何かを探せるならば。   作:カズあっと

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 改稿。
 年齢制限が必要な描写があります。


5話 それでも私は生きてやる。

 

 やがて一枚の依頼票を手に取って、受付へと向かう。

 選んだのは清掃の労働依頼であった。主には街中でのゴミ拾いや掃き掃除だという事で、肉体労働ではあるが、これならばなんとかなるだろうと選んだものだ。掃除などならば知識もあまり必要無いし、報酬も悪くはなかった。

 受付に行けば、ちょっと心配されてしまう。

 春秋ならばなんて事もない依頼だが、翌日早朝からとはいえ、酷暑である為だという。だが、ユウには選り好みなどする余裕がない。何が出来て、何が出来ないか。それすらも判断がつかないのだ。

 総合職としての社会人経験こそある彼女だが、言葉も判らず文字も読めないでは、そういった仕事を熟るとも思わなかった。

 

「大丈夫なのですか? 結構な体力仕事ですし、近頃は朝からかなり暑いですよ?」

「出来る仕事が判断出来ませんので。体力的には不安がありますが、さすがに清掃ならば、まったく役に立たないという事もないでしょう」

 

 そう応えれば、受付嬢も渋々といった風に頷いた。

 直接顔を合わせての交信こそ身に付いたものの、言語が未習得であるせいで、人と頻繁に関わる仕事では不安がある。かといって、ユウには職人の様な知識や経験もない。身体一つで可能な仕事など、単純な肉体労働しか思い付きはしなかった。

 なお、まったく気は進まないし、死ぬくらいならば最後の選択肢の可能性がある。と考えていた身体を売る仕事などは、既に念頭にはない。

 大陸においては売春は国家による認可事業で、様々な資格が必要となるそうだ。

 更には無認可での商行為はどの国であろうが、国家反逆罪として、重罪となった。現代日本人感覚からすれば、やり過ぎでは? などと思うものの、そういった社会であるならば仕方がない。

 個人としては、危険よりも、安全の方が大切なのは、言うまでもなかった。

 

「少し、待っていて下さいね」

 

 受付から抜け出して、依頼票の掲示されている場所へと向かう、受付嬢だった。今の時間帯、人波は引けている。手引書を読み終えて、行列が落ち着いたからこそ依頼票を持って来ていた。元社会人であるユウは、相手の時間を尊重する大切さを知っているのだ。

 

「幾つか、簡単に熟るであろう依頼を見繕って参りました。一つ一つはそう高額な報酬は期待出来ませんが、質より量とも言いますからね」

「ありがとうございます」

 

 親切な事に、世話を焼いてくれるらしい。そして、受付嬢の説明するところによれば。

 

 同じ単純な肉体労働であっても、仕事というものは色々とあるのだな。と、ユウも感心してしまう。

 紹介されたのは、とある企業寮での清掃、片付けに、飲食店での皿合いなどの雑用。そして郵便配達だった。

 どれも報酬は高くはない。それぞれが街の清掃の四割程度であった。三つ合わせても二割り増しの額面だ。だが、街の清掃は早朝から午後までの日当仕事で、改めて紹介されたのは、終われば済みの仕事であった。

 

「朝からではありますが、こちらの寮では食事を出しておりませんので、掃除、洗濯をし、寝具や洗濯物を干すのがお仕事となります。それらは陽が落ちる前に取り込みに戻らなければなりませんが、寮内は空調が完備されていますので、街中での清掃よりは負担が少ないです」

「成程。洗濯中に掃除を終えて、干している間に飲食店や、朝一で受け取った郵便の配達へ向かうと」

 

 多少の幅はあるものの、日々の洗濯物の量など大体はそう変わらない。

 計算が立ちやすく、必要分量さえ片付けてくれたならば、依頼主としても問題はないのだそうだ。

 勤め人である寮生達が帰宅する迄に洗濯物を取り込み片付けて、ベッドメイクを終えていれば完了となる。空き時間での副業も、認められていた。

 

「もしくは、飲食店での下働きですね。最初は時間の使い方に慣れる為、どちらか片方だけにしておくのが無難でしょうね」

 

 この三つの依頼の旨味は、移動時間があまり無い事にあるらしい。郵便局からは多少離れているものの、配達範囲は地区区分となる。寮は集合住宅で、それなりに人数がいる事もあり、その区画はそれ程広範囲とはならない。

 配達で回るのは、隣接する同規模の集合住宅を三つ分であった。飲食店などは複数あるが、やはりいずれもその区画内にあった。

 

