「俺にあなたのプロデュースを続けさせてください」
初めて、プロデューサーはわたしに深々と頭を下げた。
ほんの数ミリだけ雪の積もった二月の初め……バレンタインでは何を渡そうかと考えていた時期のことだ。お願い事を続けていたのはわたしなのに、なぜか逆にアプローチを受けたのが意外だった。
年度が終わるまでは――つまるところ約束の終着までは、ずいぶんと時間があるけれど。先んじて動くのがプロデューサーだ。
そのときなんと答えたのか、わたしはよく覚えていない。即答で頷いたのか、驚きに言葉を失ったのか、それとも抱きついたのか。分岐した平行世界を幾度も思い描き、困り果てたすえに当時の反応を尋ねると、プロデューサーは首に手を当てて答えなかった。
今でも思い返し、夢にも見る。
シャボン玉みたいな夢は、いつだって彼の言葉を聞いた瞬間に弾けて消える。まるで、ここからは夢なんて必要ないと伝えてくるみたいに。N.I.A優勝のときみたいにまるで実感はなくて、気がつけば桜が散っていた。
「今日中に終わるでしょうか」ととなりから声。
わたしはそちらを見上げ、「おそらく無理ですね」とほほえんだ。今日はヘッドホンを見て、新居の家具を見て――と言っても大体は持ちこんでいるけれど――昼食を挟んで再び家具を見る予定でいた。
「今月中に再びどこかで、ですか。またスケジュールを調整しないといけません」
「レッスンをサボりますか」
「それは最終手段ですね……まとまった数時間を確保できるのはとても魅力的なんですが」
「でしたらどこかでオフの日を合わせるほかありません。今日みたいに」
「朝からサボれば休みが生成できるんですけどね」
「言い忘れていたのですが、わたし、プロデューサーとの会話を録音して聞き返すのが好きなんです。わたしを唆してくれているのですか?」
人々の思い通りの形に整えられた木が、歪な影を作っている。わたしは葉によって砕けた光を浴びる。木漏れ日は踊るように肩を通り過ぎた。
「もののたとえですよ。俺は休みを作りやすいんですけどね……」
「学期が変わって単位も変わったんでしたっけ。火曜日全休でしたよね? それならわたしも火曜日に熱を出しましょうか……」
「熱を出したら休んでくださいね」
「看病してくださる同居人がちょうどいいところにいますからね」
プロデューサーは、しまった、と苦い顔をした。
「てっきり出かける方面で話を持っていかれると思ったら、そっちでしたか……」
新体制となったわたしたち三人のユニットは、トリオとしての実力はまだ発展途上だけれど、すでに今夏のN.I.Aに出られない知名度となっていて。それなりに忙しい。仕事のない日はレッスン漬けだ。わたしの足が軽い日は、こんなふうにプロデューサーと並んで歩ける日くらいしかない。
表向きのプロデューサーは麗さんだった。
しかしわたしは麗さんのことを麗さんと呼び、俊さんのことをプロデューサーと呼ぶ。未来永劫わたしのプロデューサーは一人だ。プロデューサーをわたし専属にしろと談判して押し通した。
大型ショッピングモールの中は相変わらずきんきんに冷えていた。あえて薄着で来てプロデューサーの上着を奪うのも一つの手だっただろうか――となりには、去年から変わらない光景が。それだけで十分な幸福だった。
初夏の装いとなったプロデューサーは、開襟のワイシャツに夏用のスラックスを合わせるいつものスタイルに、薄手の上着を羽織っている。生き方のようにおかたい服装が染みついていて、楽なのだという。耳を疑ったけれど、現実がプロデューサーの証人だった。
プロデューサーの服装の致命的な欠陥は、デート感がない、という一言に尽きる。まりちゃんもりんちゃんも、これには同意してくれた。去年までのわたしならどうこうしようとしただろうけれど、今はもう、そういうものか、と思うようになった。
ファッションは料理と同じなのだ。その人に食べてもらいたい、その人に見てもらいたいなどの意味を自分で見出して初めて、気を配れるようになる。そして芯に他人を介在させたがらない人は、その視点を欠きやすい。服装一つで愛情を測るよりも、日常の端々で感じたほうがきっといい。
「どうです? 何やら低音がとても響くという話でしたが」
