練習は日が落ちるまで続き──その翌日からも、毎日、朝から晩まで休むことなく行われた。
エクレアは日ごとに上達し、その実力は目を見張るほどに成長していった。
もちろん、彼女自身の才能もあるのだろう。
だが、何より大きかったのは、陽絹の的確で熱心な指導だ。陽絹は自らの技術を惜しみなく与え、やや独学気味で踊っていたエクレアの癖や弱点を丁寧に修正していった。
そして、ついに──アイドル・ダンスバトル当日がやってきた。
「うおぉぉぉ~! 立派になったな! エクレア! アタシは感動で涙が出そうだぜ!」
「もう出てる……。それに、まだ始まってもないのに泣かないで……。うるさい……」
「これはっ、違うぞ! さっき飲んだ酒が胃から逆流して、目から出てきてるだけだ!」
「我が知らないだけで、サキュバスにはそんな芸当が出来るのか?」
「そんなわけないだろ。……出来ないよな?」
力の同盟の面々は、すでに大会会場となる大劇場に集結していた。
ダンスバトルは、参加者が順番に審査を受けていく形式で行われる。そしてなんと、エクレアはその最後──トリを務めることになっている。陽絹は彼女に付き添い、現在は舞台裏に控えているはずだ。
俺たちは運が良いことに、一番良く見える観客席の座席券を入手できた。
とてもとても高い買い物だったが、仲間の晴れ舞台を目に焼き付けるためには必要な出費だったといえるだろう。
「ちょっと、審査する横で騒がないでくれるかしら?」
「おおっ! アルマエルマじゃねぇか! 久しぶりだな~!」
ただ、少しだけ厄介な問題が発生していた。
俺たちの席はかなりの好位置──と思いきや、なんと審査員席のすぐ隣だったのだ。その審査員のひとり、サキュバスのアルマエルマは、どうやらアイシスの知り合いらしい。だが、俺の目には“仲良し”とは言い難い関係に映った。
「ここではカイラクスキーって呼んで。はあ、こんなところでまた会うなんてねえ。……もう一回、封印してあげようかしら?」
「そんな悲しいこと言うなよ~! 初対面でぶん殴られたことは忘れるからさ!」
「あなたが先に殴りかかってきたんじゃない……」
アイシスは喜びの声をあげ、アルマエルマと熱烈な抱擁を交わそうとした。
しかし、その腕は空を切ってしまう。どうやら、隣に座られた時点で、アルマエルマの機嫌はかなり悪くなっていたらしい。表情はピクリとも動かず、目はまったく合わせない。どう見ても、良好な関係とは言えなかった。
「あー、すいません……カイラクスキーさん。邪魔しないように注意しておきますので」
「へえ。アイシスに注意できる人……なのね。お名前は?」
「ヴェークと言います。ほら、アイシス。そろそろ始まるから大人しく──」
次の瞬間、俺の目の前に拳が迫っていた。
俺は咄嗟に後退して拳を回避し──そのまま構えを取る。アルマエルマは興味深そうに目を細め、舌で唇をペロリと舐める。
「いい目をしてるじゃない。その実力なら、心配は必要なさそうね」
「はあ、勘弁してください。仲間の晴れ舞台なんですから」
「あら、失礼。少し気になっちゃって。本当にアイシスを止められるか、ね」
アルマエルマはそう言い残すと、鋭く張りつめていた殺気をすっと引っ込めた。
……この砂漠に来てからというもの、変なサキュバスに絡まれてばかりだ。俺は額の汗を拭いながら、苦笑いを浮かべてアルマエルマに視線を返した。
「それに、みんな仲間思いなのね。うふふっ、なんだか妬けちゃうわね……」
俺の背後には、ぺこ、ミクリ、そしてアイシスが並び立ち、それぞれ臨戦態勢を取っていた。
アルマエルマは片手を軽くひらつかせて降参の意を示すと──すぐに興味を失ったように顔を背け、前方へと視線を戻す。彼女の目が向いた先では、司会役のスタッフがステージに登壇していた。
