何かを探せるならば。   作:カズあっと

2 / 8
 
 改稿作業。読み易くなっていれば良いな。二話は構成が甘く、一万二千文字程度に膨らんでしまいました。


2話 物語でない、現実。

 

 

 暫く寝ていて、落ち着きを取り戻した優は驚いた。

 クラウディアと名乗った女医さんが、自分を抱いたままに毛布を掛けられて眠っている。看護師さんはその隣で書き物をしていた。

 

「お目覚めですね。おそようございます。ユウさん」

「お恥ずかしい所をお見せしました。お二人にも、ご迷惑をかけてしまい。申し訳ありません」

「先生は、お気になさいませんよ。患者さん第一のお人ですので。勿論、私もです。——はい。先生。おそようございます」

 

 看護師さんが、女医さんの肩を優しく揺する。果たして彼女は、穏やかに目覚めた。

 

「おはようございます。ユウさん。少しは落ち着かれましたか?」

「はい。お陰様で。良い大人が、お恥ずかしい所をお見せしました。恥の掻き捨てで、幾つかお聞きしても、良いでしょうか?」

「ええ。どうぞ。ご遠慮なく。ユウさんは理性的で、素晴らしいお人柄ですね」

 

 褒められて、つい顔が緩んでしまう。

 近頃は褒められる事などなかった。無条件に褒めてくれていた両親は、就職初年度には他界していた。

 

 オタクである優には、現在の状況について、心当たりがあった。

 異世界転移、あるいは異世界転生か。非現実的でありながら、ある意味では、とても身近な概念である。

 それはネット小説によくある設定で展開だ。

 現実では起こり得ない、だが物語ではありふれた話過ぎて、陳腐化したジャンルでもあった。

 無邪気に物語を楽しめていたのは最初だけ。悪貨が良貨を駆逐して、盗作や駄作が量産されていた。つい、呟いてしまった「知らない天井」なども、それらには散々に使われている。

 

「再びの確認となりますが、私は生きている。そう考えて、よろしいのですよね?」

「はい。確かに。哲学的な定義ではお答え出来ませんが、医学的知見におきましては、ユウさんのお身体は、確かに生体として存在しており、また健康などにも問題ございません。拠って、「生きている」と、定義しても問題はないでしょう」

 

 ちょっと面倒臭い言い方であるが、励ます様な物言いに胸を撫で下ろす。

 記憶が間違えでないのなら、電車に轢かれている。それならばミンチよりも酷い状態になっている筈だった。

 なのでユウは、転移よりも転生に近い状態なのでは。と考えている。

 

「私は恐らく、電車に轢かれました。電車という乗り物は、判りますか?」

 

 軽いカマかけを兼ねて尋ねてみれば、女医さん、クラウディアさんは、中空から端末らしき物体を取り出した。それはスマホくらいの大きさだった。

 

「『電車』という乗り物とは、多少の違いがあるのでしょうが、私達はこういった種類の車両を、列車と呼んでおります。よく、ご無事でしたね」

 

 そこに映し出されているのは動画で、新幹線の様な列車が、高速で走行している映像だった。

 

「この映像は再生速度を落として放送されております。ロストール、ルデネ間での巡航速度は大凡五音速程度だったかしら」

「私が轢かれたのは、ここまで高速なものではありませんが」

 

 つい苦笑してしまう。異世界舐めんなと、頬を叩かれた様な気分であった。

 優の読んできた大抵の異世界転移、転生ものの舞台は、科学技術などの未熟な、中世から近世などを舞台としたものだった。物語の主人公達は劣った文明圏へと乗り込んで、願望充足を行った。

 

「その、物を取り出す魔法は、誰にでも使えるモノなのでしょうか?」

 

 女医と看護師。双方の表情に疑問符が浮かぶ。

 優は幼稚な物言いであったかと恥じいるも、聴かずにはいられない。

 この現象こそが、ここが異世界であると考える根拠なのだから。

 だが、二人は言葉に何か納得した様に頷き合うと、楽しげに微笑んだ。

 

