ビタロサ王国シシリア州における、一般的な冒険者の日常。   作:カズあっと

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 二万字強。少し長めです。申し訳ありません。
 タイトル回収。完結となります。


15話 ビタロサ王国シシリア州における、一般的な冒険者の日常。

 

 安息日の前日の、落ち着きのあるバール。

 質の良い調度品が揃い、各国選りすぐりの酒瓶が置かれたそこは愉しみながらも寛げる、洒落た雰囲気を醸し出す大人の社交場であった。

 

 

「グラッパを炭酸水割りで。ライムを添えて頼む」

 

 冒険者組合カターニア支部に併設されたこの店で、注文をするのはレンツォだった。

 一人である。他に客もない。そして食事も注文をしていなかった。少し割高な酒を頼んでいる。

 マスターはグラス滑らすとメニューを立てた。頼めという事だ。

 食事の義務はないものの、ツマミを頼むのは席料の一環で、当然のマナーでもあった。

 

「腹に軽いものを……。ナッツを頼む」

 

 小皿は直ぐに置かれる。こういった用意も容易な品は出されるのも早かった。

 

「近頃はお食事を此方でお摂りになりませぬな。飽きられて、しまいましたかな?」

「マスターも、そういう冗談を言うんだな」

 

 寡黙なマスターから話しかけられて、レンツォは苦笑を浮かべる。何も彼の言う様な理由はない。

 バーテンダーにシェフをも兼ねるマスターの料理は美味い。立て続けに同じ物を食べたとしても、飽きる事などなかった。

 

「工夫は凝らしますがな。流石に家庭の味には敵いませぬよ」

「家庭ってよぉ。別に、そういったもんじゃ……」

 

 飲食店で大昔からも言われている警句に、如何なる美味美食を提供する店であろうが、家庭の味には敵わない。というものがあった。

 これには最も馴染み親しむ味こそが一番の好みとなり易く、その為に飲食店は一番とはなり難いという意味がある。

 繁盛の秘訣は多くの客に支持されて、それでいて雰囲気造りや接客により特別感を出すべし。という様な経営上のものだった。

 

「ま。偶にはお二人でいらっしゃいませ。私も腕によりをかけますぞ」

 

 バールで夕食を摂らなくなったのは何も飽きたからではない。家——寮ではあるが。へと帰れば夕食が用意されていた。

 自分で用意していたり、稼ぎが良くなって家事請負などを雇った訳でもない。

 あの日の後よりイラーリアが毎夕食事を作りに来る様になったからだった。

 

「グラッパをストレートで。癖強めのが良いな」

 

 承りました。と頭を下げたマスターは他に何も言わない。基本的に寡黙で渋い老爺であった。

 

 グラッパを舐めていればやがてカランコロンと訪が鳴る。

 今は一人で呑んでいるのでバールは貸し切りであるが、休日の前。他に客が来ない筈もなかった。

 

 

 

「げ。なんでレンツォの旦那が来てるんだよ」

 

 しかも知り合いだった。フランシスコである。

 女連れだ。それも背が高く、胸も尻も豊満なエライ美人を連れている。女性の容姿はレンツォの好み直撃であった。

 

「ああ。貴殿がレンツォ殿か。フランシスコが世話になっている。いつも、ありがとう」

 

 略式の騎士礼をとる彼女。フランシスコは片手を上げただけだった。レンツォも椅子から立ち上がり、騎士礼を行う。

 

「これはエレノア州議会議員。ご活躍。微力ながらも応援しておりますぞ」

 

 面識こそないが彼女の事は知っている。

 街頭や放送でもそれなりに目にするからだ。彼女の議員という立場からも判る通りに選挙活動の為だった。

 彼女は美人で、正論を掲げる強い騎士だ。とても人気がある。だが、だからこそ余計な気苦労を背負ってしまうのだろう。

 

「いや。私の掲げる政策は少なからず現役世代に負担を強いるもの。すまぬな」

「安心されよ。貴女の支持者はちゃんと理解して支持しておるよ。それでもと、応援している。少なくとも、ここに一人は」

 

 こうやって、自らの政策の問題点を語らねばならぬ程に。

 理想主義者で克己心の強い彼女だ。性質上、その政策には賛否両論があった。

 彼女の掲げる政策は子供達の為に、未来の為に。多少なりとも『今』に犠牲を求めるものだった。

 ところが、シシリアの有権者達は特に考えずに支持してしまっている。それが目的や方針へ共感してのものならば、別に良い。

 だが、有権者である成人州民の大凡半数を占める男衆の殆どはそんな事など考えてはいない。

 美人の言う事だから支持するだけだ。強い人が言うのならば、正しいのだろう。偉い人が頑張っているのだから、応援しよう。

 彼等はそんな、ノリと勢いで生きるお調子者達であった。

 

「助かる。支持は嬉しいが、自分達の被る不利益も、ちゃんと認識して貰いたいものだからな」

「大抵の馬鹿野郎達は自分が頑張りゃ、何とかなると思ってんかんな……」

 

 だから真面目な彼女やフランシスコは苦労している。選挙と人気投票とを勘違いしている彼等に。

 

「マスター。お勘定を頼みます」

 

 そんな事とは関係なしの発言だ。マスターも何も言わずに伝票を差し出した。釣り銭の要らぬ額を出す。

 

「あ? 何だ? もう帰るのか?」

「お邪魔虫は退散しないとな」

「別に、んな事ぁねぇよ。有権者との交流も立派な政治活動だ」

「げ。って言ってたじゃねーか。プライベートなんだろう? 頑張れよ」

 

 素直でない、捻くれた男だな。レンツォはフランシスコの事をそう思う。

 最近の彼は以前に比べ、恋に積極的になっている。

 仕事や依頼の後にその対象であるエレノア女史に誘いをかける事が増えている様だった。噂では。

 元孤児である彼等は同じ家に住む家族であるが、二人きりになれる機会などはあまりない。

 孤児院であるシシリアナの家に、既に孤児は一人もおらずともだ。

 社会と行政。そして多くの個人の努力のおかげで孤児院に孤児はおらずとも、今でも孤独や問題を抱える少年少女達は少なくない。

 そんな子供達を教育し、僅かながらも力となろうとするのがシシリアナの家てまある。帰れば多くの弟妹が彼等を待っている。

 その前の僅かな時間を使い、恋する女との関係を進めようとする男なぞ、応援してやりたいではないか。同じ男としてそう思うものなのだ。

 

「相手は難攻不落とも呼ばれる騎士様だ。頑張れよ」

 

 酸っぱい顔をする男へ親指を立て、店を出る。

 

 友人の恋路だ。応援してやりたいではないか。

 それに、友人の恋が叶えば大きな実利があった。

 彼等の仲は一部カターニアの男冒険者達の中で賭けの対象となっている。

 圧倒的一番人気は進展なしだが、レンツォは敢えて大穴に賭けていた。

 そうなれば大きな収入であった。期待し、恋の成就を願わずにはいられない。

 

「男を見せろよ。フランシスコ」

 

