進め! 我らは力の同盟!   作:クラウス道化

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(1)居候だ! 力の同盟!

 

 俺の前世は──いや、世界は馬鹿みたいな結末を迎えて終わった。

 

 出口のない戦争、自然の破壊と汚染。

挙句の果てには、人類の手に余るテクノロジーが悪用され、世界はあっけなく崩壊。その混乱に巻き込まれた俺も、同じようにあっけない最期を迎えることになった。

 

 しかし、天は何を思ったのか──俺にやり直す機会を与えてくれた。

二度目の人生を歩むことになった俺は、前世では決して見ることのなかった光景を、ひとつひとつ目にするようになったのだ。

 

 呆れるほど豊かな自然に、胸いっぱいに空気を取り込める幸福。

最初は興味よりも恐怖の感情のほうが大きかったが、二足で歩けるようになり、言葉も覚えていくうちにその感情は薄れていった。

 

 前世とは違い、人々の大半が少し原始的な生活を送っていた。

しかし、魔法と言う概念がこの世界には存在しており、俺が生まれた頃には生活の中で当たり前のように使われるようになった。そのおかげもあり、不自由な部分もそこまでなかった。

 

 孤児院で育った俺は、ある程度の年齢になると自立し、一人で生きていく道を選んだ。

前世では決して味わうことのなかった豊かな自然と、何にも縛られない自由を求めて。

 

 旅は決して楽なことばかりではなかった。

この世界では『魔物』と呼ばれる、ほとんど女性しかいない存在が跋扈していた。

 

 その種族は実に多様で、中には人間に対して友好的でない者も少なくない。

それは種族単位であったり、個体としての性格による場合もある。俺はそんな魔物の娘たちと交渉し、時には戦い、あるいは手を取り合いながら、少しずつ旅を続けていった。

 

 気が付けば、俺は『偉大なる冒険家』としての称号を獲得していた。

 

 ・・・・・ 

 

 きっかけは、サキュバスの村で出会った芋嫌いの少女だ。

彼女は村の外に興味があったらしく、外からやってきた俺に、外の世界のことを教えてほしいと頼んできた。俺はその頼みを聞き入れ、少女に様々な話をした。

 

 砂漠の国、サバサで見たオアシスの美しさ。

ゴルド地方で見た溶岩溢るる火山の力強さ。信仰の都である、サン・イリアを見守る勇厳なる聖山アモス……。そこで出会った力強い魔物たちの話も忘れず、すべて聞かせた。

 

 少女は目を輝かせて、俺の話に夢中になっていた。

その様子を見たとき、ふと思ったのだ。俺の体験を本にして様々な人に伝えれば、この少女のように喜んでくれる人がいるのではないかと。

 

 俺はその日から、冒険のかたわらで本を書くようになる。

最初は、自分の体験を淡々と綴るだけだったが、書くことに慣れるうちに、それがだんだんと楽しくなっていった。気づけば自然に言葉が浮かび、文章が形になっていくのが心地よかった。

 

 そんな俺の本は思っていた以上に広まり、読者の数も驚くほどの速さで増えていった。

今では、この世界の女神──イリアス様の教えを記した聖典に次ぐ人気書籍になったと聞く。

 

 しかし俺は、ある日ふいに旅を中断するという決断を下した。

理由は単純だ。旅に飽きたわけではない。

 

 ただ、ふと一度故郷に帰りたくなったのだ。

次に向かおうと計画していた場所が非常に危険であることも、その決断を後押しした。今は一度立ち止まり、これまでの旅路を振り返りながら心身を休めるべき時だ――そう思ったのだ。

 

 ・・・・・ 

 

「おい、腹が減ったぞ」

 

「イチッ、ニッ、サンッ、ですわー! イチッ、ニッ、サンッ、ですわー!」

 

「なぁ、エクレア……。その掛け声さぁ、すげー力が抜けるからやめてほしいんだけど」

 

「おい、腹が減ったぞ」

 

「うわぁーん……!! まきびしが足に刺さっちゃった……!」

 

「おい、腹が減ったぞ」

 

 ここは呆れるほど平和な街、イリアスベルク。

俺──ヴェークは冒険家として財と名声を得て、故郷であるこの場所に無事帰ることができたのだが……。郊外の素敵な我が家を奇妙な魔物たちに乗っ取られかけていた。

 

「なあ。いい加減、家の前で筋トレすんのやめてくれないか? ご近所さんからすげー目でみられてる気がするから」

 

「我は筋トレなどしてないぞ。それよりヴェーク、早く朝飯を作れ」

 

「筋トレは止められませんわ! ワタクシはラ・モード家の令嬢、エクレア! どんな時でも強さと美しさを求めないといけませんの! イチッ、ニッ、サンッ、ですわー!」

 

