荒野と砂漠を乗り越え、ついにサバサへと到着した。
サン・イリアほどではないが、あちこちに水路が整備されており、かなり涼し気な印象を受ける。建物は砂を利用した日干しレンガで作られているようで、どの建造物も独特の土色をしていた。
俺たちは早速、街に足を踏み入れようと門へと向かったのだが──。
「三日しか滞在できない?」
「申し訳ありません。ただいま、サバサは厳戒態勢のため、滞在に規制がかかっておりまして」
「……」
「お、落ち着いてくださいませ、ぺこ……」
ぺこが憤然として門番を睨みつけ、エクレアが焦りながら宥めている。
門番の話によると、現在サバサでは王族を狙った事件が発生しているので、滞在を制限しているというのだ。
俺はその話を聞いて、すぐにピンときた。
おそらく、サバサ王の行方不明という情報は、まだ公にはなっていないのだろう。それが理由で、街全体に厳重な警備体制が敷かれているのではないか――そう考えれば、すべてに合点がいく。
もしこのタイミングで大きな騒動が起きれば、どうなるか。
王が不在の今、指揮系統は混乱しているはずだ。細かな問題には対応できても、大規模な事件となれば制御しきれない可能性が高い。たとえば、旅行者や商人に紛れて潜入したスパイが内部から混乱を引き起こし、同時に外からの攻撃を仕掛ける。……そんな作戦があれば、街はひとたまりもない。
そう考えれば、外部からの出入りを制限するという判断も、十分に妥当と言えるだろう。
リスクを最低限に抑えるには有効な手段だ。三日だけでも滞在できるだけでも、ありがたいと受け取るべきだ。補給と最低限の休息は確保できるのだから。
……問題なのは、それをうちの問題児が納得するかどうか、だ。
俺は、スカートの中から触手を伸ばして衛兵の首を締めあげようとするぺこを、間一髪で制止する。
「ぺこ、抑えてくれ。ここじゃなくても、サバサの名品はグランドールにもあるから。そっちで楽しもう? な?」
「……はあ」
「ヴェーク……」
やや呆れたような声を出すぺことエクレア。
納得してくれたか、と安心していると、あることに気がついた。周りの人々が俺を見ているのだ。
まあ、これはいつものことだ。
漆黒の全身鎧を身にまとった男なんて、目立って当然。しかも、この姿で砂漠を越えてきたばかりとなれば、その異様さはいっそう際立つだろう。注目の的になることには慣れているつもりだったが──どうも今回の視線には、単なる好奇心だけではなく、何か別の感情が混じっているように感じられた。
「ミ、ミクリは知りませーん……。誰でしょうねー……? この人はー……?」
「あーあーあー。全部の国で捕まる気かー?」
「どうしたみんな──あっ」
自分の手がどこに伸びているのかに気づいて、俺はハッとした。
無意識のうちに、ぺこの“スカートの中”の触手を掴んでしまっていたのだ。
今の俺は──幼い少女のスカートの中に、公共の場で堂々と手を差し入れるという、完全な変態と化していた。
「少し……話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「はい……」
俺は衛兵に拘束され、サバサの衛兵詰め所へと連行されていった。
・・・・・
ぺこが俺をかばってくれたおかげで、すぐに解放されることができた。
ひとまず宿に荷物を置き、気分転換も兼ねて、俺たちはサバサの街を観光して回ることにしたのだが……。
「どうだ、ぺこ? サバサは楽しいか?」
「最悪だ」
「だろうな」
ぺこは歩きながら、恨みがましい溜め息をいくつも零す。
街中を歩き始めてから、もう数十分。ずっとこの調子だ。どうやら相当、サバサを満喫できないことが悔しいらしい。
「んだよ~、酒を呑む量すら規制しやがって! 人間の酒なんて、魔物にとっては水みてぇなもんだぞー! 酔っ払うワケ無いだろ~!」
「賭場も閉鎖中みたい……」
不機嫌なのは、どうやら他のメンバーも同じらしい。
アイシスは酔うこともできず苛立ち気味で、ミクリは賭場が閉まっていて手持ち無沙汰な様子。エクレアはサバサ城を見に行くと言い、一人で別行動。残された俺たちは、特に目的もないまま、街の通りをぶらぶらと歩いていた。
露天を覗いてみても、商品はあまり並んでいなかった。
商人たちは五日間の滞在を許可されているものの、持ち込んだすべての商品に対して厳しい監査が入るのだという。店員さんの話では、店頭に並べるまでに時間がかかっており、今のところ品物は半分ほどしか出せていないらしい。