 閉じた扉の奥から罵声の様なものが聴こえたが、気にならない。

 バールの扉は頑丈で、音を漏らす様な造りをらしていない。たった二杯だが、腹に収めた酒精が燃える。心地よい、元気の出る熱だった。

 

 日も既に落ちた事もあり、夜の街には僅かながらも涼気が漂う。

 そろそろ学園生達の夏季休暇も終わる。

 収穫の季節。秋も近付いていた。日中こそ陽射しは強いが近頃は雨もなく、湿度もそう高くはなかった。

 夜となっては、過ごし易いものである。

 まだ騒然としている街並みを歩む。

 顔見知りに出会えば挨拶し、知人に出会えば冷やかしの声を掛けられる。

 甘んじよう。既に十年を過ごすこの街だ。誰もが気の置けない仲間達である。

 

 

「おーい! 兄貴ー! 姉さん送りの帰りかよー!」

「しっぽりヤって来たんか!」

「そういうの、やめろよぉ……」

 

 そんなレンツォにまた声が掛かる。三つもだ。その声は生意気な少年冒険者達。パーティ『432』のメンバーのものだった。

 無鉄砲なバールのマスターの孫が要らん事を言い、スケベな狩人の息子がもっと要らん事を言う。そして優しい商家の息子が嗜める。いつもの光景であった。

 

「こんばんは。先生」

「ちぃーっす」

「もう! 挨拶くらい、ちゃんとしなよ!」

 

 彼等は珍しい集団と共にいる。

 最初に綺麗な淑女の礼での挨拶を見せたのは委員長。そしてもう二人は共にアールキングに襲われた少年少女達。

 だけではない。総勢十八名の学園生にして、若き兼業冒険者達だった。

 彼等、彼女らにも次々と挨拶をされる。彼等も後輩だ。何せ、ザッケローニ先生の教え子達である。

 

「おー。随分な団体さんだな。依頼の打ち上げか?」

「はい。先輩達との合同依頼をお山で。とても、勉強になります。これも、レンツォ先生のお陰です」

「ちげーって、お前らが、お前らの仲間が自ら選んだからだ。ま。恩に着るってんなら、誓いを果たせ」

 

 ふふっ。とはにかんで、とても嬉しそうに笑う委員長。ザック先生が上手くやってくれたのだろう。

 彼女の後天性術力過敏反応症候群への抑制薬は二年分を上回るだけの量を確保出来ていた。三年にまでは足りないが、それでも充分な量だった。

 二年分を確保していれば学園も卒業出来るし、成人を迎えられる。優秀な子だ。学府へ進むかもしれないし、良い仕事だって見つかるだろう。

 そうすれば、不利があろうと補助輪を外してもやっていける。そんな信頼があった。

 

「ほらほら。ユウ先生もレンツォ先生にご挨拶なすってくださいな。もしかしたら、依頼や研修でご一緒するかもしれませんことよ。冒険者にはそういった横の繋がりが大事なのではありませんこと?」

 

 そんな事を言いながら、絢爛で華やかな少女が後ろの方にいた女性の手を引く。

 レンツォの前まで再び現れた少女はエッヘンと胸を逸らし、女性は深々と頭を下げた。黒髪が流れる。

 ヤボン近隣での略礼。お辞儀の姿勢であった。

 

「あっ、はい。……初めまして。レンツォ先生。ユウ=ナルミと申します」

「初めましてでは、ありませんね。ユウ先生の錬鉄への昇格時、俺も組合にいましたからね。改めまして、レンツォ=ガッリです。ユウさんの事は、セッシ師やイラーリアからもお聞きしておりますよ。色々と、頑張っておられるのですな。田んぼの世話も、手伝って頂いているようで。ありがとうございます」

 

 彼女は珍しいとされる三十を超えての専業冒険者であり、去年に錬鉄の士となっていた。加えて女性としては非常に珍しく、セッシ師に弟子入りをしていた。

 要するに、気持ちの上では妹弟子だった。

 歳上の女性をそう呼ぶのには羞恥もあるが、あまり交友などない現在、他に適当な呼び方なぞなかった。

 ヤボン近隣の出身だという彼女はお米好きという事もあり、イラーリアとも交友がある。なので、なんとかそれを話の継ぎ穂としていた。

 

「そうでしたね。ご挨拶はまだでしたが」

 

 とはいえ、個人的に交友がある訳でもないし、そう話す事もない。かといって、あまり素っ気ないのも失礼だろう。

 何か適当な話題がないかと頭を巡らす。以前とは異なり、レンツォは女性の容姿や美点を褒めたりする事を止めている。

 なんとなく、イラーリアが不機嫌となるからであった。

 いない今なら問題ないし、目の前の彼女は可愛らしく麗しい淑女でもある。慣れた言葉は流れるだろう。

 それでも迷ってしまうものなのだ。うーむ。と考え込んでしまうレンツォ。

 そんな彼を見て、彼女はクスクスと笑った。

 

「聴いた通り、生真面目な方ですね。そういえば、おめでとうございます。私、不在でしたので。遅ればせながら、ここで」

「ん? ああ? ありがとうさん?」

 

 だがその祝福に何の思い当たりも付かないのがレンツォだ。つい曖昧な返事をしてしまう。下から見上げられている、紅潮し、キラキラとした瞳のお顔。

 この表情が何なのかをレンツォは知っている。

 三年前にアルティエリの姉妹達に魅せられて、少し前には『あの子』にも贈られたもの。

 それは憧憬で、信頼だった。

 二人へは一応は恩を着せた形なので理由も判る。『あの子』はまんま子供なので子供らしい素直な感情なのだろう。

 しかし流石に、この目の前のユウさんへ何かをしたという記憶はないし、良い大人なので、冒険者への憧れだって子供の様なものではない筈だ。

 

「ふふっ。偉くなっても、変わらないでいられるのは、とてもご立派ですよ。銅板に記されし者。銅位階、いいえ、『赤金位階』の冒険者。三千殺しのレンツォ殿。『英雄』の入り口への到達。昇級、おめでとうございます」

 

 だが、やはり冒険者にとっての銅位階は大きな壁であり、憧れなのだろう。専業冒険者を続ける彼女などには特に。

 そうである。レンツォはあの決着の後に、正確にはレンツォ達だが、あの時山を封鎖していた冒険者達と共に、皆してトレンティーノへと『飛ば』されている。転移(テレポート)の術式でだ。

 

 遠隔地を対象として、多数の集団を更にとんでもない遠隔地へと飛ばす。そんな出鱈目な術式行使が可能な者などカターニアでも限られる。その一人が統括の子飼いである『音無の修道女』であった。

 直後には聖母様からの『黄衣の巫女からのご依頼だよ。思いっきり、やっちまいな』という、大変有り難い啓示も受け取っているのだから、やるしかなかった。

 已む無く『熱き風の団』残党と偶々一緒に居た邪神崇拝集団の一つを諸共に殲滅し、産まれたばかりの邪悪の皇子の化身も滅ぼしている。生き残った者は捕縛して、王都へ付き出された。