「魔法とは、随分と古い言い回しですのでピンと来ませんでしたが、これは『収納』の術式です。早い子だと、初等教育で身に付けますね。とっても便利ですので」

 

 そう言って、茶器とポットを取り出すクラウディア。その隣では、看護師さんが机と椅子を三脚取り出していた。

 流石に優も、その光景には面食らうしかなかった。

 

「立てますか?」

 

 その看護師が、点滴を抜いてくれる。優も問題なく立ち上がり、椅子へと腰を下ろした。

 

「先生はお茶を淹れるのも、お上手なんですよ。サンタクルスのお嬢様ですし」

「煽てても、お茶菓子は出ませんよ」

「ちぇー」

 

 唇を尖らせる看護師に、テキパキとお茶を淹れる女医。殺風景な病室の中に、甘く芳醇な香りが漂う。

 

「どうぞ。エトナ低層産の、桃の紅茶なんですよ」

「いただきます」

 

 ストレートの紅茶には、桃の仄かな甘み。柔らかく優しい香りで味わいであった。

 

「美味しい……」

 

 柔らかな暖かさが、身体に染みる様だった。仄かな酸味と甘味が乾いた喉に、飢えた腹に優しく流れ込んでくる。

 それは初めての味なのに、どこか懐かしく、優の瞳からは一粒の涙が溢れた。

 

「ごめんなさい」

「良いんですよ。涙は、世界を想うが故に流れるものなのですから。少し、ゆっくりしましょうね」

 

 なんで、この人達は、こんなにも優しいのだろう。

 それが判らなくて、だが疑うつもりにもなれなくて、優は思わず目頭を押さえる。

 聞きたい事など、山程あった。なのに、何も聞き出せずにいる。

 優のオタク知識と冷静な判断力は、ここは異世界だと告げている。

 それも、都合の良い願望充足を満たす箱庭ではなく、地球とは、日本とは全く別の理を持つ異世界。

 知らなければ、きっと生きてはいけない。なのに、何も聞き出せていなかった。

 

「ユウさんは、本当に転移者の方とは思えない程に、優しいお人柄をされていますね」

「やっぱり私は、異世界転移者なのですか?」

「恐らくは」

 

 ご説明をしても? と伺うクラウディアに頷いた。

 それも彼女達の気遣いなのだろう。恐らくだが、来年には三十路を迎える優よりも、二人はかなり若い。

 それは肌艶などからも推測出来た。なのに、精神的にはとても成熟している様に見える。

 それが自身の未熟さによるものかも判らなく、言葉にただ甘える事にした。

 

 そして聞く所によれば、転移者の存在は珍しいものの、それ程に希少なものでないとの事だった。

 安心させる為だろう。元の世界へと返す方法などは、確立されてこそいないが、帰ったとされる話はあるそうだ。

 そうでなくとも、ここビタロサ王国や大陸諸国には、転移者を支援する制度などもあるという。

 多少の時間や手間こそ掛かるが、民として、確りと生きられる道は開かれているのだそうである。ただし、重大な犯罪者に限っては、その権利が閉ざされるのだという。

 

「重大な犯罪者ですか?」

「そう複雑な定義ではありません。主には殺人、傷害や盗み、火付けや性犯罪などの凶行ですね。転移者の方々は強大な異能を授かりますので、そういった力を悪用して、他者を害した場合には、公共の福祉は受けられません。最悪、討伐対象ともされます」

 

 その説明の中に、聞き捨てられないものがある。

 

「強大な、異能?」

 

 それは『チート』や『スキル』などと呼ばれた何かで、異能という限り、特別なものかもしれなかった。それが強大であるのならば、世界を変えるものとなる。

 

「はい。統計上のものでしかありませんが、転移者には世界を渡る際に、習得に努力や経験の必要もなく、何ら代償を必要とすらせずに、常に一定の効果を齎す技術を授けられるそうです。それは個人差があるものだそうですね」

「私にも、そういった何かがあると?」

 

 だが、そんな自覚はなかった。

 