「値段相応で……今使っているものよりもずっとすごいです。何がどうすごいのかは、はい……」
お試し音源が耳に響く。予算は二万円。かなりいいものを買えるだろう。何がどういいのかは、まりちゃんみたいに詳しい人に聞かないとあれだけれど。
わたしからヘッドホンを受け取ったプロデューサーは別の商品をわたしに手渡し、自分はわたしが先ほど使ったものをつける。神妙な顔が面白い。首を傾げているので、わたしと同じ感想だろう。
新曲を流すわけだし、そこまでうるさい環境で使うことも想定していない。ノイズキャンセリングよりも音質重視で――などと協力ゲームを進めるときみたいに話し合った。
プロデューサーのこういった姿は、わたしと二人きりのときにしか見られない。つまりわたししか積極的なプロデューサーを見ることはない。
「ハンバーガーなんて久しぶりに食べました」
「わたしは頻繁に食べますよ。仕事終わりに四人で……など。それなりに」
関係ないパソコン用品やイヤホンまで見たので時間は押したけれど、無事にヘッドホンを見繕った。
昼食を取ったら、サイズの合わなかったカーテンを見て、それからいい洗濯機がないかを見てみる。新居のやつはかなり古かったのだ。キッチン用品やベッドは持ち込みでごまかしたし、机や椅子だって業者さんに頼んですでに移してもらっているので問題はない。
炊飯器が頭をよぎり、あとで提案しようと思った。今はプロデューサーの見慣れない食事風景を見るので忙しい。
「手作りでハンバーガーなんて聞きませんよね。わたしが作るとしてもサンドイッチですし……バンズって食パンと同じコーナーなんでしょうか?」
「だから食べないんでしょうね」
プロデューサーはそう言って店の外を見た。一箇所しかない出入り口から見える人々の姿には、様々な関係の形態があった。異様な組み合わせも家族連れっぽい組み合わせもあって、わたしたちはその中にうまく馴染んでいるのだろうか、と考える。
正解はきっと、そこまで気にされていない、だ。
「美鈴は……いつもバランスを考えたご飯を作るじゃないですか」
「どこかの誰かさんは不摂生ですからね」
「無理してご飯を食べようとは思わないんです。外でも中でも」
「せめて中では食べてください。今度食べていなかったらむりやり食べさせますからね。鳥みたいに」
「口移しはさすがにちょっと」
「でしたら食べてください」
笑い方を忘れてしまったと語ったことのあるプロデューサーは、自然と笑った。いつからか忘れてしまったものは、同様に、気がつけば手の中に収まっている。なくしたことを悔いてばかりでは、それが戻ってきたことにも気づけない。
物事はたいてい、飼っている猫みたいにふらっと出て行ってはふらっと戻ってくるものだ。
上の気づきを人生経験なんて言うと仰々しい。人生なんて、あれとこれって似ているなってものを探すくらいの温度感がちょうどいい。もちろん、その強度で生きられない人もいるけれど。
会話の多い昼食にかなりの時間を取られたあと、上の階に向かう。エスカレーターを一つ隔てただけで世界は違って見えた。
「カーテンは何がいいんでしょうね」
長い分にはいくらでもやりようがあるので、一緒に測った長さからそれよりも長いやつを順番に見ていく。プロデューサーはいくつかの生地に触れ、最終的に首を傾げた。
「生地の手触りはいいんですけど、カーテンってそういうものではありませんしね」
指先をこすり合わせる仕草をしている。
まねして触ったけれど、ホテルみたいに分厚いカーテンから光を遮れなさそうな薄いカーテンに至るまで、すべてさらさらしている。わたしは困り果てたすえに、壁に貼られていた選び方に目を通した。
「遮光のレベル? で選ぶのが鉄板らしいです。みんなもきっとそれで選んでいるんですよ」
プロデューサーは色よりも機能を重視しそうだ。
一人で暮らすならかわいい色を選んでも問題ないけれど、成人男性と住むのだから、自分の感性のままに選ぶわけにはいかない。でもすり合わせならできるだろう。さんざんすれ違ってきたのだからその分だけ得意になっているはずなのだ。
わたしは遮光のレベルが「5」と表記されている厚いカーテンに触れる。