 そんな功績? により、レンツォは事件解決後にて銅板に名を記されるのを認められた。実感はないが、冒険者証も赤金のものへと更新されている。

 まったく実感もないので、お祝いに心当たりさえもが浮かばなかった。

 この銅という位階。金属である銅に倣っているのか実に多彩であった。

 それまでの功績に応じて色合いが変わる事となっている。真鍮、青銅、白銅などにだ。

 それぞれに特徴があり、レンツォの認められた赤金には武功での功績が大きいという意味合いがある。それはそれとして。

 

「その二つ名は、やめてくれよ……」

 

 そういう訳にはいかないもので、二つ名は他人により称されるものだ。自分の都合で何とかなるものではなかった。なので、消極的な意思表示しか出来ないものなのだ。

 

「とっても格好良い、強そうな二つ名ですよ。それにお名前だけでも功績が判るんですから、余計なトラブルだって避けられそうですし」

「でもよぉ。なんか悪役とか、噛ませっぽい感じの二つ名じゃね? それなら、前までの『なり損ない』とか『クマ殺し』でも良かったなーってよぉ……」

「それは、確かにまぁ……。でもでも、皆さんにもお人柄は知られていますからね。今更悪役は無理でしょう。……尤も、噛ませは危ないと思うけども」

 

 最後の小声を聞き取れなかったレンツォだ。ユウは小声であったし、若者達は楽しげに騒いでいる。

 

 レンツォにはこの二つ名への抵抗感が色んな意味であった。

 

 戦時や混乱期にはこの手の二つ名も良く現れるものだった。

 そういった状況でも、個人で一個連隊にもなる三千名を屠るのは大きな武功である。三千人殺しなどと呼ばれる事も、かなりの栄誉であった。

 だが、平和が続けばそんな価値観も廃れる。

 敵であり、脅威であるからこそ栄誉となるモノなのだ。殺人という行為が犯罪として忌避される昨今の風潮ともなれば、そう単純に賞賛などにはならない。

 だけならば、まだマシだった。

 実はこの三千人殺しは嘘なのである。いや。三千殺しと言われれば、誰もが三千人を殺したと思おう。そこに言語の魔術があった。

 

 確かに数字としてはレンツォが三千を超える殺人行為を行ったのは事実である。トレンティーノでも数十人を斧と盾の錆としている。

 彼が実際に殺した相手はそれらと百八名の黒装束達。加えてあの男だけである。三千になど、とても足りていない。

 なのに三千殺として呼ばれるのは彼等が生き返るせいだった。

 百八名の死兵達は二十二回も蘇り、あの男に至っては五百五十五回も蘇っている。締めましては殺害数三千四十。

 乱戦により正確な数が割り出せない者達を数に加えなくとも、優に三千回を超えている。とんだ大量虐殺者であった。

 

 何故こうも正確に回数を数えられたのかなぞ、単純な話である。

 配信されていたからだ。しかも生配信である。

 機材は冒険者組合の技術の粋を凝らしたものだ。

 ビタロサ国内で、ごく自然に実況配信されていた。

 冒険者配信は昔から人気番組なのだ。それに無双モノは単純に爽快感があり、需要も高かった。

 レンツォの闘いは配信により全国へ流された。その流された配信映像が人気となって、やがて大陸全土へも流される。

 堅実で玄人好みな闘法は、一部視聴者に人気を博した。また、実況と解説を担っていたのは黄衣の巫女。

 そう。エルヴェンタである。彼女による技術、術式解説やら、口上の上手さも手伝って、レンツォは高い評価を得ていた。

 

 当然。この戦闘での殺害数をそう呼んで良いものか苦言を呈する識者もいた。

 だが、同じく実況と解説に来ていた『聖母』からまで保証されてしまう。

 ギルドマスターにして聖人。そして勇者一行、最後の一人。

 彼女は戦闘と生命における、大陸の権威であった。

 

 聖母曰く。

 

 あの男と死兵達が『堕ちたモノ』。人類種への敵対者であり、確かに死んでいて、その度に蘇っていたのだと。権威とは、時に非情なものである。

 彼女がそう宣言してしまえば、そういう事となるしかないものなのだ。

 別に『聖母』も嘘をついたりした訳ではない。事実を事実として語っただけだった。

 

 そうなればレンツォに『脳を焼かれた系』の厄介ファン達の所業など知れよう。

 実力は大陸の一般的基準においての魔銀位階にも匹敵するものに見える。

 倒したのも、三千にも及ぶ人類種への敵対者達だった。

 まさに『英雄』的な活躍である。そんな彼が、まだ錬鉄の士。鉄位階であるのだという。

 

 錬鉄は大陸基準においての一般的な、一応はそれなりの名士扱いだ。

 とはいえ、衆目に晒された戦闘力がありながら、まだ初級冒険者であるのなぞ社会にとっては大きな問題でしかなかった。

 常識としても位階に見合った実力を身に付けて、それへ見合った活躍をしていなければ位階制度の意味がない。

 つまりは大陸の鉄や銅位階の冒険者資格持ちもレンツォと同等の実力を身に付けており、匹敵する働きが求められるのである。

 これが只人だけならば、そう大きな動きにはならなかったのだろう。

 だが、大陸の錬鉄や銅板は名士として、また下位貴族や騎士相当としても扱われるものである。そんな立場の者達の多くには堪ったものではなかった。

 そのくらい、出来て当然だろう? アイツは出来たぞ。と、いった具合に扱われる事になるのである。

 野蛮人でない人類種達なので、それは何も戦闘力基準だけではない。

 だが、三千の敵対者の殲滅だ。

 匹敵するのには多大な文化的、科学的な貢献であったり、有用な特許を認められる事であったりもする。

 最も現実的で簡単なのが、多額の献金だったりするのである。そんなもの、おいそれと用意なぞ出来る筈もない。

 名士達はこぞってレンツォの昇級を求めた。自分達の立場のために。せめて魔銀へと。

 この一部が認められ、レンツォは銅位階である『赤金』へと昇級する事となった。

 

 

 

「それじゃ、気を付けて帰るんだな。またな。縁があれば、宜しくな」

「はい。それじゃ、ごきげんよう。——さ。皆。送ってゆくよ。家に帰って、家族に迎えられるまでが冒険だよ。冒険の仕上げをしようか」

 

 話しているとまったく歳上だと感じられない女冒険への敬語は崩れてしまっている。

 先輩扱いされているからだ。それもある意味では仕方のない事だった。

 冒険者において重視されるのは歴である。レンツォは十年続ける冒険者だが、ユウはまだ三、四年であるそうで、先輩扱いされてしまっていた。

 遥か遠方より訪れて、郷に従う彼女にそう接されるならば、彼も相応しい態度を取らねばならなかった。

 歳上ではあるが、初々しく可愛らしいお嬢さんである。世話焼きなレンツォが抵抗なく受け入れられたのには、そんな気持ちもあった。

 

 そんな女性と若者達を見送って、レンツォは祈る。

 お互いに、良い冒険の日々をと。

 

 だが。実はそんな悠長な事をしている訳にもいかなかった。さっさと寮に帰らねばならない。安息日とはいえ、明日も早いのだ。

 朝の労働依頼受託争いは熾烈である。条件や割の良いものは限られた。しかも昇級し、中級冒険者となってしまった身。

 後進の為に遠慮をしなくてはならない依頼も増えたし、そもそもが対象位階とならない依頼も増えた。

 