「私達にも、あまり知見はありません。最初から感覚的に行使される事もあれば、気付きによって発現する場合もあるそうです。また、ご本人が知覚して目覚める場合もあるのだとは聞きますね。ユウさんには、現在の所、異能の自覚はないと?」

「多分」

 

 つい、がっかりしてしまう優だった。

 辟易し、馬鹿にしていたとはいえ、異世界転移の特典に憧れが無い訳ではない。

 何者にも恐れず、蹂躙するだけの力があるならば、全ては意のままになる。

 捻くれたオタクとしては、そういった都合の良い存在を白眼視していたものの、自分のみがそういった力を得られるのならば話は別だ。

 欲望のままに振舞って、それで認められるならば、都合が良い。

 

「残念ながら私には、特別な力など無さそうです。役立たずで、ごめんなさい」

 

 何も、欲得づくめだけではない。

 物語などではそういった力を振るい、人の役に立つ事だってあった。

 大体は派手な戦闘物や内政物であるのだが、小市民である鳴海優にはそこまでの野心は持てない。それにしても、何も無いのは物悲しかった。

 

「力に振り回されずにいる事は、結構な福音ではありませんか」

 

 そう言ってくれるのは看護師だった。

 やはり、この人達は何なのだろうという想いが湧く。正直な話、有用な『チート』目当てで優しくされるのならば、理解は出来た。

 平和な日本でだって、ギブアンドテイクで成り立っている。有益な存在が重宝されるのは当然で、特に何も持たない斜に構えたオタクである優は、何も無いが為に誰からも、本質的には路傍の石の様に扱われて来たのであった。

 そうしなかったのは、両親や子供の頃の友人達だけで、彼等はもういない。

 

「特別な力を授かるという転移者ですが、それが幸福に繋がる訳ではないということも、歴史は証明していますよ」

 

 看護師の彼女が語ってくれたのは、力に溺れ、何をしても赦されると驕った愚者達の物語。

 それは悲劇で喜劇であった。世界の中心、絶大なる全能と己を疑わなかった転移者達が、異なる世界を意のままにしようとしたその顛末。それは酷く滑稽で、憐みに満ちた物語であった。

 

「つまりは、転移者とは即ち勝ち組ではないと? 寧ろ、己の分を弁えず、ただ驕った事により奈落が足元にある事に気付けない愚者であると?」

「そこまで貶めるつもりは、ありません。ですが、降って湧いて手に入れてしまった力に踊らされる。人がそういった誘惑に抗えない事もまた、決して珍しい事ではないのです」

 

 二人の言う事には、転生や転移で得られる狡。つまりは物語でよく見た『チート』や『特典』などなぞ、歯牙にも掛けない者達がこの世界には多くいるそうである。

 そういった者達全てが社会性を備える訳でないにせよ、やはり大抵はごく平凡な感性を持つ只人で、その倫理観から逸脱する相手を見逃す程、甘くはないらしい。

 

「異能は術力を代償としませんが、言ってしまえばそれだけです。『特別』という訳ではありません」

「それも、世知辛いお話ですね」

 

 高度化した社会には、理があり、律があり、法がある。

 そこから逸脱しなければ、人権は保障されるものだという。そういった観点から考えれば、確かに異能の自覚がない事は福音かもしれなかった。

 そこで、ふと、大切な事を思い出す。

 

「そういえば。なのですが、お二人の喋り言葉は日本語ではありませんよね? ご説明頂いても?」

 

 会話は通じている。優も一端の社会人である。英会話程度に不自由はないが、今は英語など使っていない。母国語である日本語で話しているし、聴こえる言葉も日本語だった。だが、これはおかしい。

 

「本当に、理性的ですねぇ」

「察しも良いようで、非常に助かります」

 

 とても嬉しそうに言う二人であった。

 その唇の動きは、言葉と一致してはいない。

 面倒オタクである優は、アニメの口の動きと台詞の不一致さえも気にする性質なのだ。そういった感性から来る違和感は拭い難く、それは確かめねばならない事だった。そして。

 

 