「飲食店での皿洗いなどの雑用も、お持ちした依頼票の中ならば、そう差がある訳ではありません。お昼時は大忙しですが、営業は限られた時間ですので、融通は付けやすいですよ」

 

 これらの労働依頼、それぞれに制服着用が義務付けられている。

 配達は郵便局の制服で、寮仕事は侍女服らしかった。いずれも、依頼主が用意してくれるらしい。飲食店ではエプロンで済むという。時間帯によって、配達制服か、侍女服の上に纏える。これならば、それぞれの店舗で用意されていて、着替えに手間も掛からない。

 

「当然、街の清掃の後に、他の依頼をした方が、収入は増えますね。しかし、結構な負担ともなりますので」

 

 街の清掃という、半日仕事の報酬。大体の相場で考えれば、三食の食事を摂って宿を借り、少しだけ残るだろうという計算であった。午後を別の依頼に費やせば、それなりの稼ぎとなった。確かにポンメルに言われた様に、一日働けば、翌日に不安はない程度となる。

 それと比べれば、多少時間的な拘束が増えるものの、体力的には余裕がありそうだ。ユウとしても、清掃の後に半日仕事を熟る体力が残るかは未知数である。

 受付嬢曰く、気候の良い時期ならばともかくとして、今の暑さでは厳しいでしょうね。という話であった。

 

「それならば、お勧めされた依頼を試してみたいと思います。経験として、その内に清掃の仕事も受けたいと思いますけど……」

 

 と言ったものの、受付嬢曰く、労働依頼はそれ程に困難ではないという話であった。多くは専門的な知識や技術を必要とせず、それなりの成果が見込める仕事であるという。習熟への理論なども整えられており、これらは企業などが余力を用いて行っても構わなかった。

 それでも業務として依頼するのは、冒険者となったばかりの、若年冒険者への教育の為なのだという。

 

「そういった依頼は、社会福祉の一環ですか」

「そんなに立派なものじゃ、ありませんけどね。経験を積んで技術が有ったり、また有資格者であったりするならば、報酬の良い仕事は他にも沢山ありますから。ですので、そういった方々を動かす報酬は安くありません。結果を見積もって、比較的安価で、それなりの働きが期待される相手に依頼をする。その目的は経費抑制です。私達はその仲介をする事により、利益を得ています。自然な利害関係ではありませんか」

 

 それなりに筋の通った話であった。なんとなく、やはり冒険者組合は、職業安定所や人材派遣会社の様なものなのだろうと理解する。少し納得がいかなかった。

 

「冒険者なのに、冒険を優先しないのですね」

 

 なので、皮肉を言ってやる。成り立ちや経緯から、本来の在り方から変質した組織へ、思う所は無いのですかと、少しだけ意地悪に。そんなユウへ向けて、受付はクスクスと笑った。

 

「一部の方々には誤解されがちですが、冒険者は戦士や騎士ではありませんよ。別に荒事の必要などありませんし、戦闘の誇りや栄誉など、無用の長物です。冒険者として第一に大切なのは、『生き残る事』なんです。経緯や手段なんかに捉われず、精一杯に生きて、生きられる場所を少しずつ増やしてゆく。それは立派な『大冒険』ではありませんか? 私達はそんな切り拓く者、『冒険者』の方々の救けとなる事を誇ります」

 

 参ったな。そうユウは思ってしまった。こうも自信と期待に満ち溢れ、断言されてしまえば彼女に残る毒気も抜けようというものだ。だから素直に、なおも微笑む受付の彼女へと向け、賞賛を込めて言ってやる。

 

「ここって、『利他的』で『優しい』世界ですね」

 

 頷く彼女。その微笑みが更に深まった。

 

「はい。とても『利己的』で『残酷』な世界でございます。ですから理性を働かせ、思考し、選択してください。この世は、浮世は。誰もがたった一人で糧を得て、『人』らしい生活を送れる楽園ではありません。だから我々は協力して、分かち合いましょう。良き冒険者生活を。そうあれかし」

 

 頑張って、『冒険』して下さい。そんな激励にユウはお辞儀で返した。

 

 精一杯に『生きて』やる。それは両親からの遺言と同じでもあった。自分は今、どうしてだか生きている。ならば、せめて懸命に。多くの人達にそうあれかしと、背中を押して貰っているのだから。

 

