抱きしめて殺せ!   作:ぞんぞりもす

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☆二五話

 仕事は順調だったし、N.I.A優勝のわたしの実力とプロデューサーの手腕も相まって着実に増えていった。

 けれど、わたしはいまだ自分が一番星(プリマステラ)なのだという事実を心の外側だけで受け止めていた。最も近くにいる一人を魅了できずして、何がアイドルだろうか。

 

「ありふれた感性の人だったら、いまごろイチコロだったのに」

「でもそんな人が美鈴のプロデュースなんてうまくできるわけないじゃん」

「どうしてまりちゃんはわたしをゲテモノ扱いするんですか?」

 

 げ、と顔を青くしたまりちゃんは、窓の外へ目を移す。若干緑がかったくせっ毛は、深まった緑よりもずっときれいな色をしている。

 今日は二人でラジオの生放送をしたあと、郊外にあるショッピングモールを見てから帰る予定だった。都心ではないので、いきいきした緑がすいすい流れた。

 

「ばかって言いたいです」

「……私に?」

「さて、どちらでしょうか」

「ごめんってば!」

 

 運転席で麗さんが笑った。

 

 このごろ、わたしとまりちゃんが一緒の現場には、麗さんが付き添うようになった。わたしは馴染みのない加速とブレーキに何度も揺られた。

 プロデューサーは麗さんのことを「信用していますから」なんて言ったけれど、きっとそれは、まっかにならない程度の嘘だろう。徐々にデュオに移行しているのだ。わたしは納得していないけれど、既成事実が増えているのが納得いかない。

 

 麗さんはどう考えているのか聞いてみたいけれど、今のわたしには井戸の底を覗く勇気がなかった。

 

 服や備品を見て回る前に夕食を済ませることになり、まりちゃんの意見でファストフード店へ入る。麗さんをちらと見たけれど、「まぁ今日くらいはいいんじゃない? その代わり明日からまた気をつけないと駄目よ」と言うだけだった。

 

 発作的に食べたくなることがある、ジャンキーなにおいだ。そう言えばプロデューサーってそういうもの嫌いそうだなぁと思いながら注文した。飲み物はもちろん烏龍茶。そこはまりちゃんも一緒だった。

 

「中等部にいたころは……休日によく集まっていましたよね」

「へぇ。マックとか意外と行ってたの?」

「あ、いえ。カフェとかお食事どころとか、ラーメン屋さんとか。情報を仕入れるのがわたしの役目で、まりちゃんを誘って、りんちゃんも引っ張って……」

 

 毎日がちょっとした女子会気分だった。レッスンのない休日は街へ繰り出していたのだから、なおのこと。

 気がつけばそんなことはしなくなっていて、寮と学園とを行き来する日々に変わり果てていた。わたしの日常は再び色を取り戻したのかもしれない。カラフルとまでは、言えないけれど。

 

 手もとのスマホは、いまだ温度のないかたい板のままだった。一応プロデューサーに『無事に終わりました』と連絡しているのに。

 

 店員さんの呼び声に、まりちゃんは「できたって」と声を弾ませた。椅子が踊り、わたしたちはそれを見て目尻を下げた。

 

 

 大型ショッピングモールの二階を広く使った店舗には、もちろん他の学校の子たちもいて、わたしたちはその中に溶けていた。秦谷美鈴と月村手毬を知らない人からすれば、まさかわたしたちが仕事終わりなんて思わないだろう。

 せいぜい、大学生のお姉ちゃんに連れられてきた妹とその友だち、なんて認識をされるくらいだろうか。ここでは私たちは普通の女の子になれた。

 

「なんだか女子高生みたいですね」

 

 先ほどの席にトレーを置き、口を開く。まりちゃんは待ちきれないといった様子で包装紙を開けていた。両手で掴んだそれを空中で静止させて、わたしに返答する。

 

「私たちはそうなんだけど」

「ちょっとどうして私だけ省くのよ。私だってまだ大学生って年なんだから誤差よ誤差」

「年齢の誤差って、普通、年下が気を遣って言ってあげるものじゃないの?」

「あなたたちが言わないから自分で言ってあげてるの!」

 

 プロデューサーと話すときよりもいくらかフランクな調子の麗さんは、まりちゃんと同様に食事に手をつける。わたしはとりあえず、ポテトのセットを頼んだはいいものの食べ切れないだろうから、と紙ナプキンに広げた。

 

 

 同階にあるゲームセンターの音楽とか、ジャラジャラした物音? とかに華やかな声がまざっていて、まるでライブ会場みたいに騒がしい。統一感のない騒がしさだから、ただうるさいだけかもしれない。

 わたしたちは食事に夢中になったまりちゃんを置き去りにして話した。

 