 二人の唇から紡がれる言語や、書いて貰った文字などは、あまり馴染みのないものだった。

 ラテン語やヘブライ語系に近い様でもあり、日本語の様な抑揚や、語感もあった。文法や、記号文字に似たものがあったが、意味合いなどは異なっていた。

 だが、何故だか完成している言語の様にも思えて、優の脳裏には『統一言語』という言葉が浮かぶ。思わず、そんな都合の良いモノは存在しないと頭を振った。

 

「この大陸に住まう私達は、この言葉を共有語として用いております。それぞれに母国語もありますが、それらは非常に多岐に渡り、複雑です。中には転移者の方々が使われる言語系とも共通するものもあるそうですが、やはりそれなりに、異なるそうですね」

 

 そしてまた、日本語で話しかけられる。先程の共有語、その唇の動きに違和感はなかったが、やはり日本語の場合は唇の動きが大いに異なった。

 

「現在用いているのが、交信(コンタクト)という術式です。原理などは割愛しますが、特定の言語に依らずして、言葉を、意思を伝える手段として広く利用されています。上手く使える者ならば、距離や身体構造なども問題となりません」

 

 交信(コンタクト)とは、どうやら意思疎通の為の魔法、彼女が言うには術式か。そういったものである様だ。

 説明は難しかったが、意思や意味を魂と呼ばれる何かに、直接届ける技術らしかった。双方向から理解したいという気持ちが無ければ、成立しない術式でもあるらしい。

 

「私に、そういう気持ちがあったんですかね? 余裕がなくて、そんな事考えもしなかったんだけど」

「さぁ? ですが、人は孤独でいられるものではありませんので。他者を理解したい。理解されたいという想いはとても普遍的で、根源的な欲求であるともされています。そう不自然な気持ちではないかと」

「新しい友人が出来るのは、私達にも喜びですからね。どこの誰かなんて、つまらないしがらみで友人を作れないのは、勿体無いですし」

 

 何というか、老獪とはいえない優からしてみても、この現地人二人の何の衒いもない考え方は、お花畑の様に聴こえる。

 だが、別に反感はない。これは不思議な感覚で、斜に構えたオタクである彼女には珍しく、そういうものなのかとも納得していた。

 

「何か、すごい、ファンタジーですね」

「褒め言葉として、受け取っておきますわ。私達は幻想や御伽話の様な優しい世界を、そうあれかしと望むシシリアの民ですから」

 

 大体が、こんな受け答えなのだ。

 捻くれた皮肉を混ぜても好意的な解釈をされる。

 ファンタジーと呼んだのだって、別に褒め言葉のつもりはない。お花畑でメルヘンチックな思想を皮肉って言ったものである。その時、ノックがされた。

 

「失礼する。拙者、カターニアの行政官を務めるポンメルと申す。ここな病室に転移者と思しき女性が居られると通報が入っておる。面会は可能かな?」

 

 ガチャリと扉を開いたのは、背の高いお髭の男性であった。

 

「いらっしゃいませ。ポンメル閣下。ですが、彼女は私の患者です。本人の意に沿わない面会はお断りさせて頂きたく存じます」

「あいや。判っておる。だから態々こうして許可を得に来ておるのだ」

「本来在るべき世界より切り離されてしまった転移者の精神状態は、決して平穏とは言えません。患者さんの精神安定の為にも、お控えくださいませ」

 

 女医と看護師。二人の女性は、官服の様な衣装を纏った中年男性の前に立ちはだかった。

 彼は恐らくは警察の様な立場にあるのだろう。なのに、庇ってくれている。職業上の矜持なのかもしれないが、公権力に歯向かって、良い事はない。

 

「うむ。だが、件の転移者は珍しく非常に落ち着きがあり、安定しているとの報告も受けておる。ならば、話は本人に聞いた方が、お互いの為にもなろうよ」

 

 お髭の男性の言葉に、クラウディアは溜息を吐き出して優を見た。

 心配そうにしているのがおかしくて、つい笑みが浮かんでしまう。そんなに心配しなくても、大丈夫なのだと立ち上がる。

 

