深々と白い結晶が空から舞い落ちる。
フワリと落ちたソレが地面を白に埋め、深緑の森を白へと染めていく。
シャクリと凍った草と白い地面を踏みしめた弟子。肌を突き抜けるような冷たさと、肌に沁みていく寒い風を感じ、その顔を笑顔へと変化させる。
「お師匠様! スゴイです! 真っ白ですよ!!」
笑顔で振り返ったそこには眉間に皺を寄せて、両腕で身体を抱き締めている黒の魔女の姿がある。
血色の悪い顔が余計に白く染まり、ほのかに赤い唇から白い息を吐き出して歪ませる。
「あぁ真っ白だ。寒いのは苦手なんだがね」
「……お師匠様、暑くても同じ事言いません?」
「それはそうだ。暑いのも、寒いのも人間としての限界を超えているからこそ感じる不快感であり、人間には適温というモノがあるのだよ」
「えっと? ……どういう事ですか?」
「私は今すぐにでも自宅に引き篭もって布団に潜り、この季節が過ぎるまで眠りたい」
「ダメですよ! こんなに白いんですよ! それに冷たいし! なんたって白いんですよ!」
「白い、は二回目だが……」
魔女は白い息を吐き出してから家の扉を開けて近場にあった毛布を外へと持ち出す。その毛布を自分の身体に被せて近くの椅子へと座った。
蓑虫のように毛布を身体に巻きつけた魔女を見て弟子は不満顔。
「これだけ素敵な景色なんですよ? こう、もっと」
「うわーすごいなーまっしろだー。……イライラするな」
「何でですか!?」
「そもそも白なんてアイツを思い出す色は大嫌いだ。いいや、コレに悪気がないのは重々承知しているさ。けれど、しかしながら白である時点で私にしてみれば敵だ、敵」
「ソレは俗に八つ当たりというやつじゃ……」
「いいか、弟子君。コレは八つ当たりではない。正当にコレに理由をもって言葉を吐き出している」
「白いのが悪い、なんて言わないでくださいよ?」
「…………あー、うむ。まあ、あまり身体を冷やさない様に」
どこかバツが悪そうに毛布を被り直した魔女は極力冷気が自分の身体に当たらないように首を縮める。
そんな魔女を見た弟子は肩に乗っていたヴァントと顔を合わせて笑ってしまう。
音を奏でて歩く弟子はクルリと反転して自分の歩いた部分を見返す。そこには小さいがしっかりと足跡が残っており、自分が何処を歩いたかがスグに分かった。
ソレが随分と気に入ったのか弟子は頬を赤くしながら笑顔を浮かべる。
「お師匠様!」
「どうした、弟子君」
「魔法でコレは出せるんですか? きっと素敵だと思うんです!」
「……一年中この寒さは勘弁してほしいのだが」
魔女はどこか見当違いな事を呟きながら空を見つめる。目を細めて、白い息を細く吐き出す。
弟子は魔女へと近寄り、膝を折り曲げて魔女の膝へと腕と顔を置いて見上げた。
「ふむ、無理だな」
「えー、そうなんですか?」
「ああ。雪を魔法で降らせる事は出来ないよ」
「ゆき、雪って言うんですね」
「ん、ああ……そういえば去年の今頃は家に篭ったままだったか」
魔女は思い出したように呟いて、毛布の隙間から手を出して弟子の冷たい顔を撫でる。
弟子も撫でられることが気持ちいいのか目を細めて為すがままになっている。
「大気中の水蒸気を生成する事は可能だが、結晶化させたところで地面に落ちるまでに溶けてしまう。逆に結晶のまま落とす高度にするなら……いや、結晶を大きくすれば或いは」
「お師匠様、さっぱり何を言ってるかわからないんですが……」
「雨と雪は同じモノなのだよ」
「……お師匠様、遂に頭がオカシクなっちゃったんですか?」
「君は時折私に無礼だな。構いやしないが」