 実の所『赤金』は、最も不遇な位階である。武力を認められて昇級したとしても、受託可能依頼は錬鉄とそう変わりがないからだ。

 これは教育や社会制度の向上の為に、初級冒険者達の信用が高まったが故の弊害でもあった。

 遠い過去や、悪い時代にはかなりの信用。要するに騎士や貴族と認められる程度の社会的地位や身分がなければ、護衛や警備などという信用が必要な依頼は受託が不可能であった。依頼主が嫌がるからだ。

 ところが社会が安定し、教育により人品も磨かれていくと信用も過大には必要とされなくなる。

 数も多く、価格競争により手頃な値段となった護衛依頼なども下位の者へと流れる様になってゆく。

 しかも現代では価格競争が過ぎて、そういった依頼は冒険者側にはあまり美味しくなくなってしまっている。

 そんな流行に取り残されてしまったのが『赤金』だ。

 他の銅位階ならば知識や技術を売りにして、専門的な依頼も増えた。だが、荒事により認められた『赤金』に、そんなものが身に付いている筈もなかった。

 レンツォにも、そんなモノはない。

 なので、少ない中から少しでも美味しい依頼を選ぶべく、早朝から組合へと赴くつもりであった。

 こういった理由もあって、大抵の冒険者達は中級への昇級を求めずに初級の最上位である鉄位階にて冒険者人生を終える事が多かった。

 実に現代社会らしい問題である。

 そういった大人の事情もあって、明日に備えよう。そう考えているレンツォなのだが——。

 

「よう。レンツォ。ごきげんだな。一杯付き合えや」

「グフグフ。拙者。良い店を知っておりますぞ」

 

 その肩は逞しい二本の腕により掴まれる。

 粗暴で荒い破落戸じみた声音はザッケローニ先生であり、キモオタそのものの声音はセッシ師のものだった。

 

「いやこれは。ザック先生にセッシ師。お二人で、飲みに出ておられるのですな。ご一緒とはお珍しい」

 

 二人は同年代であるが、仲が良いとは知らなかったレンツォだ。驚きに目を丸くする。

 

「あん? 別に仲良しとかじゃねぇぞ。こっちは面倒事に巻き込まれて、難儀してるんだ。まぁ、そんな仲間だから一応は戦友か」

 

 方やエリートで、州軍上がりの魔銀であるも冒険者としてはイマイチパッとしなかった現役教師。

 

「そのせいで、拙者の生花鑑賞の時間も削られてましてなぁ……。息抜きと見抜きに、見目麗しき夜の蝶でも眺めに行こうかと」

 

 方や元放浪の武芸者で、剣一本を手に名を上げた黄金位階の冒険者。

 

「させねぇかんな。俺ぁ、このド変態のお目付け役って具合だな。ま、良い嬢が入ったとも聞く。拝むくらいはしておかなけりゃ、勿体ねぇだろう」

 

 位階はセッシ師の方が上ではあるが、建前でない社会的立場においては、言うまでもないだろう。

 見抜きを趣味とし時、場所、場合を弁えないド変態と、強面ながらも確りとした教育者。

 まるで噛み合わない二人だが、気安い関係である様だ。しかし、レンツォにとっても気になる一言が挟まれていた。

 

「面倒事ですか? お二人には及びませんが、俺が力となれる事なら、なんなりとお申し付けください。生徒として、弟子として。微力ながら尽くしましょう」

「若造が。余計な気を回すんじゃねぇ。こいつぁ、責任ある大人の仕事だぜ。……そうだな。お前さんに孫が産まれた頃になら、任せてやっても良いか」

 

 何やらありそうなので、そう愚進するもすげなく断られる事となる。口振りからすれば、どうやら出る幕はないらしい。そういえば。と思い出す。

 

「先生。おめでとうございます。お孫さんが、お産まれになられたそうで」

 

 よせやい。と、照れる強面教師であった。学園こそ異なったが娘さんはレンツォ達の同年だ。確かその旦那さん。先生の婿さんは一つ上であるはずだった。

 ここシシリアで官僚となった婿さんは身体が弱く、また術式も身体的なものはからっきしで、学問ばかりに打ち込んでいたせいか、学生時代には文弱と蔑まれていたらしい。

 田舎者で荒っぽいシシリアの若者には、そういうところがあった。

 

「頼もしき婿殿もおられて、順風満帆といった所ですかな」

 

 だが、周囲の侮りも今はない。

 彼は婚姻の申し込みの際、ザッケローニ先生とは【決闘】を行っている。

 結果は惨敗だった。

 だが、決して弱音を吐かず、最後まで意地を見せたらしい。結局は先生が意識を刈り取ってそこまでとしたものの、その意地は認めている様だ。何の条件も出さずに婚姻を認めている。

 シシリアでは意地を通し、折れず、曲がらず貫き通そうとする男こそが尊敬された。

 

「ほれほれ。お二方。話し込んでおられずに、いざ行かん。桃源郷へ」

 

 幸せ一杯の満面の笑みを見せるセッシ師だが、残念ながら彼にそういった良い話はない。ない事が、彼らしいのであるが。

 

「俺は、あまり持ち合わせが無いのですが」

 

 昇級したレンツォであったが、金欠であった。

 その理由? 仕事がないからだ。昇級したとして、仕事が増えなければ旨味はない。

 信用情報が更新されて、冒険組合による無利息無担保での融資額の上限は大きく上がった。だがそれは借金でしかないのである。

 

 その日暮らしの専業冒険者。散財していては蓄えも潰える。その癖に、なんと基礎税率さえも上がった。

 持てる者の責務としてだ。増えない、どころか減る事もある収入。増えてゆく出費。

 こういった事情からも、敢えて鉄位階で留まる者が数多くいる。レンツォは夢を叶えた分。多くの労苦を背負う事となったのだった。

 

「若者が、遠慮などめされるな。今日は拙者の奢りですぞ。ザック氏の分も。本能のまま、楽しまれるがよかろうぞ。乳! 尻! 太腿! 臍っ!」

 

 大変豪気な師匠であった。

 これにはレンツォとて甘えるしかない。女性への軽口を謹んでいるとはいえ、木石でもあるまいし、我慢は毒である。女子にはちやほやされたいものだ。

 しかも奢りである。受けねば無作法というもの。

 これは接待の一環であると理論武装して、夜の蝶探しへと同行する事となった。明日も早い筈なのに。

 

 男達とは、大変しょうもない生き物であった。

 

 

 

 だがしかし。浮かれ気分で着いていったレンツォは現実の厳しさというものを知る事となる。

 