 話は弾み、思いもよらぬ方向に跳ねた。わたしのプロデューサーの話になったのだ。その瞬間にまりちゃんは取り澄ました顔でごちそうさまをしたので、二人は裏で結託していたのかもしれなかった。ちなみにわたしは半分も食べ進めていない。

 

「お二人の関係こそ、本当にプロデューサーとアイドルという感じです」

 

 話題をそらす意味を込めて、わたしは呟く。まりちゃんと麗さんは顔を見合わせた。メインディッシュを食べ終えてポテトをつまみ始めるところまでそっくりだった。

 もしもわたしとプロデューサーなら、半月型まで食べ進めたバンズで口もとを隠して話をするだろうか。

 

「別にそうでもないと思うけど」

「えーそんなこと言っちゃうの!? 今まで一緒にやってきたのに!」

「ちが――! そういう意味じゃなくて! 最後まで話聞いてよね。そそっかしい」

「手毬ちゃんが突飛なこと言い出すからよ……私はね、あなたが階段を何段か飛ばしているのが分からないの。それならちゃんと一から説明して」

「はいはい、分かったから」

「ねえなんで私がしょうがない人みたいになってるの?」

 

 不当な扱いを嘆く麗さんをスルーし、まりちゃんはわざとらしい咳払いをする。ほんのわずかな隙間から漏れる信頼と信念だけでお腹いっぱいだ。

 

「別に夫婦みたいなペアがあってもいいし、それぞれの人同士が惹かれ合ったペアがあってもいいよ。ただ、私たちがアイドルだってことは忘れちゃいけない。つまり見せていいのは、表側だけ。それさえ守ってればどんなのでもいいんじゃないの?」

「まあもうちょっと忠告するとすれば、藪の中をつつくような輩って意外と多いから気をつけないと――ってくらいかしらね。おおむね手毬ちゃんの言葉に賛成」

 

 二人はなんとなくビジネスの方向でかたまっていて、その球体を人格のベールが薄く覆っているような感じがした。似た作りの基盤が接着剤でくっついている感じというか。

 そういう関係を、わたしだって作りたいのだ。がぶり、とバンズに歯を立てる。記憶より小さいエビカツがたやすく切り裂かれる。

 

 

「俊くんももうちょっと私たちを頼ればいいのにね」

 

 二人の話に耳を傾けていると、不意に麗さんは私に水を向けた。わたしは考えるふりをしながら、タルタルソースや揚げ衣のついた包装紙を短冊状に折り、結ぶ。

 

「甘えるのは正当な権利であると、以前説明したことがあります」

「それで返事は?」

 

 私は首を振る。麗さんは「そうよねえ」と頬杖をついた。

 

「まったく何考えてるのかしら。私も何回か言ったことあるんだけど、ほんっとに聞かないわよね。あさり先生も手を焼いてたわ」

「おそらくプロデューサーは……」

 

 時として、甘えないことは攻撃になりうる。

 逆に、相手の都合を考えずに甘えすぎることも攻撃になりうる。

 甘えとは、その境目を器用に(・・・)に渡ることなのだと思う。

 

「自分はその加減ができないだろうと考えているのだと思います」

 

 他にも、自分一人で背負いたいと考えているとか。苦しみの強度を落としたくないとか。

 本人に直接聞けばいいのだ。でも、聞いたところではぐらかされるだろうから、こんなふうに想像を巡らせている。

 

 これがしたい――と、人はときどき、強すぎる思念に襲われ、突き動かされることがある。プロデューサーが常にその強度で生き続けていることしか分からなかった。

 

「だからといってそれを全部断つのはどうかと思うけどね。ゲームもお菓子も禁止されていた子どもが、大人になってから、そういうのにはまっちゃうって気持ちも分からないわけじゃないんだけど」

「わたしのプロデューサーなら、お金持ちが貧乏になったとき、生活水準を落とせると思いますか? と問いかけると思います。そして次の言葉は、どうしようもない渇望の波に流されるまま、新しい依存先を探すのだと思います、です」

「すごい。あの取りつく島もない感じにそっくり」

「待ってください。いま、わたしのプロデューサーを罵りましたか?」

「それは違うかしら~?」

 

 わたしとしては、甘えすぎてもらって一向に構わないけれど。それをプロデューサーは承知しない。

 自分を壊すならまだしも、俺がなんの権利を持っていて人のことを壊すんだ、などと叫ぶだろう。自分を壊すのだっていけないのに、相手を壊すくらいなら当然自分を壊すような人だし。

 

 我ながら解像度が高い。でも、知っているだけじゃなんにもならない。

 