「だって、こんなに白い雪が透明の雨と同じ訳がないじゃないですか!」
「……あー、うむ。その雪が溶けたら水になるんだが」
魔女は手を空に伸ばして、指先に雪粒を乗せる。元々体温が低いのか、雪はその形を保ったまま魔女の指に留まる。
指を口に寄せて、魔女は息を吐き出す。
雪が溶け、水になったことを確認してから魔女は指を弟子へと見せる。
「ほら」
「どうして雪が水になるんですか?」
「……あー、うん。寒いと動きたくなくなるだろう?」
「お師匠様だけだと思いますけど……」
「…………そうだな」
面倒になったのか、魔女はグシャグシャと弟子の頭を撫でてまた顔を毛布へと埋めた。
面倒になって説明をやめたことに気がついている弟子は唇を尖らせてみせるが、撫でられているうちに不満が消えて、顔が笑いへと変わってしまう。
「お師匠様! 少しだけ森に入ってきますね!」
「あまり遠くに行くんじゃないぞ? 迷ったらヴァントに道を聞け。ココまでの道は分かる筈だ」
「はい!」
魔女の身体から離れた弟子は笑顔のまま森へと入っていく。
その後ろ姿を見つめながら魔女は白い息を吐き出した。
「元気だな……若さか?」
首を傾げてそう呟いた魔女は口元を少しだけ歪めてから、「なんてな」と付け加える。
クスリと笑みを携えまま魔女は家へと戻る。きっと冷えて帰ってくるであろう弟子の為に暖炉へと火を入れなければいけない。
日が月へと代わり、星が高く輝く空。
弟子は森の中で一人であった。
身を小さく纏めて歯を鳴らしていた。
鬱蒼とした森はその身を白く染まらせ、弟子へと牙を剥いた。
弟子は膝を強く抱き締める。
頭が痛み、視界がボヤける。冷たいと感じる世界で身体も寒い。疲れていないのに、動く事が出来ない。
白い息を吐き出す。
いっそ、暗闇だったならば、何も見えなければ感じる事すらないのに。月の明るさが、森の白さが、全てが彼女が孤独であると報せていた。
誰も居らず、独りであると。
鼻を啜る。
瞼が落ちてくる。重い。
眠気に身を任せる事が怖くて、弟子は唇を少しだけ噛む。痛みが鈍い。
白い息を吐き出す。
瞼が重い。痛みも和らいでしまい、瞼が落ちてくる。
雪が月明かりを照らし返し、瞼に突き刺さろうと、身体はゆっくりと眠気に落ちていく。
草が鳴る。瞼を通していた光が消える。
ゆっくりと瞼を上げて、弟子は夜を見た。
夜は感覚の短い白い息を口から吐き出し、大きく一つ白い息を吐き出した。
「まったく、元気がいいのも考え物だな」
夜は弟子へと近寄り、頭をグシャグシャと撫でる。
弟子は夜の匂いに安心し、ゆっくりと身を委ねる。
夜……魔女は弟子を抱きかかえ、溜め息を吐き出した。
弟子は目を覚ます。
薪が火を嫌う様に音を立てているのが聞こえる。寝起きがいいと自負している弟子の頭は朦朧として、まるで自分の身体が自分のモノではないような錯覚を覚える。
「なんだ、起きたのか」
「おししょーさま」
「寝ていろ。森で倒れていたんだ」
魔女が溜め息を吐き出して弟子の眠るベッドに腰掛ける。弟子の額に手を乗せて、ふむ、と一声。
少しだけ冷たい魔女の手が心地よくて、弟子は顔を手へと押し付ける。
「少し熱いな。食欲はあるか?」
「え、っと……はい」
「スープを作った、持ってこよう」
「あ」
手が離れ、ベッドから立ち上がった魔女に反応して弟子が声を出してしまう。
そんな弟子に苦笑して、魔女は弟子の頭を一撫でする。
「すぐ戻るさ、そんなに寂しそうな顔をするな」
魔女の言葉に弟子は恥ずかしくなって、顔に熱が昇るのを感じた。
