エクレアの優勝記念として、借りた宿の一階にある酒場を貸し切りにして宴会を開いた。
テーブルには料理が山盛りに並べられ、みんなで豪快に飲み食いしていく。
こうしてまた新しい思い出を作ることが出来るのは、本当に嬉しい。
俺はジョッキに入ったビールをぐいっと飲み干し、ほろ酔い気分になりながら周りを見渡した。みんな楽しそうだ。
「とても楽しかったですわ! ワタクシ、アイドルも向いているかもしれませんわね~♪」
「もぐもぐ……お姫様よりは向いているかもしれんな……」
「むぅ~! ぺこは意地悪ですわっ! お姫様がアイドルでも、アイドルがお姫様でも問題ないですわっ!」
「そうですよ! 私は配送のお仕事をしながら、アイドルをやっているんですよ! 配送系アイドルです!」
ぺこは料理を貪り喰らいながら、エクレアとミューをからかっていた。
アイシスはそんなやりとりを見てゲラゲラ笑っている。ミクリは珍しくテンション高く、ずっとソワソワしていて落ち着かない。カジノで遊んでいるときと同じくらいだ。
「サキもプロデューサーさんが欲しいなぁ~♪」
「俺はエクレアの面倒を見るので精一杯だよ」
「……ざんねん☆」
俺の隣で不満そうな顔をしているサキがそう言った。
最初は力の同盟だけで宴会をやる予定だったが、他の人も参加したいと言い出して、結構な人数になっている。エクレアが招待したサキちゃんに、ミュー。審査をしていた三人も参加している。
「白天狐よぉ~!! なぜ妾の配下になってくれぬのじゃぁ~!!」
「ぐええ……! ギブッ、ギブッ……!」
ミクリが白蛇様にぎゅっとハグされている。
ラミアである白蛇様の尻尾にグルグル巻きにされており、苦しそうな表情でジタバタしている。本気を出せばミクリは抜け出せるので、これはじゃれ合いの一種なのだろう。
「コノヤロ~! 人が寝起きで弱ってるときに殴るやつがいるかよ! 高潔なサキュバスらしく、正々堂々と殴り合いを挑めよぉ~っ!」
「はあ……伝説のサキュバスがこんなんだったなんて。夢じゃなかったのね……」
アイシスはアルマエルマに絡み酒をしていた。
それに対し、アルマエルマは死んだ魚のような目でため息をついている。
「おまたせしました。照焼きピザのおかわりになります」
「うむ……美味いぞ」
「すいません、ケイトさん。せっかく来ていただいたのに、給仕みたいなことをさせてしまって……」
「私が好きでやっていることなので。これもメイドになるための修行です」
ケイトは料理の乗ったトレーを運んできた。
彼女は今、伝説のメイドなる人物に師事しており、修行中なのだという。将来はその伝説のメイドを超えることが目標だと語っていた。
アイドル・ダンスバトルに出場したのも、その一環なんだとか。
俺には関連性が分からなかったが、きっとそこには彼女なりの理由があるのだろう。
「プロデューサー! 胴上げをして差し上げますわーっ!」
「うわっ! 急に持ち上げたら危ないって!」
「わっしょいですわ! わっしょいですわ!」
俺はエクレアに持ち上げられて宙を舞う。
何回か空中に投げられてから地面に降ろされる。俺は苦笑しながらも感謝を述べた。
・・・・・
各自が好き勝手に席を移動し談笑をする中で──アルマエルマがやって来た。
「ハーレムね、ヴェークさん♪ こんな可愛い女の子たちを侍らせて」
「気苦労のほうが多いですけどね。逮捕されたり、逮捕されたり……キラキラをぶっかけられたり……」
「そ、そうなのね……。ずいぶん苦労してるのね──ワールドウォーカーの作者さん?」
俺はジョッキから口を離し、少し驚いた顔でアルマエルマを見つめた。
「しらばっくれても無意味でしょうね……。どうやって調べたんです?」