「クラウディア先生。大丈夫ですよ。面会に、問題はありません。ポンメル閣下。私の名は優。姓は鳴海と申します。日本より来た、恐らくは、貴方達が転移者と呼ぶ存在です。どうか、よろしくお願いします」

 

 背筋を伸ばし、堂々と言ってやる。ほう。と目を見開くおじさんだ。狙い通りであった。

 これ迄の会話の中で、本来、転移者とは異物であり、招かれざる客人なのだろうと察せられた。言うなれば、凶器を持ったメンヘラみたいなものだと。

 転移者など、この社会にとっては立ち位置不明な不審者で、不穏分子でもあるのだろう。ならば、敵意は無く、無害な存在だと主張してやるだけだ。

 

「これはご丁寧に。拙者はシシリア行政府にて奉職する行政官、ポンメル。名はジャンと申す」

 

 やはり、彼の言葉と口の動きは一致していない。だが、会話は成立している。クラウディア達が言う様に交信(コンタクト)が、双方向から理解し合おうと望む結果であるならば、対話は可能となった。

 

「……面会を希望するという事は、何かしら、私から引き出したい情報がおありという事ですよね?」

「あいや。誤解されるでない。拙者、本日は非番でな。珍しく理性的な転移者との報告を受けて、興味本位で確かめに来たまでよ。まったく、尋問の類ではござらん」

 

 態度は割と穏当であるが、それだけだろうかと疑いは残った。印象論でしかないが、行政官という立場、警察にも似た臭いがある。

 

「一つ、確認させて頂きたい。ポンメル閣下の行政官という身分、警察官の様なものなのでしょうか?」

「警察官とな?」

 

 顔に疑問符を浮かべる行政官閣下であった。警察の概念に理解が及ばない様な顔付きだ。

 

「すまぬ。寡聞にして、警察官という職責を認知しておらぬ。が、拙者の仕事はお上により権限を委譲され、市内の治安を維持し、問題がある場合には調停や裁定を下すというものだ。必要であれば武力行使や、逮捕権、拘束権なども認められている。それが、そなたの言う警察官と似た職責であるならば、是である」

「失礼しました。私共の社会においては、そういった仕事へ従事する公僕を、警察官と呼びます」

「ならば、そうであると答えよう。本日は非番であるがな」

 

 返って来た言葉には、舌を巻く様な気分であった。

 欲しい情報を与えてくれる。知っていての演技の可能性は拭えない。だが、こうも察しが良いとなれば、そうでなかった場合、かなりの切れ者だと考えられた。

 

「勿論、信じて頂けると自惚れてはいませんが、現在の私には、異能の自覚はありません。ご留意頂ければ幸いです」

 

 優には別に、機知や交渉能力などはない。ならば、示せるのは誠意くらいしかなかった。なので、初手から弱みを見せる。

 

「……信じさせて頂こう」

「ありがとうございます。ですが、正直な所、私には情報として有益なものはないでしょう。恐らくですが、私は私の世界において死んでいます。偶然か奇跡に依って、何故だかここにいる。それに至る記憶なども、ありません」

「そなたは元いた世界からは切り離されてしまったのかもしれないが、今は生きておるよ」

 

 礼の言葉を返す。穏やかに言ってくれるのは気遣いか。

 こうやって接してみれば、悪い人とは思えない。どちらかといえば、真面目で、堅物な印象を受けた。

 

「ふうむ。やはり転移者としては珍しく、随分と理性的であるのだな。恐れなくとも良いですぞ。身分不確かな者とはいえ、暴虐や悪事を働かぬならば、我々にも害意はない」

 

 そう言われるが、このポンメルや彼の所属する社会も随分と理性的であるなと優は考える。

 優の感覚においての推測であるが、転移者とは元の世界でいえば、武器を所持した密入国者などと似た様な存在だろうと思われた。

 となれば、大抵は問答無用の拘束からの尋問となるだろうとも想像が出来る。そうする事が効率的で、無難であるからだ。

 

「寛大な対応に感謝を。そう。私は生きている。悪事を働くつもりもありません。そこで……」

 

