていいかな? ボクも暇じゃないんだけど」
口を開いたのは青い魔法使いだ。目を細めて白と黒を見てからわざとらしく溜め息が吐き出される。
白はソレに対して苦笑し、黒は面倒そうに不貞腐れた様に顔ごと背けた。
「では定例会を始めよう」
定例会、と言っても魔法使いとして人に関わっている存在は青と白の二名だけなので彼らが言う人間達との接点を聞き、人間達との距離を測るのが定例会の内容である。
それこそ取り留めのない内容だ。白は聖都で人間達に治癒魔法を行使し、青は薬を作成してソレを市場に流している。
「さて、私たち二人の報告は以上だ」
「俺様に報告はネェよ」
「ワタシもかなぁ。旅を続けてるけど生態系は安定してるし」
「……一つ」
「何かね、黒の魔女」
「事後報告になるが魔法殺しを見つけた」
「マジかよ」
「それは本当かね?」
「私達の天敵に関してだ。冗談は言わんよ」
真剣な顔をして黒は他の四人を視界の中へと入れる。
白は苦笑を混ぜて背凭れに体重を預ける。
「それで……魔法殺しは何処に?」
「事後報告と言っただろう。今は何処にもいないさ」
「ふむ、よくやった」
「次に生まれるのは遠い未来である事も判明している。私の言葉がその証明だ」
「君の時間予知に関して疑いは持たんよ」
白は強張った肩を下ろして苦笑を浮かべる。少しだけ張り詰めた空気が緩和される。
以上で報告を終わる、と加えた黒の声の後に白が頷く。
「では、以上で定例会を終わろう。来年の報告も楽しみにしているよ」
「はぁ、まったく。ようやく終わったか」
森に戻った魔女が弟子に肩を揉ませながらそう呟いた。弟子はその言葉に苦笑してしまう。
「それで、弟子君。他の魔法使いに会った感想はあるかい?」
「えっと、その、スゴイ。の一言です」
「何が、とは聞かない方がいいな」
散々迷い選んだ言葉を吐き出しただろう弟子に対して魔女は喉を震わせて笑う。
そんな魔女を見ながら弟子は定例会を思い出しながら呟く。
「……魔法殺しって何ですか?」
その単語に魔女の笑いは止まり、ふむ、と一息だけ吐き出される。
「えっと、聞いちゃダメですか?」
「いいや、君も魔法使いになるのだから説明しておくべきか」
魔女はそう言うと弟子を自分の対面の椅子に座らせて、さてどこから話そうか、と一つ呟いた。
「魔法殺し、というのは私達魔法使いが勝手に決めた名称だ。私達の天敵で、将来的に魔法使いを殺してしまう存在の事をそう呼んでいるに過ぎない」
「魔法使いを殺す……」
「そうだ。魔法を受け付けなかったり、ただ単純に私達よりも強い存在だな」
「魔法使いより強いって国も壊せるじゃないですか」
「ああ。だから魔法を受け付けなくなる前に、私達よりも強くなる前に、対処する」
「そんな事出来るんですか?」
「可能だ。尤も、魔法殺しは死ぬと時間を開けてまた生まれるんだがね。
まあ、君が生きている時にも魔法殺しは生まれる事はないだろうから問題は無いさ」
「どうしてそんな事が分かるんですか?」
「私は未来が見えるんだよ」
パチリと片方の瞼を閉じた魔女はどこか茶目っ気のある笑顔を浮かべていた。
弟子はキョトンとその顔を見てしまい、魔女は拗ねた様に唇を尖らせた。
「少しは反応してくれてもいいと思うんだが?」
「あ、えっと、スゴーイ! さすがお師匠様です!」
「そうだろうそうだろう。うんうん。悲しくなってきたぞ」
口を膨らませ、完全に拗ねた魔女は「あぁあぁ、悲しいなぁ悲しいな」と呟きながら机に突っ伏した。
弟子はあわあわと慌ててどうにか機嫌を取ろうと反応を新たにしたり、大きく反応してみせたが魔女の機嫌は戻らない。
その日の夕食に魔女の好きなものが並べられたのは言うまでもない。
紫の魔法使い
のんびり口調の魔女。髪は紫で天然パーマさん。旅をして世界をフラフラしてる。
ビブリオマニア。
赤の魔法使い
俺様の魔法使い。髪は逆立てた赤色。黒に弱い。
口は悪いが精一杯の虚勢。ツッコミ役。
青の魔法使い
自分本位の少年。青い髪をおかっぱにしている。効率厨。
ショタ枠。登場回数は恐らく少ない。
白の魔法使い
まとめ役のオジサマ。髪色と魔法使いとしての色が合ってない人。若年寄。
お察し。
魔法殺し
世界で唯一魔法使いを殺す存在。死ぬと時間を開けて別の存在へ。魔法使い達の天敵。
兵士さん
量産型兵士番号不明
時間予知
未来予知と同じ意味。魔女さんの魔法の原点。
聖都《スコル》
白が導く宗教国家。何処にも属していない中立国。
白い飲み物。
スコ○ル→スコル
悲報
登場人物がこれ以上増えることはたぶんない。