「うふふっ、風の噂を聞いてね。私、小説を書くのも読むのも大好きなのよ。ウォークはどんな人なのかなーって気になってたけど、こうやって会えるなんてね♪」
上機嫌な口調でそう言うと、俺の横に腰掛ける。
風の噂を聞く──独自の情報網が彼女にはあるのかもしれない。アルマエルマは俺の隣でワイングラスをくるくると回しながら微笑んでいる。
「その、えーっと……。なんだか、妙に緊張してきたわね。いろいろ聞きたいこととかあったんだけど……どれから聞けばいいのか迷っちゃうわ」
「何でも聞いてください。答えられることなら答えますよ」
「なら……ここ、第一巻の17ページにある描写についてなんだけど──」
アルマエルマはどこからか、俺の本を取り出す。
目の前で自分の本を一字一句読み上げられると、さすがに照れてしまうものがある。俺は恥ずかしさを誤魔化すために咳払いをし、質問に答えていった。
アルマエルマは興味津々といった感じで食いついてくる。
時折鋭い指摘を入れてくるが、総じて好意的だ。どうやら熱心に俺の本を読んでくれているようだ。アルマエルマはしばらく俺と小説の話を続けたあと、満足げな表情を浮かべた。
「正直、フィクションだと思ってた部分もあったのよ。でも、あなたなら作り話ではなく全部本当に体験した話って言われても納得できるわ」
「まあ、たしかに……。あの頃はまだ無鉄砲な冒険家でしたからね。無茶苦茶なことに挑戦して、ありえないようなことばかり起こりました」
「うふふ、今もあまり変わってないようだけど?」
アルマエルマの言葉に、俺は苦笑いを浮かべる。
「今回の旅も、本にするのよね?」
「そうですね。今回は長旅になる予定なので、いつ世に出せるかは分かりませんけど」
「向かってるのは──ヘルゴンド大陸なのかしら?」
「……誰かから聞きました?」
「いえ。最新刊の最後に書いてたじゃない? “ウォークは、新たな大地を目指して旅を続ける”……ってね。ウォークがまだ行ったことのない大陸なんて、二つしかないわ」
俺はかまかけに引っかかってしまったようだ。
アルマエルマは愉快そうに笑っている。俺は素直に認めるべきか悩んだ末に、正直に答えることにした。彼女になら、話してもいいだろうと思ったのだ。
「そうですね。旅のゴールはヘルゴンド大陸……魔王城を一目見るつもりです」
「そう……」
アルマエルマは微笑みを崩さず俺を見据えた。
その表情からは何も読み取ることができない。彼女はワインを一口含み、ゆっくりと喉を潤す。それから改めて口を開いた。
「危険だからやめてって言いたいけど……それで止まるのは、ウォークじゃないわね。気の向くまま、風の向くまま……それが私の好きな作家さんだもの」
「冒険こそが、俺の生き甲斐ですから」
アルマエルマは俺の返事を聞いたあと、楽しげに頷いた。
俺が止まることはないだろう。いや、止められないのだ。第二の人生を始めたときから──この衝動だけは誰にも抑えられない。自分自身でさえ不可能だ。
「きっと、大変な思いをすることになるわ。でも、きっと貴方なら成し遂げられると思う。私は陰ながら応援しているわ。続編、楽しみにしてるわね」
俺はアルマエルマの言葉を聞いて微笑み返した。
彼女が本心から言ってくれていることがわかるからだ。俺はその期待に応えられるように頑張ろうと決意を新たにした。
・・・・・
頬を染めた陽絹が、すっと身を寄せてくる。
鬼というのは基本的に情熱的な性格で──しかも今の彼女は酒が入っているせいか、普段以上に積極的な態度だった。
「今回は本当に助かった。陽絹のおかげで、良い思い出が作れたよ」
「それはそれは……ヴェークの一助を担えて、私も嬉しゅうございます」