 三人が入ったのは割とお安い価格帯のナイトクラブである。こういった店はそれなりに多い。

 だが酌婦として着く女性達に多いのは、冒険者登録をしたばかりの新米達である。効率がよいからだ。

 他州では十八からの冒険者登録が習慣であるので、平均年齢も多少は向上する。一応は成人であった。

 だが、シシリアの冒険者達が登録するのは主に十五だ。新米に最も多いのがその年代である。

 セッシ師はともかくとして、先生は教え子世代。十八でもそうではあるが、成人と仮成人では結構違うものなのだ。レンツォにだって抵抗があった。

 若く無垢な娘さん相手では欲望を明け透けにするのも憚られるものだ。

 いわんや教え子達と同世代となる先生なぞと思ったのだが、随分と泰然としていた。よもや淫行教師であるかと疑ったものの、指名をするのは大人なので問題はないそうだった。

 教職の倫理崩壊が叫ばれる当世である。世間の非難というものは時として上層の怪物よりも恐ろしい。

 先生の胆力に恐れ慄くレンツォだった。

 それを落ち着かせてくれるのがセッシ師で、このナイトクラブ。先程に会ったユウ嬢も時折り出ている店なんだそうである。

 彼女がいるおかげで、成人を迎えても副業や労働依頼として顔を出す嬢も増え、それなりの年齢の者もいるそうだ。

 彼女やオーナーであるマダムの方針により、冒険者登録をしていないシシリアの成人女性や同じく未登録の他州や他国の女性達も少なくはない。らしい。

 今日は、そんな女性を指名しているそうである。

 なんでも、歳は二十四。二人とは親子程に歳が離れているものの、背が高く、豊満でいて、小股の切れ上がった美人であり、かなり良い女でもあるらしい。

 その情報に、思わずレンツォも指名を被せた。

 指名が被ってしまったが、店側も他の二名は充分に配慮するそうである。十九と二十を迎える姉妹だという。その位の年代であれば、レンツォとしても多少なりとも気安かった。

 あまり出ない子達なのだけれど、凄い美人で、客あしらいも上手だと言われれば、期待と股間は膨らんだ。息抜きだ。偶にはこういう遊びも悪くない。

 そういえば、アイツらと同い年か。そんな事を考えていたレンツォであるが——。

 

「む? 先輩か? こんな所で奇遇だな。少し、詰めろ」

「おー。先輩じゃーん。こーいうお店にも来るんだ。浮気はダメだよ。イラーリア姉様を泣かしたら、捥いじゃうからね」

 

 現れた嬢達は、良く知る二人であった。

 確かにとんでもない美人だし、客あしらいだって上手だろう。頭も良けれは、話題も豊富だ。

 どこの店に居たって、大人気間違いなしなのも良く判る。だがそれは、二人の事を知らなければの話だ。あと、捥ぐって何をだ。

 

「良くぞいらっしゃった。ソフィアだ。今宵は貴方の騎士として、仕えよう。宜しく頼むぞ。主殿」

「いらっしゃませにゃん。お兄様。ジュリアと仲良くしてにゃん。姉様の事は、ちょっと待っててねー」

 

 生真面目な口調で怜悧な挨拶をするのは、隠し二つ名を『ゴリラ』。姉のソフィアである。

 なんだその口上は。主従プレイでもするのか? お前が言うのか、くっ、殺せって。バカ言うな。俺が言いたいわ。そんな事を考えているレンツォ。

 朗らかに微笑みながら猫の手を作るのは、隠し二つ名を『山猫』。妹のジュリアであった。

 なんだその媚びは。擬態で釣るのか? 八つ裂きにでもするのか、バカめっ、掛かったなって。騙されんぞ。やはり、そう思ってしまうレンツォだ。

 先生と師匠。尊敬する大人二人と視線が交わる。

 

「「「チェンジ」」」

 

 三つの心は一つに重なった。

 

「残念だな。騎士からは逃げられない」

「諦めが肝心だよねー」

 

 どうやら、逃げられないらしい。

 

「なんで、お前ら酌婦なんかやってんだよ。必要ないだろ。後輩の仕事を取ってんじゃねーよ」

「取ってなんかないって。ウチらは付き添いと、危ない人達への備え。クーナもヒミカも出掛けてるもん。まっ、息抜きって面もあるけど」

 

 んな所なんだろうな。と、レンツォは溜息を吐き出した。

 二人は既に宝石位階の冒険者。そこまで登り詰めれば生活や小遣い稼ぎの為に、報酬の低い労働依頼なぞする必要はない。加えて侯爵令嬢にして、子爵位を賜る貴族である。別の報酬が魅力的であったり、興味を惹かねばやりはしないだろう。

 

 二人は『熱き風の団』殲滅の後、大陸各地を飛び回り邪神の化身などの『悪魔』と呼ばれる『怪物』や『超越者』の信奉者達なんかを懲らしめ回っている。

 その功績を認められ、というよりも流石に組合も無視出来なくなって、宝石にしてやるから、少し大人しくしていろ。の意味を込めて昇格している。

 本来の宝石は、文化的大事業や、大発見をしてこそだった。一応は数多くの遺跡や古文書を発見していたので、その功績らしい。

 二人が功績を逸ったのは妹分として、後輩としても可愛がる白金位階の冒険者。『刃の海で揺蕩う舞姫』こと、クーナ=シシリアーナ嬢に位階を追い抜かれ、お姉ちゃんの面子で。との事である。とても傍迷惑な娘達であった。

 

「ジュリア。見栄は良くないぞ。私達はお父様と兄様達に、少しは大人しくしておけ。と言われてな。目的は果たせたし、確かに少し働き過ぎたからな。従っているだけだ」

 

 レンツォは彼女達の父親。ネーピ侯爵と息子達の心情を慮って、ホロリと涙を零した。

 現役の侯爵としては娘であり、部下でもある子爵達に他領で大暴れされては敵わない。謝罪や折衝に追われているのだろう。彼等の気苦労が偲ばれた。

 

「まま。楽しもうねー。かんぱーい」

「おいおい。まだ揃ってないだろうが。ボッタクリのつもりかよ」

「あらー。先輩も鈍いねー。もう、揃ってるよ」

 

 音頭を取ったジュリアを嗜めるも、軽い調子で躱わされる。濃い花の匂いが香った。横を見る。女が一人、立っていた。

 

「エルヴェンタと申します。いらっしゃいませ。旦那様」

 

 白き(かんばせ)、黒い髪。丈高く、胸も尻も豊満な、されど小股の切れ上がった気風の良い佳人が、流し目をして立っている。

 

「お隣。失礼いたしましても?」

 

 花の香りの入り混じる、芳しき女の体臭が胸を灼く。荒ぶりかけた吐息を抑え、レンツォは言った。

 

「どうぞ。シニョーラ。また、お逢い出来て光栄だ。黄衣の巫女」

「あら。随分と艶消しな事言うじゃない。ナイトクラブは高くて、遊びに来れないんじゃなかったのさ。あと、その呼び名はおやめ」

 

 彼女はあの日に見た黄衣の巫女、『浅葱太夫』。

 清廉にして妖艶な、風の踊り手。

 あの一夜の後に寮から出た、臨時の元管理人にして、元入寮者であった。

 

「冗談だ。エルヴェンタ嬢。すまない。そして、世話になった」

 

 そんな彼女に頭を下げるレンツォだ。ソフィアもジュリアも、ザッケローニもセッシも。皆して呆然としている。

 