「プロデューサーはこういったものを好みそうですよね。暗そうで」
「場合によっては悪口ですよ」と言いながら、わたしの手とは少し離れた場所に手を当てるプロデューサー。
ぴとっと手を重ね合わせたら、ため息で返事をされた。
「否定はしませんけれども……遮光できるものとなると高いですよ。生地で値段も変わってきますし、正直よく分かりません」
「以前のお家はどうだったんでしょう」
ちょくちょく通っていたけれど、カーテンなんて見なかった。あれは開けたり閉めたりするものであって、わたしにとっては模様を眺めるものではないから。今後は人と選んだ思い出の品の一つとして、わたしはときおり、その感触から過去に羽ばたくのだろうか。
「暮らしていても分からないものですね。気にしたこともありませんでした。美鈴は?」
「まりちゃんが、暗いの一択、と言ったのでそうなりました。一人部屋のときは……どうだったんでしょう?」
「やっぱりそうなりますよね。暗いのにして違いって分かりました?」
「正直、何が違うのかは……」
プロデューサーは口もとを手で隠した。
「俺も大概、日常の感覚が馬鹿な自覚はあるんですけど。美鈴も美鈴だよね」
ハイボールを二杯とか飲まないとこぼれない特別な語尾がぽろっとすべり落ちる。プロデューサーは遅れて自覚したのか恥ずかしそうにしたあと、おどけて肩を竦めた。
それはそれとして。
「わたしも大概とはどういった了見でしょうか」
「自覚があると思っていました。手毬さんからも燐羽さんからもさんざん言われていましたからね」
「あの二人は言いすぎなんです」
そっぽを向いた拍子に別の売り場が目についた。ソファで遊ぶ子どもが、水泳ゴーグルみたいにアイマスクを上にやっている。わたしはシャツの裾を引いて、視線で向こうを示した。
「手頃な価格のものを買って、いざとなったらアイマスクなどを使えばいいのではありませんか? 持ち歩けばサボっているときでもどこでも眠れますし。一緒のものを買いましょう」
「まざりますね、それ。むしろそれが狙いですか」
「くっつくなら目もとからと言いますから」
「どこの国のことわざですか」
「うーん……ぱらぐあい?」
「この国確かあったよね……? みたいなパラグアイでしたね」
プロデューサーは遠くの子どもをまじまじと見ながら「あれって洗濯できるんでしょうか」と呟く。あまり見すぎるのもよくないからさり気なく示したのだけれど、まあ、そんな気はしていた。
そのうちに両親があらわれ、子どもたちの手を引いた。仲睦まじい様子で陳列棚に隠れた四人家族みたいに、いつしかわたしも、そうなれるのだろうか。
腰回りはアイドルらしく括れ、下腹は他の女の子よりも筋肉の分だけ引っ込んでいるわたしの小さな体に、もう一つの人生がはたして本当に収まるのだろうか。
自分の体に命が宿ることも、体外に生まれ出た命が自分の血を半分継いでいることにも、実感はわかない。調べても理解できた試しがない。いわゆる外側なのだな、と当時のわたしは思った気がする。
たいていの物事がそうだ。むしろ明確に実感がわくもののほうが少ないはずなのに、わたしたちはつい分かりやすさを求めてしまう。
明確にしたいのは、分かりやすいからじゃなくて、自分を安心させるためかもしれない、と思った。
「これ」と不意に言い、プロデューサーは足を止める。彼の手には星空から星を抜いたときみたいな、決して曇天には成せない透き通った夜が握られていた。
性能がなにかいいのだろうか。それともコスパ? 成分表示みたいに細かい文字列を追い、次いでそれよりも文字が大きい値札に視線が吸い込まれる。脳内に浮かんだ疑問を口にするよりも、プロデューサーの口の動きに惹きつけられた。
「美鈴の色とそっくりです」
たったそれだけ。でも、これにしたいな、と思った。その横顔を独り占めにして、わたしの一生に刻みつけてもらって、逆にわたしの一生を刻みつけてやりたいと思った。
アイドルとしてのステージではなくて、たった一足の靴下や、使っているカーテンが生活を実感させてくれる。こういうのでいいのだ。
