何かを探せるならば。   作:カズあっと

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 改稿。完結済みとはいえ、続きを書ける構成です。ただ、盛り上げようとすると、バカ話か、暗い話になりそうなる気もします。なんとも未練が残る。


4話 弱さを抱えたままでも。

 

 かなり質の良いソファに腰掛けて、手引書のページをめくってゆく。

 口にするのは無償で置かれている冷たい水と塩飴のみであるが、中々優雅な時間であった。冒険者組合支部内は快適な温度と湿度が保たれているが、外は朝だというのに陽が強く、蒸していた。

 

 ここ都市カターニアでは交通機関として、馬車などが主流だそうである。

 郊外にある病院から都市中心部までは、ポンメルの部下達に送って貰っている。

 彼等は揃って制服を纏い帯剣をしていた。制服の上には軽装なものの急所を護る為に胸当てや鎧なども着けていて、これぞファンタジーといった出立ちであった。

 ユウも、現代的な造りの病院内ではあまりそんな感覚はなかったが、やっぱり異世界なんだなと、感心してしまう。他の患者達の多くも病衣であったし、クラウディアや看護師達の服装も洗練された現代的なものであったので、そのギャップは結構大きかった。

 そこそこ時代がかかったポンメルや、彼等の服装だって、制服としてはそう奇異なものではない。だが、鎧を付けて武器を持っているというだけで、現代日本からこの異世界に訪れたばかりのユウ=ナルミにとっては、とってもファンタジーであった。

 

 心配こそされたものの、彼等も仕事があるので冒険者組合への同行までは遠慮し、街道にて別れた。

 ポンメルから指導をされていたのか、彼等とも交信が通じたし、かなり気遣われてもいた。なんでも、ディ・サンタクルス子爵令嬢のご友人であるならば、我等が恩人とまた同じ。という話であった。

 ディ・サンタクルス子爵令嬢とはクラウディアの事である。彼等は彼女に外科医、そして癒師として、とても世話になっているそうであり、非常に恩義を感じている様だった。美人だし。

 

 

 ユウは手引書を読みながら、時折周囲の様子も伺う。

 冒険者達の出入りはあるものの、大きな喧騒はない。ポンメル達の言う様に、この街の治安は良いのだろうと察せられた。

 こうやって出先でも落ち着いて読書が出来る状況に、安心と喜びがあった。

 気持ちは高揚しているものの、身体は幾らか疲れている。今は、英気を養わねばならない。

 馬車の止められた街道からは、地図を見ながら組合へと向かった。体感で徒歩三十分程の距離があり、暑さに参ってしまった。道行く人々は元気そうにしてたので、ユウ自身の体力の問題だろう。

 都心に住むオタクであった彼女は運動不足で、夏の盛りどころか、いつだって、三十分も歩く事などなかった。

 そういう訳で、休憩がてらに手引書を読みながら周囲の様子を伺っているのだ。

 この観察、情報収集という大義名分こそあるが、それだけの事でも、ユウのオタク心を非常に刺激する。何故ならば、これぞ、異世界ファンタジーといった光景が、そこかしこで広がっているのだから。

 

 それは、様々な人種達。最も多く目にするのはヨーロッパ系の男女だが、アジア系やアフリカ系の人種も結構いる。思いっきり日本人であるユウが、それ程浮いていないのはそのせいだろう。その辺りには大きな驚きはない。

 だが、その他にも多くの人種があって、それらはユウのいた日本では、空想上の、幻想上にある存在達だった。

 

 耳の長い、線の細い見目麗しい男女達がいる。白い肌や黒い肌で、髪色などの色彩も鮮やかだった。

 様々な形状の獣耳や尻尾を生やした獣人達がいる。やはり毛並みも鮮やかで、非常に個性的である。殆ど人と変わらぬ容姿もあれば、獣頭の人までいた。

 他にも、背が低く、長く髭を蓄えた逞しい体格のお爺さん達や、彼等よりも更に背は低く、だけどどう見ても成人な、小さき人達もいる。その他にも翼を生やした人、角を生やした人、肌に鱗がある人々などなど。目にするのは、ユウの居た日本においては架空の存在達。

 彼等を視界に入れるだけで、ユウの心はまるで子供の様にして昂っている。

 

 それでもあまり、マジマジとは見ない。礼儀の問題だ。ポンメルは転移者達の事情にはかなり詳しくて、ユウ達転移者が、馴染みのない『人類種』に対し、不躾な視線を送る習性がある事を知っていた。

 注意する様にと戒められていて、ユウもその教えを守ろうとしている。絡まれたりする事は本意でないのだ。それに、慣れてしまえばいくらでも、鑑賞する機会はあった。

 聴き慣れてきたとはいえ、共有語も判らない。

 絡まれても弁解は難しく、実力行使をされればどうにもならなかった。処世術の重要さを知る大人としては、せめて品行方正な態度を繕わない理由はない。

 