「本日はこの大劇場にお集まりいただき、誠にありがとうございます! さあ、今日はどんな新たなスターが誕生するのか──アイドル・ダンスバトォォォル!! いよいよ開催いたしまぁぁぁす!!」
司会の威勢の良い叫びと共に、観客たちが地鳴りのような歓声を上げた。
まるで舞台そのものが震えるかのような熱気に包まれ──ついに幕が上がる。
これから約半日の間、アイドルたちがこの舞台で舞うのだ。
席に戻ったアイシスとミクリは身を乗り出し、ぺこは力強い拍手を響かせる。
その光景に、俺の胸は自然と高鳴っていた。
プロデューサーとして、やれることは全てやったつもりだ。あとはエクレアがどれだけの力を発揮するか──祈るように、俺は舞台へと目を向けた。
・・・・・
まず最初に、スポットライトは審査員席に当てられた。
観客たちは熱烈な歓声を送り、審査員全員が手を振ってそれに応える。
「本日は三人の審査員にご参加いただいております。それではまず一人目をご紹介しましょう!前回のアイドル・ダンスバトルで圧巻のパフォーマンスを見せ、見事優勝を果たした――ケイトさんです!」
なぜかメイド服を着ている審査員のケイトが立ち上がり、小さくお辞儀をする。
クールな見た目と穏やかな雰囲気を持った少女だ。続いてスポットライトが移動し、次の審査員を照らし出す。
「続きまして、遥々ヤマタイ村からお越しいただきました、舞踊の達人──白蛇様です!」
「げっ、蛇ババ1号……どうしてここに……」
「ミクリの知り合いか?」
「実家のご近所さん……。ミクリをずっと勧誘してくる、うっとおしい蛇……」
ミクリが嫌そうに眉をひそめ、ぼそっと呟いた。
どうやら知っている相手らしく、小さく舌打ちをしてそっぽを向く。一方の白蛇様は、観客席に向かって軽く手を挙げて挨拶すると、静かに腰を下ろした。その動作ひとつひとつに、どこか神秘的な気配が漂っている。
「最後にご紹介しますのは……あの幻の大作曲家──カイラクスキーさんです!」
アルマエルマは余裕たっぷりの笑みを浮かべながら、すっと立ち上がった。
堂々とした仕草で手を振ると、観客席からは驚きの声と歓声が同時に沸き起こる。カイラクスキーと言うのは、ペンネームなのだろう。
「本日はこちらの三名に点数をつけてもらい、最も高い点数を獲得したアイドルが優勝となります! それでは早速──タツノコ海兵のたつこさん! ステージへどうぞ~!」
俺は舞台袖へと視線を向けた。
小さな人影が現れ、緊張した面持ちで舞台上へと進んでいく。
「ほ、ほほほ、本日は、あたしのために、お、お集まり頂きまして──」
「あの娘、緊張しておるな。カンペをガン見して、噛みまくっておるぞ」
「客の人数が人数だからな。エクレアのやつ、雰囲気に飲まれないといいけど……」
司会は舞台上に現れたアイドルに対し、軽いインタビューを行う。
それらを終えると、ようやく曲の演奏が始まる。
今回のバトルには、十名のアイドルの卵たちが参加している。
本来であれば、もっと多くの出場者が名を連ねていたはずだった。だが、辞退者が相次いだことで、最終的にはこの人数に。――サキちゃんの影響なのは、疑いようもない。
「なんとも愛らしい踊りでした! 以上でたつこさんの演技は終了です。皆さまどうでしたでしょうかー?」
「拙い部分もありましたが、成長を期待させてくれる踊りでした。6点」
「緊張が滲み出ていたが、一生懸命さが伝わってきたぞ。7点じゃ」
「ふふ、まずは自分のペースを作るところからかしら? 6点ね」
たつこは悔しそうな表情を浮かべながらも、しっかりと礼をして舞台を降りていった。
審査員はしっかりとした観察眼を持っている。忖度をするようなタイプにも見えない。これならば安心して任せられるだろう──俺はそんなことを考えながら、次の出場者の演技を見守った。
・・・・・
「とても力強さのある踊りでした。9点」
「躍動感があって見ていて楽しかったぞ。9点じゃな」
「風に乗るような動きが素敵だったわね。9点」
