「本当にすいませんでした。本人にも、しっかり言い聞かせますので……」
「すいませんでした……」
「まったく、気をつけてくださいよ。以前より魔物への扱いは穏やかになってきているとはいえ、魔物排斥派は今も健在です。あらぬ誤解を招くような行動は控えてくださいね」
ミクリが詐欺未遂で捕まった翌日の朝。
俺とミクリは詰め所の出口で、見送りの衛兵たちに軽く頭を下げる。
ミクリは金を実際に巻き上げる前に捕まったため、今回は厳重注意のうえ、一晩だけ牢に入れられることで済んだ。
とはいえ、反省の色をにじませた彼女の表情には、さすがに少し堪えた様子が見て取れる。
「次は上手くやるね……」
「やるな!」
「本当だよ。まったく、力の同盟が地下牢の同盟になりかけたぜ!」
「ワタクシ、ジメジメした場所は好きですけど、牢屋はもう体験したので──」
「おおっ、見知った顔がおるやないか~! 久しぶりやな、センセイっ♡」
詰め所前のベンチで、聞いたことのある訛りの声が響いた。
声の主はいかにも商人風といった服装に身を包み、快活な笑顔を浮かべながら俺たちに手を振っている。
「ああ、ミンク。久しぶり。元気だったか?」
「むふふ、もちろんやで~。おっ、キミらがセンセイが言っとった、力の同盟の子たち? ウチはミンク。見た目通り、商売人をしとるモンや。よろしゅう頼むで!」
「まあ! ヴェークの知り合いですのね。ワタクシはスライム族のトップオブお姫様、エクレアですわー!」
「アタシはアイシスだ。よろしくな!」
「えっと、ミクリです……」
ミンクは以前、イリアスベルクで俺のサイン入り本を売っていた女商人だ。
彼女は力の同盟一人ひとりに握手をしながら笑顔を見せた。握手の際に、少しだけ相手の手を警戒して見ていたようだが。
「ミンク、どうしてここに? 自分の店を構えるって話じゃなかったっけ」
「ん〜、最初はそれもええなって思っとったんやけど。ウチはやっぱり、自分の足で稼ぐほうが性に合うって気づいてしもうてな。店構えるんのは一旦保留中なんや」
「そっか。じゃあ、この街には商品を売りに?」
「いやー、中継地点ってとこや。まっ、ここで面倒な仕事もやらんと駄目なんやけど……」
「面倒な仕事? 一体なんだ?」
ぺこが興味深そうに尋ねると、ミンクは少し困ったように笑いながら首を横に振る。
どうやら、簡単には口にできない事情を抱えているようだ。
「今日は伝書鳩ならぬ伝書人魚ってとこやな。あんまりおおやけにできん内容やから、センセイにだけ、こっそり教えとくわ♪」
ミンクはちょいちょいと手を招き、俺の耳元へ口を寄せてきた。
「南海の女王がな、暗殺未遂に遭うて怪我してしもうたんよ。犯人がひょっとしたら、ここに来る可能性があるかもしれへんから、衛兵さんにお知らせに来たんや」
「そりゃあ、かなり大事だな……」
南海の女王──クラーケンは世界の南半分の海を管理している魔物だ。
人間にも比較的友好的な魔物で、人間とマーメイドの婚姻を許可したりなどしている。想像していた以上に重い話に、俺は思わず息を呑んだ。
「せやろ? 関連があるか分からんけど、サン・イリア王もちょっと前に暗殺されかけたばかりやし。あーあ、最近は物騒なことばっかで嫌になるわ」
「そうだな……。それで、女王は大丈夫なのか?」
「頭にたんこぶができたくらいや。けど、しばらく療養が必要で、今はお休み中。まったく、あんなおっも~いダンベル、どこで売っとんのやろうな」
「そうか──ん? ダンベル?」
俺はミンクの言葉に違和感を覚え、眉をひそめた。
「そそ。ダンベルが真上から落っこちてきてな。最初は、誰かの落としものか思われとったんやけど……そんなんありえるか? 当日、船が出れんくらい海は大荒れやったみたいやし」
ダンベルというのは、処分に困る代物だ。
考えなしに海へ捨ててしまうやつがいても……おかしくはない。だが、南海の女王の住処は海のド真ん中だ。わざわざそんな重たいものを船に積んで沖まで出て捨てるより、普通に陸から捨てて処分するほうがよほど楽なはずだ。
「しかも、魔法で水の中でも重さが変わらんようにしとったらしくてなぁ。明らかに意図的やろ」
「そう、だな……」
俺は最近、沖で筋トレグッズを落っことした連中に心当たりがあった。