「許せませんぞ! レンツォ殿! こんなバインバインと知り合いとは、不届き千万。拙者、おっぱい大好き!」

 

 最初に動いたのはしょうもない事を叫ぶセッシ師であった。何故か自分の胸肉をブルンブルンと揺らしている。

 

「キモっちさぁ。あんま調子に乗ってると、捥ぐよ」

 

 が、すぐに静かになる。ジュリアが耳元で囁いたからだった。彼の股間は濡れている。何で濡れたかは、言うまでない事だった。女の匂いに負けぬ、栗の花の香りが立った。

 

 黄金位階の冒険者。三擦り半のセッシ師には、奇妙な癖がある。見目の佳い女性に脅されると、絶頂するという癖だ。実に碌でもない性癖だった。

 

「拙者、捥がれて女の子となるのも、決してやぶさかではなく」

「黙ってて。ヘンタイ」

 

 さしものジュリアも恐れたのか、その口の中へウェハースを突っ込んだ。彼女の注文したパッフェに付いていたものである。無論、会計は客持ちだ。セッシは実に嬉しそうに咀嚼している。

 

「ウマ、ウマ」

「お姉ーつ!」

 

 堪らず可愛らしい悲鳴をあげて、逃げ出してしまうのはジュリアだ。所詮は乙女。ドの過ぎた変態に免疫はあまりなかった。

 

「謝罪はいらないよ。アタシは反目に回った派閥を粛清しただけさ。旦那を利用して、お嬢さんも利用したんだ。それが許される事だとも思ってはいない」

「それでもだよ。アイツを守ってくれたのは君なのだろう? それに俺の行いとて、許せはしない者もおるだろう。君にはその権利がある」

 

 言って、頭を下げる。勘でしかないが、イラーリアが無体な扱いを受けなかったのにはこの女性。エルヴェンタの意向が上手く作用したのではないか。という推測があった。

 彼女の居所を示唆された事もあるし、なんのかんので退屈で、面倒な家事を共にする二人を見ている。

 イラーリアは当然として、彼女もとても楽しそうであった。

 

「甘ちゃんの、お人好しだね旦那は。偶々だよ。ボタンを掛け違えば、もっと非道い運命だってあるさ」

 

 そうなのだろう。運が良かっただけ。偶々、悪い結果にはならなかっただけ。それは頷けた。

 偶々、彼女が無事だったから許せている。

 

「そうかな。もしもそうなら、平凡な俺の周りには、お人好しの甘ちゃん揃いなのだろうな。実に、運が良い事だ」

 

 人の心は弱きもの。人たるは、悪心邪心の誘惑に負けぬ様、己を律する事が出来てこそ。

 それは、目の前でステップオーバー・トーホールド・ウィズ・フェイスロックをソフィアに極められているド変態から聞かされた言葉だ。彼は苦悶と悦びに満ちた表情をしている。

 

「なぁ。レンツォ。お前。こんな光景を目の前で見せられて、良く平気でいられるな。絶対に、俺の生徒達をそのド変態に近付けるなよ。絶対にだ」

「いや。もう手遅れですよ。それにまぁ。いつもの事ですし。諦めてください」

 

 呆れ顔の先生には軽く返しておく。珍しくもない光景だ。近頃は力を付ける為に、再びセッシ師の元で鍛練を積んでいる。

 身体の空いた安息日などにはパーティメンバーである三馬鹿や、委員長達学園生組も鍛練に来る様になっていた。師が、ドの過ぎた変態行為で女子学園生達から折檻を受けるのも、既に日常となってしまった。

 

「おほー」

「セッシさん。いい加減にしてくださいよ。ソフィアも、痛めつけても悦ぶだけだぞ」

 

 既にジュリアは立ち直り、先生相手におねだりをしていた。お目当ては新しいパッフェだろう。バニラ、チョコレート、イチゴの三種類が用意されている。狙いはイチゴだという確信があった。セッシはバニラ。レンツォはチョコレートを注文させられていた。

 

「先生さっすがー! じゃぁ、じゃぁ、こっちもー」

 

 先生もご機嫌である。ご機嫌に、パッフェのついでにボトルも入れている。

 ジュリアは頭も良いし、話題も豊富で人懐っこい。娘よりも若い娘さんに懐かれて、煽てられて、頼られて。先生もメロメロだ。鼻の下を伸ばし、何でも好きなモノを頼めよ。などと大声て言っている。

 

「賑やかな、子達だよねぇ」

「君も、その一人になるのさ。乾杯。好きな物を頼むと良い」

「それじゃ、遠慮なく」

 

 含み笑う女。『STF』を解いたソフィアはセッシと共に武術談義に花を咲かせていた。

 彼女が注文したのは、西風の名を持つ、ブランデーベースのカクテル。

 レンツォはエルヴェンタとグラスを合わせ、杯を進めた。新しいボトルを入れる為、空けるつもりであった。本日の会計はセッシ持ち。懐が痛まぬならば、遠慮など不要であった。

 

「気紛れで自由な風だって、羽を休めても構わんだろう。偶にはアイツの所にも、顔を出してやってくれ。きっと、喜ぶ」

「旦那はやっぱり、良い男だね。ちょっと、お嬢さんには妬けちゃうな」

 

 エルヴェンタ。『風』を意味する名を持つ女は、穏やかに微笑んだ。

 彼女が運ぶのは変化の兆しを示す風。穏やかな、変わらぬ日常を僅かに揺らすだけの優しいもの。

 

「おーし! シニョーリ・エ・シニョーレ! 皆、今日はセッシ師の奢りだぞ! 存分に飲み、騒げ! 恵み深き島、優しい島に訪れた、友人達に乾杯!」

「こいつは豪気だ。ありがたく! 乾杯!」

 

 出し抜けに立ち上がり、大声を出すレンツォだ。杯を合わせるザッケローニ。

 それに抗議の声をあげかけたセッシであるが、たちまちの内にソフィアとジュリアに煽てられ、大層ダラシなくなった。美人二人に挟まれて、法悦に浸っている。

 愛着のある故郷。シシリア島に訪れた新たな友人を祝福したい。どうせ、己の懐は痛まない。ならば存分に楽しまねば、もったいないではないか。レンツォはそう思う。

 レンツォが紳士淑女の音頭を取っての、どんちゃん騒ぎが始まった。その宴は夜更けまで続く。

 朝を迎えたセッシの懐は、大変軽くなっていた、

 

 

 

 

「うっわ。頭、痛え……」

「レンツォさーん。そろそろ起きてくださいなー。お掃除しますので、邪魔なんですー」

 

 目を覚ましたばかりのレンツォの痛む頭に、姦しい声が響いた。

 少し、待ってくれと怒鳴ったレンツォだ。急いで身嗜みを整えようと起き上がる。

 そこで、下腹部の違和感に気付いた。

 違和感というのは正確ではない。

 下半身のある部位に血が集い、硬化するのは健康な男性にはごく普通の事である。毎朝のそれは既に日常であり、異常ではなかった。

 浮かぶのは、強烈な既視感。

 

「早く起きないと、お外に出しちゃいますからねー」

「ま、待てっ! 少しだけ、待っててくれっ!」

 