「自分が自分を許せるのか、が焦点なのかもしれません」

「そんな生きてるだけで大罪みたいなことある?」

「どうでしょう」

「……彼みたいな人がもっと多ければ犯罪が減ったのにね」

「その代わりに自殺者が急増しますし、政治だって立ちいかなくなるでしょう。出生率も韓国より下がるかもしれません」

「すごい。思ったよりも弊害があったわ」

「いま、わたしのプロデューサーを害虫と罵りましたか?」

「それもうあなたの言葉じゃないかしら!?」

「プロデューサーを虫かごに閉じ込めれば、わたしはずっと一緒にいられますね」

「美鈴ちゃ~ん?」

 

 間違いなく寿命をまっとうはしないだろうけれど。

 

 人は、自分という果皮が剥かれることを厭う。特に家の中でさらに殻に閉じこもっているような人は。だから、きっと、進んで暴こうとするわたしを彼は軽蔑するのかもしれない。でもそうしなければ人が離れていくのなら。

 

 わたしは、手を伸ばさなかった後悔の味を知っている。わたしに残された道など多くはないのだ。光に続く道がそれしかないのであれば、突き進む。

 みんなに夢を与えるアイドルが夢すら見られないなんて、そんな悲劇、あってはならない。

 

 

 わたしたちの集まりは、いつしかプロデューサーの外堀を埋める会議になった。

 

 そこでわたしが「動きを教えてください」と相談したところ、まりちゃんは即決で頷いたし、麗さんの動きも迅速だった。

 いわく、「これ以上ないくらいのペアなのに、どうしてこうなっているのか意味が分からないから」とのことだった。

 

「その前に一ついいかしら? 私から見た美鈴ちゃん評なんだけど、聞いてもらえる? 本当にそれでいいのかも確認もしたいから」

 

 唐突に口を開いた麗さんは、ラーメンとセットで頼んだ半チャーハンを口に運ぶ。まりちゃんも麗さんも、わたしからすれば逞しい量を注文していた。なんだか昔を思い出すような、でも少しだけ形の違う関係だ。

 パンチの利いた香りには、場にそぐわない哀愁がまざっている。

 

 チャーシューを嚥下した麗さんは笑みを消し、「たぶんだけどね」と真剣な表情を作る。

 

「美鈴ちゃんが好きな人――っていうとダブルミーニングでややこしいんだけど、もうこの場合はプロデューサーで通じるかしら? あなたが振り向かせたいと思っている人ね――が振り向いたら、きっともう、美鈴ちゃんの好きなその人じゃなくなっちゃうんじゃないかしら」

 

 麗さんは言葉を選ぶ間を作り、やがて諦めたように「美鈴ちゃんってほら、けっこう癖のある人を好むし、わりと自分だってそういうところがあるじゃない?」と伝える。

 嫌々だったけれど、わたしは頷くほかなかった。

 

 まりちゃんもプロデューサーも、わたしを見てくれない。自身の目標へひた走っている。だからわたしは、二人を振り向かせたいと歩いている。

 もしその人が振り向いてくれて、わたしでいっぱいになっとき、わたしは変質したその人を好きのままでいられるのか――という話だろう。愚問だった。

 

 わたしがプロデューサーに傾ける思いを、吹けば飛ぶような現実の恋愛と同じにしてもらっては困る。わたしの気持ちだって現実のそれなのだけれど。

 

 麗さんはわたしの答えを聞き、引くどころか強気に笑った。

 

「そうこなくっちゃね」

 

「それならどうしましょうね」と麗さんはラーメンを啜った。きっとこの人は汁までいくんだろうな、と思った。

「難しいです」と独り言のように言ったわたしへ向けて、まりちゃんは「やっぱり不器用だよね」と声をかける。見るとすでに食べ終わっていた。今まで黙っていたのは食べていたからだろう。

 

「まりちゃんには言われたくありません」

「それはそうだけど。でも美鈴って、私はなんでも器用にこなせます、だからサボりますって顔してるのにできてないから」

「まりちゃん?」

「歌は私よりもうまいのにね」

「まりちゃぁん?」

 

 まりちゃんはわたしの笑みに屈しなかった。素知らぬ顔で厨房のほうに首を伸ばしている。

 

「ま、それも今じゃどうか分かんないけどね。私のほうがうまいかも」

「わたしはまだ負けませんよ」

「そんなの次のオーディションで覆してみせるから。ていうか麺伸びるけどいいの?」

「あ――」

「ほら、そういうところだよ」

 

 自分から話を振っておきながら、まりちゃんは何食わぬ顔でそういうことを言う。わたしは慌てて箸とレンゲを動かした。

 

 やがて器をことんと置いた麗さんは、「ちょっとやってみたいことがあったのよね」とわたしを見た。わたしはレンゲに乗せたちょこっとの麺を口もとに運ぶところだった。

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