脳裏に浮かんだのは――自分の顔と、あとはどうしようもなく愉快な仲間たちの姿だった。
そういえば、家の筋トレグッズには、スライムでも使えるように魔法をかけていた記憶がある。
たしか、粘膜や水の中に沈んでも重さが変わらないようにする魔法だったはず。
「……おっと、もうこんな時間やん! ウチは行くで! またなぁ、センセイ♡」
「ああ、うん。また……」
ミンクはペコリと頭を下げると、軽快な足取りで詰め所の中へと去っていった。
俺はその後ろ姿を見送り、少し呆然としていた。
「どうした、ヴェーク。プルプル震えて……」
「腹が空いたのか? ……駄目だぞ。これは我のペロペロキャンディーだ」
「サン・イリアを──今すぐ出るぞ!」
俺は力の同盟全員の尻を叩いて、宿へ走らせた。
・・・・・
かなり前倒しになってしまったが、無事にサン・イリアを出ることができた。
俺は文句を言うエクレアとミクリを無視しつつ、次の目的地である街、モンテカルロへ向けて歩き始める。
「ぶーぶー……」
「ぶーですわ! ぶーですわ!」
「いつの間に、お前たちはオーク娘に生まれ変わったんだ。……というわけで、今日からしばらく野営だからな。覚悟しとけよ」
「なぜ野営なのだ? モンテカルロとやらに泊まれば良いではないか」
「あそこには補給品を調達しに行くだけだ。それが終われば、サバサに直行する」
モンテカルロには、できれば近づきたくない。
一応“街”という扱いではあるが、実際はスラム街に毛が生えたような場所だ。治安は悪く、トラブルに巻き込まれる可能性も高い。そんなところに、走り回る時限爆弾みたいな仲間を連れて行くのは――正直、危険すぎる。
「手前にカルロスの丘って場所があるから、補給が終わるまではそこにテントを張ろう。魔物はまあまあ居るけど、このメンバーなら問題ないだろ」
「ふふん♪ 蹴散らして差し上げますわ!」
俺たちは街道を抜け、モンテカルロ郊外にあるカルロスの丘へと向かうことにした。
・・・・・
何度か野営を繰り返すうちに、大地から緑が徐々に姿を消しはじめた。
やがて、荒野の入り口に差しかかったところで、ゆるやかに盛り上がった丘が視界に入る。
あれが――カルロスの丘だ。
「すき焼き王が山みてーな量のすき焼きを用意してるらしくてさあ~! いや、ホントに楽しみで仕方なくてよー!」
「それはそれは……! 楽しそうだな……!」
「ぺこ、いい加減肩から下りてくれ。それか、よだれを垂らすのをやめてくれ」
俺の肩に乗ったぺこが、隣を歩くミノタウロス娘と楽しげに談笑している。
彼女の名前はミナ。聞けば、“すき焼きパーティー”とやらに参加するため、モンテカルロの近くに住む友人を迎えに来ている途中なのだという。
たまたま同じ道を通ることになった俺たちは、成り行きで一緒に歩くことになった。
ミナは美味しそうな食べ物の話しかしないので、当然のようにぺこが食いついた。おかげで俺の鎧は彼女のよだれでベトベトになっている。
「おっと、あたしはここを真っ直ぐ行くから。じゃあな~!」
「ではな。……次に会うときは、すき焼きパーティーの会場で会いたいものだ」
カルロスの丘に差し掛かる辺りで、ミナは大きく手を振りながら道を外れて駆け出した。
俺たちは別れを告げると、彼女は風を切るように軽快で、すぐに遠ざかっていく。
「よし。予定通り、カルロスの丘にたどり着いたな。ここの奥に昔の建物跡があるから、そこにテントを張ろう」
「予定通りか~? 本当ならまだサン・イリアに居たはずだろ~?」
「ミクリもゆっくりしたかった……」
今日は珍しいことに、アイシスの機嫌が悪い。
地下図書館での読書を早めに切り上げられ、思うように時間が取れなかったのが不満のようだ。いつもはカラッとしている彼女が、今日はじっとりと湿っぽく文句を垂れている。狐にはデコピンで対処だ。
「しょうがないだろ。あのまま滞在してたら、絶対にまたトラブルになってたぞ。湿っぽいのはエクレアだけにしてくれ」
「むむむっ! 人のことをナメクジのように言うのはおやめなさいな!」
エクレアがピョンピョン跳ねて抗議する。
そういえば、スライム族とナメクジ族は仲があまり良くないと聞く。エクレア曰く、ぷるぷるとヌルヌルの違いで揉めているらしいが……。正直、俺にはそれほど違いが分からない。