 俺のやんわりとした注意に、可愛らしい笑顔で返したのはスライムのエクレア。

スライムのお姫様を自称する変わり者……なのだが、彼女の一族は基本的にお姫様を自称する変わり者ばかり。ラ・モード家の令嬢とは言うものの、俺はこの名乗りをするスライムを二十名ほど知っている。

 

 エクレアは圧倒的な力を持って一族を結束させ、自身が真のお姫様になることを夢見ているらしい。

可愛い見た目の割に、そこそこ物騒な思想を持っているお方だ。

 

「アイシス、今日の朝飯係はお前だったよな? どうしてエクレアと一緒に筋トレしてんだ」

 

「なに? そうだったのか。おいアイシス……早く朝食を作れ」

 

「すまないねぇ、ヴェークの旦那。アタシの筋肉が筋トレしたいって言ってたもんでな!」

 

 笑顔でサムズアップを決めながら、エクレアと一緒にスクワットをこなす褐色のサキュバス。

彼女はアイシス。とあるサキュバスに完膚なきまでに叩きのめされて以来、以前にも増して体を鍛えるようになったらしい。見事に割れた腹筋は街でも評判で、よく子どもたちにポージングを頼まれては、照れながら応じている。

 

「うっうっ……。このまきびし、返しがついてるから抜けない……」

 

「ほら、抜いてやるからこっちに来い。まったくあの鍛冶屋のおっさん、いっつも妙に出来の良いの作るな……」

 

 尻尾が一本の妖狐が、半べそをかきながら片足でぴょんぴょんと跳ね、こちらへ向かってくる。

この子はミクリ。ヤマタイ地方出身の見習い忍者だ。もっとも、それは自称であり、ただ本人が憧れて忍者として振舞っているだけである。忍術と謳いながら、基本的にフィジカルで再現しているヤバい妖狐だ。最近、目からビームを出せるようになった。

 

「もういい。そのまきびしでもいいから食わせろ」

 

「こんなもん食ったら腹壊すぞ。昨日の残りがあるから、それをアレンジして朝食にする。手伝ってくれないか? ぺこ」

 

「ほお? 昨日の残りと言えば……ローストビーフであったな。はは、分かったぞ。サンドイッチを作るつもりだな?」

 

 そう言って、クリスマス風の格好をした小さな幼い少女が、俺の横で舌なめずりをする。

ぺこ──記憶喪失の、謎めいた魔物娘だ。旅の途中、崩落した洞窟の前でキャンプをしていたとき、気づけば夕食の鍋がきれいに空になっていて、彼女がそこにいた。

 

 何の種族でどこから来たのか聞いても思い出せず、名前すらもわからない。

ぺこが覚えていたのは、自分の祖先について調べていたことと、おでんが好物だったことくらい。いつも腹が減ったとゴネているので、腹ぺこからそのまま名前を取って、ぺこと呼んでいる。

 

 彼女たちは俺の大事な冒険仲間──ではない。

 

 放っておけず連れ帰ったぺこはともかく、残りの三人は完全に居候だ。

本名を伏せて本を出しているのにもかかわらず、彼女たちは俺が『ワールドウォーカー』シリーズの作者であることを突き止め、資金援助と住む場所を要求してきた。俺は彼女たちの脅迫……もとい、お願いをしぶしぶ受け入れ、こうして今、一つ屋根の下で暮らしている。

 

 彼女たちは普段、自分たちのことを『力の同盟』と名乗っている。

やけに大仰な名前だ。本当は自分たちの、“知的な印象”を前面に出した『智の同盟』という名前にしたかったらしいが、すでに商標登録されていて使えなかったそうだ。

 

 まぁ、彼女たちが知的なのかは、俺には判断できない。

この半年間を共に過ごしてきた限りでは、頭を使って何かを解決している姿よりも、腕力で全てを片付ける姿の方をはるかに多く見てきた。ちなみに、俺とぺこも勝手にこのグループにぶち込まれている。

 

「さあ行きますわよ、ヴェーク! タンパク質を摂りに! タンパク質を摂りに!」

 

「へっへっへ、アタシの筋肉もそう言ってるぜ」

 

「午後は尻尾立て伏せをしなくちゃ……! ミクリは忍者になるべく、今日も頑張って修行する……!」

 

「ははは、尻尾が増えるのが楽しみだな……よだれが止まらん」

 

 本の莫大な印税の大半は、気づけば食費として跡形もなく消えている。

その現実に思わず頭を抱えながらも、俺は結局のところ、彼女たちを追い出すという選択だけはどうしてもできずにいた。

 

 ・・・・・ 

 

 ちょっとした自慢だが、俺はそこそこいい家に住んでいる。

……もっとも、建設が終わって実物を見せられたときは、正直少しだけ後悔した。一人で住むには広すぎたのだ。

 