「……体は大丈夫か?」
俺はふと心配になって尋ねる。
陽絹は──心臓を破壊されているのだ。今は代わりにマキナを体に埋め込んでおり、それを核として身体を動かしている。
目を瞑ると、その時の光景を思い出す。
俺の家の前で、血だらけになって立っている彼女の姿。あの時以上に焦ったことはない。陽絹は俺の不安を感じ取ったのか、優しく微笑んだまま左手を胸元に当てた。
「まだ、本調子とは言えません」
「そうか……。捜索はもう済んだのか?」
「はい。残念ながら、あの子を見つけることは叶いませんでした。まだ名前もつけてあげていないのに……」
陽絹は少し寂しそうに俯く。
彼女の心臓を破壊したのは、彼女自身が作り出した最高傑作の人形だ。
その人形は創造してから間もなく、自分を人形遣いであると主張するようになった。
陽絹はそれを否定し、自分の娘であると伝えようとしたのだが──その前に暴走してしまったのだ。
陽絹は死の寸前で俺のもとに辿り着き、どうにか命を繋ぎ止めることができた。
だが、例の人形は逃亡してしまい、今も行方は分からない。陽絹は弱った体を動かして、その行方を探し続けていた。
俺は何とも言えなくなって黙ってしまう。
俺も人形作りに協力した身として、責任を感じてしまうのだ。人形に使われた素材は、俺が冒険中に発見したものや、購入したものが数多く使われているからだ。全くの無関係ではない。正直な話、俺の娘でもあると思っている。
「イリアスベルクにある、俺の家の鍵だ。少し……休んだほうがいい。また人形に会ったとき、弱った体じゃ抵抗できないだろう。多分、話し合う前に一度は衝突することになるはずだ」
「そう……ですね。このまま無策で大陸を歩いても意味はありませんね。今は一旦、休むことにしましょう」
「俺も旅の傍ら、情報を集めてる。きっと……見つかるさ」
俺は首にかけていた金属製の鍵を外し、陽絹へと差し出した。
彼女は小さく感謝の言葉を述べると、酒杯の液体を一気に煽る。そして、小さく息をついた。
・・・・・
宴会は結局、朝まで続いたようだ。
俺とぺこは途中で、二階の部屋に戻って眠りについた。なので、最終的にどうなったかは知らない。翌日、一階に降りると全員が泥のように眠っていて死屍累々の光景が広がっていた。
「サキはアイドルだから……キラキラは出さないよ☆」
「嘘をつくのはおやめなさいな……。さっき……トイレに駆け込んだじゃないですの……」
「……ウプッ☆」
「妥協して……白蛇様と白天狐で……アイドルユニットを……組もうではないか……」
「絶対に……イヤ……」
まるでゾンビの大群のようだ。
皆青ざめた顔でテーブルに突っ伏しており、呻き声を上げている。以前、サン・イリアの近くでこんな連中に襲われた記憶が蘇った。あれはひどかった。
俺が頭を抱えていると、ぺこが二階から降りてきた。
一番食べて呑みまくったのに、涼しい顔をして──いつも通り、お菓子を口に運んでいた。テーブルの民の何人かが、匂いに反応して恨めしそうにぺこを見る。それに対し、ぺこは持っていたお菓子を背中に隠す。
「そんな目で見ても駄目だぞ……。これは我のチーズケーキだ」
「朝から甘ったるいものを見せないで☆ 素敵なモノが上がってきちゃうから☆」
「さすがアイドル……。見た目はいつも通りだ」
変わらない口調と笑顔を保っているサキ。
俺は感心しながら、横目で我らがアイドルを見る。エクレアは雨上がりの水たまりのような姿になっていた。床に転がっているので、余計に似て見える。
「次は……コロシアムで……殺し合う……」
「野蛮なのよ……あなた……」
「おーい、アイシスにアルマエルマさん……駄目だこりゃ。ぺこ、飲み水を用意しよう」