「もし。お隣失礼しても、宜しいでしょうか?」

 

 綺麗な声がする。釣られる様にして、顔を上げてしまったユウは、とても美しいモノを視た。それは白い肌、金の髪、淡い桃色の唇。それらが美を突き詰めた様な、完璧な造形を彩る。理想の人。あるいは女神。その人の優しげに細められた左右の瞳の色彩は異なっている。藍と翠。その柔らかな肢体から燻るのは佳い香り。その主は、嫋やかなる女性であった。思わず息を飲む。時が止まった様だった。

 

「……。……」

 

 声が出ない。頭の片隅では返事をしなければと思うものの、思考が塗りつぶされて、魅入られる。

 

「不躾なお声掛け、申し訳ございません」

 

 申し訳なさげに女性が頭を下げると、どたぷん。と、物凄い存在感のあるモノが揺れる。美の女神は、とんでもないモノをお持ちであった。

 だが、貌が見えなくなった事により、僅かながらも平静を取り戻したユウだった。

 

「い、いえっ! ごめんなさい。つい、ぼうっとしていまして。どうぞ! ご遠慮なさらずに!」

 

 真面な返事が出来た。それは、彼女が抱いているのが『あの子』だと、認識したおかげであった。あの、何もかもが大好きで、愛しているよと全身で表す子が、すやすやと、安心しきった顔をして眠っている。とても幸せそうにして、とても愛しそうにして。

 

「重ねて、申し訳ございません。娘がご迷惑をお掛けした様でして」

 

 顔を上げた女性に、今度は魅入られる事はなかった。つい、見惚れてしまったものだが。ああ。確かに、よく似ているなとユウは思う。

 

「お母さんでしたか。それにしても、随分とお若い。そういえば、一緒に来ていると言っていましたね。私の方は問題ありませんよ。それに、小さい子はとても好奇心旺盛ですもの。あんまり人懐っこいのも心配にはなりますが、迷惑なんて事は、ありませんよ。寧ろ、私は救われました」

 

 つい早口になってしまう。それにまだ、言葉に出来るのは、正直な気持ちだけだ。組合支部の扉を開いた時、確かに不安があった。空元気で誤魔化して、だからこそ声高に「お邪魔します」などと言ったのだ。それで一斉に見られて竦んでしまい、心は折れかけた。だが、そんなユウの挨拶を歓迎してくれて、良い挨拶を返してくれた『この子』がいた。

 

「お邪魔します。に、いらっしゃいませ。が返っただけですけどね。本当に何でもないたったそれだけで、私は踏み出す勇気が湧いたんです」

 

 最初は、とても綺麗な子である事に驚いた。自分を見上げるのは、キラキラとした、左右の色彩の僅かに異なる紫瞳。まるで造り物の様に綺麗な幼女が、全身で「いらっしゃいませ」、「出会いに感謝を」と伝えてくれていた。それはユウには嬉しい事だった。

 良き出会いに恵まれてはいたが、孤独もまた、感じていた。

 それは本来居て、当たり前の場所から切り離された事による不安であって、あの時や、両親を亡くした時にも味わった感覚だった。当たり前にあったモノが、既に無い。それは他の何者たりとも埋められぬ程に、辛く苦しい喪失である。

 

「そこで踏み出せたのは、貴女ご自身の、お力にございますよ。でも、そう言って貰えたらなら、この子も、とっても喜びますわ」

 

 嬉しそうに微笑む女性の瞳の色は藍と翠。顔の造りや色彩はよく似ているものの、はっきりと異なるのが左右の瞳の虹彩だ。淡く紫がかって僅かに違う娘のそれとは、そこだけが異なった。

 

「ならば、ありがとうと、お礼を伝えて頂けませんか」

「あら。ご自分ではなさらないので?」

 

 子供達には『触れるべからず』という事もあるが、ユウにはあまり、子供達とは関わるべきではないと思う気持ちがあった。自分を誇れる様な大人にはなれなかったし、子供との接し方も判らない。

 

「お聞き及びなのかもしれませんが、私はあまり子供達に近付いては良くない、危険人物なんです」

 

 自嘲して言えば、女性は不思議そうに首を傾げた。

 

「それは、転移者だからですか?」

 

 ユウは頷いた。ポンメルの話によれば、一般とそう接点がある訳ではないが、転移者の多くは暴力的で、独善的な傾向があるのだという。

 

「私も、同じなんです」

 