 それはいつかの焼き直し。

 レンツォはまた、寝坊をしたのだ。当然ながら、またも飲み過ぎたからだった。タダ酒だったので、仕方がない。

 

「もー、待てません。開けてくれないとー、おっぽり出しちゃいますからねー」

 

 イラーリアは以前とも、まったく同じ事を言っている。こんな状況では、言うべき事など変わらない。当然の話であった。

 だが.経験を積み、成長を続ける冒険者。レンツォは、もう以前の彼ではない。

 赤金にだって昇級している。出来る男は窮地にこそ、ふてぶてしくも笑うものなのだ。

 

「別に構わんが、大分腫らしてしまった所があってな。お前とはいえ、見せるには忍びない。まぁ、手当をしてくれるのならば、構わんのだが」

 

 少々下品だが、軽口で答えてやる。

 察しが良く、奥床しい所のある彼女だ。こう言っておけば以前とは異なり、無理に入って来る事はないだろう。

 そうレンツォは考えていて、自信満々であった。

 慌ただしく遠ざかる足音。なんのつもりかは判らぬも、当面の危機が去った事にレンツォは安堵を覚えた。

 これから彼が向き合うのは、反り返り、イキリ勃つモノ。

 かなりの大敵であると自画自賛するものの、所詮は只の生理現象だ。心落ち着けて向き合えば、調伏など難くはなかった。瞳を閉じて、深い呼吸を繰り返す。

 瞼の裏に浮かぶのは、イラーリアの顔。穏やかで可愛いらしい、のんびりとしたお米バカのもの。

 瞳を開き、首を振るレンツォ。怒張は揺るぎなく、隆々としたままだ。

 

「いかん。いかん。雑念を捨てろ」

 

 言い聞かす様に呟いて、再び目を閉じる。

 浮かぶのは、またもやイラーリアの顔だった。心落ち着け邪念を捨て去る。さっき声を聴いたばかりだ。多少の意識は仕方がないものだ。意識の外に置く。

 それでも浮かぶ顔。それは、彼女のものだけではない。エルヴェンタ、ソフィアにジュリア。ナイトクラブに出ていた女の子達。これらも意識の外へ。

 昨夜に会った美人ばかりだ。仕方がないだろう。

 アリア嬢。ユウさん。委員長や、その学友である女学生達。これも外へ。

 昨日顔を合わせているからな。仕方がないだろう。

 次々に浮かぶのは女性の姿ばかりなり。

 街行く美人さん達や、働く美人さん達だ。よく見る美女や、偶に見かける美少女も思い出す。

 挙句には、あの、大好きだよ。愛しているよ。と微笑む幼女のお顔まで、思い出してしまう。

 俺はロリコンではないぞ。と目を開き、頭を振ったレンツォは思うのだ。

 カターニア、美人多過ぎじゃね? と。

 なお、怒張の問題はなんら解決していない。仕方なく立ち上がった。

 

「一発抜いとくか。マジで最近はご無沙汰だったし」

 

 そう次善の策を呟いた彼は、パタパタとした足音を聴いた。迫る音。騒々しい気配。続くはガチャリとドアノブの回る音。そして、開く扉と響く声。

 

「レンツォさん! 大丈夫ですかっ!? すぐ、手当てしますからっ!」

 

 息を乱し、救急箱を手に下げて踏み入ったイラーリアの視線と立ち上がり、イキリ勃ったレンツォのモノが交差する。

 昼の旧アルトベリ男爵邸寮に、男女二人の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 レンツォは街を行く。

 少しだけ涼しい風の吹く、石畳の道を。緑繁り花の咲く、美しき古都カターニアの街並みを。

 

 別に特別な理由はない。単にお冠なイラーリアに部屋からおっぽり出されただけだつた。

 そんな彼が向かうのは、冒険者組合カターニア支部である。

 暇つぶしにも丁度良い。もしかしたら若者達が、講習を受けに来ているかもしれなかった。

 

 曲がりなりにも『英雄の入り口に立つ』という夢を叶えてしまったレンツォに、まだ新たな夢はない。

 自分がその立場へと立ってしまえば、気持ちとしてはとても、自分がそんな立場にあるのだとはまったく思えはしなかった。

 だが、だからこそなのかもしれない。彼には新たな目標が出来ている。

 

 それは冒険者位階の一つ上、魔銀を御せし卿。魔銀位階と認められる事だった。その位階へと登る、利益は計り知れない。

 当代、当人限りとはいえ、大陸での扱いは各国での下位貴族相当となる。様々な義務や責任を負う事にはなるのだが、それを補って余る報酬も期待ができた。

 アルトベリの、イラーリアの騎士としてだって、箔が付こうというものだ。

 子供っぽい復讐心でしかないが、やはり見返して、見返させても、やりたい。

 彼女を捨てた元婚約者殿に。彼女を見捨てた周囲の人々に。無責任な噂話で侮った何某に。

 アイツの穏やかで幸せな顔を、見せつけてやりたいのだと思ってしまう。

 その為には、彼女に恥じない人として。

 力を付けよう。見聞を広げよう。手を伸ばし、縁を繋げよう。

 魔銀には、そういった様々な要素が認められる条件となっている。

 加えて、やはりシシリアの地域規律でこそあるが、明確な基準があった。

 大異界霊峰エトナ火山上層から、生還可能な実力があると認められる事。

 それだけだ。判りやすい、明確な基準である。ならば、励むのは当然だった。

 まだ、五年もある。

 騎士としての務めや、他にも色々と身に付けないといけない事だってあった。

 たが、それでも。

 彼女との約束を違えぬ為に、堅実に、誠実に。

 出来る事をやり、出来る事を増やしてゆく。憧れに近付く為に、目の前の何も、取り零さぬ為に。

 例えそれがバカでも損でも、そうしたいと願う。

 平凡の自覚のあるレンツォには、そうやって生きていくしかないのだから。

 都合の良い奇跡や、運命じみた覚醒になど、縁はない。だからただ、手を伸ばす。誰もがしている事だ。

 

 

「ごきげんよう。レンツォお兄様。本日は随分と、おそようございますのね。楽しい朝の時間を逃してしまい、残念でございましたわね」

 

 冒険者組合前まで辿り着けば、足元からは幼い声。

 金の髪を高く結い、地味な労働用の厚服を纏った美幼女が、左右の僅かに色味の異なる紫瞳を輝かせて、滅茶苦茶な得意顔を晒している。とても頑張って頭を上げているために、ひっくり返りそうだった。

 それでいて、嬉しそうに微笑む幼女。

 それはまるで、全てへ。大好きだよ。愛しているよ。とでも言う様に。

 少しだけ傍に避り、苦笑を滲ますレンツォは、しゃがみ込んでやる。

 

「おう。おそようさん。ま、こんにちはだがな。お嬢は配達の帰りかい?」

 

 しゃがみ込んで視線を合わせてやれば、またもニコニコとしながらブンブンと頷く幼女であった。

 かなり小さいので、レンツォはちょっと苦しい。だが、顎を上げる事を止めた幼女の身体は大分安定感を取り戻した様だった。

 