「まったく、軟弱な。他のやつはともかく、蛇はもっと頑丈なイメージが強いのだがな……」
ぺこは呆れた様子で、宿の台所に入っていく。
建物を貸し切りにしているので、宿の店主さんは留守にしている。なので自分たちがすべてを用意しなければならない。
「うわっ……大丈夫か?」
台所の椅子に、ケイトが座っていた。
起きているのかと思ったが、白目を剥いて意識を失っている。非常にお酒臭いので、彼女も呑んで潰れたのだろう。おそらく、大勢の前で倒れるのはプライドが許さなかったのだと思われる。
俺はケイトを抱え、部屋に運ぶことにした。
まだ意識がはっきりしている人も少ないので、見られないうちにベッドに放り込めるはずだ。
「ぺこ、ケイトさんを部屋に寝かせてくる。悪いけど、ここは任せたぞ」
「我に仕事を放り投げるなど──大丈夫か? その娘っ子」
「呼吸も安定してるし、寝てるだけだ。ちょっと怖いけど」
俺はぺこを台所に残し、二階へと上がった。
・・・・・
俺とぺこは台所に並び、朝食を準備する。
胃に優しい貝類のスープに、玄米で作られたパン。それから目玉焼きや簡単なサラダを用意する。
俺は鍋を掻き回しながら、テーブルの面々を確認する。
力の同盟の面々は、起きて十分ほどで元の状態を取り戻した。ケイトは少し顔が赤かったが、他の参加者もすっかり酔いが覚めたようだ。魔物というのは、やはり人の体より頑丈にできている。
「よし、出来た。ぺこは鍋以外を運んでくれるか?」
「分かった」
無数に伸びたぺこの触手が、手際よく皿を運んでいく。
俺は寸胴鍋を抱え上げ、慎重にテーブルへと向かった。ちょうど皿を並べ終えたぺこが、手早くタオルを敷いてくれる。その上に鍋をそっと置き、蓋を開けた。
「いい匂いね♪」
「二日酔いに効くスープですよ。どうぞ召し上がって下さい」
俺は笑顔で勧める。
アルマエルマも含め、他のみんなは目を輝かせて料理を見ていた。食欲が湧くくらいには回復したようだ。
「サキ、体重を増やさないようにしないといけないのに……おかわり☆」
「ほぉう……。白天狐は毎日、このような料理を食しておるのか。ヴェーク、お前も妾の軍門に下るとよいぞ!」
「前向きに検討を加速させて、善処する方向で努力してみようと思います」
「うむ!」
俺は白蛇様の勧誘に対して、ふわっと曖昧な返事を返す。
すると、白蛇様は満足げに頷いた。大抵の場合、こういうタイプにはこういう返しが正解だ。先延ばしにしていれば、いずれ忘れてくれるだろう。
「ミクリ! ワタクシの目玉焼きを盗みましたわね! 返しなさいなっ!」
「ヤダ……」
「白天狐! 人間から崇拝を受ける身で卑しいことをするでない!」
「アルマエルマ! いつになったらアタシとリベンジマッチをしてくれるんだ!?」
「前向きに検討を加速させて、善処する方向で努力してみようと思うわ」
「ヴェーク、バザーで珍しい素材を見つけました……。今回のレッスン料を頂戴できますか?」
テーブルは、混沌という言葉がぴったり当てはまる様相だ。
「おかわり☆」
「ヴェークさん、レシピを教えていただいてもよろしいですか?」
「美味しいでありますな! ダチョウの舌によく合います!」
「……旅についてくる奴は、これ以上増やさないようにしないとな……」
「もぐもぐ……そうだな。我の耳が痛くなってきた」
俺はぼそりと愚痴を漏らした。
それに反応してか、ぺこが同意の声を上げる。賑やかなのは嫌いではないのだが、騒々し過ぎるのは考え物である。
俺は肩を竦めつつ、椅子に腰掛けた。
この騒ぎも日常の一部だと思うと悪くない。俺はそう自分に言い聞かせ、ぺこと共にテーブルの騒音の中に混ざることにした。