 少々前置きが長くなったが、聴き出さねばならない事は生きる術だった。

 根無草、忽然と現れたであろう異物が真面な生活を送れるか。それは否であろう。この世界や国に戸籍制度などがあるのかは不明だが、何の縁もない異物に出来る事など少ない。

 しかも、恐らくだが、転移者への偏見もある。つい先程に死の恐怖へ怯えたばかりだ。その恐怖から逃れる為には、生きる術を得なくてはならない。正直に、そういった相談をしてみれば、ポンメルは。

 

「……元の世界へ、帰りたいとは言わぬのですな」

「そういった気持ちも、多少は無いではありません。ですが、私の記憶が確かならば、あちらでは死亡、あるいは行方不明として扱われているでしょう。両親も既に他界しておりますし、兄弟や配偶者などもおりません。戻った所で、真面な生活が送れるとは、とても」

 

 多少なりとも友人や同僚などはいて、漫画やアニメ、ゲームなんかへの執着はある。だが、帰りたいかと問われれば、そうでもない。寂しい事に三十年近くを生きて来た世界に、未練がある訳ではなかった。

 

「私は臆病で、小心者なのです。それに、平凡な私には何の能がある訳でもありません。ですからリスクを冒して帰還の道を探すより、その日を何とか生き繋ぐ道を模索してしまいます。クラウディア先生達からも聞きました。この社会には、そういった支援も存在しているのでしょう?」

「話が早くて助かるが、実に地に足の着いた考えをするお方だ。微力ながら、ジャン=ポンメル。助力は惜しみませんぞ」

 

 ここまで、口を挟まなかった女医と看護師を見る。

 先程から彼女達は心配そうにチラチラと様子を伺ってくるのだが、対話が円滑なので、口の挟みようもないようだった。だが、優の落ち着きは、彼女達から貰った言葉を根拠としていた。

 

「力に振り回されずに済んだのは、福音でした。もしも、私にそういった力があったのなら、こう冷静に助力を乞う発想は無かったでしょう。『特別』な何かであると錯覚して、過ちを犯しても、不思議ではありません」

「ユウさんは、そういったお人柄ではないかと」

「買い被りですよ。恐らくは私も、危険視されている転移者達と、本質的には違いがありはしないでしょう」

 

 偶々、力を持たない事により、己の分を弁えられただけだ。

 人生という物語の主人公は己であるという言葉もあるが、日本でそう思えた事はない。

 もしもそこに、降って湧いた様に特別な力を得ていたならば、勘違いしてしまうだろうとも、想像が出来た。

 彼女の親しんだ数多の物語の主人公達でさえ、そうだったのだから。凡人の自覚のある彼女としては、地に足を付ける事こそが処世術である。

 

「いずれにせよ、生計を立てるには仕事をしなくてはなりません。その為に必要なのは知識でしょう。共有語を学びたいですし、一般常識も身に付けたいです」

 

 少し甘い考えかもしれないが、転移者を対象とする支援制度があるという以上、これらの習得は必須である筈だ。

 

「察しがよろしいな。左様。更生の余地のある転移者向けに、そういった更生施設もまた用意されておる。だが、あそこは。……うーむ」

 

 やはりそういった施設は存在する様だった。

 だが、お髭の行政官ポンメルは考え込んでしまう。何やら懸念がある様だった。

 それもその筈、続けて説明された話によると、その施設は謂わば刑務所の様なものであるそうだ。厳しく監視がされるし、生活にも様々な強制がされる。罪を犯したならば当然の措置であるが、そうでない者には向かないだろうとの事だった。

 

「かといって、学園も辛かろうな……」

 

 そして、義務教育などを行う学園であるが、これは六歳から十五歳までを対象とする教育機関であるらしい。

 日本での小中学校に相当する様であり、共有語や基礎教養、術式を学ぶのならば、一番向いているらしかった。

 無償でもあるそうだ。だが、優は二十九歳の大人である。流石に子供に混じって教えを受けるのには抵抗があった。

 