 その夜、ユウはカターニア市内の宿泊施設にいた。

 近郊では最安値の宿であるが、温泉付きの旅館の様な施設であって、朝、晩には食事も出る、実に一般的な温泉宿であった。

 教会に頼るのは気が進まず、受付嬢に宿泊施設などはないのかと尋ねた所、彼女は型録を持って来てくれた。

 なんでもここ、都市カターニアはシシリア州の元州都でありながら、大異界から最も近い冒険者の都市でもあり、同時に旧都としての遺風を強く残す、観光都市らしかった。属性が盛り盛りであった。

 型録にはレビューや口コミの様なものが書かれていて、この最も安い温泉宿の評価は低かった。

 文字を読めぬユウは、受付嬢に頼み込み、評判を教えて貰っている。評価されているのは最安値であるのと、食事の量が多い事である。味は普通らしい。

 この社会においては、全ての事業が認可制である為か、アメニティなどは一通り揃っている様だった。行政は、基準を満たさぬ事業を許しはしないらしい。

 そして低評価の口コミであるが、安全面についてが圧倒的であった。

 なんでも最安値という事で、他州の冒険者達が好んで利用する事が多いという。

 そういった者達の中には怪しからぬ事件を起こす者があるそうで、特に女性達からの評価が低く、宿泊は勧められていなかった。それでもユウは、敢えてこの宿を選んだ。

 彼女にとって、安いというのは正義であった。

 受付のお勧めに従って、三つの労働依頼を申し込んだユウであるが、未達であるので、報酬を得た訳ではない。どころか負債があった。

 冒険者組合は金融機関を兼ねるので、そこでお金を借りている。

 一週間程食い繋げるだろう額だった。三日も労働依頼を熟れば、返済可能な額である。だがそれは、そっくりそのまま返済してのものなので、生活費などを考えると、節約せねばならないものだった。

 借金やローンなどは望む事ではない。可能ならば、さっさと返済しておきたいものだ。

 奨学金の返済に苦労した口なので、そういった想いが強かった。それに、彼女にとって安宿の利点は、決して価格だけではなかった。

 

 ユウ=ナルミは今、かなり充実した時を過ごしている。どちらかと言えば苦手な喧騒の中にいるが、それでもだ。

 

 集客を狙って旅館などには遊技場が置かれている。

 流石にゲーム機こそないが、放送端末と呼ばれるテレビに似た機器があり、日本にもあったピンポンやビリヤード、ダーツなどみたいな物が置かれていて、更には麻雀卓や将棋、チェスの様なボードゲームなども置かれている。食堂では酒を買えて、遊技場への持ち込みも許されていた。それらを楽しむ為に、宿泊客は遊技場へと集った。

 この客達が、ユウの目を中々に愉しませている。

 当然ながら、あまり評判も良く無い安宿には、普通は富裕層や家族連れなどは来ない。

 敢えてそれを選ぶのは、ユウの様に節約志向が強い者や、懐の余裕がない者達であった。そういった境遇は稼ぎの良くない若年層に多かった。

 そしてカターニアは大異界、霊峰エトナ火山に最も近い大都市である。出稼ぎや一旗上げようとして、シシリア島内外から無謀な若者達が集っている。

 

「ふぃー。今日もしんどかったな。仕事があるのは助かるけどよ。この暑さ、どうにかならないもんかね」

「暑さばかりはどうにもならねーよ。それよりもお前ら、一杯だけだからな。無駄遣いはすんなよ。夏休みの内に、武器だけでも揃えるんだからな」

「そう言うなって。水分補給は大事なんだぜ。ほら、今日も一日、良く稼ぎました。恵みに感謝を。乾杯」

 

 エールを手にした少年達が、景気良く大ジョッキを打ち鳴らす。三人組だった。

 彼等は日に焼けて、溌剌とした成長期真っ盛りの十五、六歳と見られる少年達である。この時期の学園は夏季休暇中であり、休暇中の学生達がアルバイト感覚で、カターニアに集うのは珍しくもないらしい。

 

「チェックメイトだ」

「げっ」

 

 他にもチェスを打つ二人組。

 

「キューの持ち方はこうだ。このまま手を添えてやるから、ブレイクしてみろ」

「う、うん」

 

 経験者と初心者か。ビリヤードに興じる二人組がいる。他にもダーツを楽しむ四人組などがいて、いずれも、若い男の子達だった。

 彼等がじゃれあいながら楽しんでいるので、ユウもまた非常に愉しんでいる。なお、彼等の台詞は、ユウによる妄想であるが、そう離れた内容ではないだろう。シチュエーションに相応しい台詞のアテレコなど、腐女子には容易いものである。