 ユウにも、その気持ちは判らないでもない。

 知っている多くの創作において、異世界転移などというものは、拉致と変わらないものであった。

 冷静に状況を省みれば、そうでない事にも気付けるだろうが、不思議な力を得た全能感や、何故。という被害者意識から簡単には納得出来ない。

 そこに武装した集団がやって来る。言葉も通じないとなれば、恐慌状態に陥っても不思議はなかった。

 

「私は、運が良かっただけ。優しい人達に出会えて、自分が何者でもないと判っていただけ」

 

 更には集団転移などの場合、人間関係の歪みなどから転移者同志が殺し合いをした後に発見する事もあって、現地の兵達も自衛の為に武装を充実させるようになったらしかった。

 それを見た転移者達は恐怖して、自衛の為に頑なとなる。兵達も警戒し、被害を広げぬ為にと、やがて討伐を決断した。これら全て、相互理解の不足からの悲劇であった。

 

「状況からですが、私は死にかけていたのでしょう。目が覚めて、病室にいて、優しい人達がいたから、そうする必要がなかっただけなんです」

 

 そして、最もユウの心を抉ったのは、討伐されたという百年近くも過去の転移者達の中に、幾つもの良く知る名前があった事だった。

 偶然なのかもしれないが、この世界において、最悪の転移者集団と呼ばれる彼等は、中学三年生での級友達の名であった。

 

 鳴海優は中学の三年で、大病を患っている。それは急性リンパ性白血病。ゴールデンウィーク明けに発覚したそれにより、二月までの入院を余儀なくされていた。

 当然ながら、六月に催された修学旅行には参加をしていない。それが幸運だったか不運だったのかは、今でもよく判らない。

 だが、自分よりもきっと長生きし、輝かしい未来があるのだろうと思っていた級友達の運命は、その六月、米国の独立記念の日に潰えた。

 高徳道路でのバス事故だった。何がどうだったのかは、今はもう判らない。鳴海優一人を除いた三年一組を乗せたバスは加速を続けつつ、高架にあった道路から壁に激突し、数十メートルの高さから海へと落ちた。生徒三十一名、教職員三名、旅行会社添乗員一名及び運転手二名の三名。総勢三十七名に生き残りはおらず、またその遺体も発見されていない。

 

「何も、違いはないんです……」

 

 友達も先生も、好きだったかもしれない人も、殆ど話した事さえない級友達も、捜索断念の後に認定死亡とされ、法的には死者となった。

 鳴海優は、当たり前に住んでいた世界を、自分とはまったく関係の無い事故で一度に失った。

 両親は事故に巻き込まれずに済んだ幸運を喜んでくれたが、世間は別だった。白血病は難病であるが、既に不治の病ではなくなっている。無責任な社会から、好奇の視線に晒された。

 そして、無力な彼女には級友達の遺族の悲しみを、癒す術などなかった。当然だろう。己の悲しみすら、癒せていないのだから。

 彼等の冥福を祈りながらの大凡十五年。その末に、目立たぬ様に、注目を集めぬ様にして、ひっそりと生きてきた鳴海優がこの異世界で知ったのは、残酷な顛末であった。

 

 

 推定、ユウ=ナルミのかつての級友達が、最悪とまで呼ばれたのは、その行いが故のものだった。

 時の流れが違うのか、それとも別の理由に拠るものか。彼等が集団転移をしたのは、百年近く昔の第一次世界大戦中期、神聖ロウム帝国のインスブルック領内で、小規模異界の中だと推測されている。

 大戦期という事もあり、有用性の低い小規模異界などの攻略は、捨て置かれがちだった。『異界侵食』などの災厄が起これば国家も対応するが、それで停戦とまでは至らない。戦火と災厄により、既に大陸は混沌としていた。

 小規模とはいえ、異界は異界。危険であった。されど人類種は逞しく、戦火からの避難所として、また糧を得る場として異界を活用していた。

 これは戦時下における異界内部が非戦闘区域と定められていたからで、各国とは距離を置き、中立の立場を貫いた唯一神教会と冒険者組合による施策であった。

 各国も戦時下において、敵対国家のみならず、二大組織を敵に回す愚を犯す事はせず、その方針に従った。小規模異界は力無き民達の疎開先として機能していた。

 級友達が居たという異界も、そういった小規模異界の一つであった。

 その異界はやがて戦況の激化に伴って、重傷者や重病人、子供達などの戦えぬ者達の疎開先となる。

 そこは弱く儚い者達が、少数の護衛達と共に逃れた安全地帯となる筈だった。だが、そうはならなかった。誰も、異界から還らなかった。

 異世界の、それも異界の中で何があったのかはユウにも判らない。

 だが、結果として残されたのは二月で死者百六十七名という数字だ。その内の六割にあたる百名は、十二歳以下の子供達であったという。その加害者こそ、かつての級友達だった。

