__物心ついた頃から、僕には存在し得る居場所がなかったように思える、父には殴られて、蹴られて、嫌だと反応するとまた酷くなる、僕が関わらない方が機嫌が良かった。母は小さいころに亡くなってしまったらしい、よく覚えていないから、それ以上は何とも言えない。
小学校に上がってから「寄り道」という逃げる手段が得られた、遅くまで帰ってこなくても、父は何も言い咎めない、きっと僕が目障りなんだろう。家に帰れないから、お風呂にも入らず、洗濯も碌にされていないボロボロの服のまま学校に通った。
…通っている中で、僕の服や匂いについてクラスメイトが馬鹿にしてきた、担任は心配の声を上げていたが、気にされても僕にも担任にも、打つ手はなかった。どうやら人間は、群れの中の異端を排除する習性があるらしい。そのせいで僕は、隔離され、笑われ、遊ばれてしまう、多少のことは何とかなるが、その時一本しか持たなかった鉛筆を折られた時はまずいと思った、ランドセルの中に入っている日記帳に何で書こうかと思案していた時、とある劇団が目に映った、「劇団ララライ」そこで僕の全てはそこで決まったんだと思う。
ララライの稽古に体験で入れさせてもらった、本当は保護者がいないとダメらしいけど、目の前の女性が「いいからいいから」と、僕を稽古に混ぜて、発声練習、声劇、インプロなど、こんな何もない小学生に味合わせていいのかというほど豪華な体験をさせてもらった。見ている中ではとても輝かしく、煌めいていて、まるで全てが僕の思い通りになるような感覚が手足に宿って、偽りでも何も得られない僕の何かがここで埋められた気がする、ここに居たら、僕の居場所は見つかるだろうか、通っていたら、人間の習性に合うような人間になれるのだろうか。
「…僕も、こんなところにずっといられたら……」
「居られるわよ、ヒカルくんがそれを望むのなら」
目の前の女性が僕の独り言にそう返した、どうしてそう言い切れるのだろうか、僕には何もないはずなのに
「私のお財布から出してあげる、…お礼は出世払いかしら、期待しているわよ」
出世払い、そう言ってその女性は、僕に小学生に渡すにしては多すぎるお小遣いというものを渡した…僕をそこまで買いかぶっているのか、同情しているのか、そのどちらより残酷な理由だというのを、何も持たず、何も知らず、何も成せずな僕には分からなかった。
何かが変わったのは小学三年生からだった、ララライでの稽古を続けていくうちに僕はララライが現場に出せる最低限の演技力を身に付けた、エキストラでもなんでも、少しでもカメラに顔を出せば仕事と判定される。お小遣い稼ぎくらいなら簡単だった、書類はハンコだけで済んだのも幸いだ、父が寝ている間に家から盗み出せば、僕は自由に行動が出来た。
学校生活にも余裕が出来た、自分で稼いだお金を服や文房具に使えるのは、何かと満足感を得られた、これは自分で稼いだものだと言えば称賛され、友人と呼べるような存在も何人か作れた。ドラマに出たことを言えばみんなから羨望の声が聞こえた、それで僕の支配欲と言うものは生まれたんだと思う。
その内、仕事中に女性…姫川愛梨と一緒に仕事をする機会が多いということに気が付いた、一緒のドラマでエキストラと主演女優だったり、立場はまだまだ僕の方が下だったが、僕がエキストラするところに必ずと言っていいほど愛梨さんがいた。7月20日、初めて僕に触れて、頭を撫でてくれた、熱い日差しが差し込んで、差し入れの冷たいドリンクを飲んでいた時だった、風も空気も現場も熱い癖に、その時の心はなんとも言えない感じで、じんわりと胸の中が悪くない熱を持っていたようにも思えた。
愛梨さんとそんな関係性を持ってから、また二年くらい…、日記帳に書き記されてるのを見ると小学五年生になりたての、4月12日、愛梨さんの家に泊まりに行った時に、僕は女性の本質を知ったように思える。「これが愛よ」愛梨さんは恍惚の顔でそう言って僕の体を撫で回す、唇で僕の体にマーキングするように何度も撫でていた、僕は女性の身体の色を知らなかった、母親との思い出は無かったし、女の子の身体なんて見る機会は無かった、愛梨さんの身体に包み込まれて、最初は捲れる感覚が痛かった、無条件に快楽を受け入れさせられ、煩わしく甲高い声を何度も聞いて、潰されそうなくらいの圧を何度も受けて、僕は初めて守るべきだった身体の一部を汚した。
その後、何度も呼び出されて、愛、という行為を行った、愛はいろんな種類があるらしい、手足を縛ったり、酸欠になるまで首を掴まれたり、女の子の格好で愛梨さんみたいに自分の中に何かを受け入れたり、…愛は秘密で行う行為で、誰かに言ってはならないし、受け入れる側は黙って全部を飲み込む、それが愛梨さんの教えてくれた愛だった、僕はその愛にとことん従順だった、疑うこともなく当たり前のように受け入れる、それが愛、僕が父にされていたことも、全部愛だったんだ、ちゃんと父は僕を愛していた、そしてちゃんと返せていた。そう思うと全てが腑に落ちて、幼少の頃に傷付いた心が癒されて僕の元に帰ってきてくれた気がした。
例えそれが全部嘘だとしても、僕はそれを信用するしかない。嘘は愛だ、目の色を変えて、その人の前にだけ輝いて、
僕はいつか<人を
「…今日もまたそれをするの?」
「…ハマッちゃったみたい、…あの人とするよりきもちいいのよ」
縄を持っている愛梨さんの顔を覗き込む、僕を無抵抗の状態にして愛し合うのが愛梨さんの中で流行っているらしい、そんなことしなくても抵抗しないと言ったら、なんとなく、と帰ってきた、…あの人というのは、愛梨さんの旦那さん、二人は愛し合っているはずなのに、どうして僕とも愛し合っているんだろうか。秋くらいに、ようやくその疑問に辿り着いた。
「ねえ、僕と愛し合うのと、あの人と愛し合うの、…何が違うの」
「あの人よりも、…いつもするとき、気持ちよさそう、ほら、今もこうして欲しがっているでしょう?」
そして僕の胸に触れる、僕は愛が欲しいのだろうか、唇を合わせて、僕に女性の象徴を掴ませる、その後の記憶は日記に記録する前に忘れてしまった、愛梨さんとした後は、いつもこうだ、…ただ覚えている感覚は冬場のぬるま湯に浸かっている様な、なんとも言えない気持ちよさと気持ち悪さの狭間にいることくらいだった。