「それに、十二歳までの子供は主と国家の愛し子であるともされています。軽々しく他人である大人が触れ合えば、あらぬ誤解を受ける事もございましょう」

 

 どうやら、この社会には年少者保護制度の様なものがあるという。そういった観点からも、学園通いが認められるかは微妙だそうだった。

 

「流石に、子供達と一緒に学園通いは厳しいですよ。そう多くの時間が取れる訳ではありませんが、共有語や基礎教養などでしたら、私共がお教えしましょうか?」

「先生に、そんな余裕がありますか?」

「無いですよ。そんな時間」

 

 せっかくクラウディアが言ってくれるのだが、疑問を返せば看護師さんが答えてくれた。まぁ、そうだろう。忙しい医師や看護師に、余分な時間を使わせる訳にはいくまい。

 

「お気持ちだけ。とすると、独学で、となりますね」

「私塾や家庭教師には費用が掛かりますからな。お勧めは出来かねる。とはいえ、教材などは更生施設の物を使われると良いですぞ。『交信』が可能であるならば、文字は意訳されまする。習得はそこまで難度の高いものとはならんでしょう。それに、その程度ならば、某でも用立てられまする」

 

 有り難く、お言葉に甘える事にした。せめて文字や社会常識などを身に付けねば生活など立ち行かない。

 

「ときに先生。ユウ=ナルミ嬢の退院予定日はいつになっておりますか?」

 

 ポンメルがクラウディアへ尋ねれば、経過観察に少なくとも十四日。途中で問題が無ければ、そこで退院となる様だった。そこで優は、大事な事を思い出す。

 

「そういえば、入院費用や治療費などは、どうお支払いすればよろしいので? 私は文無しですし、借入れをするにせよ、信用はありませんよね?」

「ご安心ください。基本的にビタロサの医療での自己負担率は二割ですが、今回の様に、ビタロサ国籍を有さず、かつ犯罪者認定がされていない場合、救急救命での自己負担割合は人道支援の一貫として、零となります。つまりは、無償で受けられます。高度医療や霊薬などの消耗品には別途料金が掛かる場合もありますが、今回の入院で、それらの利用はございません。また、献金や、心付けなどは随時受け付けておりますので、余裕が出来た時にでも」

 

 なんともサービスの良い事だったが、優には非常に助かる話であった。

 一文無しである現在、高額な費用が請求されれば支払いようもない。売れるモノなぞ、身体くらいしかなかった。それは流石に気が進まない。

 

「退院後の当座の生活費などは、冒険者組合で都合すると良かろう。冒険者登録をしておけば、無利息、無担保での借入れが可能であるのでな」

「冒険者組合!?」

 

 ポンメルの言葉に、思わず優のテンションが上がってしまったのも無理はない。

 術式などという魔法の様な謎現象こそあるものの、清潔で快適に保たれた病室内の様子や、スマホにも似た携帯端末。とんでもない速度で走行する列車の存在や、高度な社会保障などから、技術力や文化文明的にはこの異世界、近現代、もしくは先進的な時代なのではないかと推測していた為である。

 その中で、テンプレファンタジーにはありがちで、非常に馴染みのある冒険者組合の名を聞けば、驚きと喜びもあろうというものだ。

 厄介オタクの優であるが、やはり純粋に、そういった組織などに憧れがないではなかった。

 

「左様。退院されたら、冒険者登録をされるが良いでしょうな。冒険者登録が為されたのならば、どこの国であっても、準国民として扱われ申す。冒険者証は就労資格を保証するものですからな」

 

 詳しくと説明を請えば、嫌な顔一つせずに教えてくれる。

 なんでもこの冒険者登録という制度。各国での戸籍登録に準じるものらしい。それは特定国の国民としてでなく、冒険者として人権が保証されるものであり、少なくとも大陸の各国では、冒険者には基本的人権が保証されるという話であった。

 

「冒険者組合って、とんでもない組織なのでは?」

「左様。冒険者組合と唯一神教会、そして各国による国際連盟が協力しあって、現代の大陸は平和が保たれております」

 