「ありがとうございましたー!」
「おーっと! ここで最高得点が出ました! 27点! 27点です! 残り二名は果たしてこの記録を超えられるのでしょうかー!?」
俺たちをグランドールに運んでくれた一人である、ミューが笑顔で羽を振る。
彼女もなかなかの実力者だった。特訓前のエクレアとほぼ同じくらいの実力があるのではなかろうか。
「さーて。問題は次だなー」
「ああ……」
「もぐもぐもぐ……」
「彼女の登場を待ちわびていた方も、多いのではないでしょうか!? それでは――サキュバスの新星アイドル、サキちゃーん!!」
名前が呼ばれると共に、大きな歓声が会場全体を覆い尽くす。
ミクリが狐耳をぺたんと寝かせ、ムスッと口元を歪ませる。もうすでに優勝したかのような賑わいだ。
サキはそんな歓声に応えるように手を振りながら、舞台へと一歩一歩を丁寧に進んでいく。
司会による簡単な質問にも、スラスラと答えて笑顔を絶やさない。その姿は、まるでこのステージが自分の日常の延長であるかのように、あまりにも自然だった。余裕すら感じさせる落ち着いた佇まいに、観客たちは早くも目を奪われていく。
天賦の才能と言う他ない。
その瞬間にも観客を引き込んでしまう存在感は、間違いなく本物だ。誰かが言った“完璧で究極のアイドル”──この場において、その例えは嘘偽りのない真実となっていた。
司会はいつものように演技を促し、軽快な音楽が流れ出す。
その旋律とともに、サキが流れるように踊り出した。
その踊りは、他の追随を許さない圧倒的な完成度を誇るものだった。
音楽に合わせてしなやかに揺れる肢体は、まるで光が踊っているかのようだ。一挙手一投足が研ぎ澄まされ、見る者の目を釘付けにする。全身から放たれるオーラは優しさと強さが溶け合い、彼女がそこにいるだけで周囲が明るくなるような錯覚さえ覚えた。
「こりゃあ、厳しいな。血の滲む努力をした天才ってのは、いつの時代も残酷だわ」
「そうだな……」
アイシスの言葉に、俺は簡単な返事しか返すことしかできなかった。
舞台で踊るサキの姿は、まさに圧巻の一言だ。観客たちは息を呑み、魅入られている。ミクリもどこからか取り出したサイリウムを振っている。ぺこはお菓子を両手に持ち、その視線は舞台に釘付けだった。
「みんな~ありがとう~!」
「サキちゃーん! サキちゃ──はっ! ご、ごほん! 素晴らしいパフォーマンスでした! 私たちは今、まさに歴史的瞬間に立ち会ったのです! 審査員のみなさん! 採点をお願いいたします!」
ケイトは腕を組みながら唸り声を漏らし、白蛇様は目を閉じたまま静かに首を縦に振る。
アルマエルマだけは余裕のある笑みを崩さず、悠然と肘掛けに頬杖を突いていた。
「文句のつけようがありません。10点」
「妾も同意見じゃ。あいどるの完成品を見たとすら思えるのう。10点」
「うふふっ、とっても素敵なショーだったわ。私も10点ね♪」
会場は再び沸き立った。
それも当然だろう。あのぺこですら食事の手を止めて見るほどの、完璧なパフォーマンスだったのだから。
サキは嬉しそうに笑顔を見せながら手を振ると、観客たちから割れんばかりの拍手が送られる。
その光景はまさしく、アイドルというものが持つ輝きを体現しているようだった。
「完全に流れを取られたな。……でも、エクレアなら……」
「心配すんなって! エクレアならやってくれるだろ!」
アイシスがポンと俺の肩を叩いた。
無意識のうちに握りしめていた拳を解きながら、大きく息を吐く。心配したところで何も変わらないことは分かっている。信じるしかない。
司会は再びマイクを握り直し、会場の視線を集めるように声を張り上げる。
「それではアイドル・ダンスバトル──最後の出場者です! お姫様系アイドル──エクレア! どうぞー!!」
・・・・・
エクレアに対する拍手は、やや少なめだった。