部屋を出て行った魔女は少ししてから言葉通りスグに戻ってきた。手に持っているお盆の上には湯気の立つスープ。
「ありがとう、ございます」
「礼ならヴァントに言ってやれ。君の場所まで案内したのは彼女だよ」
魔女は弟子の枕元で丸くなるリスを指差す。
弟子は顔を動かして茶色い塊に微笑み重い手を動かして毛玉に乗せる。毛玉は身を
「自分で食べれるか?」
「あ、はい……」
身体を起こし、魔女からお盆を受け取った弟子。そこに乗っているのはいい香りのするスープだ。
スプーンで掬い、口へと運ぶ。味わってから飲み込む。
「美味しい」
「それはよかった」
魔女は苦笑してベッドの横に椅子を移動させて座る。背凭れを少しだけ軋しませて音を鳴らす。
少しだけスープを飲んだ弟子は魔女を見つめる。その視線に気付いたのか魔女は窓から視線を外して弟子へと向き直る。
「どうかしたか?」
「……お師匠様の事が聞きたいなって」
「私の事か? 自慢出来る何かは無いが……そうだな、黒の魔法使い、黒の魔女などと呼ばれている」
「それは知ってますよ」
「私はその程度の存在という事だよ」
笑った弟子に釣られるように魔女はおどけて笑ってみせる。
笑いを止めた弟子は少しだけ考えてから、言葉を出す。
「嫌いなモノはなんですか?」
「ふむ。人は総じて嫌いだ。いいや、私が関わってはいけないから距離を取っているだけで嫌い、という訳でもないか」
「嫌いじゃないんですか?」
「嫌い、というよりは苦手だ。嫌いという感情を向けるなら白は大嫌いだな」
「……白の魔法使い様ですか?」
「敬称などいらんよ。アレと意見はまったく合わないのだよ。出来るならさっさと死んでくれないかと願っているが、中々思い通りにいかんね」
「お師匠様なら……出来るんじゃないんですか?」
「……そう言うんじゃないよ。魔法使いに魔法使いは殺せないんだ。可能だったとしても、私はしないがね」
「そうなんですか……?」
「ああ。殺しあえば世界が滅ぶ、という事ではなくて単純に魔法使いを殺すのは魔法殺しだけであって、魔法使いは魔法殺しにはなれない」
だからこそ、私に白は殺せないし、白も私を殺す事は出来ない。
肩を竦めて言った黒の魔女はどこか寂しそうに微笑んでいた。弟子はソレを見ながら、納得してしまう。
魔女は大嫌いと言いつつも白の魔法使いの事を本当の意味で嫌ってはいないのだろう。
死んでほしい、とは言いつつも、それこそ死んでしまえば魔女は悲しむのだろう。
「ふふ」
「どうした?」
「お師匠様可愛いです」
「……綺麗と言われる事は何度かあったが、可愛いは初めて言われたな」
魔女はどこか見当はずれな事を呟いて苦笑する。そんな魔女に笑ってしまった弟子はやはり笑みを深くした。
笑われていることに少しだけ唇を尖らせて魔女はお盆を持ち上げる。
「さて、温かくして眠ってしまいなさい。朝になれば熱も下がっているだろう」
「はい……お師匠様」
「なんだ?」
「おやすみなさい」
「……ああ、おやすみ。弟子君」
翌日。
「起きてください! お師匠様!」
「んぅ……弟子君。外はまだ寒いんだ。特に朝は寒い。布団から出たくないんだ」
「だーめーでーすー! 朝ごはんが冷めるじゃないですかー!」
「昼頃に温め直す。それに君は病み上がりだろう。もう少し寝てても罰は当たるまい」
「ダメです! そんな事いってお師匠様は夜まで寝るじゃないですか!」
「寒いのが悪い」
「悪くないです! お師匠様がいけないんです!」
魔女の家にはいつもの様に魔女の眠そうな声と弟子の元気な声が聞こえたそうな。