 異界の中へ長期間いると、心に変調を来すとされている。ユウは、そのせいだと思いたかった。

 転移者達の中の少なくない者達が、力に拠って欲望を遂げようとした所業などは既に聞いている。

 彼等とは同じ世界に住んでいて、同じ倫理観を持っていた筈だった。そんな友人達が、心曇らせ力に溺れ、より力無き人々から奪い、犯し、殺した。必要な事なのだからと。とても、信じられない話であった。

 これらはポンメルやクラウディアに語られた事なので、割り引く必要はある。だが、ユウは人間の醜さや浅ましもまた知っている。全てが、ではなかろうが、それらは事実であるのだろうとも直感していた。

 

「ごめんなさい……」

 

 だから、謝る事しか出来ない。最初は、同姓同名の別人達だと思っていた。

 だが、歴史資料とは残酷なもので、遺留品として遺された物を見る。それは何よりもの証明であった。

 顔写真付きの学生証。学校行事などには携行する事が義務付けられるそれは、見間違える事などない、思い出は、雄弁な歴史の証明であった。

 

「私は、私達は救いようもない獣なんです」

 

 皆、普通の人達だった。何故、そんな凶行に走ったのかは想像も出来ない。

 後にインスブルックの兵が突入した際、転移者の内、生存者は十一名だけだった事が判明している。

 大人六名分の遺体は最も古く、大分日が経っていたそうで、十三名分の若い遺体も、それなりに古かったらしい。比較的新しい遺体は五つ。ユウが計算した行方不明者は二名であるが、それもここでは、百年も昔の話だ。遺体が無いだけの可能性だってあった。

 状況から、行政の見解では彼等は蠱毒の中にいたのだろうと推測されている。最初、仲間内で殺し合い、どういった理由からかは判らぬまでも、出会した疎開民達を殺害している。そして討たれた。とても、信じられない話であった。

 それでも、二十九個遺されていたという学生証が、かつての級友達のものだと認識した時、それは事実であるのだと受け入れるしかなかった。

 

 本当に、何も判らなかった。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 嗚咽が漏れる。こんな気持ち、いつ以来だろうと思えば、両親が立て続けに亡くなった時以来である。

 それからは感情に蓋をして、働くだけの部品となった。あまり出来は良くなかったが、なんとか折り合いを付けてやっていけていた。何もかもを忘れられるオタク趣味だけが、鳴海 優の数少ない慰めであった。

 

「謝らないでください」

 

 片手で『あの子』を抱き直した女性の腕が、そっとユウの頭を包む。

 

「貴女のご事情までは判りませんし、聴くつもりもありません。けれど、自分を責めないでくださいませ」

 

 困らせてしまったのだろうとユウは思った。彼女は母親でこそあるが、まだ若い女性である。自分よりも明らかに歳上の女が子供の様に泣きじゃくり、謝罪を繰り返していれば、慰める以外の方法は取れないだろうとも、思ってしまう。だが、感情が奔るのが止められなくて、嗚咽が止まらない。

 

「私は優しい女では無いので、その悲しみを止める術を持ち得ません。ですが、誰かを想い涙を流す事。そうする者を獣とも呼びたくはありません。貴女は、貴女達は人ですよ。世界の全てを想うが故に、溢れる心をお持ちなのですから。それに——」

 

 赦される。赦されてしまう。見知らぬ女性の言葉だけで、救われてしまう。そう思ってしまった。

 

「その先は、大丈夫です。ごめんなさいね。みっともない所を見せてしまって」

 

 だから、遮った。それは何かに縋り、恵まれてよいものではない。これまでも、どうにか折り合いを付けてこれたのだ。

 せめて、自分の足で立ちたかった。そうでなくては、逝ってしまった両親達にも申し訳が立たない。涙を拭い、顔を上げる。

 

「理解しておられる様ではありませんか。そう。貴女は貴女です。転移者である。それは貴女の持つ個性の一つでしょう。ですが、それだけです。主は偏見を嫌います。私達もまた、そうです。それをお忘れなく。貴女の為人や行いは、貴女自身へ還る事となるでしょう。どうか、良き日々を。そうあれかし」

 

 そう祈りを捧げた綺麗な女性は、娘さんを抱き直すと去っていった。彼女が何故、声を掛けて来たのかは分からない。背負った重荷【過去】が、軽くなる事はない。それでも、僅かながらも力が湧いた。

 

 それは忘れてしまっていた感覚だった。そう。残されてしまったユウ=ナルミは、これからも生きなければならない。今度こそはせめて、精一杯に。

 

 




読み易くなってれば。独りよがりでなければ良いのだけれど。
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