世間から見たわたしたちはアイドルとプロデューサーだけれど、もしもそれが営利を目的とした形態を指すのであれば、わたしたちはそんな不自然な関係に甘んじることはない。でもわたしたちを知っているのは結局のところわたしたちしかいないわけだし、であれば無理に公表する必要もない。したらよく燃えるだろう。
関わりが間違いでも正解でもいい。名前などなくてもいい。あなたとさえいられれば。
洗濯機と炊飯器は高い買い物だから、もっと時間を取ってじっくり話し合うことになった。
楽しかった。何よりも。あと何回こうできるだろうと指折り数える夜道は、寂しい。寂しいと楽しくない。それがなくなった。
「やっぱり終わりませんでしたね」とわたしはプロデューサーに笑いかける。
「いつにしましょうか」と彼はさっそくスケジュールアプリとにらめっこをしていた。
漁り火にも似た明かりから遠ざかる、駅までの緩い道。マネキンの並ぶショーウィンドウ。
一足先に次の季節を生きる彼らは鮮やかで、さらにライトアップまでされていた。女性物から男性物に並びが変化し、いつかコーディネートしたいな、なんてとなりを見る。青白く発光する端末のほうが彼の気を引くらしい。
そんなのいつだって見られるのに。わたしとここを並んで歩く景色はいまだけのものなのに。一つとして同じ風景なんて存在しないのに。無性に腹が立った。
「プロデューサー、ふく」と呼びかけてみる。彼はわたしを見たあと、馴染みのない鼓動を聞いたみたいに目線を動かす。
呉服店の横の店はもう閉まっていて、だから、わたしが次に目を向けたガラスはまっくらで。安らいだ顔のわたしたちが映っていた。
春も趣味も人間関係も、ほんの一握りでいいのかもしれない。致死量のそれらを浴びせかけられたら死んでしまう人がいることを、わたしはよくよく覚えていないといけない。
さっそくカーテンをつけて部屋を暗くしてみる。「分からないですね」とわたしたちは笑いあった。朝になってみなければ買ったアイマスクの出番があるかどうかさえ分からない。適当だ。
電気をつけようと動くプロデューサーを呼び止め、抱きしめる。
プロデューサーの体温を感じたのは、初めてだった。……何度も感じているけれど、なんなら風呂に突撃して背中を合わせたことだってあるけれど、でも、そういうんじゃない。この体で地球に立っているのだな、と思ったら愛おしさが込み上げてきて、わたしはそれに対して体温を感じたと思ったのだ。きっと。
ライブでステージに立つのだって、私室でぼーっと突っ立っているのだって、どちらも疲れる。そこに違いなどないのだと思う。
「まっくらですね」
「どうしてスマホを取り出したんですか、いいところなのに。無粋です。無粋な光です」
闇が戻ってきたけれど、瞼の裏に白い光が突き刺さって抜けない。まったく何を考えているんだ。
「……いつまでこうしているつもりですか」
「いつまでも」
「いつまでも、いつまでも、二人は幸せに暮らしましたとさ」
プロデューサーは言葉とは反対に、巻きつくわたしの手を解こうとする。
「絵本の終わり方でよくありますけど、それならどうして描写してくれないんでしょうね。最後まで」
「だって嫌じゃないですか。どちらかが亡くなって、もう一方の人が悲しみに耽ったり、あるいは老老介護をするような絵面」
「ええ……思っていたよりもリアル……」
「読者にそんな想像をさせるくらいなら、幸福な部分だけを切り取って、それ以外は全部ぼやかしたほうが優しいんです。俺たちが生きているのは現実ですけど、物語の中は現実じゃありませんから」
前までのプロデューサーなら「どうしてでしょうね」と流したような気がする。つい前までを思い出してしまうのは、それだけいまと昔との違いが目立っているからなのだろうか。
プロデューサーは闇みたいに、抱きしめ続ければ弱みや本音を見せてくれてくれるらしい。そのときに思い切りぶすりとやってやろう。それまでは、抜け出されても抱きしめ続けよう。たとえ空っぽでも。
「いま、生きていて苦しいですか」
「苦しくないことなんてありませんよ」
「それならよかった。あなたはまだ自分で自分を許すことができますね」
苦痛はプロデューサーの守護霊みたいなものだ。私はこんなにも甘い気持ちに見守られているというのに!