俺はふと視線を上げる。
民家の屋根の上で、黒ずくめの人物が鋭い視線で街を見張っていた。あれは、サバサに仕えるアサシン部隊だろう。警戒態勢はかなり厳重なものだ。街全体が神経質になっており、あまり居心地は良くない。
そこで俺は、ある提案をすることにした。
「みんな、疲労は溜まってるか?」
「元気いっぱいだ。それにしても、腹が減ったな」
「まあ、疲れてはねえかな。マント着てちょっと歩いただけだし」
「ミクリも平気です……」
三人とも、長旅の疲れなどまるで感じていない様子だった。
これなら、俺の提案も十中八九、素直に受け入れてくれるだろう。
「サバサの滞在期間を短くして、代わりにグランドールで埋め合わせないか? あそこなら、遊ぶ場所も食事処もたくさんあるし」
「ふむ……悪くないな」
「アタシも賛成! あそこで呑めない酒はないって聞くしな!」
「ルーレット……! ブラックジャック……! スロット……!」
「よし。じゃあ、エクレアも賛成したら、明日出発を──」
城の方角から、地面を抉るような轟音が響いてきた。
俺は音の方向に目を向けると、見覚えのある黄色い水の塊がこちらへ飛んでくるのが見えた。あれは間違いなくエクレアだ。
俺は、とんでもない勢いで飛びついてきたエクレアをどうにか受け止めた。
目をキラキラさせた彼女は、興奮した様子で、一枚の紙を手にブンブンと振り回している。
「どうしたエクレア? 何があったんだ?」
「これを見てくださいませ~!!」
「なになに……『アイドル・ダンスバトル』?」
エクレアが俺に渡してきたのは、グランドールで行われるイベントのチラシだった。
・・・・・
宿に戻り、エクレアを除いた全員でテーブルを囲む。
その中央には、さきほどの紙切れが一枚、ぽつんと置かれていた。
「へえ、グランドールでそんな大会が開かれるのか」
グランドールは、サバサから北西に位置する街だ。
世界最大の歓楽街として知られ、多くの娯楽施設が立ち並んでいる。
同時に交易の要所でもあり、バザーには世界中の品が集まる。
俺も一度訪れたことがあるが、一日中歩き回っても飽きることはなかった。それほどに、刺激と賑わいに満ちた街なのだ。
「エクレアはこれを見に行きたいのか?」
「違いますわ~!! こ! こ! を! 見て欲しいんですの~!!」
俺たちが覗き込むと、エクレアは紙の一箇所を指差した。
そこには、参加者を募集している旨が記されていた。締切は十日後。すぐに出発すれば、なんとか間に合いそうだ。ぺこは呆れ顔をしていたが、エクレアの表情は真剣そのものだった。
エクレアは向き直ると、潤んだ瞳をさらに大きく見開き、真剣な表情でこちらを見つめてきた。
「ワタクシ……この大会に参加したいんですの~!」
「まあ、そういう話だろうな」
「分かった! 分かったから! 床をビシャビシャにしないでくれ!」
エクレアの瞳から、まるで滝のように涙があふれていた。
俺は小さく咳払いをして、ゆっくりと立ち上がる。
「実はさっき、エクレア以外と話し合っていたんだ。サバサから離れて、グランドールに向かわないかって。あとはエクレアが承諾してくれるだけで良かったんだけど──この分だと、聞くまでもないか」
エクレアはぱぁっと明るい顔になり、勢いよく俺に飛びついてきた。
涙と粘液まみれの彼女に抱きつかれ、俺の全身はあっという間にベチョベチョだ。
「決定だな。バザーで食べ歩き……楽しみだ」
「今の大劇場ってどうなってんだろうな~! アタシもすっげぇ楽しみだぜ!」
「ルーレット……! ブラックジャック……! スロット……!」
「ミクリが壊れちまった!」
グランドールの話をしてからというもの、ミクリはずっと同じことしか口にしていない。
アイシスは名物である大劇場に興味津々の様子で、ミクリは──言うまでもなく、世界最大級のカジノが目当てらしい。
「それで、どうやってグランドールに行く? 歩いて行くと間に合うか分からんぞ? ハーピーの翼を使うのか?」
やり取りが一段落すると、ぺこがふと疑問を口にした。
サバサからそう遠くはないとはいえ、徒歩ではそれなりに時間がかかる。俺はグランドールに行ったことがあるので、ハーピーの翼を使って行くという手もあるのだが……。
「俺にいい考えがある!」
「なんか、心配になる言い回しだな……」