 

 この光景、ユウの授かりし異能、『腐海耽溺』を発動させるまでもない。

 

 この異能、男性にのみ作用する。任意の対象へ僅かな性的興奮と、ちょっとしたTOLOVEるを起こすという精神干渉に因果操作、事象改変を可能とする異能であった。だが、今のユウは、この異能に頼る気はない。自然体こそが、一番であるからだ。

 三人組は陽気に酒盛りしながら笑い合っているし、チェスの二人組は実力伯仲なのか、また対戦を始め、真剣に指し合っていた。ダーツの四人組はお互いに囃し立てあっているが、険悪な雰囲気はない。何よりも、ビリヤードの経験者らしき少年は、初心者の少年に身体を密着させながら型を教え込んでいるのも堪らない。

 腐女子であるユウには、まさに眼福であった。だが、その楽園は、唐突に終わりを迎える。陽気に騒いでいた少年達が、黙り込んでしまった。

 二人組の男性が、遊技場に入って来た為だ。

 二人共、体格の良い中年男性で、湯上がりなのか上半身が裸であった。その肌には青々とした絵が彫り込まれている。刺青であった。どちらも傷だらけの悪相で、とても柄が悪い。

 

「おいおい。餓鬼共、俺らの事は気にしねぇでいてくれや。別に堅気に手を出しゃしねぇよ」

「兄貴のお言葉だ。餓鬼共、気にすんな」

 

 二人組はそう言うと、放送端末の前に置かれているソファにどかりと座り込み、酒盛りを始めた。

 気にするなと言われたものの、少年達の元の朗らかな空気は既に霧散している。

 少年達が黙り込んでしまうのも無理はない。刺青や傷を残すなどの文化はビタロサにおいては『鉄の掟の徒』に代表される、反社会組織の習慣である。彼等は暴力と非合法行為を生業としており、一般市民達には脅威であった。

 そして、近頃はカターニアにはシシリア外部から反社会組織の構成員達が流入しているらしく、治安の悪化が憂慮されてもいる。この辺りの情報、ポンメルからのものである。哀れ少年達はそそくさと片付けをして、部屋へと帰っていった。

 

「なんでぇ。シシリアの餓鬼共は、意気地がねぇな」

「まぁ、びびりの方が長生きしますぜ」

「どうやら、領主がトンズラこいて、牙が抜けちまったってのは本当の様だな。楽なシノギになりそうだ」

 

 この反社会組織の構成員というもの、言うなればユウの居た日本におけるヤクザや、海外のマフィアの様なものである。こういった手合いの態度はデカい。

 真面な市民が、お近付きになりたい筈もなく、関わらぬ様に避けるのは当然の事だった。一般市民にとって、害はあっても益はない。

 楽園を奪われたユウも、怒りを漲らせたのだが、彼女もまた、感性としては善良な小市民である。関わり合いたい筈もなく、退散をしたかった。

 とはいえ、場所が非常に悪い。ユウのいる場所から出口へと向かうには、どうあろうが刺青傷男二人組の前を通るしかなくて、彼女にはそんな度胸はなかった。

 仕方なく、文字の勉強をしながら大声で語り合う破落戸共の話を、やれやれと聴き流す。

 聴いても理解出来ないので。二人の会話を妄想するのは難しかった。おっさんは守備範囲外であるので。ユウはやがて酒盛りが終われば居なくなるだろうと諦めて、ポンメルの話を思い出していた。

 

 その話が出たのは、カターニアの治安について説明された時だった。一応はユウも女性であるからして、ついでで避けるべき場所や、近付かない方が良い商家なども教えられている。

 カターニアはつい一年前までは、非常に治安の良い都市だったそうである。行政府の置かれた州首都であり、辺境伯である領主自らが、強大な騎士団と州兵、護衛団などを組織していたのだから当然だった。

 そのいずれもの組織が、領主位返上の後には解散している。騎士団は辺境伯家の臣下であり、州兵と護衛団もまた、辺境伯家に雇用された私兵であったのだから、その結果は必然だった。辺境伯家は残ったが、俸禄の大幅減額を対価に貴族の責務を免ぜられている。

 騎士団を維持する必要はなくなり、行政としての必要から組織していた州軍と護衛団もまた、辺境伯家には必要がなくなった。

 行政や領主としての特権なども新行政府へと移管しており、それらはとても幼年当主の一貴族家が維持し続けられる規模ではない。

 