 その言葉に少々胡乱な気持ちになるのは、現代日本人であるせいか。

 素直に言葉を受け止めるならば、冒険者組合は複数国家に匹敵する組織である。

 加えて、唯一神教会とくれば、不穏な気持ちになるのも仕方がなかった。

 あまり馴染みのない宗教にはなんとなくだが忌避感があるし、創作では結構な割合で碌でもない組織で、隠れて悪事を働いているものだ。

 それが、複数の国家と同列に並べられている。なんとなくだが、げんなりとしてしまうのも仕方がなかった。

 

「教会への入信も戸籍を得る一手段でありますが、教徒は戒律に縛られるが為に、あまりお勧めは出来かねます。各国での戸籍取得も大金が掛かる事ですし、最も簡単に身元を保証するのは冒険者登録でしょうね」

 

 補足する様に語るのはクラウディア。ついでに、という感じで、冒険者組合で行われる講習などは無償、もしくは格安であるそうで、それも暮らしの助けとなるでしょうとの事だった。

 

「その、冒険者登録をしたとして、私の出来る仕事なんかは存在するのでしょうか? 荒事は無理ですし」

 

 だが、あまり浮かれてばかりではいられない。

 大抵の冒険者物語では薬草の採集などから始まって、魔物の討伐や護衛などをするようになる。

 薬草採集くらいならば熟せる可能性はあるが、魔物の討伐や護衛なんかは無理だろう。

 優は、口喧嘩をした事すらない。武器だって、授業のソフトボールで木製バットを振るったのが精々だった。

 全四十打席で安打一、四死球がそれぞれ三と二であった。打率は四捨五入して二厘、出塁率では一割五分である。学年では下から三番目の成績であった。

 それはともかくとして、匿名掲示板やネット小説の感想欄でのレスバの経験こそあるが、SNSでは穏健派を気取っていた。争いは、怖いからである。

 

「何が出来て、何が出来ぬかが判らぬので、何とも言い難い所であるが、労働依頼には様々な仕事がある。何もないと言う事はないであろうよ。何、組合の受付は優秀だ。良い依頼を見繕ってくれるだろう」

 

 ポンメルが言うには、危険のある街の外での依頼を新米冒険者に斡旋する事はないそうで、暫くは街の中での労働依頼を請け負う事になるらしい。そういった仕事は荒事になるものは少ないそうだった。

 

「当然ながら、割の良い仕事、悪い仕事などはあるがな。日雇い仕事とはいえ、一日働けば、一日は何もしなくとも過ごせる。無理をせず、自分に合う仕事を探すとよかろう。もしも困った事などがあれば、行政府にでもいらっしゃれ。拙者の名を出せば、無碍にはされぬのでな」

 

 ポンメルは、そんな言葉を残して去っていった。淑女の病室に、あまり長居をするのも憚られるだろうと笑ってだ。どうやら、悪い印象ではなかった様で、優はホッと胸を撫で下ろした。

 

 

 その後の入院生活は穏やかに続いた。なんだかんだで往診や暇を見て、クラウディアや看護師達には基礎教養を仕込まれてもいる。面倒見の良い事だった。

 言語や文字の習得には時間が足りなかったものの、社会構造や一般常識などはそれなりに理解が出来た。文字や言語は交信が使えている為に何とかなるが、習熟しなければならないだろう。

 問題は科学や技術の分野だが、こちらも問題はなさそうだった。術式などがある為に、根本的な科学思想などは異なるのだろうが、普段使いする単純な四則演算や微積分程度ならば、学んできたものとそう違いはない。

 時間系単位や、度量衡などについては受け入れる以外なかった。

 この世界での一秒や一日相当の単位が、元の世界でのソレと同じなのかは判らない。だが、天体の運動を元にして、特定原子の運動により定義された太陽暦に似た暦が用いられている。似た物だと納得するしかなかった。

 それに、優の頭脳では、科学的な根拠のある国際単位系と、この世界の単位系の差異が判らない。これもまた、受け入れるしかない事だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。