「ルーレット……! ブラックジャック……! スロット……!」
「楽しみですわ~! ふっふっふ~♪」
グランドールのカジノと大劇場を思い浮かべ、夢見心地で妄想に浸るミクリとエクレア。
俺はそんな二人を横目に、宿を出て“ある場所”へ向かうのだった。
・・・・・
「サラマンダーの拳よりはええ!! こりゃ気持ちがいいねぇ~!」
「は、早すぎ……!! お、落ちる……!!」
砂漠の上を、超高速で駆け抜けていく。
一人ずつ頑丈な木の板の上に立ち、それをロープで引っ張ってもらうという仕組みだ。
「全身がプルプル揺れますわ~!」
「ロープをしっかり握っててくださいね~!!」
引っ張る役目を担うのは──ダチョウ娘だ。
彼女たちはハーピーの一種ではあるが、空を飛ぶことはできない。その代わり、地を駆けることに特化しており、その脚力と速度は大陸でも有数と名高い。
しかも、長時間走り続けても疲れを知らないという。
普段はオアシスと街の間を往復し、水を運ぶ仕事を請け負っているらしく、その持久力と信頼性は折り紙つきだ。
宿を出た俺は、ダチョウ娘たちの住処を訪れた。
そこで、急いでグランドールまで連れて行って欲しいと依頼すると、すぐに快諾してくれたのだ。
「本当に助かったよ! 普段はやらないって聞いたけど、引き受けてくれてありがとう!」
「ふふふっ、実は私もダンスバトルに出る予定なんです~! 今回は特別ですよ~!」
「まあ! ミューさんはライバルになりますのね!」
エクレアを引っ張る、ダチョウ娘のミューが答える。
ダチョウ娘たちはなぜか、力の同盟と相性がいいようだ。ダチョウ拳法という独自の武術を極めており、ノリが体育会系。
あんまり深く考えず、豪快に物事を進めることを好む。
こう考えると、力の同盟と意気投合するのは至極自然なことなのかもしれない。
しばらく進んでいると、大きな川が見えてきた。
俺はダチョウ娘たちに指示を出して、そのまま突っ込むようにお願いした。
「がぁ……なんの音……?」
「わわっ、前にワニ娘が!!」
「大丈夫だ! そのまま進んでくれ! ──ミクリ!!」
ミクリに呼びかけると、彼女は大きく頷き返した。
その瞳には、揺るぎない自信が宿っている。
「忍奥義……!!」
「わわわっ!! 地面がグラグラ揺れてます~!」
ダチョウ娘たちが慌てる。
しかし、俺たちは特に動じなかった。ミクリは手を合わせると、地面が隆起し、俺たちは上へと押し上げられた。
「五行烈風陣……!!」
「風が吹いて──」
「──私たち! 飛んでますよ~!!」
「あたし、疲れてるのかな……。ダチョウ娘ちゃんが飛んでるように見える……」
ミクリの忍術で強風が巻き起こり、俺たちは空中を飛ぶように疾走していた。
地上から唖然とした様子でこちらを見つめるワニ娘の姿が小さくなっていく。
「あはははは~! 空を飛ぶってこんな感じだったんだ~!」
「これはダチョウ娘史上初の偉業ですよ~!」
「楽しんでもらえて良かった! このまま対岸まで頼みます!」
「はい!」
ミューは喜色満面で答えてくれた。
俺たちは風に乗って川を渡り切り、そのまま一直線にグランドールへと駆け抜けた。
・・・・・
対岸にたどり着き、森を進み始めてしばらく経った。
視界に長い砂壁が見え始める。あれこそがグランドールの防壁だ。
グランドールの入口前に到着すると、木の板から降りる。
俺はダチョウ娘の一人にゴールドの入った袋を渡し、感謝の言葉を述べた。
「ここまで運んでくれて助かりました」
「こちらこそありがとう~! まさか空を飛べる日が来るなんてね~。夢みたいな一日でした!」
「良ければグランドールに滞在中、手合わせをお願いします!」
「おう! 極拳とダチョウ拳! お互い交流して高めあおうぜ!」
ダチョウ娘たちは疲労感など微塵も感じさせず、清々しい笑みを浮かべている。
決して短い距離ではなかったのだが、流石の体力だ。力の同盟は各自、自分を運んでくれたダチョウ娘と固く握手を交わしていた。
「カジノ……カジノ……カジノ……」
「そっかー、そうなんだー?」
「我を運んでくれたこと、感謝しよう。……腹が減った。今日は唐揚げが食べたい気分だな」
「な、なんであたしをジッと見るのかなぁ?」
「助かりましたわぁ~! 次に会うときはライバルとして競い合う時になるでしょう~! ふっふっふ~!」
「お互い全力で頑張りましょうね!」