 騎士や兵、団員などは事後処理として、新行政府へと仕官や就職などを斡旋をされたものの、新行政府へと合流したのは一部の人員のみに留まった。これは、その三軍の多くの者達がオリヴェートリオ・シシリア辺境伯へと忠誠を誓っていたが為である。らしい。彼等もまた、去就を決めかねていた。

 

 騎士や兵については、一旦置いておく。

 

 都市カターニアを始めとする各地の都市の治安維持を主に担っていたのが、護衛団である。

 三軍の中の一つとされる護衛団であるが、彼等の前身は、ビタロサ王国がシシリア州における『鉄の掟の徒』などの俗に呼ばれる反社会組織であった。

 シシリアでは、前領主ヨアキムの時代まで、反社会組織の存在が認められていない。代々のシシリア領主オリヴェートリオは彼等の性を過度には禁じず正業を与えた。その事に拠って、やがて彼等は自警団の様な存在となったという。

 つまりは反社会組織が行政の中に組み入れられて、治安を維持していたのだ。

 その元締めが無くなった。

 中には治安を維持しようと頑張る者があるものの、彼等には公的に認められた捜査権や逮捕権、拘束権などがなくなっている。

 旗頭を失ってしまった無頼の群れは縮小、分裂を繰り返し、僅かな期間で組織力や影響力を失ってしまった。

 これに目を付けたのが、州外部の反社会組織であった。

 シシリアは豊かな島で、経済も良い。強大であった騎士団や州軍も既になく、護衛団もまた、力を失っている。利権を手にする好機と見て、食指を動かすのも必然だった。

 とはいえ、そんな反社会組織といえど、良民へ手を出す事は滅多にない。

 市井には元騎士や元軍人、元団員などが紛れていて、危険だからと言う事もあるが、大陸の法規は行いに対して適用されるものであり、反社会組織の構成員とて、存在自体を取り締まられる事はないからだ。明白な加害行為がなくては、官憲も手を出し様がないので、ある意味では、自衛の為だった。

 なお、大陸全体で威圧や脅しは加害行為として認められていない。

 反対に、屈する事は恥辱とされた。双方合意の決闘は、万人に認められた権利であった。己の力で意思を貫かぬ者に、社会は厳しいものである。

 その理屈から、反社会組織の人間にも決闘が認められている。決闘では、どの様な結果であっても加害行為と見做されなかった。

 決闘という行為と結果を、罪としては問えないのだ。更に言えば、反社会組織間での闘争も、被害者が存在しないとして、官憲などには介入が出来ない。

 

 

 そういった事情もあって、現在のシシリア州の、カターニア市の治安は、決して良いとは言えなかった。

 裏社会では血で血を洗う闘争が繰り広げられているものの、表立っては良民に被害はない。なので、取り締まりの対象とはならない。それが、心理的には小さくない負担となった。

 暴力の気配を纏わせて、交渉の名を借りた脅迫をしていても、それを取り締まる法はなく、いざ決闘となれば修羅場に身を置き、覚悟も決まった者の方が相対的に優位を取りやすい。

 良民としても関わる事が損であり、いざという場合に身を守れる保障もなかった。自然、対応は関わらず、避ける様になる。

 頭の足らない破落戸共は、それに増長した。己が権威であると勘違いをして、尊大な振る舞いをする様になっている。

 

 少年達はごく普通の家庭の育ちだったのだろう。だからこそ、破落戸二名を避けた。関わって、利点が無いからだ。そんな事情を斟酌もせずに、厚顔無恥に振る舞う男達へユウは、静かに怒りを沸かせていた。

 だが、彼女には息を潜め、気配を殺して聴き耳を立てる以外にない。

 怖いからである。当然だ。日本でもチンピラやヤクザは怖かったし、関わらない様に避けて来ている。ひ弱なオタクで、女でもあるユウに、抗う力はないのだから仕方がない。そう思っていた。のだが——。

 暫く酒盛りに興じていた男達だが、下品に笑い合いながらも酔いは回っていないのか、中々引き上げない。恥知らずにも彼等は放送端末で堂々と、卑猥な動画を流していた。

 これに、段々とユウは腹が立って来ている。何故、私がこんな奴等に遠慮していなくてはならいのかと。こいつらは、少年達の愛の巣を壊した狼藉者だと。そこで、己に宿りし、もう一つの異能である、『薔薇の煉獄』を思い出す。そして思い至った。