やっぱり、分からない。
いまだに深夜まで起きている理由が。五人のグループラインに残された軌跡の時刻が。わたしの胸が締めつけられていることを知りながら、憑かれたように歩き続ける意思が。
一生こうなのかもしれない。それなら、しょうがない。わたしは不器用らしいのだから、プロデューサーの生き方を近くで見て、学ぶとしよう。そうすれば安泰だ。
そんなことを考えていたものだから、危うく次の言葉を聞き逃すところだった。
「俺はまだ、甘えていないつもりでいますが。……でもきっと甘えまくっているんでしょうね」
「……え? プロデューサーはわたしに甘えているのですか? それも甘えまくっている?」
「分かりません。たぶん」
「すごいじゃないですか! 尻尾を、尻尾を振りましょうか」
「生えてないですね。というか美鈴さんが振る側なんですか」
「わたし……は、飼い主ですよ! プロデューサーはゴールデンレトリーバーです!」
「そのゴールデンレトリーバーはおそらく、散歩に行きたがらないでしょうね」
ペットに対してそうするように頭を撫でてみると、不思議とプロデューサーは抵抗しなかった。
沈黙が奏でられて、演者の二人は静止していた。
「プロデューサーは……会話ベタですよね」
「まぁ」
「ほら、そういうところ」
雑談なんて、今日あったこととか、何かを見て思ったことを言えばいいだけだ。それなのに無から一を生成しているみたいに考えているのだろう。
とりとめもないことを話す幸福なんて、家族との付き合いで覚えられるものだと思っていた。なんでもない幸福が、プロデューサーにとっては未知の恐怖と直結しているのかもしれない。
「俊……俊さん、ですね。やっぱり。その呼び方のほうがわたしのお淑やかなイメージに合うと思いませんか? こう、ゆかしさが」
プロデューサーの返答を聞くつもりはなかった。雑談って、こんな感じだ。感性をさらけ出すことだ。
わたしはそんなことを続けざまに言った。
「はい。わたしはお手本を見せました。リピートアフターみすず」
「それだとオウム返しにしますけど」
「とにかくなんでもいいんです」
「だんだん面倒くさくなっていませんか」と言ったプロデューサーは、うんうん唸り始めた。思考に没頭しているとき特有の身体のぐらつきを感じた。
「美鈴の……自信があるところとか、手毬さんの自分を絶対視する態度とか、そういうところがずっと不思議でした」
「わたしたちは似ていますか?」
「強情でわがままなところがそっくりです」
「プロデューサー?」と抱きつく力を強める。
彼はそんなこと気にも留めずに「でも手毬さんと俺も重なるところがあります。もちろん正面から違うところもあります。俺はあんなふうになれない」と言った。
こんなときでも別の女の話をすることに、悪気などないのだろうな、と思った。
「自己肯定感なんてなくてもいいんですよ」
プロデューサーは珍しく吐き捨てた。わたしには話の繋がりが見えず、時間をかけてようやく、まりちゃんのことを自己肯定感がある人と捉えているからそう繋げたのだと分かった。
「結論を投げつけたら、クッションも一緒に投げつけてください。わたしはそれを抱きしめてもう一度あなたの話を聞きますから」
「……暗いところでしか話せないです」
「構いませんとも」
「暗かったら、結論もクッションもどこに投げればいいのか分かりません」
「くっついていれば明確です。朝が来たら一緒に部屋を掃除することだってできます。もう別々の家ではないのですから」
このやり取りで、やっとプロデューサーは腹を括ったようだった。