 それに俺は冒険を生業にしている身。

家に帰ってくることなんて、そう多くはない。だが、広すぎて持て余すだろうと思っていたダイニングも、今ではむしろ手狭に感じる。

 

「我ながら良い出来栄えだな……おい、エクレア。まだ並べ終えてないのに手を伸ばすな。意地汚い奴め」

 

「ワタクシのことが言えた身分でして!? 口周りにソースが付きすぎてヘタな口紅みたいになってますわ!!」

 

「パンの焼き加減が絶妙だな! 美味い美味い!」

 

「うまい……! うまい……!」

 

「野菜も食えよ、お嬢様方」

 

 広々とした食卓では、もはや争奪戦と化している朝食風景が繰り広げられていた。

山盛りのサンドイッチは途轍もない速さで消費され、あっという間に姿を消していく。俺はまず自分の分を素早く確保し、争奪戦には加わらずに食事をとった。

 

「そういやぁ、そろそろ次の本が出るんだっけ」

 

「セントラ大陸の南側を巡って書いた分だな。現地でフェアリーに原稿隠されるわ、イリアス教の総本山だから下手なこと書けないわで、書き上げるのに苦労したなぁ……」

 

「今まで出してるヤツも、昔だったらぜってー出せねぇ内容だったけどなっ。ヤマタイならともかく、今じゃサン・イリアでも出版できるってのもすげぇや。時代の流れに感謝かんしゃ~」

 

「それはまあ……たしかに」

 

 俺が生まれる少し前まで、魔物と人間の間には深い溝があった。

魔物は女しかおらず、変わったことに“生殖行動”を行うことで栄養補給を行える。そのため、人間の男がさらわれる事件は珍しくなく──最悪の場合、冷たくなって戻ってくることもあった。それは稀なケースだったとは聞いている。だが、少なくはない数の被害者がいたのも事実。

 

 それに、女神イリアスを信仰するイリアス教の存在もあった。

イリアスの五戒と呼ばれる戒律の一つに『魔物と交わるなかれ』とあるのだ。ほとんどの人がイリアス教を信仰していたため、この戒律は人間社会を構成する絶対のルールでもあった。もし魔物と関係を持とうものなら、異端審問にかけられて火あぶりになるなんてこともあったそうな。

 

 現在では、状況は大きく変わっている。

驚くべきことに、女神イリアスはかつて地上にその姿を現し、人々の前に直接現れていたという。

 

 だが、『大異変』と呼ばれる天変地異を境に、女神は姿を消してしまった。

人とはなんとも愚かなもので、姿が見えなくなると急速に信仰の心が冷えていったのだ。戒律の数々が形骸化していき、人々は自由に魔物と関わるようになっていった。

 

 イリアス信仰が深かったイリアスベルクでさえ、今では魔物娘が街の中を平気で歩いている。

外には相変わらず人間に危害を加える魔物娘もいるが、人々と共に働く魔物娘も珍しくない。俺の家の近くの宿でもハーピーが働いているし、魚を売る屋台ではねこまたが看板娘──兼、常習的な盗み食い犯をしている。

 

「ヴェーク、我だけに皿洗いをさせるつもりか? 早く手伝え」

 

「はいはい。今行きますよ、女王様」

 

「むむむっ、聞き捨てなりませんわね! 女王と呼ばれるのは、ワタクシがお姫様となりゆくゆくは──ミクリ! ワタクシの体にお皿を突っ込むのはおやめなさいな!」

 

「だって、こうしないと一回で全部運べないもん……」

 

 言い合いを始めたエクレアとミクリの声を背中に聞きながら、俺とぺこは肩を並べて皿を洗う。

昔のことは、正直なところよく知らない。それでも、俺は今のほうがずっと平和で、悪くないと思っている。信仰が失われたことを嘆く声も、確かに多い。けれど結局のところ、多くの人間が魔物と折り合いをつけ、共に暮らせているのなら――それでいいじゃないか、と。

 

 今日も今日とて、相変わらず騒がしい日常。

そんな日常が世界中でずっと続けばいいなと思う。

 

「この鉄板、マジで肉が美味しく焼けるよなぁ~!」

 

「本当に大丈夫なのか、これ? ミダス廃坑で拾った鉄で作ったんだよな? 最初はなんか……青白く光ってた気がするんだけど」

 

「もう光ってないから、多分大丈夫だろ。そういや、アタシも目からビーム出せるようになったぜ。それに、ここで飯食いだしてから力が漲ってんだ。やっぱり筋トレ最高!」

 

「うーん。実は俺も最近、筋力が上がってる気がするんだよな……。前ほどトレーニングもしてないのに」

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