 ——ああ。なんだ。私には、こいつらを恐れる理由などないではないかと。

 密やかに、異能の発動を意識する。学んだ中で、ユウは異能の利点に気付いていた。それは術式と異能の違いによるものだ。

 まだ彼女には微かにしか感じ取れないものの、術式を行使する際には、万物へ宿るとされる術力と呼ばれる不思議物質に動きがあるとされていた。

 対して、異能を行使する際では術力に動きがないそうだ。ただし、術式には詠唱破棄や無詠唱と呼ばれる最速発動の術があるが、異能にはその名を呼ぶという、縛りが存在した。

 この世界、術式は一般的に存在する技術であるので、それなりの経験がある者には術力の動きから危険を察知する事など容易い。

 だが、異能は違う。その名を呼べば発動するのが異能であった。しかも、ユウの異能は精神や概念までをも操る強大なものであるが為に、発動さえさせてしまえば一定の効果を有する。故に、静かに異能の名を呼んだ。

 

『薔薇の煉獄【ハッテンバーン】。始動」

 

 それはユウの煩悩が顕現せし異能。殺傷能力などはない。この異能は任意の男性の、感情に作用するだけの単純なものである。見つめ合う男達。瞳を潤し、上気する肌からも、無事異能の影響下にある事を確信している。

 

「サブ……」

「兄貴ぃ……」

 

 やがで彼等はお互いに囁きあって、ひしりと抱き合う。

 お互いに分厚い唇を吸いあってもいる。さして見目が良いとは言えない厳つい中年男二人は、手を恋人繋ぎで組んで歩きだす。放送端末には卑猥な映像が流れたままだが、ユウに止める術はない。

 操作版が読めないせいである。それに、あまり彼等と距離が離れても不味い。ユウの異能には射程距離があるからだ。あまり離れていては異能が解除され、不可解な感情の動きに疑問を持った男達が暴れ出さぬとも限らなかった。

 着かず、離れず、一定の距離を置いて、恋人繋ぎで身を寄せ合う、中年の破落戸共を追う。

 幸か不幸か、彼等の宿泊部屋はユウの宿泊部屋の上階にあった。充分に、射程距離内である。彼等の部屋の扉が閉まるのを確認し、ユウは部屋へと戻った。

 レパートリーが豊富な訳ではないが、宿泊部屋にも飲食物は備えられている。風呂もトイレも付いているので、一晩の籠城には問題がなかった。

 ユウの場合は異能の解除もまた、言語によるものだ。終結と唱えねばならない。ユウは覚悟を決めている。朝までは、この異能を解除するつもりはない。上階から二つの雄臭い、汚い咆哮が響くが、気にしてはならなかった。彼等には精魂尽きるまで、愛し合って貰わねばならない。

 

「なんとも、恐ろしい異能を授かってしまったものですね。こんなものがあるのだと知られれば、私の平穏は、遥か遠くなるでしょう」

 

 独り言ちたユウ。その異能は何度も言うが、殺傷能力などはない。だが、使い方一つで人類を滅亡させる事も可能な、恐ろしい異能であった。この存在は秘さねばならない。

 

 薔薇の煉獄【ハッテンバーン】。それは精神作用の異能。射程範囲内の任意の男性の性欲を途轍もなく増強させ、また、その欲望の対象を任意の男性へと向ける術である。性欲は錯覚し、やがて真実の恋情や愛情へと変わる。それは、任意の男同士を半強制的に愛し合わせる、強大な異能であった。

 

 野太い汚れた咆哮と、肉のぶつかり合う音に耳は塞がない。おっさんなど好みではないが、幸いな事に、それは視覚には映らない。

 ならば、妄想に耽るのみ。長年に渡り研ぎ澄ましてきた妄想力は、美少年同士のまぐわいをユウの脳裏に描き出す。それは腐女子としての、貴腐人としての嗜みである。汚い喘ぎ声と、淫猥な物音をBGMとして、ユウは眠りの中へと落ちてゆくのであった。

 なお、この夜のこの安宿では、ユウを除く全員が眠れなかった。

 一晩中、汚い喘ぎ声が咆哮となっていたのだから、仕方がないだろう。若き冒険者達はいずれも、朝まで眠れなかった。

 恐ろしい世界を耳にして、恐れ慄いてしまったのだ。

 幸運な事に、この日の宿には、ユウを除いて女性がいない。残念ながら、新たな扉を開いてしまった貴腐人は、生まれなかった。

 

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