自己肯定感がもてはやされがちだけれど、肝心なのは受容すること。自分を否定しながら、嫌いな自分を受け止めて、明日はそんな自分を一ミリでも……これ以上嫌いにならないように進むしかない。
小さな努力が積もり積もって大きな成功になるように、小さな否定が積み重なって強固な自己否定を作り上げた。駄目なのは前提だ。でも、駄目でも、駄目な自分を受け入れて歩くしかない。努力を続けるしかない。
続きを選ぶことも、終わらせることも、どちらを選ぶにしろ勇気がない。惰性で続きを選ばされている。それでも生きるしかなかった、とプロデューサーは話を締めくくった。
努力しない自分を認めることができないのは、後天的に育った悪性腫瘍なのだ。いつか摘出できればいいけれど、いまのわたしは転移させないだけで手いっぱいなような気もする。
「でも、選ばれなくても選んだ命が人生じゃないですか。生まれることを選べなかった私たちは、その日からみんな惰性で生きているのかもしれませんよ」
「美鈴も、手毬さんも……アイドルを目指すみんなもですか」
「それは……違いますけど」
「だろう? 俺を肯定するために世界を否定する必要はないんです」
「世界でもなんでも敵に回したって、怖くありません。二人きりのときくらいは、せめてそうありたいんです」
正しい世界で、売れることが正義の世界で、間違ったっていいだろう。
思えばこんなふうに……言い争いとは少しレベルが違うけれど、じゃれ合いというか、裸の心をぶつけ合うようなことは初めてのような気がした。わたしもプロデューサーも、別れとか期限とかを何も考えずに、ただ、世界のすべてを度外視して二人だけで向き合っている感じというか。
なんだか恋人っぽくて、同時に家族のようでもある。将来を一緒に過ごすのであれば、子ども時代をそこの一員として過ごす血の繋がった家族よりも、こういう機会に恵まれるのだろう。ようやく細い糸を掴んだ気がした。
「不束者ですが、よろしくお願いします」と調子に乗って囁いてみる。
外の世界では継続中だけれど、あなたが一度わたしのプロデューサーになってくれてよかった。
その言葉が音になったのかは判然としない。現実がどうであったのかを探るわたしの耳には、清水の湧き出る音が聞こえていた。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
少しだけ後書きというか、質問……? みたいなものを。本文ではあまり触れなかった点なのですが。
・プロデューサーと唯さんをあらわす関係はなんなのか。
→考えても結論は出ず、今のところは『祈り合う関係』ではないかと思っています。でも、的の中心を射抜いている自信はありません。
・プロデューサーと美鈴ちゃんは、いったいどちらのほうが『傲慢』なのか。
→プロデューサーのほうが傲慢なのではないか、と自分は考えています。でも自信はありません。
傲慢の意味は。
①おごりたかぶって人を見くだすこと。また、そのさま。(デジタル大辞泉)
②おごりたかぶって、人をあなどること。人をみくだして礼儀を欠くこと。また、そのさま。(精選版 日本国語大辞典)
どのような境遇であれ、作中のプロデューサーは
でも、人によっては意見が分かれるのかな、とも思います。
『私はこう考えた』というのを無理に感想などで伝えていただく必要はないのです。ただ、立ち止まって考えると読書体験がより濃密になると考え、このようなお話を残しました。
ありがとうございました。またどこかで。