観客たちは明らかにサキが優勝と捉えているようで、エクレアを気遣うような微笑みさえ見える。
しかし本人は臆することなく、堂々と舞台上へ歩みを進めた。
背筋を伸ばし、優雅に一礼する。そして軽い自己紹介の後、意気込みを語る。その一言一句が自信に満ち溢れ、見る者すべてを惹きつける魅力があった。司会の質問にも淀みなく答え、柔らかく微笑む姿は正真正銘のお姫様のようだ。
「うおぉぉぉ~! エクレア~!!」
「エクレア……! 頑張って……!」
アイシスとミクリが大きな声援を送る。
俺とぺこは無言でエクレアを見守っていた。ぎゅっと拳を握り、願いを込めながら。司会による合図を受け、エクレアが音楽と共に踊り出す。
「なんと……美しい踊りなんだ……」
「とても素敵……」
客はざわつき始め、エクレアの踊りに見惚れている。
練習中よりも更に磨きがかかった踊りは、まさしく芸術の域に達していた。俺も思わずため息を漏らしてしまう。
エクレアの踊りはサキとは違い、どちらかといえば静的な美しさを感じる踊りだ。
指先一つまで洗練された動き、それでいて情感豊かな表現力──まさしくお姫様が舞踏会で踊るような華麗さと優雅さに満ち溢れていた。しかし、その中には確かな力強さも存在していた。
スライムの柔らかな体を活かし、水中を漂うかのように流麗な動き。
スポットライトの角度も計算されているのだろう。半透明の体に光が差し込み、まるで万華鏡のように鮮やかな光を生み出す。その美しさは、見る者を瞬く間に虜にしてしまうほどだった。
ダンスが終わると──嵐のような拍手と歓声が巻き起こる。
俺は呆然としながらその景色を見つめていた。ここまで練習した成果が目に見える形となって現れたことに、感動を抑えきれない。
「ああっ! グランドールで司会を務めて三十年……このような日を迎えられるなんて! ううっ、私は幸せ者です!」
司会の感涙混じりの声に反応するように、会場のボルテージはますます上がっていった。
アイシスとミクリは満面の笑みで拍手をしている。ぺこは両手に骨付き肉を持って、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。エクレアは満足げに微笑みながら、深々とお辞儀をした。
司会は涙を拭いながら立ち上がり、会場全体を見渡すように語りかける。
「皆さん……心の準備はできていますか……!? 点数、お願いします!」
視線は、審査員に注がれる。
三名は名残惜しそうな様子でエクレアの姿を見つめ、口を開いた。
「これ以外はつけようがないです。10点」
「おぉ~! 妾の故郷を思わせる踊りであったぞ~! 10点じゃ!」
「明鏡止水とは、まさにこのことね……。10点よ」
エクレアは三人からの最高得点に喜んでいるようだ。
胸の前で小さく拳を作り、嬉しそうに飛び跳ねている。司会は感動に震える声で、結果を告げた。
「結果が決定しました……。それでは発表いたします! 今年度のアイドルナンバーワンは──サキちゃんとエクレアさん!! 同時優勝とさせていただきます!!」
「やったぞ! 見たか、ぺこ! うちのエクレアが優勝だ!」
「ははは、嬉しいのは分かるが、抱きつくでない……」
「やったぞー! うおおぉぉぉ!」
「うおぉぉぉ……!」
俺とぺこ、アイシスとミクリが、それぞれ抱き合いながら喜びを分かち合う。
舞台裏から姿を現したサキは、笑顔で手を振りながらエクレアのもとへと歩み寄り、その隣にそっと並んだ。そして、エクレアの手を握り、一緒に観客へ手を振る。その姿に、客席からさらに大きな歓声が巻き起こった。
エクレアは、突然手を繋がれたことに目を丸くし、驚いた様子を見せた。
だがすぐに、はにかむように嬉しそうな笑みを浮かべ、サキに微笑み返す。そしてそのまま、二人で仲良く手を振り続けた。
その光景はまさに、夢に描かれる“理想のアイドル”そのものだった。