「ふふっ。お兄様。こんにちは。は、朝のご挨拶を済ませた方のものですよ」

「よく俺が、寝起きだって判ったな」

 

 だって。と言いながら幼女の小さな手が伸びる。細く小さな手と指が。

 子供の中には無意味に眼を突こうとする糞餓鬼もいるのだが、この動きはそうではない。手は指は、レンツォの頭の上へ、髪の毛へと。

 

「寝癖が付いておりますのよ。本日はお寝坊さんをして、お姉様に、おっぽり出されてしまったのでございましょう?」

 

 柔らかな手指が髪を梳く。撫で付けようとしてくれているらしい。レンツォの髪は結構硬いほうなので、あまり上手くはいってないようだが。

 

「ばれてたか。ま。髪は後で直すさ。お嬢も服がちっと乱れてんぞ。走って帰ってきやがったな」

 

 手を外し、ちょこっと衣服を整えてやれば、良いお返事だ。元気な子供の姿が眩しくて、つい目が細まってしまう。

 今日はイラーリアに身嗜みを整えて貰っていない。起きてすぐおっぽり出されたのだから当然だった。

 

「さ。行こうぜ。達成報告をするんだろう? 俺は依頼を漁るから、付き合ってやるのは入り口までだけどな」

 

 立ち上がれば、また幼女の顎は持ち上がり、フラフラとする。背中を押さえてやった。

 

「んーなに上ばかり見上げていると、転ぶぞ」

「ありがとうございます。でも、仕方がありませんわ。お久しぶりですし、とっても素敵なお顔ですもの。眺めていたくもなりますわ」

 

 キラキラと楽しそうに、微笑む幼女である。

 

「いや。普通だろ。どこにでもいるおっさんだぜ」

「そんな事、ございませんわ。誇り高く愛情深い、素敵なシシリアの男衆のお顔ですもの」

「はいはい。お上手だな。良い男殺しになりそうだ」

 

 直球な言葉には、少し恥ずかしくなってしまう。それに扉の向こう側からは、もの凄い圧が感じられた。

 どうしようもない、バカ野郎や過保護な女達のモノだろう。まったく、良い迷惑だ。が、顔を背ければ、露骨に残念そうな気配が漂った。仕方がない。

 

「手、繋いでやるからよ。さっさと行こうぜ」

「はいっ!」

 

 柔らかく、小さなてのひらだ。こうしていれば、この子は何なのだろうとも思う。

 その素性への推測はついている。だけど何故、ここでこうしているのかも判らない。

 

 扉が開けば、予想していた通りに物凄い圧力。外にも漏れていたから判ってはいても、晒されると思わず冷や汗が流れてしまった。

 隣では、元気の良い帰還のご挨拶。

 瞬く間に二人は揉みくちゃにされて、『あの子』は女達に引き取られ、レンツォは男達に抱き込まれた。

 手荒い歓迎だ。お前らそんなに幼女が心配か。

 

「あんな野蛮な男に近付いちゃいかんよ。甘い顔をしていたら、すぐに付け上がるんだから」

「そうですよ。男なんてどんなに紳士ぶったって、所詮は野獣なんですからね。女の子は女の子同士で、男の子は男の子同士で仲良く恋愛しなきゃいけません」

 

 身嗜みには気を使っているつもりのレンツォには心外だった。それに、そこの若いお姉ちゃん。どう考えても、お前の主張の方が有害だ。幼女に変な性癖植え付けようとするんじゃねぇ。

 

「お仕事は楽しかったかい? ちゃんと無理をせずに、帰ってこられたかい?」

「はいっ! 今日は気持ちの良い風も吹いていてくれて、すっごく、すっごい気持ちの良い、楽しいお仕事でした!」

「うん、うん。良かったよ。でもね。お家に帰るまでが、お仕事なのさ。元気に帰って、お母ちゃんにも元気にただいましてあげようね」

 

 良いお返事の幼女は手を引かれ、受付へと並ぶ。周りでは、女性達が眩しげに、嬉しそうにしている。

 

 一部の阿保がいるにせよ、彼女達の気持ちに理解がない訳ではなかった。

 平凡な生活を送ってきたレンツォにとって知識でしかないが、この世界は残酷だ。異界があり、怪物がおり、邪神達が虎視眈々と覇権を狙っている。

 自然厳しく、人類種には天敵もまた多い。だけでなく、人類種同士でも争いがあり、淘汰があった。

 そんな世界で生きる女性達だ。

 様々な要因で子を亡くしてしまったり、また子を望めなくなった女性達も数多い。

 悲しみに暮れながらも、生きる為、明日の光を見る為に、それでも強く生きる女性達がいる。

 この子はこの街で、そんな女性達の心の拠り所にもなっていた。子を亡くした母が面影を重ね、子を産む力を失った女達が、希望を見ている。

 大好きだよ。愛しているよ。そんな気持ちを溢れさせ、隠さない女の子。

 それは失いたくなかったもので、今も求め続けているものだった。

 正直な話。レンツォには彼女達の想いまでは判らない。だが、彼女達の祈りは感じられた。

 

 私も、大好きだよ。愛しているよ。貴女の今日に、明日に。そして更なる未来へ祝福が、絶え間なく降り注ぎますように。そうあれかしと。

 

 誰もが求める何かを思い出させ、溢れさせるのだ。

 未来なんて、誰にも判らない。

 でも、僅かにでも良いものに。今を堅実に誠実に。精一杯生きて。

 バカでも損でも、大好きな人達と一緒に。悲しくても辛くても、愛している人達と一緒に。

 今を、明日を。そして未来を寿ぎたい。そんな気持ちに心は躍る。

 世界は残酷で不条理に出来ている。人の心は弱く、邪なものにも流された。だからこそ、愛と誇りを胸に歩むのだ。

 今、やれる事をやり、やれる事を増やしてゆく。

 それは、何も彼女達やレンツォだけではない。

 誰もが、皆がそう生きていく。

 兼業の者も、専業の者も。平凡な者も、非凡な者も。老若男女に変わりなく。それは、自分の為に。愛する人達の為に。

 誰が言ったものなのか。日々変わりゆく、未知なる日常こそが、最も困難な『大冒険』。

 そんな冒険の日々を、人それぞれの精一杯で歩み続けるのだ。そんな生き方、毎日こそが——。

 

 ——ビタロサ王国シシリア州における、一般的な冒険者の日常。

 





 これにて完結となります。お読み頂けた皆様。お気に入り、評価、感想など頂けた皆様方。ここでは個別にお名前は出せませんが、本当にありがとうこざいました。
 皆様のおかげで、レンツォの物語を書き上げる事が出来ました。重ねてお礼申し上げます。
 完結となりましたが、短編や二、三話程度で完結する続編も書いていく予定です。また、お読み頂けましたらと祈ります。あと、改稿も……。
 完結はしましたが、感想や評価、ご意見などを頂けたら嬉しいです。
 どこが悪く、どこが良かったか。など、思うままに教えて欲しいです。次作への参考にしたいと思っております。

 以下、蛇足とも言えるお話は活動報告にて。
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