転生先が紅魔館の妖精メイドとか聞いてません! 作:mayflower
厨房は、思ったよりも騒がしかった。
「おたま持ってー! あ、それフライパンじゃない! ジュリア、鍋に火が……って火ぃ吹くなああああ!!」
「あっつ!? 指焦げたー!!」
「ねえ、どうしてこんなにパンケーキ作ってるの?」
「だってなんか焼いてると幸せになる気がして……」
妖精メイドたちが5、6人、自由すぎる働き方をしていた。誰一人まともに“メイド”していない。
(……これが、あの紅魔館の……!?)
どこかで「妖精メイドはポンコツ」だと聞いたことがあるが、ここまでとは。小さな手で大鍋をかき混ぜる者、床に寝そべりながら野菜を刻む者、なぜか天井に張り付いて“味見してる”者までいる。
それでも彼女たちは、楽しそうだった。混沌として、賑やかで、どこか人懐っこい空気がある。
「新入りさんだー?」
くるくる巻き毛の妖精がこちらに駆け寄ってきた。顔中粉まみれで、笑顔だけは満点だ。
「名前は? 羽はある? お昼ごはん食べた?」
「えっと、リデルです。羽、あります。お昼は……まだです」
「よっし! じゃあ仕事してから一緒に食べよ! パンケーキ山盛りつくったから!」
そうしてリデルは、粉まみれ妖精──名前はメルフィらしい──に手を引かれ、厨房の仕事を教わることになった。
「まずは盛りつけ係ね! この皿にこのパンケーキを、きれいにのせてくの!」
「え、これ、50枚くらいありますけど……?」
「うん! 大丈夫! 気合いでのせて!」
──気合いで?
だが意外にも、妖精の身体は軽く、動きも悪くなかった。というより、リデルの動きは他の妖精たちよりずっとスムーズだった。バランス感覚も、手先の器用さも、妙に良い。
(もしかして……私、妖精の中ではわりと……“動ける”タイプなのかも?)
パンケーキを積み上げるうち、ほんの少し誇らしい気分になってきた。
「いいじゃーんリデル! めちゃうまい! はい次! お皿いっぱい!」
──この仕事、案外悪くないかも。
そう思い始めたときだった。厨房の扉が静かに開き、あの銀色のメイド長が姿を現した。
「ふむ。パンケーキ……また大量に?」
咲夜だ。
妖精たちは一斉に背筋を伸ばした──が、慣れていないせいか、誰も彼も“目をぐるぐるさせてる”状態で止まっている。
(これ、止まってるっていうかフリーズしてる……!)
リデルも慌てて真似て立つ。咲夜の視線が、自分をなぞるように滑った。
「あなたがリデル? ふぅん……新人にしては、手際がいいわね」
「光栄です!」
「その調子で。少しずつ仕事を覚えてもらうわ」
咲夜はそれだけ言って、静かに踵を返した。
残された妖精たちは、まるで時が再開したかのように息を吐き出し、パンケーキの山に戻っていった。
「……すごい、咲夜様が褒めた……!」
「生き残った……」
「新人、やるじゃん……!」
──え、そんなに命がけの職場なの!?
リデルは軽く引きつりながらも、咲夜の評価が少し嬉しかった。
紅魔館。危険で、理不尽で、でもどこか面白いこの館で、私は今、“妖精メイド”として生き始めたばかりだ。
まだ名前も、羽の力も、小さな自信も──すべてが未完成。
けれど。
(……この世界で、何かを掴んでやる)
そう決意したその時、メルフィがニコニコしながら耳打ちしてきた。
「ちなみにね。明日は……お嬢様の“おやつ当番”だよ」
「え、えっ?」
「一番ヤバいのが来るから、覚悟してねー!」
笑顔のままメルフィはケーキを持って消えていった。
リデルは、遠くで静かに嗤う“スカーレットの影”をまだ知らない──。