エクレアとミューは微笑み合いながら熱い握手を交わした。
・・・・・
グランドールに入った瞬間、俺たちは圧倒的な熱気に包まれた。
道端からは大道芸人の陽気な歌声が響き、軽快な笛の音がそれに混じる。通行人たちは笑顔で談笑し、楽しげにステップを刻んでいる者もいた。
「いつの時代でも、ここは活気がすげえなぁ!」
「ふむ……もぐもぐ……そうだな……」
「いつの間に買ったんだ……」
ぺこはアホみたいに大きな塊肉を両手で抱え、むしゃむしゃと頬張っていた。
ナイフを突き立てては骨ごとバリバリと咀嚼していくその様子は、もはや野生そのもの。まあ、とても嬉しそうなので良しとしよう。
「観光も良いですけど、早く参加登録に行かなくてはいけませんわ! 急ぎますわよ~!!」
エクレアはぴょんぴょんと跳ねながら、俺たちを先導して行った。
参加登録の会場は、大劇場の隣に設けられた小さなテント。そこには、バニーガール姿の女性が受付を担当しており、彼女のもとに何人かの若い娘と魔物たちが集まっていた。
「むう……結構待たなければなりませんわね」
「思ってたより、かなり大きな大会みたいだな……。ミクリ、一人でカジノに行こうとするな。俺の腕を噛むのもやめてくれ」
「カジカジカジ……! カジカジカジ……!」
俺はミクリを片腕で拘束し、必死にカジノ行きを阻止する。
こいつを一人で行かせたら最後……ゴールドを湯水のごとく使い尽くしてしまうに違いない。誰かをお目付け役にしなければ……。
「……待ち飽きてしまいましたわ~! こうなれば、ワタクシの腕力で無理矢理ねじ込みますわよ~! ふっふっふ~!」
「まだ五分も待ってないぞ。たどり着いて早々トラブルを起こすのはやめてくれ。ちゃんと順番を──」
「スライムちゃんもそう思う? 私も待つの苦手なの☆」
俺が注意しようと声をかけたときだった。
後ろから声をかけられ、振り向くと──黒いフード付きのコートを纏った女性が立っていた。
強者のオーラは感じない。
だが──明らかに只者ではない雰囲気を感じる。人を惹きつけるような、独特の気配だ。並んでいた女性たちも気がつけば動きを止め、息を呑んで彼女を見つめていた。
「何者……ですの?」
「ふっふっふ~! 聞かれたなら──答えないとね☆」
コートをばさりと脱ぎ捨てた瞬間、隠されていた姿が露わになる。
ふわりと揺れる桃色の髪に、艶やかなスベスベの肌。背筋に沿って広がるのは、星柄の羽──おそらくサキュバスだろう。その存在は場の空気を一変させていた。
「私はサキ☆ いずれ世界トップアイドルになるサキュバスだよ~☆ キラッ☆」
サキは胸の前で両手を重ね、指でハートマークをつくると、にこりとウィンクを決めて言った。
そして──次の瞬間、周囲の視線が一斉に彼女に釘づけになった。
「む、無理よ! 彼女には勝てないわ!」
「私は辞退するわ!」
「私も……!」
参加を待って並んでいた人々は、次々と踵を返し、列はあっという間に消えていった。
それだけではない。近くから見ていた観衆たちもまた、熱に浮かされたようにサキを見つめていた。サキは満足げに微笑み、参加表に名前を書き加える。
そして振り向くと、くるりと回ってポーズを決めた。
「アイドル・ダンスバトル……ここからサキの伝説が始まるよ☆ みんな~! サキのこと、応援してね~♪」
「サキちゃーん!!」
「サキちゃん、キラッ☆」
「サキちゃん! 頑張ってー!!」
群衆の熱が爆発し、嵐のような歓声が湧き上がる。
サキは手を振りながら、ゆっくりとこの場から去っていく。
──最後に、エクレアへウィンクを残して。
俺はエクレアを横目で見る。
案の定、彼女はぷるぷると体を震わせながら──サキの背中を睨みつけていた。
「ぐ、ぐぎぎぎぎっ! サキ……! その名前、覚えましたわよ……!」
「……そのセリフ、噛ませ役の悪役令嬢みたいだな」
「うるさいですわよ! ヴェーク!! こうしてはいられません……! ダンスの練習計画を組みますわよ!!」
エクレアは両腕を掲げて、どこかへと走り去ってしまった。
「ほっほー、ライバル登場か! こりゃあ面白くなってきたぜ~♪」
「我も同意見だ。良い酒の肴になりそうだな」
「カジカジカジ……」
「それよりも、エクレアの奴……どこに走って行ったんだ? まだ宿も決めてないのに」
俺は小さくなりつつあるエクレアの背中を眺める。
グランドールに熱狂の渦が訪れつつある──そんな予感がした。