エクレアの抗議を適当に流しながら、丘の奥へ進んでいく。
すると、以前キャンプをしたときと同じ場所に、石造りの廃墟が見えてきた。
ここを仮の拠点にして、砂漠越えの準備をする予定だ。
まずはモンテカルロで購入するもののリストを作ろうか、そう考えていると、あるものが目に入った。
「ん? 誰かキャンプしてる人がいるのか。それにしては荷物が多いな……」
廃墟の隅に、簡易テントが張られている。
一時的な滞在用かと思ったが、周りに樽や薪束が置かれていることから、どうやらここで生活している様子だ。テントの前には、何度も使われた様子の焚き火台もある。
「ミクリたち以外にも誰か居るみたい……」
「ここで暮らせるなら、おそらく魔物だろうな」
「うーん、困ったな。モンテカルロに向かうには遅い時間だし……。よし、声を掛けてみて、隣にテントを張らせてもらえないか聞いてみよう。すいませ──」
「あー!! あんた!! ここで会ったが百年目! 私にもう一度あれを寄越しなさい!!」
俺の声が届くより先に、背後から何者かの声が轟いた。
慌てて振り返ると、羽と尻尾を生やした淫魔が立っていた。
逆立つ黒髪に、ギラついた視線。
理由も分からぬまま、彼女はまっすぐ俺を睨みつけている。そして次の瞬間、拳を振り上げ、俺に向かって猛然と突撃してきた──!
「おらぁ!! 強盗淫魔が!! 腹いせパンチ!!」
「ぐべげえええぇぇぇ!?!?」
その拳が届くより先に、アイシスの拳が謎の淫魔の腹にめり込んだ。
肉体からしてはいけない音が鳴ったあと、彼女は地面をゴロゴロと転がりながら、壁に激突してぴくりとも動かなくなった。
・・・・・
「私の顔と名前を忘れてたー!? それに、いきなり暴力だなんて! とんな野蛮軍団じゃない!」
「殴られた件については、お前が急に突っ込んでくるからだろ……」
「まっ、アタシはお前を一発ブン殴る予定だったから、ちょうど良かったじゃねえか!」
「な、なんでそんな予定が入ってたのよ!? 初対面でしょ!?」
謎の淫魔──エヴァは腕を組みながら怒りを露わにする。
彼女は俺が初めての冒険のときに、サキュバスの村で出会った少女だ。俺が本を書くきっかけになったのは彼女であり、ある意味、恩人とも言えなくもない存在だが……。
「それにしても、大きくなったな。それで……なんでこんなところにいるんだ?」
「えー、あー、まあ。私も冒険? してみよっかなーって。村に居ても、イモばっかだし。……ちょっと人が畑を燃やしたからって、追い出さなくても……」
「お前がやらかして追放されたのは薄々察した」
「ぷっ……」
「まあ、お転婆娘でしたのね!」
「畑を燃やすとは……我としては死罪もやむなしと言ったところだが」
エヴァはブツブツと文句を言いながら、俺が用意した夕食を平らげていく。
腹に強烈なのを一発入れたにもかかわらず、バクバクと肉を口に運ぶ姿は圧巻だ。本人は下級淫魔だと言っていたが、ポテンシャルは案外高いんじゃないだろうか。
「フゥー!! すき焼きサイコー! 生きているうちに食べれるなんて思わなかったわ!」
「今、どんな生活を送ってんだ……?」
「そういえば……。貴女、どうしてヴェークに襲いかかったんですの?」
「あっ、そうよ! こいつ! すっごい有名人だったんじゃない! そうと知らずに、ちっちゃいケーキとサイン入りの本を交換しちゃったのよ! だから、もう一回本を貰って、売っぱらったお金をカジノの軍資金にしようと思っただけなの!」
「良かったなミクリ。お友達がいるぞ」
「そういえば、グランドールは大きなカジノがありましたね……。楽しみ……!」
「……言うんじゃなかった」
俺は沸騰したお湯を水筒に注ぐ。
蓋をして何度か縦に降り、用意したコップに順々に注いでいった。
「ふむ、お茶か。良いチョイスだ。口の中がさっぱりとする。これでまた食えるな」
「今日はもう店じまいだ。これ飲んだら片付けるぞ」
「ケチ!!」
「ケチの大王……!!」
「はいはい、なんとでも言え。まったく……」
エヴァとミクリが肩を組んで、そろって抗議の声を上げた。
まだ半日も一緒に過ごしていないというのに、この息の合いよう。
どこか嫌な予感がしながら、俺は夕飯の後片付けを始めた。